第1414話 買い物三昧と興味を引く依頼書
レオニスはクレネと別れた後、宣言通りギルド内売店に向かう。
カイ達翼竜籠組と合流するまでに、まだ六時間近く余裕がある。
その間にご当地ならではの土産を探しておこう、という訳だ。
ギルド内売店には、温泉リゾート地ならではの土産物がたくさん置かれている。
『ティファレト名物温泉まんじゅう』に『ティファレト温泉サイダー』、『ティファレトの湯(入浴剤)』などなど、定番商品が目白押しだ。
「いやー、温泉土産と言えばやっぱりまんじゅうだよな!……お、この温泉まんじゅう、七つの色と味があんのか。面白ぇな、うちに十個とカイ姉達用に三つ買っておこう」
「おお、この温泉サイダーは二種類あんのか。何ナニ、普通のサイダーと……こっちは『ぬるぬるドリンク温泉サイダー味』、だとぅ? ぬるぬるドリンクのサイダー味ってーと水色が定番で、エンデアンの海色も炭酸ラムネ味で炭酸入りだが……その二つとも違うのか?」
「で? こっちは入浴剤か。『ご家庭のお風呂で、ティファレトの温泉を味わえる!』『ティファレト温泉特有のぬるぬる風呂で、アナタのお肌がツルツルスベスベに!』……飲み物だけじゃなく、風呂までぬるぬるになるんか……」
売店内に所狭しと並べられている、数々のティファレト土産。
レオニスはそれら物珍しい品々を真剣に見ながら、一つ一つ吟味している。
レオニス自身、ティファレトに来るのはこれが初めてではない。だが、前にいつ来たのかすぐに思い出せないくらいには昔の話だ。
それに、これまでと違い今回は完全にプライベートでの温泉旅行。
個人的な行楽というものをレオニスはあまりしたことがないので、せっかくだから土産も奮発するか!とばかりに買い物かごの中にザックザックとお土産を買い込んでいく。
温泉まんじゅうを十三箱、温泉サイダーのノーマル味とぬるぬるドリンク温泉サイダー味を各十本、ボトルに入った粉末状の入浴剤を二十個。
他にも温泉プリンや温泉クッキー、温泉卵にティファレトのロゴ入りタオルや温泉石鹸などなど。
どれもライトやラウル、アイギス三姉妹が大喜びしそうなものばかり。
鼻歌交じりで土産を選び、買い物を進めていくレオニス。その顔は、彼にしては珍しくウキウキしていて実に楽しそうだ。
普段レオニスは買い物を楽しむことなど滅多にないが、やはりこういった旅先での買い物は楽しいらしい。
ちなみにこの買い物を楽しんでいるのは、レオニスだけではない。レオニスの左肩に乗っているラーデもまた、物珍しそうにずっとキョロキョロと周囲を見回していた。
何しろラーデは、今日初めて人里デビューした身。
冒険者ギルドの建物や街並みだけでなく、レオニスが今まさにしている買い物といった人族ならではの様々な行動や習慣、延いては人族の文化そのものが全て珍しいのだ。
そうして売店内の品を全て見終えて、会計カウンターに向かったレオニス。最終的には買い物かご三つ分にも膨れ上がってしまった。
買い物の量と金額も然ることながら、レオニスが買った物を空間魔法陣に仕舞うのを見た会計のおばちゃんが心底びっくりするのも無理はない。
財布の紐が終始緩みっ放しだが、たまにはこうして買い物を楽しんで経済を回すのもいいだろう。
思う存分買い物を楽しんだ後は、一応ティファレト支部の依頼掲示板を見ていく。
この黄金週間中に仕事をするつもりは全くないが、それでもこの地でどんな依頼が出ているかくらいは見ておきたい。ここら辺は、冒険者としての性か。
早速レオニスは依頼掲示板の前に立ち、貼られている依頼を眺めていく。
他の街でも見られる定番の薬草採取やペット探し、家屋修理や下水道清掃などの軽めのものから、リゾート旅館の警備、ティファレトに旅行に来た貴族等の要人警護、他にも懸賞金付き指名手配犯の手配書や高難易度の素材採取といった様々な依頼書が張り出されている。
その中で、レオニスの目を引いたものが一枚だけあった。
それは『ティファレト遺跡調査』である。
「ほう、ティファレト遺跡の再調査があんのか。そりゃまた珍しいもんが予定されてんだな」
『レオニスよ、その『ティファレト遺跡』というのは何だ?』
「ン? ティファレトってのはこの人里、街の名前で、この街の近くにある古代遺跡……えーっと、遺跡ってのは今の人間達よりももっと昔の人間が作った建物や歴史的事件があった場所とかだな。要は『人族が活動した痕跡がある場所』を指す言葉だ」
『ふむ……今はもう生きていない者達が残した軌跡か。なかなかに興味深いな』
ティファレト遺跡調査の依頼書を見ていたレオニスに、ラーデも興味を示してきた。
古代遺跡の再調査は、ここサイサクス世界では割と定番の依頼だ。
というのも、サイサクス世界の古代遺跡は時空そのものに歪みがあるのか、それまで地表に出ていたものとは全く違うものが時折出現するからだ。
そのため、サイサクス世界の遺跡は調査され尽くして完了するということはない。遺跡に何らかの異変が生じた場合は、その都度調査団が結成されて変化後の遺跡に派遣されるのである。
なお、この遺跡の異変が起きる周期は定かではない。
僅か数年で異変が起きる場合もあれば、何十年と変化が起きない遺跡もある。
また、同一の遺跡であっても同じ周期で変化が起きるとは限らない。十年間に二度の異変が起きたとしても、その後十年以上経っても無変化が続くことなんてザラにある。
故に遺跡の再調査は事前に予定を組むことができない。異変が生じてからその都度対応するしかなかった。
「この依頼書によると、今から二週間ほど前にティファレト遺跡で新たな変化が起きたらしい。その再調査のため、今年の夏に遺跡調査団が派遣されるんだと」
『その調査に、其方ら冒険者も駆り出されるのか?』
「遺跡の調査そのものに、俺達冒険者が直接関わることはほとんどない。ただし、遺跡の周辺で魔物が出る場合は話が別だ。遺跡を調査する学者やその助手達のほとんどは、魔物と戦うことはできんからな。学者達の身を守り、魔物達を退けるのが俺達冒険者の主な役目だ。他にも荷物運びや出土品の分類作業の補助といった、いわゆる雑用仕事なんかもあるがな」
『なるほど。得手不得手に応じて役割を分担するのだな』
「そゆこと」
レオニスの解説に、ラーデが納得しつつ頷く。
古代遺跡の再調査において、冒険者ギルドに出される依頼は主に二つ。
遺跡周辺や内部に出没する魔物退治を主とした警備全般と、遺跡内部での様々な雑用仕事をこなすこと。
前者は腕の立つ実力派の冒険者でないと無理だが、後者はまだ低ランクの新人冒険者でも引き受けられる。
実際に今レオニスが見ている古代遺跡再調査の依頼書も二種類あって、『ティファレト遺跡再調査の警護(遺跡周辺は白銀級以上、内部警備は白金級以上)』と『ティファレト遺跡調査団の補助業務(石級以上黒鉄級まで)』という二枚が貼り出されていた。
そして、ここティファレトにおいて前回の遺跡調査は今から十五年前に行われたらしい。
十五年前といえば、レオニスも既に冒険者登録は済ませていたが、当時のレオニスは十一歳か十二歳。まだディーノ村の孤児院で過ごしていた頃のことだ。
なので、レオニスがティファレトの遺跡調査に参加したことはまだ一度もない。
依頼掲示板に貼り出された依頼書を、レオニスが繁繁と眺めつつ呟く。
「古代遺跡の再調査は、今年の夏にやるのか……まだ詳しい日程は決まっていないようだが、できれば俺も参加してみたいな」
『自分がいつも住んでいる里でなくとも、他所の里の仕事でも引き受けられるのか?』
「それが冒険者ギルドの良いところさ。冒険者ギルドに登録してさえいれば、他所の街どころか他の国の仕事でも受けられるんだ。もっとも、他国の仕事を受けるとなるとそれなりに煩わしい手続きも要るがな」
『縄張り意識が薄いというのは、集団生活をする種族にしては珍しいな』
「まぁな。基本的に弱っちい人族が一人でできることなんて、高が知れてるさ。だが、自分一人だけではできないことも、他者の力を借りることで大きな成果を出せることも珍しくない。冒険者ギルドに垣根がないのは、人が人を助けるために必要なことなんだ」
ラーデの様々な疑問や所感に、レオニスがその都度答えていく。
竜の祖であり絶対的な強者であるラーデとレオニス含む人族では、文化や物の考え方一つ取っても全く違う。
何から何まで違う両者。特に強者から見た弱者の生き様は、理解できないことの方が圧倒的に多いに違いない。
そうした意識の違いを少しづつ埋めていくことは、ラーデにとっても良い経験となるだろう。
「……よし、昼飯を食いに外に出る前に、クレネに古代遺跡再調査の件を聞いてみるか」
『ここにいる間は、仕事をしないのではなかったのか?』
「もちろん仕事はしねぇよ? ただ、この遺跡再調査が行われるのは、まだだいぶ先の話だしな。実際に俺が引き受けられるかどうかは別として、話を聞いておくだけならタダだろ? それに…………」
『それに……何だ?』
クレネのもとに戻るというレオニスに、ラーデが不思議そうな顔でその真意を尋ねる。
レオニスがティファレト遺跡再調査の件を気にかけたのは、二つの理由がある。
一つは純粋に自分自身が古代遺跡再調査に参加してみたいため、そしてもう一つの理由を明かした。
「多分っつーか、絶対にライトが興味を示すと思うんだよな!」
ライトが考えそうなことを先んじて予想し、そのために動くというレオニス。
ニカッ!と笑うレオニスの顔はワクワクに満ちていて、それはまるで冒険者を夢見る少年そのもの。
古代遺跡再調査という未知の世界を知る機会が目の前にあることに、今から探究心が抑えきれないのだ。
レオニス自身、新しい冒険を求める心は今でも持ち続けている。
だからこそ、現在進行形で冒険者の正式登録ができる日を今か今かと待ち侘びるライトの気持ちが、それこそ手に取るように分かる。
それはかつて自分も辿った道。あれからもう十年以上の月日が経ったが、ディーノ村で冒険者登録した日の感動は今もレオニスの胸に鮮明に刻まれていた。
「時期的に、ライト自身が参加できるかどうかは微妙なところだが……運が良ければ補助業務の方で、加わることができるかもしれん」
「そうと決まれば善は急げだ!クレネに話を聞きに行くぞ!」
依頼掲示板に貼られた、ティファレト遺跡再調査関連の依頼書。
その二枚をレオニスは手に取り、受付窓口に向かっていく。
足取りも軽いレオニスのご機嫌な様子に、ラーデも思わず微笑むのだった。
前話に続き、ティファレトに先行して移動したレオニスとラーデの様子です。
前半は主にティファレト土産で、拙作ではお馴染みのへんちくりんな品々が登場。
RPGゲームなどでもそうですが。新しい街に到着したら、まず真っ先に行うのは新しいショップの売り物ラインナップチェックですよね!(・∀・)
特に今回は温泉リゾート地ということで、温泉地ならではのお土産を厳選チョイス♪(ФωФ)
ご当地グルメ等の食べ物類のお味はもちろんのこと、入浴剤などの使い心地も後日どこかで披露する予定です♪( ´ω` )




