第143話 ヘルムドソン通り
邪龍の残穢の現場検分を終えたライト達一行は、ツェリザークの街に戻るべく引き返す。
無事ツェリザークに戻ったライト達は、冒険者ギルドの建物の前でハイラムと別れの挨拶を交わす。
「現場までご足労いただき、感謝する。私は再び仕事に戻らねばならぬが、君達はまたクレハ君の案内でツェリザークの街を是非とも堪能していってくれ」
「こちらこそ、ありがとうございました。クレアさんとフェネp……フェネセンさんへの報奨金の件、よろしくお願いします」
「ライト君、だったか。君も道中で邪龍の残穢に遭遇するなど大変だったろう、心強い護衛がいて良かったな」
「はい、クレアさんとフェネセンさんのおかげで命拾いしました」
「ははは、まだ小さいのにとてもしっかりした子だな。またツェリザークの街に来ることがあれば、是非とも冒険者ギルドにも立ち寄ってくれ。ではクレハ君、後は頼んだぞ」
「万事このクレハにお任せください。支店長は早急に報奨金支給の書類手続きをお願いしますねぇ」
「うぐっ」
「ハイラムさん、ありがとうございます。では、これで失礼します」
ライトとハイラムは互いに手を振りながら別れる。
フェネセンが手持ちの懐中時計で時刻を確認すると、午後の2時を少し過ぎたくらいだ。まだ市場をゆっくり見て回る時間は十分にある。
ライト達一行は、クレハの案内で早速市場に向かった。
歩きがてら、クレハがライトに質問する。
「ライト君はどのようなお店を見たいですか?」
「まずは食料品店の多いところに行きたいです。お土産に氷蟹を頼まれてるので」
「氷蟹ですか、確かにそれはここツェリザークでしかお目にかかれない特産品ですね」
「ですよね!あればあるだけ買ってきてと言われてるので、取り扱いの多い大きなお店だとなお嬉しいんですが」
「分かりました。でしたらまずはあちらの通りに行きましょうか」
クレハの案内に従いしばらく歩いていくと、大通りよりも少し道幅の狭い道に入る。
少し進むとまた広い通りに出て、そこは道の両側に大小様々な露店が所狭しと居並ぶ、なかなかに活気の溢れる通りだった。
「こちらは『ヘルムドソン通り』という商店街でして、主に食料品が多い露店街です」
「この中にはもちろん氷蟹を売っているお店もありますし、食料品以外のお店もありますよ」
「まだ時間に余裕もあることですし、とりあえずゆっくり見て行きましょうか」
ディーノ村はもちろんのこと、ラグナロッツァでも露店街など見たことがないライトには、全てが新鮮に映る。
ワクテカ顔で歩いていると、クレハがふと思い出したように注意を促す。
「あ、この通り自体はそんなに治安は悪くないですが、見ての通り活気があって人通りも多いので、はぐれないように気をつけていきましょうね。スリなども絶対にいないとは限りませんし」
「ンじゃライトきゅん、吾輩と手を繋ごうよ!そしたら絶対にはぐれないし!吾輩頭いーい!」
「ん?いいよー」
「やったぁ♪」
クレハからの忠告に、フェネセンが迷子対策として手を繋ごうと言い出した。その提案に対し、ライトは快諾する。
早速ライトと手を繋いだフェネセンはものすごく上機嫌で、繋いだ手をブンブン振りながら鼻歌交じりで軽くスキップしている。
そんな原始的なことをしなくても、位置追跡魔法なり探索魔法なり迷子防止の対処策などいくらでもあるだろう。
スリ対策とて同様であり、むしろクレアやフェネセンのいるこの一行に対してスリを働いて逃げ切れるような猛者など、このツェリザーク規模の都市ではまず皆無と言い切っても過言ではない。
だが、フェネセンが手を繋ぎたがったのはきっと人の手の、いや、ライトの手の温もりを求めたからなのだろう。
ライトもそれが分かっているから、抵抗や否定などすることなく素直に受け入れたのだ。
鼻歌交じりのスキップで歩くフェネセンの心底嬉しそうなニコニコ笑顔を見て、ライトの方まで笑顔になり心が温かくなっていくのを感じていた。
そしてそれはライトだけでなく、そのやり取りを傍で見ていたクレアやクレハもまた微笑みながら二人を見つめていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あ、このお店に氷蟹があるようですよ」
クレハからの声に、ライトとフェネセンは軽やかなスキップをピタッと止める。
若干通り過ぎてしまっていたが、その距離を二人して後ろ歩きでツツツツー、と戻りつつ教えてもらった店を覗くと、確かに氷蟹と思しき大きな蟹爪や蟹の脚があった。
ライトの前世の記憶にある蟹よりもかなり大きく、一番太い脚ともなるとレオニスの背丈と同等くらいに見える。脚だけでこれだけ大きいとなると、元の大きさはどれほど巨大なのか想像もつかない。
ライトは店主であろう中年男性に声をかけた。
「すみませーん。これ、氷蟹ですよね?」
「おう、見ての通り鮮度抜群のツェリザーク名物氷蟹だぜ!」
「お値段おいくらするんですか?」
「脚は太いので1本3000G、細いのは2000G、爪は1個4000G、胴体は1個8000Gだ」
「!!!!!」
店主その値段のあまりの高さに、ライトは絶句する。
確かに氷蟹は氷の洞窟にしか棲息しない魔物であり、それを狩るだけでなく氷の洞窟に入ることからして結構なリスクだ。大きさだって脚一本でもライトの身長より長いほどの巨大サイズだ。
それらを考えるとその値段は妥当なものと言えるが、それにしても高額な品であることは間違いなかった。
「ううう、高い……でも、ラウルにお土産たくさん買っていってあげたい……ううう……」
涙目で呟くライトは、レオニスからもらったお土産用の小遣いの入った財布の中を見る。中には思っていた以上にかなりの金額が入っており、少なく見積もっても10万Gくらいはあると思われる。
これはおそらく、ツェリザークで最も有名な名品氷蟹をお土産の視野に入れたレオニスが、ライトの初めての日帰り旅行のために多めに持たせてくれたのだろう。
「ぃよッしゃぁー、これで勝つる!!」
ライトがその目に新たな涙を滲ませながら、空を仰ぎつつガッツポーズを取る。
ライトのそんな珍しい行動に、フェネセンが心配そうにライトの顔を覗き込む。
「ライトきゅん、ダイジョブ?」
「……あッ、大丈夫だよ、心配かけてごめんね」
ライトは慌てて取り繕いながら、改めて店内に広げられている品々の数を大雑把に確認する。
太い脚と細い脚が各10本、爪3個、胴体3杯といったところか。
いや、待てよ。これだけ大きな露店街なのだから、もしかしたら他にも氷蟹を売っているお店があるかもしれない。
そう思い直したライトは、ひとまず他のお店も軽く見て回ることにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ヘルムドソン通りと呼ばれるその露店街は、氷蟹の他にも様々な品を売る店が立ち並んでいた。
とはいえ、このツェリザークは基本的に寒冷地なので香辛料や果物の類いはかなり少ないようで、あっても他地域からの輸入品のようだ。
その分保存の効く塩漬けのようや食品や調味料などは、豊富に並んでいる気がする。
バルサミコ酢っぽいものや醤油のようなものなど、とりあえずラウル向けに料理のバリエーションが広がりそうなもので価格が500G以下のお手頃な品々を選んでは購入していく。
途中、狗狼の毛皮や凍砕蟲の吐く糸で織られた生地などをアイギス三姉妹用の土産として購入する。
どちらもお値段5000Gに反物一反10000Gとかなり値の張る品物だったが、それらもまたツェリザーク近辺にしか出ない魔物由来の品々だったので、その珍しさに惹かれ思い切って買ったライト。
決して安くはないが品質は良さそうだし、クレハやフェネセンという目利きの太鼓判もあって粗悪品を掴まされる心配もない。
そして何より、ライトやレオニスがいつも世話になっているアイギス三姉妹への御礼も兼ねての土産と思えば相応な買い物だった。
ちなみにその間クレアやフェネセンは何をしていたというと、時折寄り道しては焼きたて熱々の焼き芋やホットアップルパイなどを自腹で購入しては、各々の腕に山ほど抱えつつ歩き食いしている。
念願の食後のスイーツを堪能しているようで、何よりである。
そして、本日大本命の土産ターゲットである氷蟹。
結局一番最初に見た店が一番品揃えが多く、価格も妥当なものだった。
ライト達は小一時間ほど他の店を見て回った後、再び最初の氷蟹の店に戻った。そしてその在庫が減っていないことを確認し、店主との交渉を開始する。
「ねぇ、おじさん。今このお店にある氷蟹の在庫は、脚20本、爪3個、胴体3個、で合ってる?」
「そうだな、だいたいそんなもんだな」
「そしたら、太い脚10本30000G、細い脚20000G、爪12000G、胴体24000G、合計金額86000Gだよね?」
「お、おう、計算早いな、坊主……」
ライトの暗算の速さに、店主はびっくりしたような面持ちでライトを見る。
「ねぇ、物は相談なんだけどさ。ここにある氷蟹全部買うから、その分少し安くするか何かオマケつけてくれないかなぁ?」
「何、全部!?……ちょっと待ってくれ、少し考えさせてくれ」
ライトの思いがけない提案に、店主はそう言うとしばらく考え込んだ。
交渉を持ちかけたライトとしても、十分に勝算はある。
ただでさえ最高級品の食材だ、そう簡単に飛ぶように売れる品ではないだろう。実際ライト達が他の店を見て回ったのは小一時間だけだが、その間に1個の売上もなかったのだ。
そんな最高級品を、あるだけの在庫を全て買い取るというライトの提案。店主にとって、これほど魅力的な話もなかなかあるまい。
「……よし、分かった。大幅な値引きはできんが、珍しいものをオマケにつけようじゃないか。値段も85000Gにするぞ」
「珍しいもの?それは、何?」
「それはな、こいつだ」
店主は店の奥の方から、ガサゴソと何やら品物を出してきた。
クレアさんや、完璧なる淑女が焼き芋抱えて歩き食いとかしていいんですかね?という作者や皆様の真っ当至極な疑問の答えは、我が脳内のクレアさんが直々にお答えしてくれました。
クレアさんからの回答は↓コチラ↓
「え?もちろんいいに決まってるじゃないですか。『完璧なる淑女』などと呼ばれてはいますけど、私、普通の平民ですからね?平民には下町でのびのびと楽しむという特権があるのですよ」
クレアさんは本当に無敵の人です。




