第1440話 水の女王の願いを叶えるために
湖底神殿の中で、ようやく感動の対面を果たした水の女王と闇の女王。
一頻り感動を分かち合ったところで、闇の女王からそっと身体を離した水の女王。
輝くような笑顔で提案を始めた。
『ねぇ、そしたら闇のお姉ちゃんとお茶会したいわ!闇のお姉ちゃん、いわよね!?』
『ン? それは吾としても、是非ともそうしたいところだが……』
『え、何か問題ある?』
闇の女王とお茶会をしたい!と言う水の女王。
美味しいものを食べながらの歓談は、話が弾むこと請け合いだ。
しかし、何故か闇の女王は浮かない顔をしながら口を開いた。
『まず、吾と其の方のお茶会に対する認識を確認したい。良いか?』
『??? もちろんいいわよ?』
『お茶会というのは、美味しいものを食べたり飲んだりする楽しいひと時のことを言うのだよな?』
『そうよ!闇のお姉ちゃんもライト達と仲良しなら、きっと何度もお茶会してるわよね!』
『うむ。もちろん吾らも、暗黒神殿の庭園で何度もお茶会をしてもらっておる』
『だよねー!ライト達が振る舞ってくれるケーキやシュークリーム、ホンットに美味しいわよねー♪』
『それは吾も認めよう。特にシュークリームは、ココ様の大好物だ』
闇の女王の問いかけに、お茶会の楽しさをよく知る水の女王がウッキウキな様子で応える。
そんな水の女王に、闇の女王から素朴な問いかけが放たれた。
『しかし、ここは水の中なのだが……吾や其の方が知るお茶会を、ここで催せるものなのか?』
『………………ぁ』
闇の女王の尤もな疑問に、水の女王がピシッ……と固まっている。
彼女自身は水の化身だし、闇の女王を含めたここにいる他の全員も彼女やアクアの加護により水中で難なく過ごすことができる。
しかし、お茶会の主役の一つであるスイーツ類や飲み物は話が別だ。
水中でそれらをそのまま出したら、水浸しのべしゃべしゃになってしまう。
飲み物に至っては、そのまま湖の水の中に瞬時に溶け込んで拡散して終了である。
闇の女王との邂逅で浮かれていた水の女王は、このことをすっかり失念していた。
しかし、闇の女王の指摘でようやくそのことに思い至ったようだ。
現実に直面した水の女王が、途端に勢いを失っていく。
『た、確かにここで食べ物や飲み物を出すのは、無理よね……』
『であろうなぁ』
『ぅぅぅ……せっかく闇のお姉ちゃんと楽しいお茶会ができると思ったのに……闇のお姉ちゃん、ごめんなさい……』
先程のウキウキから一転、一気にしょんぼりとしてしまった水の女王。
せっかく良いアイデアだと思ったお茶会が、場所的に実現不可能だと分かった今、彼女の落ち込む姿は何とも胸が痛む。
あからさまに落胆する水の女王に、闇の女王が優しい笑みを浮かべながら水の女王の肩をそっと抱き寄せた。
『其の方が謝ることなど一つもない。今すぐここでお茶会などできずとも、其の方のその気持ちだけで十分だ。吾にとっては、吾を大事に思ってくれる其の方の心優しい気持ちこそが、何より最も嬉しいのだから』
『……ぅぅぅ……』
闇の女王の気遣う言葉に、水の女王の瞳があっという間に潤んで涙がポロポロと零れ落ちた。
水の女王がはらはらと流す涙は【水の乙女の雫】となって、湖水の中をゆっくりと沈み湖底神殿の床に転がり落ちてゆく。
悲嘆に暮れる水の女王に、闇の女王が真摯に謝る。
『其の方に悲しい思いをさせてしまってすまんな』
『ううん、そんなの闇のお姉ちゃんのせいじゃないわ!ここじゃお茶会なんてできないってことを、すぐに思いつかなかった私が悪いんだもの……』
『其の方こそ何一つ悪くない。今は昼故に、自由に動けぬ吾を慮ってこの湖底神殿にわざわざ来てくれたのだから。むしろ悪いのは、昼日中に自由に動けぬ吾の方ぞ?』
『そんなことない!闇のお姉ちゃんが、夜じゃなくて昼間に会いに来てくれたってだけでも、精霊にとってはものすごい大変なことなんだから!』
互いを思い遣り、お茶会を開けない責任の所在は自分にこそある、と主張する二人の女王。
しかし、このままでは埒が明かないと思ったのか、闇の女王の方から努めて明るい声で水の女王を励ます。
『何、そんなに悲しむことはない。今は昼だから吾が外に出られないだけであって、夜になれば先程の小島で改めてお茶会をすることもできよう』
『そ、そうね!闇のお姉ちゃんがまた今度、夜になってから遊びに来てくれれば小島でのお茶会が開けるわよね!』
『うむ。吾がここを再訪するとしたら、日が落ちてからとなるが……水の女王よ、寝ずに起きていられるか?』
『うぐッ、そ、それは…………いつもは早くに寝ちゃうけど、闇のお姉ちゃんが遊びに来てくれたら頑張って朝まで起きてるわ!』
『ハハハハ、何も徹夜までしろとは言うておらん。ほんの数刻語らえれば、それで十分ぞ』
夜なら小島でのお茶会もできる、と語る闇の女王の提案に、水の女王が俯いていた顔を上げて賛同する。
実際何も今すぐここでお茶会をしなくても、日が落ちて夜になってからなら闇の女王も外を自由に闊歩できる。
そうなれば、湖の中央にある小島で改めてお茶会をすることも十分に可能になるのだ。
そしてそれは二人の女王達だけでなく、二人のやり取りを静かに見守っていたレオニスやラウル、アクアやクロエ、八咫烏達も同じ思いであった。
だがしかし、一人だけそれを良しとしない者がいた。
それは、誰あろうライトだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ここでライトがおずおずと、しかし意を決したように水の女王に話しかけた。
「あのー……水の女王様に一つ、聞きたいことがあるんですが……」
『ン? ナぁニ?』
「水の中に溶け込んでいる空気を、ここで取り出すことってできますか?」
『空気を取り出す? どゆこと?』
「えーとですね、水には外にある空気が溶け込んでいて―――」
ライトの質問が今一つ理解しきれない水の女王に、ライトがその意図を解説していった。
水の女王は小首を傾げつつ、ライトの話を傾聴していた。
『ふーん……よく分かんないけど、水の中に含まれている空気?を水から追い出して、空気の泡にすればいいのね?』
「はい。できますか?」
『ちょっとやってみるわねー』
ライトの要望に、水の女王が快く応える。
水の女王が右の手のひらを上にしてから、ほんの一秒程度。ほぼ瞬時と言っても差し支えない合間に、水の女王の手のひらの上にピンポン玉程度の気泡ができた。
『あ、できたわー』
「水の女王様、すごいです!……って、やってみてどうですか? たくさん魔力を使ったりとか、疲れるような感覚はありますか?」
『ううん、そこまで疲れるようなことでもないわ。水の中で空気を作るなんて生まれて初めてやったし、私どころか今までの水の女王だって一人もやったことないけど……案外簡単にできたわー』
「それなら良かったです!そしたらこの空気の泡を、もっとたくさん作ってもらえますか?」
『オッケー☆』
ライトの追加の要望に、水の女王はまたも快く応じる。
もしこの『水の中にある空気を気泡にする』という作業が身体的にキツければ、無理強いすることはできない。
しかし、水の女王の感覚では造作もないことのようだ。
そうして水の女王は右手だけでなく、左手も上に向けて両手で同時に気泡を作りだし続けた。
彼女の両手で次々と生まれ続ける出来たての気泡は、シャボン玉のようにふわふわと浮き上がりながらゆっくりと上に上がっていく。
それを見たレオニスが、ハッ!とした顔になり叫んだ。
「……そうか!この空気を湖底神殿の中いっぱいに満たせば、ここでお茶会ができるってことだな!?」
「そゆことー。レオ兄ちゃん、正解」
ライトの意図を、一番真っ先に理解したレオニス。
それまでライトが一体何を言っているのか、何をしたいかがよく分かっていなかった。
だが、空気の泡ができる様を目の前で見せられたら、さすがにライトの計画に気づく。
要はスイーツ類や飲み物が水に濡れなければいいのだ。
ならば、この湖底神殿の中を空気で満たせばいい。
そうすれば、今ここで闇の女王とともに皆でお茶会ができる!という訳だ。
このライトの完璧な計画に、レオニスだけでなくラウルやマキシも目を大きく見張りながら感嘆する。
「ライト、水の中に空気が溶け込んでいるなんてこと、よく知ってたな?」
「うん、前にラグーン学園の図書室で読んだ本で知ったんだー」
「そうなんですね……ラグーン学園の図書室というのは、まさに叡智の宝庫なんですね……」
「全くな、ラグーン学園ってのはホンットすげーところだ」
ライトの知識の高さに、他の面々は皆一様に感心することしきりだ。
しかし、ライトがこの知識を得たのはラグーン学園の図書室ではない。前世の学生時代に得た知識の一つである。
前世の教育レベルでは常識の範疇でも、このサイサクス世界では知られていないことが意外に多い。
そうした豆知識や雑学的なものの出処として、ラグーン学園の図書室は実に良い隠れ蓑として今日も役立っていた。
話の筋が見えてきたことで、レオニスもライトの計画をよりスムーズに遂行すべく手伝う。
「水の女王にできるってことは、アクアにもできるよな?」
『もちろん』
「そしたらアクアやウィカも、さっきライトが言っていたように水の中にある空気を追い出して気泡を作ってくれるか? 水の女王一人でやらせるにはちとキツいだろうからな」
『もちろん。任せてー』
『うぃうぃ、ボクも頑張るよー☆』
「ある程度の空気の隙間ができてきたら、アクアはこの湖底神殿全体に、空気が逃げ出さないような膜を張ってくれるか? 先に膜を張っておかないと、柱の隙間から神殿の外に空気が漏れちまうからな」
『了解ー』
レオニスが次々と的確な指示を出していく間も、水の女王やアクア、ウィカが気泡を作り続けていた。
アクアは二本の前肢で大きな気泡を作り、ウィカは二本の前足の肉球から小さな気泡をポコポコと生み出している。
ちなみにイードは湖底神殿内に入れないので、神殿入口から触腕の先端をピョコピョコと動かしながら『皆、頑張れー☆』と応援している。
そうして目覚めの湖の愉快な仲間達全員が一丸となり、湖底神殿の中に空気を満たし続けていった。
湖底神殿でのお茶会開催準備回です。
ぃゃー、闇の女王が言うように何も今すぐここでお茶会を絶対に開催しなきゃいけない訳ではないんですが。水の女王があまりにもしょんぼりしちゃってですね、作者としても可哀想になってきまして。
そこで編み出したのが、今回の『湖底神殿の中を水中の空気で満たしちゃえ!大作戦』。
これを提案できそうな人物といえば、我らが主人公ライト唯一人。
でもまぁね、そうした『周りの大人達が知らなさそうな知識』であってもね、出処は全部ラグーン学園の図書室のおかげ☆ってことにしちゃえますしおすし♪(ФωФ) ←悪巧み顔
せっかく水の女王と闇の女王が初めて顔合わせできたのだから、何としてもここで楽しいひと時を皆に過ごさせてやりたい!と思うのは、きっと作者の親心というヤツなんでしょう。




