第1312話 長閑な主従関係
作者からの予告です。
明日は秋のお彼岸のお墓参りで、一日中あちこち出歩くことが確定しているので明日の更新はお休みとさせていただきます。
申し訳ございませんが、ご了承の程よろしくお願い申し上げます。
海の女王と六人の女人魚達とともに、海樹ユグドライアのもとに向かうライトとラウル。
程なくして、海樹の雄大な姿が見えてきた。
その間何人かの男人魚達とすれ違ったが、ライト達が彼らに引き止められることは全くない。
ライト達が海樹の加護を持っていることもあるが、一行の先頭に海の女王がいるおかげが大きいのだろう。
そうしてユグドライアの前に辿り着いたライト達。
ユグドライアが嬉しそうな声でライト達に声をかけた。
『おお、ラウルにライトじゃねぇか!久しぶりだな!』
「イアさん、こんにちは!お久しぶりです!」
「よう、イア。元気そうで何よりだ」
『それに、今日はまた珍しい客を連れてきたな?』
ライト達との再会を喜ぶユグドライア。
軽く挨拶を交わした後、海の女王達にも声をかける。
『海の女王も久しぶりだな!息災にしてたか?』
『ご無沙汰しております。海樹におかれましては、ご健勝のこととお慶び申し上げます』
『おいおい、そんな堅苦しい挨拶は抜きだぜ?』
『そうは参りません。貴方様は永劫の時を生きる、唯一無二の海樹。私など及ぶべくもない高貴な存在であられます故』
『ったく……今代の海の女王は、歴代の中でもとびっきりの頭の固さだよなぁ』
恭しく頭を下げつつ、ユグドライアに敬意を払う海の女王。
ものすごく畏まった挨拶に、ユグドライアがちょっぴり不服そうにぼやいている。
だが、海の女王の胸元に煌めく珊瑚のペンダントに気づいたユグドライア。それまでとは打って変わった様子で、嬉しそうな声で話しかけた。
『……お? その首飾りについている、緑色の大きな飾りは……もしかして、俺の枝で作ったやつか?』
『はい。ここにいるライトが、私や女人魚達のために作ってくれた品です。今日は海樹にもそのお礼を言いたくて、ここに参った次第です』
『そうかそうか!俺の枝がお前達の身を守るのに役に立てるなら、これ程嬉しいことはないぜ!』
『…………良い物を分けていただき、本当にありがとうございます』
海の女王が身に着けていた海樹の枝の装飾品を見て、ユグドライアが本当に嬉しそうに喜んでいる。
その一方で、海の女王は何故か少しだけ憂いを帯びた笑みを浮かべつつ礼を述べる。
海樹の周りにいる男人魚達も、その首元や手首に海樹の枝を護身用兼魔力補充アイテムとして常に身に着けている。
ユグドライアの枝は高魔力を保持しており、また海樹の威光によって海の中の雑魚魔物を遠ざけて身に着けている者を守る働きがあるのだ。
だが、これまで女人魚達に改めて海樹の枝を下賜したことは一度もない。
女人魚達は男人魚達と違い、好んで遠出をすることはあまりないし、狩りなどの危険な行動もほとんどしないからだ。
しかし、こうやって海の女王が海樹の枝の装飾品を身に着けているのを間近で見ると、ユグドライアとしてもかなり嬉しいらしい。
横に控えている側近のマシューに、弾むような声で話しかけた。
『なぁ、マシューよ。海の女王が着けているあの首飾り、すっごく綺麗だよなぁ』
『そうですな、私達が身に着けているものとは大違いですな』
『あれはやはり、ライト達人族が加工したものだからか?』
『おそらくはそうかと』
海の女王が身に着けている雑魚のペンダントに、側近のマシューも思わず繁繁と見入る。
特に注目しているのは、言わずもがな雫型のペンダントトップ。ツルツルに磨き上げられた表面の光沢はとても美しく、男人魚達が普段身に着けている物とは段違いの輝きを放っている。
それもそのはず、男人魚達が首にかけているのは研磨など全くしていない。ただ単に海樹の枝を折り取って、適当な長さに切っただけのもの。
アイギスで修行したマキシが研磨した逸品とは、比べ物にもならない。
そしてその大きな違いは、先程海の女王が言った『ライトが作ってくれた』という言葉に理由があることを、ユグドライアもマシューも早々に察していた。
『なあ、ライトにラウルよ。人族には、俺の枝をあのように綺麗に仕上げる智慧を持っているのか?』
「はい、人族には宝石や珊瑚……イアさんの枝をより美しく磨き上げる研磨技術があります」
『そしたら、マシュー達に配る枝の加工を頼んでもいいか? せっかくなら、こいつらにも綺麗なものを持たせてやりたいんだ』
「もちろんいいですよ!」
『ありがとう!恩に着るぜ!』
ユグドライアの頼みに、ライトが一も二もなく快諾する。
ユグドライアの枝の加工は、アイギスのセイやマキシに頼むことができるので問題ない。仕事依頼の報酬も、枝の余りを提供することで充分賄える。
何しろユグドライアの枝は最高級の宝石珊瑚。端材扱いするには畏れ多い超高級な稀少品なのだ。
『よし、そしたらラウルよ、早速俺の枝の伐採を頼む。マシューと相談して、良さそうな枝を選んで切り取ってくれ』
「承知した。なるべく先端の方の、細い枝をいただいていこう」
『そうしてくれると助かる』
ユグドライアからご指名を受けたラウル。早速マシューとともに上の方に行き、枝の選定作業に入る。
その間ユグドライアは、ライトや海の女王と会話をしていた。
『そういやライトが着けている、その飾りも俺の枝で作ったやつか?』
「はい、そうです!このブローチについている珊瑚は、ユグドライアさんの枝を研磨したものなんですよ!」
『ほう、その飾りは『ブローチ』というのか。それも海の中にはない品だな』
「これは服や布なんかに直接針を通すから、身体の回りだけじゃなくていろんなところに着けられるんですよー」
『人族が作る装飾品ってのは、本当にすげーな……』
ブローチという見慣れない装飾品の形態に、ユグドライアが心底感心している。
実際ブローチなどという品は、海の中には存在しないであろう。
するとここで、ユグドライアがはたとした声でラウルに追加注文を出した。
『あ、そうだ、ラウル、細い枝を多めに取ってくれ。首飾り用の飾りをたくさん作ってもらいたいんだ』
「そりゃ構わんが、全部で何個分の飾りが欲しいんだ?」
『男人魚用の百個と女人魚用の百個、番の集落用に二百個かな』
『『!!!』』
ユグドライアの追加注文に、海の女王とマシューの目が大きく見開かれる。
それは、ユグドライアが全ての人魚達に自分の枝を与えると言ったも同然だったからだ。
ラウルに数を問われたユグドライアが、その答えを告げるとともに話を続ける。
『今までは、特に何も考えてこなかったが……先の夏のツィの襲撃事件や、先日のエル姉の天空島の危機を経験して、これまでの俺の考えが如何に甘かったかを思い知らされた。だから俺は考えを改めたんだ』
『俺は俺を日頃から守ってくれる男人魚だけでなく、海の女王や女王を守ってくれる女人魚達のことも守ってやりたいし、次代の人魚を育てている番の集落も守りたい。俺の枝の数本でそれが適うなら安いもんだ』
ユグドライアの悔い改めた言葉に、ラウルも静かに頷く。
海の女王や海樹がいるこの界隈では、幸いにも危険な目に遭うことは滅多にない。
だが、この先も危険な目に遭わないとは言い切れない。この世に絶対と言い切れるものなどないのだから。
「そうか、分かった。ただし、四百個分の飾りとなるとそれなりに時間もかかるが……」
『そりゃ当然だ。いくらでも待つから、とびきり綺麗で洒落た飾りを作ってやってくれ』
「ああ、職人にもちゃんと伝えておこう」
ユグドライアの思いに、ラウルが小さく微笑みながら応える。
そしてラウルの横で、ユグドライアの話を静かに聞いていたマシューが感慨深げに口を開いた。
『海樹がこのように思慮深くなられるとは……このマシュー、感激の極みにございますぞ』
『マシュー、お前ね……それは、俺がこれまで思慮が浅くて考え無しだったって言ってるようなもんだぞ?』
『はて、先程ご自身でそう仰っておられませんでしたかな? 確か、『今までは、特に何も考えてこなかった』とか何とか……』
『ぐぬぬ……』
自分の眦を拭ってみせるマシューに、ユグドライアが文句をつける。
もちろんそんなへなちょこ文句に屈するマシューではない。
返す刀でツッコミを入れられて、ぐぬぬとなるユグドライア。
悔し紛れになおも果敢にマシューに口喧嘩を挑む。
『お前のその減らず口、何とかならんの?』
『もし私の口が減ったら、その時は私の死期が近いと思ってくだされば間違いございませんな』
『そりゃ困る、お前にも絶対に長生きしてもらわなきゃならん……じゃあ、減らなくてもいいからこれ以上増やさんでくれ』
『承知しました。今後増やすなら、敬愛する我等が海樹への崇敬と畏怖の念を今以上にマシマシにすることにいたしましょう』
『ぉ、ぉぅ、そ、そうしてくれや……』
海樹の方から挑んだ口喧嘩なのに、最後の方では照れ臭そうな小声でモショモショと呟くユグドライア。
この手の口論で、ユグドライアはマシューに勝てた試しがない。
今日もマシューの手のひらの上でコロコロと転がされるユグドライア。実に長閑な主従関係である。
そんなユグドライアとマシューの和やかな会話を、何故か海の女王は寂しげな瞳でじっと見つめていた。
舞台は海底神殿から移り、久しぶりのユグドライアの登場です。
ユグドライアも第845話以来のご無沙汰ぶり!
神樹族次男坊は大雑把かつざっくばらんな性格で、気質的にもレオニスなんかとほんのり似てるところがあるので書いてて楽しいです( ´ω` )
最側近マシューとの会話もノリノリで書けるので楽ちん出し!
このように、イアも作者お気に入りの子なのでホントはもっと出番を増やしたいところなのですが。なかなか思うようにいかず(=ω=)
陸と海では住む環境が違い過ぎる&頻繁に接点を持たせるのが困難なのが原因なんですけど。
何とか出番増やせんかなー……増やすにしても単発SSで出すのが関の山かしら。……無い知恵振り絞って頑張ろう……




