第129話 防寒装備の準備
ライトとフェネセンは、店内に飾られた売り物のアクセサリーや小物類などを眺めながら待つ。
ライトは何となく眺めていただけだが、フェネセンは腕輪や指輪などを見て、いくつかを手に取っている。
しばらくそうしていると、長姉のカイがメイとともに来た。
「フェネセン閣下、ライト君、こんにちは。ようこそいらっしゃいました」
「あッ、カイにゃんだぁー!」
カイの姿を確認した途端、フェネセンがカイに飛び込むように抱きついた。
フェネセンは、よほどカイのことが大好きなのだろう。ただしその表情を見れば、それは恋愛的なものではなく近所や親戚の親切なお姉さんを慕うようなものであることも分かる。
「あらあら、フェネセン閣下ってば。つい先日もお会いしたばかりですのに」
「こないだはこないだ、今日は今日!吾輩のカイにゃんへの挨拶は、常にこれなの!」
「ふふっ、分かりました」
カイはいつものように、フェネセンに優しい笑顔を向ける。
フェネセンも、カイの笑顔を見てご満悦のようだ。
「メイから聞きましたが、本日いらしたのは氷の洞窟行きの装備をご所望だそうですね」
「うん、ライトきゅんが今度の土曜日に銀碧狼の友達に会いに、氷の洞窟行くんだって。吾輩も護衛として同行することにしたのだー」
「今度の土曜日に行くということは、遅くとも金曜日の夜には用意が終わらなければなりませんねぇ」
「うん。カイにゃんとこに良い装備、ある?」
「うちのお店でも、もう冬物の服はかなり作ってはいますが……氷の洞窟行きとなると、果たして耐えられるかどうか……」
カイは少し困惑したように答えた。
「ンー、そしたら今一番厚手で暖かいコートとズボンを、吾輩とライト君の二着分だけでも欲しいんだけど、どうかな?」
「ああ、それでしたら金曜日の午後までにはご用意できると思います」
「さっすがカイにゃん!頼りになるぅー」
「ふふっ、フェネセン閣下のお褒めに与り光栄ですわ」
フェネセンとカイの和やかな商談会話が交わされる。
その光景を、ライトとメイは傍から黙って見守るしかない。
「フェネぴょんって、本当にカイさんのことが大好きなんですねぇ」
「ええ、昔っからあんなんよ」
「ねぇ、メイにゃん、冬用小物でマフラーとか手袋、耳当てなんかはある?」
「ひゃえ?」
ライトと小声でゴニョゴニョと会話していた最中に、唐突にフェネセンから問いかけられたメイ。
突然のことに、とっさに変な声の返事が出てしまっている。
「……あ、ああ、冬用の小物類、ね?ちょっと待っててね、今見てくるわー」
メイはそそくさとその場から動き、在庫の確認のために店の奥に入っていった。
しばらく待つと、すぐにメイが戻ってきた。
「一応いくつか在庫あるのは確認したわ。金曜日に渡すコートとズボンに合うようにコーディネイトしておくわね」
「さっすがメイにゃん!メイにゃんも頼りになるぅー」
フェネセンが、先程カイに抱きついたようにメイにもダイビングハグをした。
「きゃっ!ちょ、ちょっと、フェネセン、抱きつくほど喜ぶことでもないわよ!?」
「ううん、吾輩嬉しいー。だからメイにゃんにも感謝の気持ちのご挨拶ー」
「……うっ……わ、分かったから、ね、ちょっと離れて?」
メイは顔を赤くしながら、フェネセンを引き剥がそうとする。
一方のフェネセンは、満面の笑みでメイの頬に自分の頬を当てて完璧なる頬ずりをしている。
あー、これ、あっちの世界じゃ速攻でセクハラ認定されるやつだろうなー……でもフェネぴょんなら、あっちでも許されるかもしんないなー……などとライトは思いながら、二人を眺めている。
だが、メイの様子を見るに嫌悪感はなさそうだ。
おそらくは、普段の生活では絶対に誰からもされることのないであろうダイビングハグを受けて、照れ臭さや恥ずかしさなどが相まって戸惑っているのであろう。
「あ、そうだ。お店の中に展示してあった腕輪と指輪、いくつか欲しいのがあったからそれは今日買っていきたいんだけど。いいかな?」
ようやくメイから離れたフェネセンは、先程メイを待っている間に店内の品々を見て手に取っていた腕輪と指輪数点をメイに渡す。
「だったら品物は先に今日持って帰ってもいいわよ。お代は明後日まとめて払ってくれればいいから」
「え、いいの?」
「ええ、だって明後日絶対にコート類の受け取りに来るでしょう?」
「うん、それはもちろん!」
「でもって、こっちの腕輪や指輪は何か魔法を組み込むためのものなんでしょ?だったら今日すぐに持って帰りたいでしょ」
「さっすがメイにゃん、言わずとも分かるもんなんだねぇ」
フェネセンがメイに再びダイビングハグをかまそうとするも、今度はメイに顔を押さえつけられるという先手を打たれる。
メイの腕の方が長いので、両手だけがジタバタと空を切ってもがいている状態のフェネセン。
ちぇー、と口を尖らせて拗ねるフェネセンだったが、今度はカイの方に向いて問うた。
「そしたら、お金はどれくらい用意しとけばいい?50万Gくらい?」
「そんなに要りませんよ。先程のアクセサリー類含めて全部合わせても、3万Gもあれば十分に足りると思いますし」
「あ、そんな安くていいの?じゃあ、お礼にラウルっち師匠の特製スイーツを用意してもらってくるね!」
「あらまぁ、それは素直に嬉しいですわ。妹達も絶対に大喜びしますから」
3万G、つまり日本円にしたら30万円という、庶民の感覚ではとても1回で購入する被服代とは思えない驚愕のお値段である。
だが、フェネセンに言わせればそれでもお安いらしい。
確かにアイギスという超一流ブランドの製品ということを考えれば、そのプレミア的な付加価値として妥当なのかもしれない。
「じゃ、金曜日の午後にライトきゅんが学園から帰ってきてからいっしょに品物受け取りに来るからねぇー、よろしくねっ」
「カイさん、メイさん、今日は突然お邪魔してすみませんでした。冬物衣類の件、よろしくお願いします」
「分かりました。お待ちしておりますね」
ライトとフェネセンは、カイとメイに見送られながらアイギスを後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ひとまずカタポレンの森の家に戻った、ライトとフェネセン。
フェネセンはライトを送り届けると、早々にラグナロッツァの屋敷へと戻っていった。その理由はもちろん、ラウル特製晩御飯を向こうでラウル達とともに食べるためである。
疾風のように現れて、疾風のように去っていくフェネセン。まさに風来坊が服を着て走り回っているようなものだ。そんなフェネセンに、いつも周囲の人間は振り回されてばかりいる。
だが、ライトはそれすらもまた楽しく思えていた。フェネセンのそのパワフルさはレオニスのパワフルさとはまた違う、底抜けの明るさ感が如実に感じられるからだ。
そんな、嵐が過ぎ去って一段落したような空気の中で、ライトは口を開いた。
「レオ兄ちゃん、待たせてごめんね。晩御飯にしよっか」
「おう、おかえり、ライト。そうだな、飯にするか」
ラグナロッツァから運んできた食事を食堂に運び、二人で食べる。
晩御飯を食べ終えた二人は、一通り片付けを終えてから居間に移動し、食休みしながらひと時寛ぐ。
「ねぇ、レオ兄ちゃん。さっきまでフェネぴょんがいたから言い出せなかったんだけどさぁ」
「ん?何だ?」
「前に復元魔法で読めるようにした、あの表題のない本。あれ、フェネぴょんにも見せたり教えたりした方がいいのかなぁ?」
「あー……あれかぁ……」
そういえば、そんなもんもあったなぁ……というのが、二人の正直な心境だ。何しろ復元魔法を実行した日以降、いろんなことが一気に押し寄せ過ぎたのだ。
復元魔法実行の二日後に、ラグナロッツァの屋敷の前で行き倒れていた八咫烏のマキシを保護し、一週間後にはフェネセンの襲来。
フェネセン襲来以降も、マキシの中に潜む穢れを祓うためのあれやこれやがあり、それこそ目まぐるしい日々を送っていたのだ。
「復元した後ずっとバタバタしてたから、今日まであの本の内容の確認とか全然してこなかったけど」
「フェネぴょんは廃都の魔城に奪われ続けている魔力を断つために、その仕掛けである穢れを祓う旅に出る訳でしょ?」
「本の内容にある『円卓の騎士』が廃都の魔城を生み出した元凶なら、もしかしてあの本の中に何か役立つ情報があるかもしれないし」
「それに……何だかフェネぴょん、よく分かんないけど廃都の魔城の四帝とものすごく因縁深そうだし……どういう理由かまでは聞けないけど」
レオニスは静かにライトの話を聞いていたが、その脳裏には先日マキシへの事情聴取をする前の、レオニスとラウル、フェネセンの三人だけで会話した時のことが思い出されていた。
確かにあの時のフェネセンは、廃都の魔城の四帝【女帝】に対して尋常ならざるほどの憎悪を発露していた。
「そうだなぁ……そしたらライト、あの本をお前に渡しておくから先に中身を確認しておいてくれるか?多分俺だとまた偽の文章しか見えずに、正しい内容を把握できんだろうから」
「うん、そうだね。まずぼくが目を通しておいて、読んだ内容をまたレオ兄ちゃんに報告するよ」
「ああ、じゃあ頼むな」
そう言うと、レオニスはずっと空間魔法陣の中に入れたままだった表題のない本を取り出し、ライトに手渡した。
30万円の被服代。極々普通の一般庶民には異次元レベルの話ですが、その程度ならばプチセレブでも許容範囲なんでしょうね。
だってほら、ブランドバッグとか平気でウン万円ウン十万円するじゃないですか。バッグじゃなくても宝石のついた指輪とか、ねぇ?
ああいうのは、実用性以外にも資産的な付加価値もあるんでしょう。私個人としては、某しましまでも十二分に満足なんですが。
 




