第1343話 コルルカ高原ならではの修行
アウルムのもとを訪れた鷲獅子騎士達と、修行という名の追いかけっこを始めたライトとレオニス。
二人の辞書に『(勝負事における)手抜き』という文字はない。
レオニスが十カウントを数え終えた途端、二人同時に地面を蹴ってものすごい猛ダッシュで飛び始めた。
最初から全身全霊全力疾走で鷲獅子騎士達を追いかける人外ブラザーズに、後ろを振り返った鷲獅子騎士達がギョッ!とした顔になる。
「!?!?!?」
「マズい!あの子供、とんでもない勢いで飛んでくるぞ!」
「メル、油断するな!全力で逃げ切れ!」
「皆四方に散れ!レオニス卿は私が迎撃する!」
「「「「はいッ!」」」」
ライト達の猛追に、全力で逃げ始める鷲獅子騎士達。
五人の鷲獅子騎士のうち、四人が別々の方向に散開し、副団長のエドガーがその場に留まりレオニスに向けて強力な水魔法を放った。
エドガーがレオニスに向けて翳した右手から魔法陣が出現し、直径1メートル程の水柱がレオニスを襲う。
しかし、その程度の水柱ではレオニスの行く手を阻むことはできない。
襲い来る水柱に対し、レオニスは右手拳を突き出して真っ向勝負で撃破してきたではないか。
水柱を逆流してくるレオニスが、エドガーに向かって高笑いしながら言い放つ。
「ワーッハッハッハッハ!その程度の水鉄砲じゃ効かんなぁ!」
「ッ!!ララ、逃げるぞ!」
水魔法ではレオニスを食い止めきれないことを悟ったエドガー。
一転して上空に向かって全力で逃げ出した。
そしてレオニスとエドガーがやり合っている最中、ライトは他の鷲獅子騎士を追いかけていた。
ライトは空中でマイページを開き、敏捷アップの【俊足】と回避率アップの【身かわし】をそれぞれ上限の200%に到達するまで重ねがけをする。
敏捷アップの効果でライトはより身軽になり、飛ぶ勢いがグン!と加速していく。
そうして一番最初にライトに捕まったのが、鷲獅子騎士団第三部隊副隊長マイクとその相棒ケビンだった。
「つーかまーえたッ☆」
「あ"ーーーッ!始まってまだ一分も経っていないのにーッ!」
「全員捕まえたら、攻守交代しましょうねー!」
「くッそー……ケビン、次は頑張ろうな……」
「グルルゥ……」
背後から肩をポン☆とライトに叩かれたマイク、天を仰ぎながら悔しがる。
一方ライトはマイクに一言だけ声をかけたかと思うと、さっさと次の標的に向かって飛び去ってしまった。
鬼役のライトに捕まってしまったので、相棒のケビンとともにトボトボとアウルムのもとに向かう。
追いかけっこで捕まった者は、ゲームから一旦退場ということでアウルムのもとに集うのがお約束となっているためだ。
そうしてマイクの後も、アンジェラ、アルノー、クレイグの順に捕まって行く。アンジェラとアルノーはライトに捕まり、クレイグはレオニスに捕まった。
その様子を、アウルム達はのんびりと地上で眺めている。
『ぃゃー、あのライトとかいう子供、なかなかに元気で見所があるのぅ』
『ああ、あの子は天空島での戦いでもかなり活躍していたからな』
「ワォーーーン!」
『あれはもはや、元気という言葉で収まりきるものではないと思いますがねぇ……』
ライトの活躍を称賛するアウルムに、その称賛を我が事のように誇らしげな顔で頷くラーデと喜びの咆哮を上げるアル、そして半ば呆れたように呟くシーナ。
この中で最も常識的な反応をしているのは、間違いなくシーナである。
そうして次々とアウルムのもとに集う鷲獅子騎士達に、アウルムやラーデが声をかける。
『何だ、其の方ら、いつもより早い帰還だのぅ』
「ぃゃぃゃ、アウルム殿、あのライト君という子の飛行速度はおかしいですって……」
「全くです……というか、レオニス卿はともかく、その養い子まであんな速度で飛べるとは……レオニス卿が養育しているというだけあって、規格外もいいとこですよ」
『あのライトという子供は、レオニスがカタポレンの森の中で育てている秘蔵っ子なのだ。只の子供であるはずがなかろう』
「それはまぁ、確かにそうなんですが……」
「この先レオニス卿に育てられる子供は、皆ああなるんですかねぇ……?」
アウルムのツッコミにマイク達が反論するも、ラーデの言葉に渋々ながらも頷く。
そして何故かレオニスの養育にあらぬ疑惑がかけられているが、残念なことにそれはライトに限ったイレギュラー例だということを訂正できる者がここにはいない。
己のいないところで勘違いされているレオニス、風評被害もいいところである。
そして空中に残るはエドガー一騎。
ライトとレオニスに挟まれたエドガーが、活路を求めて上空に飛ぶ。
するとここで、何故か野生の鷲獅子が乱入してきた。
「うおッ!? 何だ何だ、お前らも遊びたいんか!?」
「グルルㇽㇽァッ!」
「おう、いくらでも混ざれ混ざれ!好きなだけ遊んでやるぞ!」
「キエエエェェェッ!」
次々と増えていく野生の鷲獅子の乱入に、レオニスは怒ったり戸惑ったりすることなく即時受け入れる。
こういうところはレオニスの度量の広さが顕著に現れる。
遊びに対しても常に真面目なレオニスのこと、遊ぶ頭数が増えればそれだけ楽しさも増す!と思っているのだ。
しかし、下で見ているシーナにしたら心配なことこの上ない。
ハラハラした様子でアウルムに問うた。
『アウルム、あの鷲獅子達は何故あの追いかけっこに乱入してきたのです?』
『ああ、あれこそがエドガー達が言うておった修行だ。あの者達が空中で追いかけっこをしておると、野生の鷲獅子達にはそれが楽しい遊びに見えるようでな。自分達もそれに混ざりたくて、いつの間にかああしてともに空を飛び回ってるのだ』
『そうなのですか……では、敵意を持って追いかけ回している訳ではないのですね』
『無論我ら鷲獅子達に敵意などない。ただ、遊びに夢中になり過ぎてしょっちゅうド派手な魔法をバンバン繰り出しておるので、危険と言えば危険なのだがな』
『…………』
アウルムの解説に一度は安堵したシーナだったが、その後がいただけない。
実際シーナ達が会話している間も、楽しくて興奮した野生の鷲獅子がその口から豪快な炎を吐き出している。
炎以外にも、風魔法や雷魔法を辺り構わず繰り出す鷲獅子もいて、あちこちでドッカーン!バリバリバリバリ!というけたたましい轟音が鳴り響いていた。
しかし、そんな中でもライトとレオニスが怯むことはない。
むしろレオニスは心底楽しそうに哄笑し、ライトもにこやかな笑顔を崩すことなくヒョイ、ヒョイヒョイ、と全ての攻撃魔法を華麗に躱している。
そんな異様な光景を見て、シーナがぽつりと呟く。
『確かにこれは、立派な戦闘訓練であり修行ですねぇ……』
「でしょう!? 銀碧狼殿には、あれが修行であるとお分かりいただけるのですね……とても嬉しいです!」
『ええ……私の目から見ても、あれはもはや追いかけっこなどという可愛らしいものではありませんからね……というか、私のことは『シーナ』と呼んでいいですよ』
「シーナ殿、ですか。ありがとうございます、貴殿から御名をお教えいただけるなんて光栄です!」
今まさに上空で起きているおかしな現象を、冷静に分析するシーナ。
そんなシーナの言葉に、鷲獅子騎士達が感激の面持ちで喜んでいる。
そして鷲獅子騎士達の健気な姿勢に好感を持ったのか、シーナが自ら名乗りシーナと呼ぶことを許したではないか。
これは鷲獅子騎士にとって望外の喜びであった。
その後エドガーがライトに捕まり、野生の鷲獅子達のほぼ全てがレオニスに返り討ちにされるまで、アウルムの周りは実に賑やかな会話を広げていた。
そうした交流の風景を、ラーデだけでなくアウルムもまた眩しいものを見るかのような眼差しで無言のまま見守っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
野生の鷲獅子達がライト達の追いかけっこに混ざってから約三十分。
人外ブラザーズ以外は皆ヘロヘロに疲れきって、アウルムのもとにヨレヨレと寄っていった。
ちなみに人外ブラザーズは未だに余力がある。というのも、合間合間にエクスポーション等の回復剤を飲んでいたおかげである。
そうして最後の野生の鷲獅子をレオニスが捕まえた後、ライト達もアウルムのもとに降りていった。
そこで相棒の鷲獅子にぐったりと凭れかかるエドガー達に、レオニスから声をかけた。
「おう、皆お疲れー。いやー、やっぱ純粋な追いかけっこってのは楽しいな!」
「レオニス卿もお疲れさまです。というか、未だに元気そうですね……」
「ああ、何なら今から二回戦目をしてもいいぞ?」
「ぃぇ、それは遠慮しておきます……ご覧の通り、我らの相棒達も皆クタクタですので……」
「おお、そうか、そりゃ残念だ。でもまぁな、多少の休憩は必要だわな」
あれだけ激しい追いかけっこを繰り広げておいて、まだピンピンとしているレオニス。
その有り余る体力で追いかけっこの二回戦目を提案するも、エドガーに素気無く却下されて残念そうだ。
しかし、激しい運動と後に休憩が必要なことはレオニスにも分かるので、アウルムの横にいるラーデのすぐ傍にドカッ!と胡座で地べたに座った。
レオニスとともに降りてきたライトも、レオニスの横にちょこん、と座る。
「そしたら皆で甘いもんでも食うか!……あ、鷲獅子達にはビッグワームの素をやるのか?」
「ええ、うちの子達はビッグワームの素が大好物ですからね。というか、うちの子達にはもうおやつとして先程出しましたので大丈夫ですよ」
「そっか、じゃあ俺達の分だけでいいか。……って、アウルムはどうする? さっきペリュトン肉を山程食ったばっかだが……」
『うむ、是非とも馳走になろう』
「美味いものは別腹ってか……エドガー、すまんがアウルムにもビッグワームの素を出してやってくれ」
「承知しました」
休憩を提案するレオニス、鷲獅子騎士達だけでなく彼らの相棒の鷲獅子達のことも気遣う。
しかし、人外ブラザーズが野生の鷲獅子達と戯れている間に、下で休んでいたエドガー達は自分の相棒に労いのためのおやつ=ビッグワームの素を与えていたようだ。
そしてそのビッグワームの素は、アウルムの大好物でもある。
念の為アウルムにも聞いてみたら、是非とも食べる!という答えが返ってきた。
アウルムが所望するなら、レオニスに言われずとも貢ぐ気満々の鷲獅子騎士達。エドガーも己の鞄をガサゴソと漁り、ビッグワームの素を数本取り出した。
それらを早速アウルムの前で水魔法で浸し、手際良く戻すエドガー。
水戻しされてこんもりかつプリプリとした身になったビッグワームの素を、エドガーが恭しくアウルムに差し出す。
「アウルム殿、今日も我らの修行にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。ささやかですが、こちらのビッグワームの素を進呈いたしますので、どうぞお召し上がりください」
『うむ。其の方らの心遣い、ありがたく頂戴するとしよう。もしまだ手持ちがあるならば、其の方らの修行に付き合った野生の鷲獅子達にも振る舞ってもらえるとありがたい』
「もちろんです。今から他の鷲獅子達の分のビッグワームの素をご用意致します故、しばしお待ちを」
アウルムの交渉に、エドガーも快く応じる。
野生の鷲獅子達は遊びとして参加しているが、結果として鷲獅子騎士団の修行の一端を担ってくれているのも事実。
その礼としてビッグワームの素を振る舞うことで、コルルカ高原を地元とする鷲獅子達との交流も計れて一石二鳥である。
そうしてエドガー他五人の鷲獅子騎士達がビッグワームの素を用意する中、ライト達も自分達人間用のおやつとラーデやアル親子の分のおやつも用意していく。
コルルカ高原では初めての、休憩を兼ねたお茶会がもうすぐ始まろうとしていた。
コルルカ高原での鷲獅子騎士団&人外ブラザーズ&野生の鷲獅子の三者が入り乱れる壮絶な修行の様子です。
追いかけっこと言うとお遊びのように聞こえますが、やってることはまぁ危険も危険な演習そのもの。ぶっちゃけシュマルリの竜族達との脳筋族の宴と大差ありません。
ですが、これくらいしなければね、竜騎士団に開けられた実力の差を埋めることなど到底できないので。
そう、鷲獅子騎士達も鷲獅子騎士としての誇りを保つべく、日々精進しているのです!(`・ω・´)




