第1351話 一生忘れ得ぬひと時
小島の上で美味しいおやつを食べながら、のんびりと寛ぐライト達。
レオニスとの空中追いかけっこでへばっていたアクアも、エクスポーションがけのスペシャルデリシャスミートボールくんを食べて回復してきたようだ。
美味しそうにもっしゃもっしゃとミートボールくんを食べ続けるアクアが、レオニスの話を聞いて驚いている。
『えー!? レオニス君、辻風神殿の青龍の力を取り込んだの!?』
「おう、ライトのアイデアでな。アクアからもらった水神の鱗の欠片を飲み込んだ時のように、青龍からもらった鱗も爪で折り取って飲み込んでみたんだ。そしたらこの通り、飛ぶ速さがものすごく上がったんだ」
『はぁー、道理で……空中戦で全く追いつけなかった訳だ……』
「ハッハッハー、水中はさすがにもう無理だが、空中での追いかけっこならまだまだ負けんぞ!」
レオニスの劇的な身体能力強化、そのからくりを知ったアクアが再びがっくりと項垂れ、レオニスはカラカラと高笑いする。
水神相手に一歩も引かないレオニスの負けず嫌いっぷりは健在で、相変わらず人族とは思えない豪胆さである。
『でも……そっかぁ、風の女王と青龍にも無事会えたんだねぇ』
「ああ。風の女王は代替わりしたばかりで、先代の女王を思って涙に暮れた日々を送っていたようだったがな……それでも青龍の卵が見つかって、俺達が孵化させたことで立ち直ってくれて本当に良かったよ」
『辻風神殿の守護神も、まだ生まれてなかったんだ?』
「生まれてなかったどころか、五代前の女王の癇癪で神殿の外に放り投げられて? 近くの河原で百年以上も放置されて、すっかり苔むしてたわ」
『…………それ、よく青龍が無事孵化したね?』
「全くだ」
レオニスが語る、辻風神殿守護神の青龍にまつわる奇天烈なエピソード。
それを聞いていたアクアが、珍しく呆気にとられた顔をしている。
『青龍、すっごく苦労しただろうねぇ……僕もいつか青龍に会いたいな。レオニス君、辻風神殿の近くに水場はある?』
「おう、辻風神殿のすぐ下にフラクタル峡谷を流れる川があるぞ」
『そしたらさ、今度レオニス君達が辻風神殿に行った時に僕を呼んでくれる?』
「ああ、いいぞ」
アクアが軽く口にした望みに対し、レオニスは微塵も迷うことなく即時快諾する。
アクアが望んだのは、辻風神殿で生まれたばかりだという青龍に会うこと。
これまでアクアは、海底神殿のディープシーサーペント、天空神殿のグリンカムビ、雷光神殿のヴィゾーヴニルと会ったことがある。
自分と同じく神殿を守護する役割を持つ者に対し、アクアは仲間意識や親近感のようなものを抱いているようだ。
そしてアクアの願いを叶える約束をしたレオニス。
横にいるアクアの前肢をポンポン、と軽く叩きながら話しかける。
「俺達はいつも、アクアには世話になってばかりだからな。たまには俺達もアクアの望みを叶えてやらんとな」
『ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。でも、レオニス君はいつも僕の願いを叶えてくれているよ? 主に追いかけっこの相手としてね』
「あー、そういやそうか。でも、追いかけっこなんて普通に遊んでるだけだからな。この程度のことで恩に着るこたないさ」
『フフフ、そういうところがレオニス君らしいよね』
事も無げにアクアの願いを受け入れるレオニスに、アクアがくつくつと笑う。
アクアには、レオニスが自分を神と崇めることなくただ仲の良い友達として普通に接してくれることがこの上なく嬉しかった。
『じゃあ、レオニス君達が辻風神殿に行く日を楽しみに待ってるね』
「ああ、任せとけ。ただ、次にいつ辻風神殿に行くかは全く決まってないから、すぐには望みを叶えてやれんと思うが……それでもいいか?」
『もちろんいいよ。僕だって、今すぐにでも青龍に会わなきゃいけない訳じゃないし。のんびり待ってるからよろしくね』
「おう、楽しみにしてな」
レオニスとアクアの間で、固い約束が交わされる。
人族と水神の気の置けない会話に、周りにいたライトやシーナ達も微笑んでいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そうして楽しいおやつタイムを過ごしたライト達。
ふとライトが空を見上げると、うっすらと茜色に染まり始めている。
それに気づいたのはライトだけでなく、シーナもまた上を見上げながらライト達に声をかけた。
『もう夕暮れ時になりそうですね』
「そうだな、そろそろ家に帰るとするか」
『楽しい時間って、どうしてこんなにも早く過ぎてしまうのかしら……』
帰宅すると言うレオニスの言葉に、水の女王がしょんぼりとしている。
そんな水の女王に、シーナが頬ずりをしながら励ます。
『水の女王、そんなに寂しがることはありませんよ。何故なら貴女には、いつも傍にいてくれる頼もしくて優しい友がたくさんいるのですから』
『……そうね、貴女の言う通りね。そしてシーナ、貴女ももう私の大事なお友達よ?』
『ええ。遠く離れていても、私はずっとずっと貴女の友ですよ』
優しく頬ずりするシーナに、水の女王がそっと両腕を伸ばしてシーナに抱きつく。
氷の女王を介しての新たな絆が結ばれていた。
『シーナ、貴女にも私の加護を与えたから、帰りは湖面の上を歩けるようになるわよ』
『まあ、そんなことができるのですか!?』
『ええ!ライトやレオニス、ラウルだって湖面の上を歩いてここに来れるもの』
水の女王の言葉に、シーナが思わず目を点にしながらギュルン!と首を90°向けて横にいるライト達三人の顔をガン見する。
シーナにガン見されたライト達、三人して無言のままコクコク、と頷き首肯した。
そして水の女王とアクアの加護を得れば、水上歩行はもちろんのこと水中で呼吸したり会話もできるようになること、水上歩行か水中に潜るかを選ぶのは自分の意思一つで簡単に切り替えられること等々をライトがシーナに説明して聞かせていった。
『何とまあ……属性の女王と神殿守護神の加護の合わせ技ともなれば、まさに不可能を可能にする奇跡の御業なのですねぇ』
『そうね、私はともかくアクア様は偉大なる水神ですもの。水に関することでアクア様にできないことなんてないわ!』
『ならば、水の女王にアクア様』
『アクア君』
『うぐッ』
アクアを様付けで呼んだシーナに、速攻でアクアからの訂正が飛んできた。
シーナは生真面目なので、いつも格上の相手には敬意を払うのだが。この手の訂正を食らったら、抵抗したところで押し切られるのは神樹族からのダメ出しで経験済みだ。
なので、シーナは早々にその意を汲んでアクアの希望通りに呼称を言い直した。
『水の女王、アクア君、甚だ不躾ではありますが……我が子アルにも加護をいただけますか? 私だけ水上を歩いて、アルが歩けないというのも困りますので……』
『もちろんいいわよ!ね、アクア様?』
『うん、僕も異論はないよ。だってアル君もシーナさんもライト君達の親友だもの。だったら僕達とだって友達さ』
シーナの申し出に、水の女王もアクアも快く応じる。
水の女王がアルの頭をよしよし、と優しく撫で、アクアもシーナとアルに立て続けで前肢を翳す。
これだけで、水の女王とアクアの加護の付与は完了だ。
『ありがとう、水の女王、アクア君』
「ワォン、ワォン!」
『どういたしまして。シーナ、アル、向こうに帰ったら氷の女王ちゃんのことをよろしくね』
『もちろんですとも。私達が水の女王やアクア君と会って、お二方の加護までいただたことを話せば、きっと氷の女王も大喜びすることでしょう』
『シーナさん、玄武ちゃんにもよろしく伝えておいてね』
『ええ、次に玄武様にお会いしたらアクア君のお言葉もきちんと伝えますわ』
「バゥワゥワゥ!」
ライト達のことは二の次で、シーナとアルにばかり声をかける水の女王達。
それは、いつでも会えるライト達と違って次にいつ彼女達と会えるか分からない故の名残惜しさなのだろう。
そしてシーナが湖面に向かって、おそるおそる右前足を伸ばす。
すると、水の女王やライトが言っていた通り、水面に足を乗せることができたではないか。
そして二歩三歩と水の上を歩いたところで、シーナが一旦振り返って小島にいる水の女王達に改めて別れの挨拶をした。
『水の女王、アクア君、今日は本当にありがとう。楽しいひと時を過ごさせてもらい、とても幸せでした。この日のことは、生涯忘れません』
『こちらこそ!またいつでも遊びに来てね!』
『僕もいつか、君達の住むところに遊びに行くからね』
『ええ、大歓迎ですわ!いつでもいらしてくださいね!』
アクアの言葉に、シーナが破顔しつつ応える。
するとその時、シーナの横をアルがものすごい勢いで駆けていった。
シーナが湖上に足をつけて立っているのを見て、自分も湖上を走ってみたくなったらしい。
『え、ちょ、待、アル!? 貴方、走るのが早過ぎますよ!? 待ちなさーい!』
「ワォーーーン!」
ご機嫌で湖面をバビューン!と走り去っていくアルに、シーナが慌ててその後を追いかけ始める。
わんぱくな子を持つ親は、日々苦労が絶えないようだ。
そんな銀碧狼親子の微笑ましい姿に、ライト達も大笑いしながら後を追っていった。
目覚めの湖でののんびりとしたひと時です。
滞在時間はほんの二、三時間程度ですが、特にアルとシーナにとっては忘れ得ぬ一生の思い出となったことでしょう。
そして、追いかけっこでアクアにリベンジできたレオニスの、何とまあご機嫌なこと!ホンット、この子ってば負けず嫌いなんだから( ̄ω ̄)




