第1375話 異界の時間差問題と称号チェック
その後ライトはミーナとルディとともに転職神殿に戻り、それからすぐにカタポレンの家に帰宅した。
ライトの二年生の春休みは今日で終わり、明日からはいよいよ初等部最高学年の三年生になる。ラグーン学園通園再開に向けて、準備を万全に整えておかなければならないのだ。
またその他にも、二度目の春休みの最後の午後くらいゆったりと過ごしたい!という思いもある。
ライトはカタポレンの家に帰宅して私服に着替え、自室のベッドの上にゴロン、と寝転んだ。
まず頭の中で練り始めたのは、先程までいたブリーキー島の『呪われた聖廟』の攻略手順。
異界化した聖廟神殿、『呪われた聖廟』とサイサクス世界では時間の流れが六十倍もの違いがあることを、先程ミーナ達とともに確認したライト。
正直なところ、ここまで差があるとは思っていなかった。そのため、『呪われた聖廟』での魔物狩りを今後どうこなしていけばいいか、考え倦ねていた。
基本的に慎重な性格のライトは、様々な可能性を考えてリスクを事前に割り出す努力をしている。
それを怠ると、魔法が存在して数多の魔物が跋扈するサイサクス世界で生き残ることができないからだ。
特に『呪われた聖廟』のような特殊性の強い場所は、慎重に慎重を重ねて攻略を検討しなければならないのだ。
その上で『呪われた聖廟』の現状を考えるとかなり難しく、思案するライトの顔はしかめっ面になっていく。
異空間側でどれだけ長い時間を過ごそうとも、こちら側のサイサクス世界ではほとんど時間を消費しない―――これは一見すると実に魅力的なものに思えるが、実はかなり重大なリスクが存在している。
それは『時差が激しい異空間に入り浸れば入り浸る程、自分の肉体だけが歳を取り続けるかもしれない』ということだ。
例えばの話、ライトが一ヶ月の間、三十日間を『呪われた聖廟』内部でずっと過ごしたとしよう。
その間サイサクス世界で経過した時間は、三十日の六十分の一である0.5日となる。それは即ち、半日の十二時間分に相当する。
これをもっと拡大していくと、聖廟側の二ヶ月はサイサクス世界の一日、半年は三日、一年は六日と少し、という計算になる。
つまりライトは、サイサクス世界で一週間にも満たない短期間で『呪われた聖廟』では一年間もの修行を積むことが可能になる、ということである。
しかし、それと同時にライトの時間が『呪われた聖廟』側で進んでいった場合はどうなるか。
普通に考えて、ライトの実年齢はサイサクス世界での一年分が加わることになる。
育ち盛りのライトなら身長は伸びて体重も増え、見た目からして明らかに一週間前と異なる姿に成長するはずだ。
もし万が一そんなことになりでもしたら、レオニスやラウル、マキシはもちろんのことイヴリン達同級生が腰を抜かす程びっくり仰天するだろう。
いや、びっくり仰天どころではすまない。
レオニス達には「何かの病気か!?」と心配されたり泣かれたり、最悪の場合イヴリン達同級生には気味悪がられて遠ざけられてしまうことも十分にあり得る。
今世では悠々自適にのんびりまったりと人生を謳歌したいライトにとって、まだ小学生のうちからそんなとんでもない結末を掴む訳にはいかない。
「これって実際のところはどうなるんだろう……ビースリーの『昏き星海』では腹も減らんしトイレも睡眠も必要ないし、いわゆる生命維持活動は基本的に一切不要だけど……」
「とはいえ、バトルで攻撃を受けてダメージを負えば普通に痛いし、切り傷や刺し傷で血も出るっつーか、何なら大流血だって何度もしたし。それに、血だけじゃなくて汗だって普通にかくし……」
「食事や睡眠だって取ろうと思えば取れるんだから、俺の身体の時間が完全に止まってる、なんてことは絶対にないよなぁ?」
ベッドの上でうんうん呻りながら、目を閉じしかめっ面で懸命に考えるライト。
今のところライトが実際に経験した異空間は、コヨルシャウキとのビースリーイベント『昏き星海からの来訪者』と、今日初めて突入したブリーキー島の『呪われた聖廟』の二つ。
事例が少ないので検証するにも難しいが、それでも過去の実体験として二度戦ったビースリーの星海空間での出来事を思い出している。
「異界化した空間との時間差が、俺の身体に対して実際にどこまで影響を及ぼすか、全く分かんないのがなぁ……だからって、こんな後戻りできんような危険な検証は怖くてできやしねぇし」
「俺の推測が当てはまるなら、要は寿命の前借りってことだもんな……異空間に頻繁に通い過ぎて、俺だけ歳を食い続けてラグーン学園の皆とあからさまな年齢差ができたら洒落にならん!」
ライトは渋い顔のままブツブツと呟いていたが、突如吹っ切れたかのように目をパチッ!の開けてベッドから飛び起きた。
「……よし、ヴァレリアさんへの次回の質問はこれにするか!そもそもここで俺一人でずっと考え続けたところで、答えが出せる訳でもないしな」
「とりあえず、神威鋼の交換に必要な分だけは聖廟で魔物狩りするけど……どうしても早急な修行や素材採取が必要な時以外は、絶対に濫用しないように心がけなくっちゃな!」
今の今までライトが散々散々悩んで出した答え。それは『四次職マスターのご褒美としてヴァレリアに質問する!』であった。
ヴァレリアはBCOのNPCであるが、このサイサクス世界では誰よりもBCOシステムについて詳しい。
その豊富な知識はBCOユーザーだったライトをはるかに凌駕し、先日などはビースリーボスであるコヨルシャウキの身体を改造するという離れ業までやってのけた。
きっと彼女なら時間差問題について知っているだろう。
もし万が一ヴァレリアが知らなかったとしても、その時はその時。
あのヴァレリアですら知らないものは、もはや他の誰も知りようがない。
そしてもしそうなったらなったで、サイサクス世界の時間と乖離が激しい『呪われた聖廟』での魔物狩りは必要最小限に止めておけばいいだけのことなのだ。
そうしてベッドから起き上がったライトは、再びマイページをピコピコと操作し始めた。
「さーて、そしたら称号チェックといきますか!」
春休みももうすぐ終わりを控え、ライトは自分の現状を知るべくマイページ内の称号欄を開いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
久しぶりに称号チェックをするライト。
前回称号チェックしたのは、今年の元日のこと。それ以来なので、四ヶ月ぶりのことである。
常時発動する特殊称号の増加は『砂の女王の加護』『砂の巨城』の二つのみ。
神樹族だけでなく属性の女王探しも完了した今、こうした強力な称号は今後増えにくくなっていくであろう。
ちょっぴり寂しい気もするが、こればかりは致し方ない。
そして、称号スロットで入れ替え可能な通常称号の一覧に移る。
今回新たに増えていた通常称号は、以下の通りである。
『天駆ける勇者』『神殿掃除の達人』『天空島の救世主』『皇竜の友人』『昏き星海に渡りし者』『首都を救いし謎の少年』『変装初心者』『銀河の女神の強敵』『蛇龍神の恩人』『金鷲獅子の知己』『全ての躑躅の精の父』『無限の手を持つ者』『異界渡りの名人』
相変わらずいつの間にか様々な個性的称号が増えていたことに、ライトは苦笑いしつつ一つ一つを見ていく。
『天駆ける勇者』、これは青龍の鱗で飛べるようになったことからかな。てゆか、その『勇者』ってのヤメロ!俺は勇者になんて絶対にならないんだから!
『神殿掃除の達人』、風の女王様のとこの辻風神殿を大掃除したせいか。辻風神殿を綺麗に掃除することで風の女王の気持ちも晴れたし、ついでに大量の【乙女の雫】でG資金に困らなくなったんだよな。ありがたやー、ありがたやー。
『天空島の救世主』は、公国生誕祭最終日に起きた邪竜の島討滅戦関連だな。ぃゃー、あの戦いはキツかった……本当のMVPは間違いなくレオ兄だろうけど、俺もその手助けができたことは本当に良かった……
『皇竜の友人』、ラーデのことだな。ラーデもあの戦いで救い出すことができて、本当に良かった!ラーデも完全復活したら、BCOでも大人気だったあのカッコいい皇竜メシェ・イラーデにまた会えるかな?
『昏き星海に渡りし者』『首都を救いし謎の少年』『変装初心者』『銀河の女神の強敵』、これ全部ビースリー関連か……まぁね、俺だって好き好んで星海に渡った訳じゃないし、ラグナロッツァを救ったのだってレオ兄達皆の努力あってこそだけど……つか、変装するために手持ちのCPほぼ全部を使い切ったのは痛かった……
『蛇龍神の恩人』……ン? これは三月の頭にデッちゃんと会ったことから来てるのか? そういやあの時、デッちゃんが俺のことを『ボクちんとクレエちんを会わせてくれた恩人!』と言ってくれてたもんな。あのディープシーサーペントと仲良くなれるなんて、夢にも思っていなかったけど……嬉しいな!
『金鷲獅子の知己』、アウルムさんのことか。鷲獅子自体初めて見たけど、鷲獅子の王と言われるだけあってすっごく格好良かったな!
『全ての躑躅の精の父』、使い魔のハドリーのレアやツィちゃんとこのリィ達だ。あれはなー、全部で十六体も孵化させたもんなー。てゆか、ハドリーの父って俺だけじゃなくて、ラウルやレオ兄も該当するんじゃね?
『無限の手を持つ者』……念願の無限スキル、ようやく入手できたんだよなぁ……ここまで来るのに長かった……って、まだもう一つ、魔法系の無限スキルも入手しなくちゃなんないし、エクストラクエストのクリアもまだまだ先のことだけど。
『異界渡りの名人』……これ、今日『呪われた聖廟』に行ったせいでついたのか? うん、俺も好きで異界渡りしてる訳じゃねぇんだけどね……もともとBCOのイベントや特殊フィールドには【異界化】がつきものだし、これも嘆いてもしゃあないか……
新たな面白称号を一通り見たライト。
その由来である出来事を思い出しては、笑ったりしかめっ面したりと百面相に大忙しである。
「……さて、そろそろ明日から始まるラグーン学園の登校準備でも始めますか」
ライトはベッドから降りて、明日の登校の準備のためにラグナロッツァの屋敷に移動していった。
前話まで滞在していたブリーキー島の『呪われた聖廟』での時間差問題と、後半は拙作でお馴染みライトの面白へんてこ称号チェックです。
毎度お馴染み称号チェックは、第1102話以来ですねー(・∀・)
作中時間では三ヶ月ぶり、作者時間では九ヶ月半ぶりのこれまでの振り返りです(^∀^)
そして、前半の方の異界との時間差問題。
普段ライト達が生きるサイサクス世界と、BCOにおける異界化フィールドまたは異空間を舞台としたイベントでは時間の流れが異なるというのは、前話までに出てきた通りですが。その差が大きくなると一体どうなるのか?という展開ですね(゜ω゜)
同類の設定で超メジャーな代表格は某龍球の某精神と時の部屋、他にも?億年ボタンなど、今の世には似たような事例というかモチーフというか先駆者が数多いらっしゃいます。
しかし作者としては、そこまで主人公中心のご都合世界には嵌まれないというか、どちらかというと『美味い話には裏がある』的な?ことを警戒してしまうんですよねぇ。
でもって、ライトの懸念『時間が止まったような世界で自分だけ歳を取り続ける』というのは、実は某龍球の作者である鳥山明先生の前作『Dr.スランプアラレちゃん』に出てくる『タイムストップウォッチ』の肝にしてその話のオチでもあります。
それは一体どういう話かというとですね……以下、Wikipedia先生より引用。
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タイムストップウォッチ
第212話で作った懐中時計型の時間停止装置[59]。製作目的はみどりのパンツを15センチ間近で見ること。使用者の時間だけが止まらずに進んでいくため、乱用するとどんどん歳を取っていく。
↑↑↑↑↑ (引用ここまで)
漫画やアニメのオチは、タイムストップウォッチを乱用し過ぎた博士だけが、漫画の最後のコマでヨボヨボのおじいちゃんになってました☆というもので、何でか作者の中で強烈な印象として残ってるんですよね(´^ω^`)
実際考えてみれば現代版浦島太郎のようなもので、自分だけ時間操作し続けていたら絶対に何かしら副作用があるに違いない!と作者は思うのですよ。
そんな訳で、今のところはライト君から質問という名の相談を近々受けるであろうヴァレリアさんの回答待ちなんですが。一見絶好の修行の場に思える『呪われた聖廟』の濫用は控えることに。
そう、強大な力を行使するならその反動や副作用の有無をまずは確認してからでないとね!(`・ω・´)




