第1341話 悠久の時を生きる者の苦悩
その後ライト達は、アウルムを囲んで食事に付き合った。
と言っても、レオニスが空間魔法陣から次々と出す生肉をアウルムがもっしゃもっしゃと食べるのを眺めているだけなのだが。
『おお、この生肉もなかなかに美味だのう。これは何の肉なのだ?』
「これはペリュトンという鳥と鹿が合わさった魔物の肉だ」
『そうか……そのような魔物は、ここら辺にはおらぬな。この近辺にいるなら是非とも狩りたかったが、いやはや残念だ』
「まぁな、ペリュトンの生息地はここからかなり遠いところだからな」
レオニスが出す生肉、ペリュトン肉を美味しそうに頬張るアウルム。ペリュトンがコルルカ高原にいないことを残念がっている。
ちなみにレオニスが何故そんなに大量のペリュトン肉を持っているのかというと、野営やバーベキュー、あるいは謎の卵の孵化などに備えてのことだ。
そしてその量は半端なく多く、ファングの肉屋で約1kgの塊肉を百個以上購入して所持していた。
しかしそのストックも、今日ここでアウルムにご馳走することで殆どが消えそうである。
『時にラーデよ、其の方はこの肉を食わぬのか?』
『先程食べてきたので心配無用ぞ』
『銀の娘達も要らぬのか?』
『ええ、ラーデと同じく私達も朝に食べて来ましたので大丈夫です』
『そうか、吾ばかり食うててすまぬの』
一応ラーデやシーナ達に気遣うも、不要と聞いて再び勢いよくペリュトン肉を頬張るアウルム。
そうして美味しい生肉をたらふく食べ、実に満足そうな顔で食事提供者のレオニスに礼を言う。
『ぷはー、食った食った!これで当分狩りをせずに済むわ。ゲプー』
『アウルムよ、さすがにちと食い過ぎではないか?』
『いやいや、この辺りには美味いと思えるものなど殆どないのだぞ? たまの馳走とあらば、欲で食い溜めして当然であろ? ゴフー』
『この欲張りの食いしん坊め……』
時折盛大なゲップしながら満足げに宣うアウルムに、ラーデが呆れ顔をしている。
確かにこのコルルカ高原には、食肉に向く魔物はあまりいない。
蝙蝠(単眼蝙蝠によく似たイービルアイ)は可食部が殆どないし、虫(ビッグワームの近縁種であるバレンワーム)は筋張っていて美味しくないし、猿(毛むくじゃらの猿型魔物のキラーエイプ)は肉が固くて臭くて食えたものではない!とアウルムはブチブチと零す。
そんな中、肉屋できちんと下処理されたペリュトンの生肉は、アウルムにとってさぞかし美味だったことだろう。
そして満腹になったアウルムが、今度はシーナに話しかけた。
『して、銀の娘よ、ラリーは元気にしておるか?』
『曽祖父は、今から五十年程前に眠るように亡くなりました……』
『ぬ、そうか……其の方の三代前ともなれば、もう生きてはおらぬのも道理か……』
アウルムが知る銀碧狼のラリー。
それはシーナの曽祖父であり、推定五百年以上は生きたという伝説の銀碧狼である。
しかし、そんな伝説級の銀碧狼であっても定命には抗えない。
最後は静かに眠るように亡くなったと聞き、アウルムがしょんぼりとしている。
そしてアウルムが、つい、と顔を上げて遠くを見つめるように空を見上げる。
その眼差しは、かつての友ラリーの在りし日の姿を思い浮かべているようだ。
『ラリーは、銀碧狼一族が森を住まいとするはるか前からあちこちを転々としていてなぁ……吾の住むこの高原にも、ちょくちょく顔を出しては鷲獅子達と遊んでおったわ』
『そうなのですね……確かに父母や祖父母から聞く曽祖父様は、それはもう年がら年中世界中を旅して回っていたようですね』
『ああ。彼奴はもはや陸地を駆けることに飽いたのか、ある日突然『海に潜りたい!金の、我といっしょに泳いで海底を目指そうぞ!』とか言い出した時には、さすがに止めたがな……』
「「『『…………』』」」
アウルムが語るシーナの曽祖父との思い出に、ライト達は一瞬『海に飛び込んで懸命に潜水しようとする銀碧狼』を想像してしまった。
しかし、いくら陸地を駆けるのに飽きたからといって、海にまで活路を求めるとは。シーナの曽祖父は、なかなかに豪胆な性格だったと見える。
『フフフ、曽祖父様らしいお話ですね』
『であろう? 彼奴が単身で海に潜るのは構わんが、吾まで巻き込まれては敵わん。というか、吾は泳げぬし。泳げぬ吾が海になぞ入ったら、速攻で溺れてしまうわ』
『私達銀碧狼も、そこまで泳ぎは得意ではないですが……曽祖父様は泳ぎが上手だったのですかねぇ?』
『さぁなぁ……今となっては分からぬが、いつか吾も天に召されてラリーに再び会えたら、その時に聞いてみるとしよう!』
アウルムは、泳げないとカミングアウトしたかと思えば次の瞬間には高笑いしながらあの世でラリーと再会すると宣う。
確かに大きな翼を持つ鷲獅子には、海で泳ぐことは不可能だろう。
するとここで、ラーデが顔を顰めながらアウルムに物申す。
『これ、アウルムよ。天に召されるなどと縁起でもないことを言うでない。せっかく穢れから解放されて、『アウルム』という名まで得たのだぞ? これから我とともにまた千年、二千年と生きようぞ』
『おお、そうだな!吾等は唯一無二故に、これまで名を持つ必要もなかったが……吾は『アウルム』となり、皇竜は『ラーデ』となった。ならばこの新たに得た名を、世に広く轟かさねばな!』
ムスッとした顔で窘めるラーデに、アウルムは変わらず豪快な高笑いで応える。
アウルムが言った『天に召される』というのも、今すぐどうこうなるという話ではないのだろう。
しかし、長き時を生きる者達は時にその永劫に疲れ果てるという。
アウルムが今何歳なのかは不明だが、皇竜メシェ・イラーデと知己があってシーナの曽祖父ラリーとも親交があったというくらいだから、相当な年月を生きてきたと思われる。
ラーデとアウルムのやり取りを聞いて、ライトは内心で『やっぱり長生きするのって大変なのかな……』とちょっぴり切なくなった。
そしてそれはレオニスも同じで、場の空気を変えるためにアウルムに話しかけた。
「アウルム、その名前の名付け親であるアルフォンソ達は、あれからここに来てるのか?」
『吾を救いし鷲獅子の騎士達か? 如何にも、あの者達はちょくちょく吾のもとに来ては周囲の鷲獅子達と戯れておる』
「おお、そうか、あいつらも念願叶ってこのコルルカ高原で武者修行してるんだな」
『ああ。三日程前にも五人程ここに来てな、吾にあの美味い物を馳走してくれたわ』
レオニスがアウルムに聞きたかったのは、鷲獅子騎士団とのその後の交流具合。
アウルムの話によると、結構な頻度でアウルムのもとを訪れているらしい。
そしてその度にアウルムの大好物、ビッグワームの素を持参してはたくさんご馳走していくのだとか。
一応名目上は武者修行ということで訪れているのだろうが、半分くらいは鷲獅子のことが好き過ぎてただ単に会いたいだけなんじゃね?とレオニスは内心で密かに思う。
するとここで、アウルムが何を思ったのか、ラーデに向けて宣言した。
『……よし、吾は決めたぞ』
『ン? 何を決めたのだ?』
『吾が新たなる名を世に広く知らしめるべく、吾は旅に出るぞ!』
『ぬ? アウルムよ、其方、今までこの高原の外に長く出たことはあるのか?』
『ないッ!』
『……全くないのに、何故にそんな自信満々で言い放つのだ……』
アウルムの旅に出る宣言に、ラーデがスーン……とした顔で呆れている。
しかし、その程度のことでへこたれるアウルムではない。
そう思うに至った理由を語り始めた。
『いや、吾とてこれまで全く考えたことがなかった訳ではないのだ。そこにいる銀の娘の曽祖父、ラリーがしていたように世界中を飛び回ってみたい、という思いはそこはかとなくあった』
『だが、今日其の方らに会い、その思いは一気に強くなった。まずはペリュトンなる魔物をこの手で狩ってみたい、そして他にもまだ吾の知らぬ様々なものをこの目で見てみたい、とな』
『それにラーデ、其の方が療養しているという魔の森も一度訪れてみたいしな!』
思いの丈を吐露したアウルムが、ラーデを見つめながらニカッ!と笑う。
親友の偽らざる心情を聞き、ラーデもまた小さく微笑む。
『世界は其方が思う以上に広大だぞ?』
『それこそ何百年、いや、千年かけてでも地の果てに辿り着いてみせようぞ。其の方も、吾といっしょに旅をしようではないか!』
『そうさな……いつかはともに旅するのもいいが、するにしてもだいぶ先のことで今ではないな』
『ぬ? 何故だ?』
せっかくラーデも旅に誘ったのに、今ではない、と素気無く却下されてしまったことに、今度はアウルムがムスッとした顔で問い返す。
そんなアウルムに、ラーデがやれやれ……といった様子で説き始めた。
『何故も何もあるか。我はこの通り、力の大部分を失っていて療養中だと申しておろうが』
『ぬぅ……そういえばそうだったな』
『というか、アウルムよ、其方自身も長きに渡り穢れに侵されていて未だ本調子ではあるまい』
『まぁな……体調はだいぶ良くなったとはいえ、少し飛んだだけで息切れするわ』
『そんなんで世界中を旅できる訳なかろう……』
『だな……』
ラーデのド正論に、アウルムががっくりと項垂れながら認める。
ラーデとアウルム、両者とも長い間邪皇竜や穢れに侵されていて、もうすっかり完全回復したとは到底言い難い。
アウルムなんて、少し空を飛んだだけでも息切れすると言うではないか。
そんな貧弱体力で、世界中を飛び回れる訳がない。
途端にしょんぼりしてしまったアウルムに、ラーデが改めて声をかける。
『何、アウルムよ、そう気落ちするでない。我は『今はまだ行けない』と言っただけで、互いに本調子に戻ればいつでも出かけられようぞ』
『ッ!!……そうよな、体調さえ万全に整えばいつでも旅に出られるよな!』
ラーデのさり気ない慰めに、アウルムがハッ!とした顔で上を見上げる。
そう、何もラーデは旅に出てはいけない、とかいっしょに旅をしたくないと言っている訳ではない。
双方の体調や魔力などが元通りになれば、心置きなく出かけられるのだ。
アウルムがその真意をきちんと把握したことに、ラーデが嬉しそうに答える。
『そうだ。だから今は互いに養生しよう。我は完全な姿に戻るまでに一年くらいはかかるかもしれんが』
『何、一年など瞬く間よ。吾とて強がりはしたが、その実それくらいは休まねばならんかもしれん』
『ならばちょうど良い。我は魔の森で、其方はこの高原で、いつの日か世界を目にする時のために互いに力を蓄えようぞ』
『おう!その間、其の方も近況報告を兼ねて遊びに来てくれ!』
『ああ、約束しよう』
アウルムが嬉しそうにラーデの真ん前に嘴を近づけ、ラーデもまたアウルムの嘴を撫でるように手を添える。
長き時を生きる者同士、生きる楽しみを見つけ共有することを固く誓い合った瞬間だった。
コルルカ高原でのアウルムの食事他です。
実にのんべんだらりとした雑談風景ですが。こないだまで結構な修羅場だったし、ライトの春休みの出だしくらいのんびりと過ごしても許される、ハズ><
でもって、アウルムが『世界中を旅するぞ!』とか言い出して作者困惑。
何とか宥めに宥めて、ラーデとともに完全に力を取り戻してからね!ということにさて収まりましたが。
アウルムがコルルカ高原からいなくなったら誰が一番泣くって、間違いなくアルフォンソ達鷲獅子騎士団の団員達なんですよねぇ。
アウルムが糸の切れた凧のように風来坊にならずに済んで、作者だけでなくアルフォンソ達もホッと胸を撫で下ろしていることでしょう(´^ω^`)




