第1367話 ライトの初めての料理
ノーヴェ砂漠遠征から無事ラグナロッツァに戻ったライト達。
冒険者ギルド総本部からまっすぐ屋敷に戻ると、玄関を入ってすぐにラウルが出迎えてくれた。
「よう、ご主人様達、おかえり」
「あッ、ラウル!おはよう!ただいま!今日は畑に行ってなかったの!?」
「今朝飯食い終わったところで、ちょうど出かけようとしていたところだったんだ。すれ違いにならんで良かった」
出迎えてくれたラウルの前で、ライトが嬉しそうに朝の挨拶とただいまの挨拶等々矢継ぎ早に言葉をかけ続けている。
「ご主人様達は朝飯はどうした? もうどこかで食ってきたか? まだなら今からすぐに支度するが」
「いや、朝飯はいい。俺達そんなに腹は減ってないというか、ついさっきまでノーヴェ砂漠で砂の女王達と深夜のおやつタイムを過ごしていたんでな」
「ノーヴェ砂漠で深夜のおやつタイム、だとぅ……何だその危険なんだか優雅なんだかよく分からん響きは」
ライト達の朝ご飯を心配したラウルの言葉に、レオニスが不要だと伝える。
何故ならライト達は先程まで砂の女王達とお茶会をしていたからだ。
しかし、サイサクス世界でも屈指の危険地域として名を馳せるノーヴェ砂漠で、一体誰がお茶会だのおやつタイムを過ごそうと考えるだろうか。
ラウルが半ば呆れ返るのも無理はない。
「そしたらご主人様達は今から寝るのか? ノーヴェ砂漠の探索はさぞ疲れただろう」
「そうだな、俺は少し寝てから午後にカタポレンの森の警邏に行くかな……また一週間近くも警邏をサボっちまったし」
「ぼくはどうしようかなー……今寝ると夜に眠れなくなりそうだし」
今日のこれからの予定をラウルに聞かれ、レオニスはすぐに答えを出した。
レオニスは、本来の日課であるカタポレンの森の警邏をしなければならない。こればかりは他の誰にも肩代わりできないことなので致し方ない。
一方ライトは、今日一日何をするか悩んでいた。
本当はカタポレンの家に帰って一眠りしたいところなのだが、今日は三月末日の三十一日。
あと一週間もすれば春休みは終わり、ライトはラグーン学園初等部三年生になる。
そう、このままダラダラと昼夜が逆転したような自堕落な生活を送る訳にはいかないのだ。
するとここで、ラウルがライトに話しかけた。
「そしたらライト、俺といっしょに料理でもするか?」
「あ、それいいね!ぼくもラウルからきちんと料理を教わりたいし!」
「決まりだな。そしたらライトは何か作りたい料理とかあるか?」
「そしたらアップルパイの作り方を教えてほしいな!ぼく、ラウルが作るアップルパイが一番大好き!」
ラウルのお誘いに、ライトが破顔しつつ頷く。
前々からラウルに料理を習いたい、習おう!と思っていたライト。なかなかその機会がなかったのだが、今日くらい休みたいライトにとっては願ってもない話だ。
そして二人の会話にレオニスも混ざってきた。
「お、そしたら今日のおやつはライトが作ったアップルパイになるのか?」
「そうだね!……って、ラウルの作るアップルパイ程美味しくは作れないかもだけど……」
「いやいや、ラウルが横について手取り足取り教えるんだから、そこまで不味いもんになるはずねぇだろ。なぁ、ラウル?」
「もちろんだ。この俺が指南するからには、失敗することなど絶対にあり得ん」
ちょっぴり自信無さげに謙遜するライトに、レオニスがラウルに話を振る。
もちろんラウルは今日も謙遜のケの字もなく自信満々に答える。
そう、料理に関することでラウルが自信を無くしたりすることなど、天地がひっくり返ってもあり得ないのである。
「ラウルがこう言ってんだ、大丈夫だろ」
「……そうだね!そしたらマキシ君にも食べてもらいたいから、出来上がったアップルパイは晩御飯の後のデザートにするね!」
「そりゃいい。今日の晩飯がいつも以上に楽しみだ」
レオニスの声援を受けて、ライトが張り切ったように応える。
これからライトが作るアップルパイは三時のおやつになるかと思われたが、せっかくならマキシにも食べさせてあげたいというライトの気持ちもよく分かる。
それを聞いたラウルも話に乗っかる。
「ライトが作る初めてのアップルパイだ、せっかくだからホールで十個程作っておくか。空間魔法陣に仕舞っておけばいつでも食べられるし」
「おお、そりゃいいな!そしたらラウル、俺にも記念にホールで三個譲ってくれ」
「了解。俺も記念にホール三個とっておくとして、ライトもアイテムリュックに三個とっておくか?」
「記念にって……一体何の記念なんだか分かんないけど。非常食として備蓄しておくのはいいことだから、ぼくももらっておこうかな!」
レオニスとラウルが語る『記念』という単語。
その言葉が指す対象はもちろん『ライトが初めて作ったアップルパイ』であり、それをたくさん確保しておくことは保護者その一と保護者その二にとって最も優先すべき重要事項なのである。
「じゃ、俺は今からカタポレンの家に帰って一寝入りするわ。今日の警邏はちょいと遠出するが、晩飯までにはこっちに戻ってくるからよろしくな」
「レオ兄ちゃん、また後でね!気をつけて警邏に行ってきてね!」
「おう、ライトもアップルパイ作り頑張れよ。ラウル、後は頼んだぞ」
「ああ、任せとけ」
レオニスがライトの頭をくしゃくしゃと撫でてから、カタポレンの家に帰るべく転移門がある二階に移動していく。
ライトも着替えるためにレオニスとともに二階に上がり、ラウルは一足先に厨房に向かっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
お出かけ仕様から私服に着替え、一階の厨房に戻ったライト。
まずはエプロン着用だが、その前にライトはラウルに頼んで浄化魔法を全身にかけてもらった。
ノーヴェ砂漠から帰ってきたばかりなので、髪の毛や身体のどこかに砂がついているかもしれないからだ。
三角巾も被り、身支度を万全に整えたライトとラウル。
ラウルが既にまな板の上に用意してあった巨大林檎の前に立った。
まな板の上には、普通サイズの林檎とカタポレン産の巨大林檎が置かれている。
「よし、まずは林檎を切るところから始めるか」
「ラウル先生、よろしくお願いします!」
「ハハハハ、料理の時だけは俺が師匠だからな!」
ラウルのことを先生呼びするライトに、ラウルが思わず笑う。
いつもはラウルがライトのことを『小さなご主人様』と呼ぶのだが、料理を習う時だけはラウルが先生でライトが弟子となり、立場が逆転するのだ。
「さて、そしたらライトは包丁と皮剥き器のどっちを使う?」
「ンー、普通の大きさの林檎なら包丁でいいけど……カタポレンの家の畑の林檎は大き過ぎて、林檎の皮を剥くのは大変そう」
「まぁな。普通の林檎のように、片手で林檎を持って片手で包丁を使って皮を剥くのは俺でも結構厳しいからな」
直径50cmはある巨大な林檎に手を置きながら、ライトの言葉にうんうん、と頷くラウル。
普段のラウルは、野菜や果物の皮剥きなら包丁を使う。
しかし、カタポレン産の巨大林檎だけはその限りではない。実が大き過ぎて普通の林檎のように取り回しが難しいのだ。
ラウルが用意しておいたピーラーを使い、ライトが巨大林檎の皮を剥いていく。
ライトは赤々とした皮をシュルシュルと剥きながら、ラウルに問うた。
「ラウル、この皮はどうするの?」
「そりゃもちろん別のことに使うぞ」
「どんなことに使えるの?」
「細かく刻んで砂糖と煮込んでジャムにしたり、同じく細かく切ってクッキー生地に練り込んだり、あるいは紅茶といっしょに煮出しても美味しいぞ」
「へー、すごいね!そんなにたくさんの使い道があるんだ!」
林檎の皮一つで思った以上に様々な活用方法があることに、ライトがびっくりしたように感心している。
ラウルのもったいない精神は基本的にライトから伝授されたものが多いが、林檎の皮に関してはラウルが独自に考案開発したものだ。
カタポレンの森の魔力をたっぷりと含んだ林檎だけに、その皮も余すことなく使えば魔力回復に役立ちそうである。
林檎の皮を剥いた後は、薄黄色の実の部分をアップルパイの具に適したサイズと厚みにカットしていく。
この巨大林檎一個で、果たして何個分のホールアップルパイが作れるのだろうか。少なく見積もっても五個分くらいは出来そうだ。
「ねぇ、ラウル、林檎の次は何の果物を植えるの?」
「今のところ苺を作っているが、木として植えるなら桃、栗、柿、ミカン、どれがいいか悩んでるんだよなぁ」
「桃や柿はともかく、栗はかなり危険そうだね……」
「まぁな。この林檎と同じ大きさの栗となると、ほとんど凶器と言っても差し支えないだろうな」
林檎の実をカットしながら、次の果物栽培計画を語るライトとラウル。
確かに桃や柿ならまだいいが、栗のイガは洒落にならない。
ラウルの手を広げたよりも大きな栗が、もし万が一イガごと頭に落ちて直撃したら―――それだけで血みどろの大怪我を負うであろう。想像しただけで痛くなる話である。
「栗も美味しいけど、巨大なイガ栗は怖いし怪我するのも嫌だから……ひとまず桃やミカンを先に植える方がいいんじゃない?」
「そうだなぁ……俺やご主人様はともかく、ライトやラーデが怪我してもマズいしな……やっぱ桃とミカンにしとくか」
「うん、それがいいよ」
ライトの助言を受けて、ラウルが次の果物候補を桃とミカンに決めた。
林檎、桃、ミカン、この三種の果物があれば大抵のスイーツに対応できるだろう。
ラウルのスイーツの行く末は、輝かしい未来しか見えない。
その後カットし終えた林檎の実を大鍋に入れて、砂糖、バター、シナモン等を入れて煮込んでいく。
こうしてラウル監修のもと、ライトの初めてのアップルパイ作りは楽しく進んでいった。
ノーヴェ砂漠から帰還したライトとレオニスのその後です。
レオニスは遠征中ずっとできていなかったカタポレンの森の警邏にとっとと行かせましたが。ライトを昼夜逆転生活に陥らせないために、さて何をさせようか?と結構迷いまして。
あれこれ悩んだ結果、ラウルにお料理を習わせることにしました♪(・∀・)
ぃゃー、ライトもこれまでに何度か『ラウルに料理を習おう!』とか言ってたんですが、なかなかその機会がなく。
一昔前の『男子厨房に入らず』なーんてのはもはや化石。今時は男性だって料理できなくっちゃね!てことで、ライトも厨房に立たせたりなんかして。
ちなみに作者の場合、林檎の皮剥きくらいなら包丁を使いますが、大根やニンジンなどの野菜の皮剥きはピーラーを使います。
ピーラーといっても刃が固定されているヤツでないとダメで、100均なんかでよく売っている刃がクルクル回るヤツ? アレは苦手なんですよねぇ(=ω=)
てゆか、今日は晩御飯に秋刀魚を焼いたので、大根おろしもしたのですが。右手親指まで擦ってしまいました_| ̄|●
大根おろしのはずが、鉄分豊富なもみじおろしになってもたやろがえー!(ノ`д)ノ===┻━┻
でも秋刀魚には大根おろしは欠かせないので、多少の怪我もやむなしなのです(`ω´)




