第1401話 パレンとの対談
ライト達が火の姉妹と楽しく過ごした翌日。
レオニスは冒険者ギルド総本部に出向いていた。
その目的は、エリトナ山に転移門の設置許可を得るためである。
まずは冒険者ギルド総本部の受付に向かうレオニス。
受付窓口にいるクレナに挨拶をした。
「よ、クレナ。今日も仕事ご苦労さん」
「あらー、レオニスさんじゃないですかー。お久しぶりですぅー」
「今マスターパレンはいるか?」
「はい、今日も執務室にてバリバリ仕事をこなしておりますぅー」
レオニスの来訪に、にこやかに対応するクレナ。
パレンは冒険者ギルドマスターという重職にあるので、ラグナ宮殿や他のギルドマスター達との会議等々で不在であることも多い。
特にレオニスなど毎回アポ無し訪問なので、総本部に出向いたからといって必ずパレンに会えるとは限らないのだ。
しかし、今日は運良く総本部に滞在中だという。早速レオニスがクレナに問うた。
「そっか、そしたらマスターパレンに相談したいことがあるんだが。執務室に邪魔させてもらっていいか?」
「マスターパレンなら、きっと『レオニス君からの話なら、何をさて置いても聞こうじゃないか!』と仰ると思いますよ?」
「ありがとう。早速執務室に行かせてもらうとしよう」
「いってらっしゃーい」
レオニスの問いかけに、フフフ、と可愛らしく笑いながら肯定するクレナ。
受付嬢クレナのお墨付きを得て、レオニスはギルドマスター執務室に向かっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ギルドマスター執務室の前に立ち、ノックを二回してから扉を開くレオニス。
執務室の中では、相変わらず書類の山の向こうに謎の後光が輝いていた。
その後光のもとは、言わずもがなギルドマスターであるパレン。彼のスキンヘッドから、常時眩い光が発しているのだ。
「よう、マスターパレン。仕事に精が出るな」
「おお、その声はレオニス君かね? すまんが席に座って少し待っててくれ、これこの通り忙しくてな」
「ああ、気にしないでくれ。いくらでも待つし、そもそも俺の方こそいつも予告なく押しかけてるしな」
「そう言ってもらえるとありがたい。おーい、シーマ君、レオニス君にお茶とお茶菓子を出してくれ!」
「承知いたしました」
書類の山越しに会話するレオニスとパレン。
レオニスは応接ソファに座り、パレンの手が空くのを待つ。
その間に、パレンの第一秘書であるシーマが二人分のお茶とお茶菓子を用意し、ソファの前にあるテーブルに楚々と置いていく。
出されたコーヒーの良い香りを堪能しつつ、レオニスが一口二口啜ったところでパレンが席を立ちレオニスの前まで移動してきた。
今日のマスターパレンは、商人の出で立ちをしている。
上は白のシャツの上に赤いベストを着ていて、下は足首まで隠れるゆったりとしたズボンに革紐でできたサンダルを履いている。
頭にはターバンを被り、肩には青いポシェットを袈裟懸けにして携えている。
ターバンの額の部分には、宝石っぽい赤い石と一本の青い羽根があしらわれていて、手首には額の赤い石とお揃いの石を嵌めた金色の腕輪を着けている。
さらには鼻の下に付け髭までしていて、如何にも砂漠を旅する隊商の商人といった雰囲気を醸し出していた。
おお、今日のマスターパレンは商人か。
ネツァクに行けばこれによく似た格好の商人を見るし、本当にこんな出で立ちの商人が積み荷とともにノーヴェ砂漠を旅していそうだ。とはいえ、ここまで筋骨隆々の商人なんて他にいねぇだろうけど。
しっかしあの口髭、俺がやったら間違いなく胡散臭さ爆発だってのに、マスターパレンがやるとものすごく似合って見えるから不思議なもんだ。
しかも頭には完全にターバンを被ってるってのに、それでも布越しに頭が光り輝いて見えるってのはすげーな。
これはアレか、マスターパレンから滲み出る高貴なオーラは、薄い布生地一枚如きでは隠しきれないってヤツか?
さすがはマスターパレン、実務能力だけでなく人徳の高さも随一だな!
パレンの商人コスプレを見て、レオニスが内心で超ポジティブレビューを繰り広げている。
そんな絶賛レビューなど知る由もないパレン、レオニスの向かいの席に座って声をかける。
「レオニス君、待たせてすまなかったな」
「いやいや、このくらい待つうちにも入らんさ。それに、マスターパレンだって少しは休憩しなくちゃな。書類仕事ばかりじゃ息が詰まるし、身体も凝り固まるだろう?」
「まぁな。決して楽な仕事ではないし、正直にぶっちゃけると昔に戻って一介の冒険者に戻りたい……と思うこともしばしばある」
「だろうな……」
パレンが腕を真上に上げて背を伸ばした後、首筋に手を当てながらコキコキ、という音を立てつつ肩の凝りを解す。
これだけ大量の書類に囲まれ続けていたら、如何にパレンが超人であろうとも疲労が蓄積していくだろう。
「しかし、この書類の一枚一枚全てにきちんと目を通して承認せねばならんのでな。これらの案件とそれに関わる全ての者達が、ギルドマスターである私の承認を待っているのだ。一件たりとも疎かにはできん」
「あんたのその姿勢は、本当に尊敬するよ。がさつな俺には絶対にできん仕事だ」
「ハッハッハッハ!お褒めに与り光栄だ!レオニス君、私の次にギルドマスターになる気はないかね? サイサクス世界最強の腕を持つレオニス君ならば、ギルドマスターになる資格は十分あるぞ!」
パレンのギルドマスターとしての有能さを褒め称えるレオニスに、パレンは高笑いしながらとんでもない無茶振りをしてきた。
実際ギルドマスターとは、それまで多大な功績を残した有能な者が現役引退後に就任するのが常であり、無能な者には決して就けない要職。
もっとも、薬師ギルドの前マスター、ダニエル・ネイブルのような貴族特有のコネでゴリ押しされるケースも無きにしもあらずではあるが。
しかし、いくらパレンの頼みでも聞けることと聞けないことがある。
レオニスにとって今回のそれは間違いなく後者。レオニス自身が絶対に無理だと思っている仕事を、軽々しく引き受ける訳にはいかない。
「よしてくれ、脳筋の俺に書類仕事なんざできる訳ねぇだろうよ? つーか、そんなのマスターパレンだってよく分かってるだろう?」
「いやいや、先のことなど誰にも分からんぞ? 現にこの私だって、現役時代は『脳筋の中の脳筋』と言われてたしな」
「そりゃマスターパレン、あんたは真に文武両道を極めた人だからできる芸当だ。でもって俺は全く文武両道じゃない。剣と拳だけありゃいい、言ってみりゃ武一筋で文の方はからっきしだからな」
「私に言わせれば、そんなこともないと思うのだがなぁ? ……ま、気が変わったらいつでも言ってくれ、レオニス君が将来の冒険者ギルド幹部候補であることに変わりはないからな」
「へいへい、期待には全く応えられんと思うがな」
双方口調は平穏ながらも、水面下で丁々発止のやり取りを交わすレオニスとパレン。
そうした互いの思惑を一頻り繰り出した後、パレンがはたとした顔になりレオニスに問うた。
「そういやレオニス君、今日の用向きは何だね?」
「ああ、その話をしなきゃな。昨日久しぶりにエリトナ山に出かけて、火の女王とも話をしたんだ。そしたら、一ヶ月ほど前に死霊兵団の襲撃があったらしい」
「何ッ!? エリトナ山に再び廃都の魔城の魔の手が伸びたのか!?」
「ああ。しかもスケルトンの数が半端なくてな……千体を超える数を一気に寄越したらしい。その残骸の処理は、その場で俺がライトやラウルとともにしておいたが。ありゃ確かに火の女王の言う通り、千体以上の量があった」
「千体、だと……それは洒落にならん事態だな……」
レオニスが話し始めた本題、エリトナ山の現状にパレンが愕然としている。
一回の襲撃でスケルトン千体という規模は尋常ではない。
事態の深刻さに、パレンも即時気づいたようだ。
「エリトナ山は活火山で、今も火口の下には煮え滾るマグマが溢れている。そのエネルギー量は、魔の森と呼ばれるカタポレンにも引けを取らん。そんな膨大な魔力を秘めた場所だからこそ、廃都の魔城の奴等もエリトナ山をしつこく狙っているんだろう」
「さらに言えば、エリトナ山の火口の奥底にはガンヅェラが眠っている。マスターパレンも知っての通り、ガンヅェラは一度目を覚ませば必ず地上に現れて、表に出ている限り全てを火の海にして呑み込んでしまう」
「もしエリトナ山が、廃都の魔城の奴等の手に落ちれば……間違いなくガンヅェラも奴等の手先として使われてしまうだろう。そうなったら、もはや俺達だけでは手に負えなくなる」
レオニスの話をじっと聞き続けるパレン。鼻の下にある付け髭の口髭を擦りつつ、深刻な顔つきで悩んでいる。
そして、ふいに顔を上げて真っ直ぐにレオニスを見つめながら問うた。
「レオニス君には、それに対抗する策があるのだな?」
「ああ。万が一エリトナ山で再び緊急事態が起きた時のために、エリトナ山山頂に転移門の設置をしたい。今日はその許可をもらうために、マスターパレンに相談しに来たんだ」
「転移門か……確かにそれがあれば、レオニス君や他の冒険者達がエリトナ山に駆けつけることができるな」
「そういうこと。ただし、エリトナ山に入るには火の女王の許可が不可欠だ。今のところ火の女王の信頼を得られているのは、俺とラウル、そしてライトの三人しかいないがな」
「ふむ……三人だけとはいえ、その中にレオニス君が含まれているのは僥倖だ」
レオニスが出した『エリトナ山に転移門を新設する』という案に、パレンも得心したように頷く。
後からレオニスが付け足したように、エリトナ山に入る資格を持つ者は本当に限られている。ぶっちゃけた話、現状ではエリトナ山に出入りできる者はライト達三人以外にいない。
だがそれでも、誰も立ち入れないよりは全然マシだ。
しかもその中には、当代随一の最強冒険者であるレオニスがいる。
レオニスがいれば、スケルトン千体だって一人で撃退してしまえるだろう。
パレンはしばらく考え込んだ後、徐にその口を開いた。
「……よし、レオニス君の言い分を認めよう。エリトナ山山頂に転移門を新設することを許可する」
「ありがとう!」
「何、礼を言われることでもない。これは人族にとっても疎かにはできない問題だしな。というか、火の女王の方でも転移門の設置を認めているのだよな?」
「ああ、それは問題ない。エリトナ山に何かあった時のために、という話は火の女王にも既に通してある」
「ならいい。では早速その手続きをしておくことにしよう。おーい、シーマ君、クレナ君を呼んできてくれたまえ!」
「畏まりました」
パレンもレオニスの案を有効だと認め、エリトナ山山頂に転移門の新設を許可した。
そして即実行するために、第一秘書のシーマを通じてクレナを呼び寄せた。
シーマに呼ばれたクレナが、執務室の扉をノックしてから入室してきた。
「マスターパレン、お呼びでしょうか?」
「うむ、レオニス君が今から出す転移門の新設の許認可手続きを進めてくれたまえ」
「分かりました。では、レオニスさん、一度一階の会議室に来ていただけますか? そちらで各書類の記入や手続きを進めますので」
「分かった」
転移門の新設手続きのために、一階の会議室への移動を促すクレナ。
それに従い、レオニスがコーヒーの残りをクイッ、と飲み干してから立ち上がった。
「マスターパレン、今日も俺の相談に乗ってくれてありがとう。やっぱあんたは俺の期待を裏切らない、理想の上司だ」
「何、ギルドマスターとして当然の対応をしているだけだ」
「あんた程ギルドマスターに相応しい人はいねぇよ。これからも……いや、あと百年くらいはギルドマスターでいてくれ」
「ハッハッハッハ!私もレオニス君の期待に応えられるよう、これからも日々精進に励もう!」
レオニスの何気ないジョークに、パレンは頭のターバンをペシペシ☆と右手で軽く叩きながら豪快に笑う。
パレンはもうそろそろ五十歳に手が届くお年頃のはずだが、レオニスの期待通り百年は生きてギルドマスターを続けるつもりらしい。
サイサクス世界の人族が百五十年も生きられるかどうかは定かではないが、超人と名高いパレンなら本当に達成してしまうかもしれない。
「じゃ、またな。マスターパレンも仕事熱心なのはいいが、程々で休めよ」
「ありがとう。レオニス君もあちこち出かけてて何かと大変そうだが、世界の安寧はレオニス君、君の肩にかかっている。その肩の荷は、ものすごく重たいだろうが……私で手伝えることがあれば、何でも言ってくれ。力の限り助力しよう」
「心強い限りだ。また何かあったら、遠慮なく相談させてもらおう」
パレンからの力強い支援の言葉に、レオニスも嬉しそうに微笑みながら応える。
そしてレオニスはクレナとともに執務室を退室し、一階の会議室に向かっていった。
うおーん、今日も間に合わなかったー><
後書きはまた後ほど……
【後書き追記】
待ちに待った、久々のパレン様コスプレ回です!
……って、え? 誰も待ってない?( ̄ω ̄;≡; ̄ω ̄)ウソーン?
いや、そもそも本題もパレン様コスプレではなく、エリトナ山の転移門設置問題なんですけども( ̄ω ̄)
前回のパレン様コスプレは第1258話、バレンタインデー由来のキューピッド以来。実に144話、作者世界時間で五ヶ月ぶりのご無沙汰!
こんなに間が開いたのも久しぶりのことで、作者はもう寂しくて寂しくて(;ω;)
いつの間にか、作者の心と身体はパレン様のコスプレ無しではいられない仕様になってしまったようです><
嗚呼でもこれでようやくサイサクス世界資料集の『マスターパレンのコスプレ遍歴』に新しく追加できるー♪(人´ω` )
速攻で編集してきマッスルぅー♪ε≡≡ヘ( `∀)ノ
あ、ちなみに商人のイメージは某ドラク工風ですが、まんまドラク工の商人ではありません(・∀・)
てゆか、もはやドラクエの商人が『砂漠を行き交う商人』のデフォルトスタイルですよね!>∀<
それを思うと、サブカルチャーの影響力がいかにすごいものであるかを実感しますね。




