第1373話 思わぬ誤算
瞬間移動用の魔法陣で転職神殿から移動したライト達。
そこは、センチネルの街の浜辺から見えるブリーキー島であった。
ライト達が現れた場所は、ブリーキー島中央部にある『呪われた聖廟』と島の外周を取り囲む森林の間にある僅かな平地。
初めて訪れる場所に、ミーナとルディが興味深そうに周囲をキョロキョロと見回している。
『主様、ここがブリーキー島という場所なのですか?』
『僕達が普段住んでいる転職神殿のように、周囲を木々に囲まれているのですね……というか、空気の匂いが全然違う……?』
「そ、ここが今日のぼくの目的地である『呪われた聖廟』があるブリーキー島だよ。空気の匂いが違うのは、この森林の向こうに海があるからだね」
『『海……』』
ライトが語る未知の領域『海』なる言葉に、何故かミーナとルディの胸は訳もなくときめく。
ブリーキー島に着いたミーナ達が真っ先に違うと敏感に感じ取ったのは、海からくる潮風の匂いだ。
木々に囲まれた山中では絶対に嗅ぐことのない海の香り。よく海は『生命の母』と称されるが、使い魔達であってもそのような郷愁に似た思いを感じるのかもしれない。
ちなみにライトが今日の午後、転職神殿に移動する前に寄り道した場所はこのブリーキー島。
ミーナやルディとともにに直接ブリーキー島に移動できるよう、ヴァレリアからもらった瞬間移動用の魔法陣を置いたためだ。
ライトは以前、マッピングスキルの登録地点をセンチネルの浜辺に設置したことがある。それもブリーキー島にある『呪われた聖廟』に移動するための拠点だった。
しかし、自分一人ならともかくミーナ達を伴ってセンチネルの浜辺に移動するのはリスクが高過ぎると判断したのだ。
というのも、センチネルの浜辺は一般人も出入り可能な普通の浜辺。間違っても力天使のミーナや黄金龍のルディを目撃される訳にはいかないのである。
そして、移動地点を『呪われた聖廟』の裏側、センチネルの街や浜辺がある方向と反対側に設置したのも重要ポイントだ。
こうしておけばセンチネルの街からは見えないし、万が一浜辺に人がいても目撃される心配はほぼない。
こうしてライト達は、誰にも見られることなく安全にブリーキー島に上陸した。
まだ物珍しそうにキョロキョロとしているミーナとルディに、ライトが声をかけた。
「ぼくは今からこの『呪われた聖廟』に入るけど、今日の作戦をミーナ達にも説明するからよく聞いてね」
『『はい!!』』
ライトの呼びかけにミーナとルディが振り返り、張り切ったように返事をする。
「まず、ミーナにはぼくといっしょに聖廟に入ってもらって、ルディはここで待機ね。突入と待機に分かれてもらう理由として、こうした建物の中では小柄なミーナの方が動き回りやすいだろうってのと、ルディには建物の外で時間を計っててもらいたいんだ」
『時間を計る、ですか?』
「そう、時間」
ライトとともに聖廟に突入するミーナと違い、待機を言い渡されたルディの表情が一瞬だけ曇る。
確かにライトの言う通りで、体格的な問題によりルディは聖廟という建造物の中で動き回りには不向きであることは、ルディにも理解できる。
しかし、それはそれとして自分だけ置いてけぼりにされるのは、やはりルディにとって寂しいようだ。
ライトはそんなルディを宥めるかのように、ルディに託す任務の重要性を説く。
「この『呪われた聖廟』は、サイサクス世界とは違う異空間である可能性が高いんだ。で、この異空間ってのが地味に厄介でね? こっちの世界とは時間の流れが違う場合があるんだよね」
『なるほど……確かにこの建物からは、これまで感じたことのない異様な空気を感じますね……』
「でしょ? 何しろここは、BCOの中でも【異界化】という特殊な設定がつけられていたからね」
『『……【異界化】……』』
ライトが目の前に聳える『呪われた聖廟』を見上げつつ、その特殊性をミーナ達にも言い聞かせる。
それにつられて、ミーナとルディも『呪われた聖廟』を見上げながら思わず息を呑む。
聖廟の上には晴れ渡る青空が広がっているのに、聖廟からはそこはかとなく悍ましい異様な圧が漏れ出ているのがミーナ達にも感じ取れた。
「でね、まずはこちらと建物の中で時間の流れに違いがあるかどうか、そして相違があるとしたらどれ程のものなのを把握しておきたいんだ」
『そのために、僕は外で待機しなければならないということですね?』
「そそそ、そゆこと。だから、ここで経過時間を見てもらうルディの役割はとても重要なんだ」
『分かりました!』
ライトの熱意の篭った説明に、最初はしょんぼりしていたルディの顔に輝きが戻る。
今回『呪われた聖廟』に初めて足を踏み入れるに当たり、ライトが懸念しているのは時間の流れの違い。
BCOの中で『呪われた聖廟』とは、冒険ストーリーの中に出てくる特殊フィールドの一つ。
もともとは【聖廟神殿】という聖地だったのだが、突如異界化してモンスター溢れる恐ろしい場所に変貌した、という曰く付きの場所である。
そしてライトが注目したのは、この【異界化】という設定。
先日のコヨルシャウキとのビースリー対戦で、ライトはビースリーの舞台である星海空間がサイサクス世界と時間の流れが違うことを知った。
星海空間の時間の流れがサイサクス世界と違うのは、双方が互いに切り離された異空間であるが故の副産物だ。
それを考えると、異界化した『呪われた聖廟』もサイサクス世界とは時間の流れが異なる可能性が高い。
となると、兎にも角にもまずはその差異を調べておかなければならない。
その差異が大差ないものならばいいが、もし万が一大きく違っていたらライトは浦島太郎になってしまう。
そうならないためにも、まずはデータ観測が必須だ。ルディには聖廟の外にいてもらって、ライト達が突入した後のサイサクス世界で経過した時間を計ってもらおう!という訳である。
ライトはマントの内ポケットから懐中時計を取り出し、ルディに渡した。
「ルディはこの時計を持って、時間を見ててね。ぼくはミーナといっしょに聖廟に入って、体感時間で一分くらいしたら外に出るから」
『分かりました!』
ルディの小さな手、その爪の一端に引っ掛けるようにライトが懐中時計を渡す。
時刻は午後の一時半少し前。
そしてライトがミーナに声をかけた。
「さ、そしたらミーナ、ぼくといっしょに聖廟に入ろっか」
『はい!』
『パパ様、ミーナ姉様、どうぞお気をつけていってらっしゃい!』
ライトの合図に、ミーナが両手を握りしめてフンス!と鼻息も荒く応える。
ルディも己の任務の重要性を理解してか、ライトとミーナを快く送り出す。
そしてライトとミーナが『呪われた聖廟』に意気揚々と入ろうとした、その瞬間。
『ふぎゃッ!』
「え、どしたの、ミーナ!?」
ライトは普通に中に入れたのに、何故かミーナだけが見えない壁のようなものに弾かれて、跳ね返されてしまっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
見えない壁に弾き返されて、勢いよく地面に尻もちをついてしまったミーナ。
ミーナの情けない声に振り返ったライトが、それを見て慌ててミーナのもとに駆け寄った。
「ちょ、ミーナ、大丈夫!?」
『だ、大丈夫ですぅ……』
尻もちをついたミーナ、そのまま地べたで腰を擦っているとルディも慌ててミーナの横に飛んできた。
『ミーナ姉様、どうしたんですか!?』
『ぃゃ、それがね? あの建物に入ろうとした瞬間に、何か目に見えない透明な壁のようなものに弾かれちゃって……』
『透明の壁、ですか……?』
『うん……ちょっと見ててね?』
ミーナがよっこらしょ、と立ち上がり、再び『呪われた聖廟』に近づいていく。
そして柱と柱の間にその手をそっと伸ばした。
すると、とある点でミーナの手が止まった。
ミーナの手のひらが、何かに貼りつくようにぺったりとしたまま前に進まないのだ。
『……ほら、やっぱりここに壁がある』
『……ホントだ、僕もここより先に入れませんね』
ミーナの様子につられてルディも手を出してみると、ミーナと同じところで阻まれた。
どうやらミーナとルディの行く手を阻む見えない壁が存在しているようだ。
思わぬ事態にライトが狼狽する。
「え、嘘、何で? ぼくは何ともなく入れたのに……」
ライトが戸惑いつつ聖廟に足を踏み入れると、ミーナ達が阻まれたラインより先に何事もなく入れてしまった。
完全に予想外のことが起きてしまい、ライトは慌てて再び聖廟の外に出た。
「何でだ……どうしてこんなことになる?」
『主様……』
『パパ様……』
不安そうな顔でライトを見つめるミーナとルディを他所に、ライトは難しい顔をしながら頭の中で懸命に考えを巡らせる。
ライトはBCOというゲームを知る勇者候補生、一方ミーナとルディはBCOのゲームコンテンツの一つである使い魔。
そしてこの使い魔というのは、お使いという名のアイテム探索が本来の役割であり、それ以外のことは何もできない存在だった。
このことから考えられるのは『使い魔は特殊フィールドに連れていくことができない』である可能性が最も高い。
しかし、それだと転職神殿にも入れなさそうなものだ。何故なら転職神殿もまたBCOの重要コンテンツの一つ、職業システムの根幹だから。
だが、ライトはこの考えを即時否定する。
『転職神殿にはバトル要素は一切ないしな……そもそも冒険ストーリーにも全く絡まないし』
『となると、やっぱり『呪われた聖廟』にはたくさんの魔物がいて戦わなきゃならんから、使い魔は入れられないってことか……?』
『そうとしか考えられんよなぁ……もともとこんな風に使い魔とパーティーを組むこと自体、BCOでは不可能だった訳だし』
『とはいえ、咆哮樹狩りや北レンドルーでは魔物狩りに連れていけたし、全部が全部戦闘禁止にされている訳じゃないのだけは救いか……多分この『呪われた聖廟』のような戦闘要素を含む、名有りの特定の場所だけは使い魔を連れ込むことが不可なんだろう』
これまでの諸々の経緯を振り返り、ある程度考えがまとまったところでライトがパッ、と顔を上げてミーナ達に声をかけた。
「うん、分かった。多分だけど、ミーナ達使い魔はこの聖廟に入れないんだと思う」
『え"ッ!? ど、どうしてですか!?』
「それはぼくにも分かんない。だってぼくはBCOの創造神じゃないからね。でも、BCOの創造神が考えそうなことはある程度分かるよ。もともとミーナ達使い魔は、BCOでは戦闘に関わることは一切なかったんだ。だから、この聖廟のような戦闘要素の強い場所に立ち入ること自体、許されていないというか完全に想定外なんだと思う」
『そうなんですか……』
ライトの推測に、ミーナとルディがしょんぼりとしている。
そう、ライトが言うようにライトは創造神の中の人ではないので正解を知る由もないし、全ては憶測に過ぎない。
しかし、現にミーナとルディは『呪われた聖廟』に立ち入れない。この厳然たる事実を前に、ライトはただ己の推測を述べるしかできることがないのだ。
『せっかく今日は主様のお力になれると思ったのに……残念です……』
「ミーナ、そんなにしょんぼりとしないで? この中には連れていけないけど、ミーナもここでルディといっしょにぼくの帰りを待っててくれる?」
『主様、まだこの中に入るんですか!?』
「うん。魔物とたくさん戦うつもりはないけど、時間差の有無だけはここで確認しておかないとね。いずれは素材集めのために入らなきゃならないし」
『……分かりました……』
『呪われた聖廟』に入ることをまだ諦めていないライトに、ミーナ達がびっくりした顔で聞き返す。
しかし、ライトの決意は変わらない。神威鋼の入手のために、いずれはこの『呪われた聖廟』で素材採取しなければならないことに変わりはないのだから。
そのためにも、まずはこの【異界化】した聖廟の中の時間の流れを把握しておかなければならない。その差異の具合によって、ライトの聖廟突入時間を計算したりなど事前に作戦を練る必要がある。
「そしたら今度はぼく一人で一分くらい建物に入るから、ミーナ達はここで待っててね」
『分かりました……主様、くれぐれもご無理はなさらないでくださいね?』
『パパ様の無事の帰還をお待ちしてます!』
「ありがとう、ミーナ、ルディ。すぐ帰ってくるからね、良い子で待っててね!」
今にも泣き出しそうな顔でライトを見つめるミーナとルディ。
二人ともライトを生みの親として慕う、ライトにとっては我が子同然の可愛い子達だ。
そんな子達を安心させるべく、最小限で事を済ませるつもりのライト。
努めて明るい声でミーナの頭やルディの身体を優しく撫でる。
そしてライトは再び『呪われた聖廟』に単身で突入していった。
いよいよ春休み最後の冒険、ブリーキー島の『呪われた聖廟』への突入開始です。
ライトは将来ミーナ達使い魔もパーティー要員として組むことに期待していましたが、それが見事に裏切られる結果に。
実際ミーナやルディと冒険パーティーを組めたら、それこそ天下無双の無敵を地で行けると思うのですが(=ω=)
それをしちゃったら、レオニス他人間と組む意味がなくなりそうで作者は怖いんですよねぇ(´・ω・)
だから今回ミーナ達を爪弾きにした、という訳ではないのですが。それでもね、何でも主人公の思い通りにはならないのがこの拙作の美点なのです!(`・ω・´)
……って、ライト君にすんげー恨まれそう(´^ω^`)
とはいえ、ライトが思考していたように、ミーナ達が入れないのは名有りの特定スポットのみで、北レンドルー地方やディーノ村の裏山などの広域では活動可能なので、そこまで行動制限が課せられることはない、はず。
今後の戦略の練り直しは必須ですが、ま、何とかなるっしょ!(º∀º) ←他人事




