第1369話 充実した日々
ノーヴェ砂漠から帰還した後のライトは、しばらくの間魔物狩りに専念していた。
その行き先はノーヴェ砂漠。先日ようやく念願叶って、ヴァレリアからもらった瞬間移動用の魔石をワカチコナ畔に設置できたからだ。
これでライトは、いつでもノーヴェ砂漠に魔物狩りに来れるようになった。
日頃から素材集めに奔走するライトにとって、これはかなりの前進だった。
ライトの当面のお目当ては、もちろんサンドキャンサー。
エクストラクエストの54番目のお題のクリアのために必要な素材、『砂漠蟹の大鋏』はサンドキャンサー由来の素材である。
ちなみにエクストラクエストの54番目のお題は、濃縮ギャラクシーエーテル十個。これは普通のギャラクシーエーテルの五百個分に相当する。
そして、ギャラクシーエーテル一個につき必要な砂漠蟹の大鋏は六個。
つまり、ライトが今必要としている砂漠蟹の大鋏の量は三千個ということになる。
サンドキャンサー一体につき得られる大鋏の数は二個。
ライトがこれから狩らなければならないサンドキャンサー、その数何と千五百体にも上る。
頑張って頑張って一日につき百体のサンドキャンサーを狩ったとしても、半月はかかる計算だ。
しかも、ノーヴェ砂漠に出るのはサンドキャンサーだけではない。ブルーヒュプノモスやエフェメロプター、デザートスイーパーにアビスソルジャーなど他の魔物もいる。
今のライトの実力では、狩る魔物をいちいち選り好みする余裕などあるはずもない。なので、それらも出没したら手当り次第に仕留め続けていかなければならなかった。
この日もライトはレオニス達には内緒でノーヴェ砂漠に単身移動し、朝な夕なにひたすら魔物狩りを続けていた。
本当はこっそり夜に魔物狩りをしてもいいのだが、ライトは敢えて日中に魔物狩りをしている。
何故かというとそれにはちゃんとした理由があって、夜にノーヴェ砂漠を移動する商隊や冒険者達が結構多いためだ。
そうした普通の者達に、魔物をズバズバと狩る姿を見られる訳にはいかない。もし誰かに見られようものなら『子供が一人で魔物と戦っていた!』とネツァクの冒険者ギルドに報告されて、一気に大騒動になること請け合いだ。そしてその噂はいずれレオニスの耳にも入るだろう。
逆に昼間の方が魔物を避けて移動を控える者が多いため、ノーヴェ砂漠で人目を忍んで魔物狩りをするなら夜より昼の方が適しているのだ。
そうした様々な理由により、日中のジリジリとした焼け付くような熱気の中で魔物狩りを続けるライト。
ライトの得物であるガンメタルソードを振り回しながら、ブチブチと呟く。
「くッそー、サンドキャンサーだけ出てきてくれたらいいのに……」
「でもなー、ブルーヒュプノモスやデザートスイーパーだっていずれ強化素材の交換用素材で出てくるはずだし。今のうちにストックを増やしておくのは、結局長い目で見たらいいことなんだよなー」
「だがしかし。アビスソルジャー、素材にもならんおめーはダメだ!とっとと成仏しやがれ!」
ただそこに黙って突っ立っているだけで、ひっきりなしに涌いてくるノーヴェ砂漠固有の魔物達。
一頻り狩りを進め、魔物の残骸が死屍累々と積み重なった頃に魔物除けの呪符を使用して回収に努める。
その後ライトは転職神殿に移動してSP回復のためのレベルリセットをしたり、そのついでに休憩がてらミーア達とおやつタイムを楽しむ。
そして夜はカタポレンの家でレオニスやラーデとのんびりと過ごし、かなり充実した日々を送っていた。
そうしてあっという間に数日が過ぎていき、春休みも残り二日となった四月五日。
この日のライトは、コヨルシャウキのホームグラウンドである星海空間にいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「コヨルシャウキさん、お久しぶりです!」
『おお、勇敢なる勇者候補生よ、久方ぶりだな。息災そうで何よりだ』
「おかげさまで、ぼくはこの通り元気です!コヨルシャウキさんも、地底世界での暮らしはどうですか?」
『うむ、あれからランガ君やチーちゃん、シロちゃんにとても良くしてもらっている。彼ら彼女らはとても善良で、此方のような新参者を除け者にすることなく常に気遣ってくれてな。とてもありがたいことだ』
「そうですか、それは良かったです!」
久しぶりに顔を合わせたライトとコヨルシャウキ。
青暗い宇宙空間に、白やピンクや緑に紫、様々な色の星々がプラネタリウムのように投影されている星海空間を背に、まずは和やかに挨拶と雑談を交わす。
ライトがコヨルシャウキと個人で連絡を取れるようになったのは、ヴァレリアの計らいによるものだ。
コヨルシャウキの孤独を解消するために地底世界への移住を進めた後、ヴァレリアは密かにコヨルシャウキを呼び出してライトとの連絡方法を授けた。
それは、ライトとコヨルシャウキの両方に通信用の魔石を持たせて連絡を取れるようにする、というものだ。
ただし、連絡が取れるのは基本的にライト側からのみ。コヨルシャウキ側からライトへの連絡は緊急時以外はできないことになっている。
コヨルシャウキ側から気軽にライトに連絡を取れるようにすると、それこそ毎日のようにビースリー対戦の催促をしかねないから不可!とヴァレリアが判断したのだ。
そしてライトがコヨルシャウキに連絡をすると、彼女は嬉々として星海空間に移動してライトを招聘する。
招聘にはヴァレリアの瞬間移動用の魔石を用いた魔法陣を使用している。
これらの手配は全てヴァレリアの方で行い、その手筈が整ったことを転職神殿のミーアを介してライトにも通達された。
これでライトはいつでもコヨルシャウキと連絡を取り、会って話ができるようになったのだ。
ライトの案でコヨルシャウキを地底世界に案内してから、早いもので一ヶ月が経過した。
その後コヨルシャウキがどう過ごしているか、全く新しい環境で戸惑ったり悩んだりしていないか、ライトはずっと気がかりだった。
だが、今日のコヨルシャウキの様子を見る限りでは、特に問題が起きることもなく快適に過ごせているようだ。
すると、コヨルシャウキがウズウズとした様子でライトに話しかけた。
『ところで、勇者候補生よ。今日こそはビースリーの再戦をしに来たのであろう?』
「あ、はい、明日ちょっと出かけたいところがありまして。そのために今日は、コヨルシャウキさんとビースリーをしてレベルアップしておきたいんです」
『うむうむ、レベルアップに努めるのは良きことぞ。それでこそ勇者候補生の鑑というものだ』
「ぼくは勇者になるつもりはないですけどねー……」
ライトの今日の目的を確認するコヨルシャウキ。
思っていた通り、ビースリー対戦のために来たとライトが答えたことに、コヨルシャウキは実に満足げに頷いている。
そしてライトのことを勇者候補生の鑑!と褒め称えるが、ライトにとってそれは褒め言葉にはならないどころか、思いっきり彼の意に反するものである。
故にライトは小声で反論するが、その反論はコヨルシャウキの耳には届かない。
それどころか、勇者候補生としての研鑽をさらに積め!とばかりに無茶な提案をしてくる。
『というか、何ならこれから毎日十回くらいビースリー対戦してもよいのだぞ?』
「えー、それは無理ですよー。だってぼく、明後日からまたラグーン学園が始まるから毎日学校に通わなきゃいけないし」
『うぬぅ、それは残念だ…………ぃゃ、昼間がダメなら夜に来ればよいのではないか?』
コヨルシャウキのビースリー対戦勧誘を、ライトは秒速で素気無く却下する。
そんなつれないライトの態度に、一度はしょんぼりとしたコヨルシャウキ。
だが、彼女は決してこの程度のことではめげない。
かの名言『パンがないならケーキを食べればいいじゃない!』よろしく、学校に通う日中はダメでも学校終わりの夜にビースリー対戦をしよう!と誘ってきた。
ピコーン☆名案閃いた!とばかりにニコニコ笑顔で提案するコヨルシャウキに、ライトはまたも素気無く拒否する。
「無茶言わないでくださいよ。昼に学校、夜にビースリー三昧なんて生活してたら、絶対に過労で倒れちゃいますって。てゆか、夜にぼくがビースリー対戦でズタボロになったら、またレオ兄ちゃんに心配させちゃいますもん。ぼくはまだ子供の身、もっと大きくなって独り立ちするまではそんなこと絶対にできません」
『うぬぅ、それは残念だ……』
二度も連続でライトに断られたことに、コヨルシャウキは再びしょんぼりとする。
勇者候補生を相手にビースリーで戦うことは、コヨルシャウキの存在意義そのもの。故に彼女がビースリー対戦に拘るのも、ライトも重々承知している。
しかし、理解はできてもそれを承諾し受け入れることはできない。もし受け入れるとしても、それはライトが成人して自由に動けるようになってからだ。
しょんぼりと俯くコヨルシャウキに、ライトが努めて明るい声で励ます。
「コヨルシャウキさん、そんなに落ち込まないでください。今のぼくはまだ子供だから無理ってだけで、将来大人になったら今よりもっともっとビースリーを活用させてもらうつもりですし」
『何ッ!? それは真か!?』
「はい、ホントですよ。だからコヨルシャウキさんも、それまでは地底世界でのんびりと過ごしながら待っててくださいね」
『うむ、分かった!其方が大人になるまで、此方はおとなしく待っておるぞ!その時が来るまで、何百年でも何千年でも待とう!』
「何百年も何千年も待つ間に、普通の人族のぼくは寿命で死んでますって……」
ライトの懸命の励ましが効いたのか、コヨルシャウキの顔が瞬時にパァッ!と明るいものに変わる。
明るい希望を見い出して奮起するのはいいが、何百年も何千年もライトの成人を待ち続けられては敵わない。
銀河の女神であるコヨルシャウキなら、何百年何千年どころか何十億年何百億年でも待機できるのかもしれないが。如何にライトが勇者候補生という特殊な存在であっても、人族が持つ本来の寿命には逆らえない。
『さて、そうと決まれば今日一日だけでも存分にビースリーをしようぞ。ちなみに其方の方は、今日は何回ビースリーをしたいとかの希望はあるのか?』
「そうですねー……向こうの時間で五時間くらいで帰りたいので、こっちの時間だと十時間くらいは居られる勘定になりますかね?」
『十時間か。ビースリー一回につき約一時間として、十回分くらいか?』
「いやいや、計算上はそうなりますけど、十回ぶっ通しでやるのは勘弁ですよ? 合間合間に少しくらいは休憩を挟まないと、ぼくの方が疲れきってしまって話になりませんもん」
『うぬぅ……其方もなかなかに手厳しいのぅ』
ワクテカ顔でビースリー対戦の計画を練るコヨルシャウキに対し、ライトは徹頭徹尾冷静な計算と判断で話を進めていく。
なかなか思い通りに事を運べないコヨルシャウキ、ブチブチと文句を言うもそれ以上怒り出したりとかはしない。
ビースリー対戦とは勇者候補生がいてこそ成り立つものであり、唯一の勇者候補生であるライトの承諾が得られなければ何も始まらないことをコヨルシャウキも理解しているのだ。
『ならば先日のように、星霊どものと戦いの後に休憩を入れるか?』
「ですねー。星霊群の戦いの後に二十分、コヨルシャウキさんとの対戦の後にも二十分の休憩にしましょうか。それなら一回こなすのに百分として、十時間で六回はビースリー対戦できる計算になりますし」
『おお、六回も対戦できるのか!ならば此方に否やはない、其方の言う通りにやろうぞ』
「分かりましたー、じゃ、今から戦闘の準備しますので少し待っててくださいねー」
『承知した』
話がまとまったところで、ライトが戦闘準備に入る。
マイページを開いてガンメタルソードを取り出し、他にもHP回復のためのエクスポーションやSP回復用のエネルギードリンク等を使用アイテムスロットにセットする。
攻撃力アップや敏捷アップなどのバフスキルもちゃちゃっとかけて、準備万端整ったライト。ワクテカ顔で待ち構えているコヨルシャウキに声をかけた。
「コヨルシャウキさん、準備ができましたー。いつでも開始していいですよー」
『うむ。では、いざ、参る!』
ライトの呼びかけに、コヨルシャウキが早速星霊群を召喚した。
見えない透明の地面、その四方八方から雑魚魔物の星霊が無限に涌いて出てくる。
今からライトはこの星霊群を二千体倒さなければならない。
ライトは手に持ったガンメタルソードのグリップをグッ、と握りしめた。
「ハアアアアァァァァッ!」
意を決したように、気合いを入れたライトが星霊群に向かって駆け出した。
こうしてライトの二度目のビースリー対戦三昧が始まっていった。
ライトの充実した春休みの様子です。
充実した春休みが魔物狩りやビースリー三昧などの戦闘漬けとか、それって正直どうなのよ?と思わなくもないのですが。
とはいえ、ライトも春休みのうちにこなしておきたいことが山ほどあるし、本人が望んでやっていることなので問題ナッシング☆(ゝω・)
そして、久々登場のコヨルシャウキさん。彼女の本体が出てくるのは、第1303話以来ですか(゜ω゜)
話数にして66話ぶり、思った以上に早い再登場となりました。
相変わらず傲岸不遜そうでいておちゃめなコヨルシャウキさん。やっぱり作者がサイサクス世界で描く子達は、登場回数が増える程におちゃめ度も増していくようです(´^ω^`)




