第1415話 遺跡の異変の種類
ギルド内売店で買い物を済ませたレオニスが、再び受付窓口に舞い戻ってきた。
受付にいたクレネが少しだけびっくりした顔をしている。
「よ、クレネ、さっきぶり」
「あら? レオニスさん、ティファレトにいる間は仕事しないんじゃなかったんですか?」
「いや、それがな? 一応ここの依頼掲示板を見てみたら、面白そうなものがあったんでな。話を聞くだけ聞いてみようと思ってな」
「……あー、ティファレト遺跡の再調査の件ですかー。確かにこれは、レオニスさんの気を思いっきり引きそうな案件ですよねぇー」
「そゆこと」
レオニスが持ってきたティファレト遺跡再調査の依頼書をピラピラしながら見せると納得していた。
「これ、依頼書には今年の夏にやるって書いてあるが、まだ詳細は決まってないんだよな?」
「ええ、先日十五年ぶりにティファレト遺跡での変化が確認されまして。その再調査ための準備が始まったばかりなんですぅー」
「で、ティファレト遺跡の異変はどのタイプだ?」
「それがですねぇ、かなーり厄介なヤツなんですよねぇ……」
「厄介ってーと、もしかして階層が増えたのか?」
「その通りですぅー……」
レオニスの問いかけに、クレネが目を閉じ悩ましげな表情で答える。
遺跡の異変には、主に三種類ある。『建物変異型』『部屋数増減型』『階層増減型』だ。
このうち最も軽度なのが『建物変異型』。遺跡にある建物のうち、屋根や柱などの何かしらが突如出現したり消失したりするタイプだ。
その次が『部屋数増減型』。一つの階層内で部屋と呼べる空間が突如できたりなくなったりする。
部屋が増える分にはまだいいが、消えた場合には中にあった遺品や調度類も全て消失するので、損害額が膨れ上がることもしばしばある。
そして、最も厄介とされるのが『階層増減型』。文字通り、階層が増えたり減ったりするタイプだ。
部屋が一つ二つ増えるだけならともかく、階層そのものが増えるとなるとその影響はかなり大きい。
階層が減った場合はまだマシだが、大抵は増える方に変異する。
そして新たな階層が出現した時は、再調査をするにしても慎重に行わなければならない。
新たに出現した階層には未知の魔物が潜んでいることも多く、考古学者達だけでは到底手に負えない事態になるからだ。
また、増えるのは地下に拡張することがほとんどだが、極稀に建物の上の階が増えたケースもある。
クレネの話によると、今回のティファレト遺跡の異変はこの『階層増減型』。
これまでのティファレト遺跡は、地上一階地下一階のシンプルな作りだったが、地下一階の最奥の壁に地下に向かって進む階段が突如出現したのだという。
「地下に階層が増えた場合、果たしてそれが一層だけなのか、あるいは二層三層、それ以上……どのくらい増えているのかが全く分からないというのが、非常に厄介なんですよねぇ」
「そうだよなぁ。一層だけならまだいいが、それ以上増えてたら再調査にかかる時間も費用も天井知らずになるもんなぁ」
「はい……かといって、異変が起きた以上再調査しない訳にはいきませんし……ただ、もしレオニスさんが再調査にご参加くださるのなら、ティファレト支部としても非常にありがたいです!」
それまで鬱々とした顔で零していたクレネ。パッ!と顔を上げてにこやかな笑顔でレオニスを見つめる。
この手の調査で最も警戒しなければならないのは、新たに拡張したエリア内に潜む魔物。それは時に『ボスモンスター』と呼ばれるような怪物が出てくることも往々にしてある。
その対策を怠ると、一瞬にして多大な人的被害が発生してしまう。
しかし、レオニスがティファレト遺跡再調査依頼に参加してくれれば、間違いなく未知の魔物への対策になる。
この場合、レオニスは遺跡周辺の警戒ではなく新階層へ突入する内部の方に配属されるだろう。
「つーか、もし時期的にタイミングが合えば、この遺跡再調査に俺だけでなくライトも参加させてみたいと思ってたんだがなぁ……」
「え"ッ!? レオニスさんはともかく、ライト君まで参加させるつもりだったんですか!?」
「ああ、本当はそのつもりだったんだ。ライトは今年の八月十二日に十歳の誕生日を迎えるんだ。遺跡再調査の補助業務なら、石級でも受けられるだろ? しかし……階層増加型の異変となると、さすがにそれはちと厳しいよなぁ」
「それ、厳しいどころか絶対に却下されるヤツですよ?」
「だよなー」
レオニスの話に、クレネがびっくり仰天している。
サイサクス世界における冒険者階級の石級とは、一番最初の紙級の次。
紙級から一つ階級が上がるだけで、ライトもティファレト遺跡再調査に参加可能になる。
故にレオニスは『時期的にタイミングが合えば』と言ったのだ。
しかし、肝心のティファレト遺跡の異変が階層増加型となると話は別だ。
補助業務要員の募集で石級参加OKとなっていても、それは少なくとも成人した大人で、冒険者歴も三年くらいは積み重ねた者でないと冒険者ギルドの許可が出ないだろう。
さすがに子供のライトでは、まず間違いなく参加拒否される可能性が高いことは二人とも承知していた。
「……しゃあない、今回はライトには諦めてもらうか」
「そうなさるべきかと。如何にレオニスさんが冒険者として超優秀で、ライト君も今から将来が楽しみな超有望株であろうとも、こればかりは無理ですぅー」
「了解。俺としても、これ以上ライトを生命の危険に晒すことはできんしな」
「……これ以上……?」
「ぁ、ぃゃ、何でもない、こっちの話だ」
胡乱げな目でレオニスを見るクレネに、レオニスが慌てて誤魔化す。
ライトを生命の危険に晒すことができないのは当然のこととして、『これ以上』という言葉がつくと『少なくとも一度はそういう危険な目に遭った』という意味になってしまう。
実際ライトはビースリー騒動で危険な目に遭ったし、レオニスもその時のことを思い出してつい口にしてしまった。
それを聞き逃さなかったクレネは、やはり何でもできるスーパーウルトラファンタスティックパーフェクトレディー!である。
しかし、ここでそれらの経緯をクレネに話して聞かせる訳にはいかない。
何とか話題を変えるべく、レオニスが必死にクレネに話しかける。
「で? 再調査の日程とかはまだ全然決まってないんだよな? 今年の夏のどの辺りでやるんだ? ある程度分かっていれば、俺も日程の調整をしやすいんだが」
「えーとですねぇ、今のところ八月下旬から九月中旬のどこかで、一週間から最大二週間を予定しています。ほら、もともと夏はティファレト遺跡観光の最盛期ですので」
「観光シーズンが終わってから再調査に入るってことか?」
「そうですそうですぅー。内部変化が確認されたので、さすがに現状では遺跡再調査が完了するまで観光客は立入禁止になっていますが。それでもティファレト遺跡は外観が非常に美しいので、外側からだけでも観に来る観光客は多いんですよー」
「まぁなー、観光で稼げるうちは稼ぎたいってのは分かるがな」
ティファレト遺跡再調査の日程に、レオニスも理解を示す。
ここティファレトは温泉リゾート地としての名の方が有名ではあるが、ティファレト遺跡も何気に人気が高い観光スポットだ。
観光資源は有効活用してこその資源であり、街として収入を得る絶好の時期をフイにする訳にはいかないのだ。
「とりあえず、お盆以降ってのは確定してるんだな?」
「はい、それは間違いありませんですぅー」
「分かった。そしたらまたお盆の最中か、それより少し前あたりにまた話を聞きに来るわ」
「分かりましたー!遺跡再調査団の中に、レオニスさんのお席を今から確保しておきますので、ご参加よろしくお願いいたしますぅー!」
「はいよ。じゃ、腹も減ってきたからぼちぼち昼飯食ってくるわ」
「いってらっしゃーい!」
厄介な遺跡再調査にレオニスが参加表明したことで、まだ日程も決まっていない今からもう彼の席を確保するというクレネ。
このティファレトにだってそれなりに強い冒険者はいるだろうに、何とも気が早いことだ。
しかし、戦力としては申し分ない逸材が来てくれるというのだ、このチャンスを何が何でも逃すまいとするクレネの姿勢は、冒険者ギルド受付嬢の鑑である。
ギルド内売店での買い物や、依頼掲示板にティファレト遺跡再調査の件をクレネに聞いたり等々、何かと時間がかかってしまった。
気がつけば午前十一時半を過ぎ、お昼ご飯を食べてもいい頃合いの時間。
レオニスはラーデとともに冒険者ギルドティファレト支部を出て、ティファレトの街の中に歩いていった。
前話でレオニスが見つけたティファレト遺跡再調査。その詳細を明かす回です。
今回、サイサクス世界特有の『変化が起こる遺跡』をどのようなものにするか、かなーり苦労してしまいました。
でもって、あまりに簡単なものだと盛り上がりに欠けそうだから、難易度高めのものにしちゃえー!と階層増加型にしたら、今度はライトの参加が危ぶまれる羽目に><
まぁね、いくらレオニスが『こいつ(ライト)は強いから大丈夫!再調査に連れていけるから!』と主張したところで、冒険者ギルド側他周りが十歳児の参加を認める訳ないですからね…( ̄ω ̄)…
ライトの楽しみは果たして増えるのか、それとも断腸の思いで涙を呑むのか。作者にもまだ分かりませんが、ま、なるようにしかならんでしょう!
というか、まだ黄金週間初日だってのに、今からもう夏休みの予定が入り始めるとか、一体何事?( ̄ω ̄)…イヤマジデ…




