第1335話 初めての人里
氷の洞窟を後にし、ツェリザークの街に戻るライト達一行。
道中はアルがライトを背に乗せ、ラウルはシーナに乗せてもらっていた。
ライトはアルが駆ける速さに「キャッホーィ!」と大喜びし、ラウルはシーナに申し訳なさそうに話しかけた。
「俺まで乗っけてもらってすまんな」
『何のこれしき。今日からしばらくは、貴方方の家にご厄介になるのですからね。これくらいのことをしても罰は当たらないでしょう』
「そうか。なら俺も、せっかくだから銀碧狼の背中から眺める贅沢な景色を堪能するとしよう」
『是非ともそうしてくださいな』
シーナの心遣いに、ラウルも小さく微笑みながら顔を上げる。
ラウルは空を飛べるので、水中移動ならともかく地上でこうして誰かの背に乗せてもらうということは殆どない。以前初めて天空島に行く時に、白銀の君の背中に乗せてもらって以来二度目のことだ。
百年以上生きてきたラウルの人生の中で、二度目という滅多に訪れない機会。
その好機を一瞬たりとも逃すまいとするように、ラウルはいつもと違う風を一身に受けながら周囲の流れていく景色を嬉しそうに眺めていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そうしてしばらくすると、遠くにツェリザークの外壁が見えてきた。
ライト達は一旦止まり、銀碧狼親子の背から降りて話し合う。
「子犬で通せるアルはともかく、シーナさんはどうしようね?」
「ンー……シーナさんの場合、身体の大きさを大型犬くらいに変えても絶対に目立つよなぁ」
「だよねぇ……でも、人化しても絶対に目立つよね。シーナさんの人化はすんごい美人さんだし」
「そうなんだよなぁ」
「『???』」
ライトとラウルが話し合っているのは、シーナ達をどうやってツェリザークの街に連れて行くか。
アルは子犬ということでライトが抱っこして連れ歩けば、然程目立つこともないだろう。
だが、シーナの方はそう簡単にはいかない。
碧白く輝く美しい毛並みの銀碧狼の姿のままでは、身体の大小に関係なく相当目立つことは間違いない。
だが、人化の術で人間の女性に化けてもそれはそれでものすごく目立つ。何故なら人化したシーナは、それはもはや『絶世の美女』などというありきたりな言葉など生温いくらいの美女だからだ。
それは『サイサクス大陸一の美姫』と名高いシャーリィの横に立っても遜色ないくらいの美しさなのである。
もっとも、アルとともに小首を傾げているシーナ自身には、そうした自覚など全くないのだが。
「しかし、人化の姿で目立つよりも銀碧狼のままの方がもっとマズいんだよな。人型以外の連れをともにする時には、従魔登録が要ると冒険者ギルドで決められているし」
「あー、そういえば『冒険者の手引き』の本にも、そういう決まりが書いてあったね」
「ああ。少なくとも人型ならその手間はないし、何よりシーナさんを従魔登録する訳にもいかんからな」
「だねー」
ゴニョゴニョと話し合う二人の結論は出たようだ。
ラウルがシーナに向かって声をかけた。
「シーナさん、ここから先は人化の姿でいてもらっていいか?」
『そうですね。この姿のままで人里に入ったら、面倒なことになりそうなことは私にも分かります』
「すまんな」
『いいえ、氷の女王の願いを人族にきちんと伝えるためですもの。この程度の手間など惜しむ必要はありません』
ラウルの要請にシーナが快く応じる。
シーナがシュルシュル……と人化している間に、ライトがラウルに進言した。
「ねぇ、ラウル、マントを持ってたらシーナさんに貸してあげたらどうかな?」
「お、そうだな。マントを着てフードを被れば、かなり目立たなくなるか」
ライトの提案にラウルは頷きながら、空間魔法陣を開いて一枚のマントを取り出した。
「シーナさん、すまんがこのマントを着てくれるか。そうすれば、人里の中を歩いてもあまり目立たなくなるはずだ」
『分かりました。私も人里の中で悪目立ちしたくはありませんからね』
ラウルからマントを受け取ったシーナ、早速身体にマントを羽織る。
それは、以前ラウルがレオニスから借り受けたレオニスのお古のマント。
成人男性用の品だが、人化したシーナはすらりとした長身なので、くるぶし辺りまで隠れるちょうど良い塩梅の丈となっていた。
『さあ、アル、貴方も身体を小さくなさい。もうすぐ人里に入りますからね』
「ワウッ!」
「シーナさん、ぼくがアルを抱っこしてもいいですか!?」
『もちろん。お願いしますね』
「はい!」
ツェリザークの街に入る前に、準備万端整えたライト達。
シーナは身分証を持っていないが、ライトと同じく黒鉄級冒険者であるラウルの連れということで通すことができる。
ライトは小さくなったアルを抱っこし、シーナはレオニスのお古のマントをまとい、ラウルを先頭にして一行はツェリザークの街に入っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
門を潜り、ツェリザークの街の中を歩くライト達。
アルは物珍しそうにキョロキョロと周囲を見回し、シーナもマントのフードを深めに被りながらも街の中をそっと見て観察している。
シーナ曰く、人族が作った集落の中に入るのは生まれて初めてのことだという。
ならばどうやって人化できるようになったのか?と言えば、ツェリザークの雪原で時折見かける冒険者達の姿を手本とし、見様見真似で人の姿を取れるようになったのだとか。
冒険者ギルドツェリザーク支部に向かう途中、ツェリザークの中の大通りの脇にあるヘルムドソン通りを通ると、そこには多数の露店が並び道を行き交う人々で賑わっている。
結構な数の人の多さに、シーナが驚きつつ呟く。
『ここは……想像していた以上に大きな集落なのですね』
「そうか? このツェリザークは、街の規模としてはそこそこというか中堅だがな」
『何と、これで中堅とは……ということは、もっと大きな集落があるのですか?』
「ああ。俺が普段住んでいるラグナロッツァは、人族が作った国の一つであるアクシーディア公国の首都―――つまり、サイサクス大陸で最も大きな人里だ。カタポレンの森に行く途中で寄るから、ついでに少しだけ見ていくといい」
『まぁ、ラウル達が普段住むところですか。それは楽しみですね』
ラウルの解説に驚きながらも、まだ見ぬ大都市ラグナロッツァの存在を知り楽しみだと言うシーナ。
そうして歩いていくうちに、ライト達は冒険者ギルドツェリザーク支部に無事到着した。
途中、すれ違う人が時折シーナの方を見てはチラッ、チラッ、と振り返っていた。
なるべく顔を隠してはいたが、それでもやはりシーナの存在感は隠しきれなかったとみえる。
これはアレだな、早急に魔術師ギルドに行ってシーナさん用の『非モテお守り』を買わなくちゃ!とライトは内心で考えていた。
ツェリザーク支部の建物の中に入り、早速ラウルが受付窓口に進む。
受付には行きの時にはいなかったクレハがいたので、ラウルはクレハのいる窓口に並ぶ。どうやら今日のクレハは遅番だったようだ。
そしてラウルの番になり、クレハと目がパチッ☆とかち合ったライトが早速挨拶をした。
「クレハさん、こんにちは!」
「あらまぁ、ライト君ではないですかー。……って、ンまぁぁぁぁ。何とも綺麗で素晴らしい毛並みをお持ちの、可愛らしいワンちゃんですねぇ♪」
「はい!この子の名前は、アルっていうんです!」
「ワゥワゥ!」
ライトが抱っこしているアルの姿を目敏く見つけたクレハ、その美しい毛並みを大絶賛している。
アルのことを褒められたライトが嬉しそうに名前を教え、アル自身もまた自分が褒められているのが分かるのかニコニコ笑顔で応えている。
そしてライトに続き、ラウルがクレハに声をかけた。
「よ、クレハさん。久しぶり」
「あらー、ラウルさんもごいっしょなんですねぇー、こんにちは!今日はもう何か依頼をこなされてきたのですか?」
「いや、今日は殻処理の依頼をしに来たんじゃなくて、ツェリザーク郊外の雪を採りに来ててな。その帰りだ」
「ああー、ラウルさんは日々のお料理や飲み水にツェリザークの雪をお使いになっておられるんですものねぇ。それに、如何にツェリザークでももうそろそろ雪も降らなくなってきますし」
「そゆこと」
ラウルの顔を見たクレハの顔が、花咲くように綻ぶ。
ラウルはここツェリザークでも『殻処理貴公子』として名を馳せていて、ある意味レオニスよりも有名人だ。
当然冒険者ギルドツェリザーク支部でもラウルは救世主の如く扱われていて、クレハを始めとしたギルド職員全ての覚えも目出度い人気者なのである。
「では、今からラグナロッツァにお帰りですかぁー?」
「いや、帰るには帰るんだが、その前にツェリザーク支部に伝えなきゃならんことがあってな」
「はて、私達に伝えたいこと、ですか?」
「ああ。氷の女王から言伝を預かっているんだ」
「ッ!!!」
ラウルの話にクレハの顔がハッ!となる。
そして慌てたように席を立ち、前のめりでラウルに詰め寄った。
「ラウルさん!そういう大事なお話でしたら、是非とも支部長のいる執務室でお聞かせください!」
「ぉ、ぉぅ、なら支部長室に行くとするか」
「はいッ!」
クレハの有無を言わさぬ剣幕に、ラウルは若干後退りながらも快諾する。
冒険者ギルドツェリザーク支部にとって、氷の洞窟の主である氷の女王は決して無視してはならない存在。
その氷の女王から託された言葉となると、受付窓口だけで対応していいものではない。支部長を始めとする上層部の耳にも入れておかなければならない重要事項なのだ。
「ライト、シーナさん、そんな訳で俺は少し上と話をしてくる。すまんが、皆はこの建物の中で待っててくれ」
「はーい」
『分かりました』
ラウルがライト達に少し待つように言うと、クレハとともに奥の方に向かっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そうしてラウルが冒険者としての務めを果たすべく、受付窓口から去って約三十分。
その間ライト達は、ギルド内売店で氷蟹エキス入りのぬるシャリドリンクやカニせんべいなどを購入したりして過ごしていた。
広間内にあるベンチに座り、カニせんべいをポリポリと食べるシーナとアル。
子犬状態のアルにはライトがカニせんべいを小さく砕いてからあげて、シーナはライトが渡した水筒のお茶を飲みつつ『これはなかなかに美味ですねぇ』と言いながらカニせんべいを食している。
「シーナさん、初めての人里はどうですか? 人がいっぱいいて怖くないですか?」
『そうですねぇ……怖いという感覚はないですが、見渡す限り石で出来た建物ばかりでまともな木々がないのは、何とも物寂しくて寒々しいものですね』
ツェリザークの街は、怖くはないが侘びしくて寒々しいと言うシーナ。
普段カタポレンの森やツェリザークの大平原で暮らすシーナにとっては、人族が作り上げる石畳や煉瓦の建物は異質なものに映るのだろう。
馴染みのない景色に違和感を抱いても不思議ではない。
「ツェリザークは、人里の中でも特に冬が長くて寒い街だから木も少ないし、雪がたくさん降っても潰れないように頑丈な建物にするためには、どうしたって石造りの建物が多くなるんだと思います」
『これも人族が生きていくための智慧、なのですね』
「そうですね……シーナさんもご存知の通り、人族というのは脆くて弱い生き物ですから」
『………………』
ライトが膝に抱えているアルを優しく撫でながら呟く言葉に、目線を落としつつ無言を貫くシーナ。
間違っても『ライト、貴方や貴方の保護者は全然脆弱じゃありませんよね?』とは言わないあたり、シーナは相変わらず気遣いができる常識人ならぬ常識狼である。
そうしているうちに、ラウルが広間に戻ってきてライト達の前に来た。
「皆、お待たせ。ここの支部長に氷の女王の伝言をきちんと伝えたから、ラグナロッツァに帰るとするか」
「ラウル、お仕事お疲れさま!さ、そしたらシーナさんもぼく達のもう一つの家に行きましょう!」
『ええ』
ベンチからヒョイ、と降りたライト。
子犬状態のアルを右腕に抱き、左手をシーナに向けて差し伸べる。
幼くてもレディーをエスコートしようとする小さな紳士に、シーナも微笑みながら席から立ち上がる。
そうしてライト達は、冒険者ギルドの転移門を利用してツェリザークからラグナロッツァに移動していった。
氷の洞窟からツェリザーク、そしてラグナロッツァへ移動していくライト達の様子です。
氷の女王から伝言を預かったラウルが冒険者ギルドツェリザーク支部に立ち寄るため、黄泉路の池ではなくツェリザーク経由で移動するのは当然のことなのですが。そのためにシーナさんをどうやって連れていくかが何気に問題だったりして。
何しろシーナさんは超絶妖艶な美人さんなので、人里の中に入ったらそりゃもう人目を引いて目立ちまくること請け合いな訳ですよ。
それ自体は別に悪いことでも何でもないんですが、悪漢に囲まれたり付け狙われたりするのも面倒ですし。そこはリスク回避ということで、なるべく目立たない方向で行動するのが最善なのですね(^ω^)




