第1297話 レオニスが伝えたかったこと
その後ライト達はそのままライトの部屋で、いろんなことを話し合った。
ライトとレオニスはライトのベッドに腰をかけて並んで座り、その前にラウルとマキシがライト達と向かい合う形で立っている。
まずライトが最も気がかりだったのは、自分が去った後のラグナロッツァ。
ビースリーの元凶であるコヨルシャウキとともに星海空間に移動したため、もう大丈夫だろうとは思うのだが。そこはやはりレオニス達から話を聞くなり己の目で確かめるなりしなければ、本当の意味での安心はできなかった。
そんなライトに、レオニスがラグナロッツァの状況を語る。
「あの亀裂が完全に閉じられて、ビースリーの脅威が去った今はラグナロッツァも平穏を取り戻しつつある。とはいえ、他所の街に避難していた貴族や平民達が続々と戻ってきたり、主に冒険者連中が連日祝杯を上げたりでまだまだ騒がしいがな」
「そっか……それなら良かった」
「これも全てライト…………いや、名前も知らない勇敢な勇者候補生が名乗り出てくれたおかげだ」
「………………」
ラグナロッツァの無事を安堵するライトに、レオニスが目を伏せながら勇者候補生を讃える。
あの日の夜、レオニスは旧ラグナロッツァ孤児院で起きた出来事の一部始終を見ていた。唯一の目撃者だから、当然勇者候補生の正体を知っている。
だが、敢えてライトには直接礼を言わずに『名前も知らない勇者候補生』という形で感謝の意を表した。
それは、ライトが勇者候補生であるという事実に目を瞑り、今後も黙認するという意志の表れであった。
「ああ、あとな、ラグーン学園は亀裂消滅した日から一週間後に再開するって話になってたぞ」
「一週間後? ていうと……今から何日後なの?」
「二日後の明後日だな」
「そっかぁ、それに間に合うように帰ってこれて良かったぁ……」
「全くだ。ハリエットちゃんもプロステスから帰ってきて、すぐにお前に会いに来たってラウルが言ってたぞ。なぁ、ラウル?」
レオニスからラグーン学園再開の話を聞いて、その前に帰還できたことにライトが心底ホッとしている。
そしてレオニスに話を振られたラウル、無言でコクリ、と首肯した。
ハリエットの話を聞いたライトが、ラウルに問いかけた。
「ラウル、ハリエットさんにはぼくのことを何て言ったの?」
「ライトはちょっと出かけてて、今こっちの屋敷にはいない、とだけ言っておいた」
「そうなんだ……ラウルにまで嘘をつかせるようなことになっちゃってごめんね」
「気にするな。ライトが出かけてて不在だというのは本当のことだから、嘘をついたことにはならんしな。ただし……」
「???」
ラウルがハリエット相手に必死に誤魔化したことを知り、ライトが申し訳なさそうにラウルに謝る。
ラウルが嘘をつけないことは、ライトもよく知っている。
嘘をつかないことは、ラウルの料理の腕にも匹敵する美点だというのに。
そんなラウルに、自分の不在を必死に言い訳させてしまった。
きっとものすごく葛藤しただろうな、とライトは申し訳なく思う。
しかし、そんなライトを揶揄うかのようにラウルがニヤリ、と笑いながら言い放つ。
「その行き先は、口が裂けても言えんがな?」
「ッ!!!」
「全くだ!」
ラウルの言い草に、レオニスが大笑いしながら同意する。
確かに『ライトは勇者候補生として、コヨルシャウキとともに亀裂の向こう側に行きました』なんて、そうおいそれと吹聴できるものではない。
ライトは内心でダラダラと冷や汗をかいていたが、一頻り笑い飛ばしていたレオニスがふと笑うのを止めてライトに声をかけた。
「今さっきラウルも言ったように、お前の…………いや、勇者候補生とやらの秘密はここにいる全員が守るし、一生他の誰にも言わずに墓場まで持っていくことを誓う。そして、これ以上のことは俺達からは一切聞かん。あの魔女にもそう約束したしな」
「レオ兄ちゃん……」
真剣な顔で静かに語るレオニス。
これ以上ライトの秘密は問わないし追及しない、というレオニスにライトは感謝しかない。
まだ真実を話す心積もりができていないライトには、レオニスの言葉は本当に救われる思いだった。
そしてレオニスは、なおもライトに語り続ける。
「ただ、もし……もしもこの先、その秘密を俺達にも明かしてもいいと思える日が来たら―――その時こそ、本当のことを教えてくれ。俺達はその日が来るまで、おとなしく待っているから」
「………………」
レオニスの言葉に、ライトは思わずレオニスやラウル、マキシの顔を見る。
三人は静かに微笑みながらコクリ、と頷いていた。
彼らの心遣いに、ライトの目にまたも涙がじわりと浮かぶ。
レオニス達だって、勇者候補生とは一体何なのか、とても気になるだろうに。いや、気になるどころかラグナロッツァをあわや滅亡の危機に晒した元凶なのだから、正体を突き止めるどころか排除に当たっても文句は言えないところだ。
なのに、追及したいと思う気持ちや言葉を全て飲み込んで、ライトが話してもいいと思うその時までずっと待っていてくれるという。
こんな風に皆に優しく迎え入れてもらえるなんて、ライトは思ってもいなかった。
勇者候補生なんて怪しくも胡散臭い存在は、きっと奇異な目で見られるか、あるいは不気味に思われて疎まれたり遠ざけられるか。
いずれにしても、今までのような良好な関係ではいられなくなるだろう―――ライトはそう思っていたのだ。
だが、そんなことはなかった。
レオニスもラウルもマキシも、ライトのことを気味悪がったり忌避したりせず、これまでと同じく普通に接してくれる―――ライトにとって、これがどれ程嬉しいことか。
あまりの嬉しさに、ライトは涙ぐみながらレオニス達に懸命に答える。
「ごめんね、今はまだ全部は話せないけど……いつか必ず、本当のことを皆にも言うから……」
「気にするな、人間誰でも秘密の一つや二つはある。ただ、ライトの場合、その秘密が洒落にならんくらい大き過ぎるんだけどな」
「ぇ、ぁ、ぅ、うん、それはね、確かにそうなんだよね……」
レオニスのフォローの直後に出てきた、あまりにも的を射過ぎた軽口。実際その通りなので、ライトは反論もできずただただ縮こまる。
小さな身体をさらに丸く縮めるライトに、レオニスがフッ……と小さく笑いながらライトの肩にポン、と手を置いた。
「お前がこれまでずっと、人知れず背負ってきたものは……きっと俺達が思うより、はるかに重たいものなんだろう。その重荷を、いつか俺達にも分けてくれ。そうすれば、お前一人で背負い続けるよりもずっと軽くなって、楽になるだろう?」
「レオ兄ちゃん……」
「ライト、決してお前は一人じゃない。俺やラウル、マキシにラーデ、そしてこの家の外にもお前のことを大事に思う友や仲間がたくさんいる。絶対にそれを忘れるな」
「…………うん」
「でもって、あの秘密以外にも俺達に手伝えることがあったら何でも言え。冒険者になるなら、仲間を信じて頼ることも大事だぞ」
「……うん!」
ライトの肩を抱き寄せ、全てを優しく包み込むレオニス。
その手の温かさ、心の広さにライトは心底安堵する。
ライトの秘密である『勇者候補生』、そして前世の記憶とBCOというゲーム知識。
さすがに前世とBCOのことはまだ話せないが、それでも勇者候補生という重大な秘密の一端をレオニス達に受け入れてもらうことができた。
これだけでもライトの心は随分と軽くなった。
一生秘密にしていかなきゃいけない、そう思っていたことが周囲の理解を得られたというのはかなり大きい。
ライトが胸の内にずっと抱えていたたくさんの重石、そのうちのいくつかが消えたかのような解放感だった。
そしてレオニスの言う通り、今のライトにはたくさんの友達や仲間がいる。
ヴァレリアや転職神殿組、ロレンツォなど頼もしいBCO仲間はもちろんのこと、目覚めの湖の愉快な仲間達や銀碧狼のアルとシーナ、これまで出会ってきた属性の女王と神殿守護神達、ユグドラツィ他六本の神樹族にナヌス族やオーガ族、八咫烏達や白銀の君他シュマルリの竜達、他にもライトを友と認めた者達がそれこそサイサクス世界中にたくさんいる。
それに、何もこうした異種族や高位の存在ばかりではない。
ラグーン学園のクラスメイトであるイヴリンやリリィ、ジョゼ、ハリエットに、イグニスやクレア十二姉妹、アイギス三姉妹にフェネセン、グライフ、バッカニア達天翔るビコルヌの面々等々、人族の仲間だっていっぱいいる。
そう、ライトはサイサクス世界唯一の勇者候補生だが、決してひとりぼっちではないのだ。
そうだ、俺は埒外の者だけど、ひとりぼっちじゃないんだ。
まだレオ兄達には話せない秘密もいくつもあるけど……それでも頼れる友達や仲間がいるってのは、こんなにも嬉しいことなんだな。
俺もレオ兄のように、友達や仲間を守り支えられるような人になりたい。
そのためにも、これからもいろんな修行を頑張って、今よりもっともっと強くなろう―――
レオニスの身体に凭れかかりながら、ライトはより一層強くなることを心に誓ったのだった。
ライトの帰還後の話し合いの様子です。
他にもいろいろと聞きたいこと、話したいことが互いに山ほどありますが、中でも最も大事なこと『ライト、お前は一人じゃない』ということを一番に伝えたかった回です。
ホントにねぇ、コヨルシャウキ出現は作者の意図をはるかに超える大事件でしたが、そのおかげでライトは秘密の一端をレオニス達と分かち合うことができるようになりました。
これは本当に嬉しい誤算というか、まだそこまで大っぴらには動けないだろうけど、それでもライトにとって最も身近な人々であるレオニスやラウルが『ライトは勇者候補生』ということを知ってくれているだけでも、間違いなく今後のライトの様々な活動がやりやすくなるでしょう。
そう考えると、ラグナロッツァ危機勃発から一ヶ月半近く頑張って執筆し続けた甲斐があったというものですぅ(;ω;) ←感涙




