第1260話 銀河の女神が望むもの
勇者候補生―――それは、ライトが前世でこよなく愛したマイナーなソーシャルゲーム『ブレイブクライムオンライン』、通称『BCO』のユーザーを指す言葉だ。
ゲームで遊ぶ人達は、全員が『勇者候補生』という名目でキャラクターを作り、様々なコンテンツで遊ぶことができる。
例えば冒険に出て、魔物やボスモンスターを倒しながらレベルアップなど自分のキャラクターを育成したり、あるいはイベントや課金などで強い装備品や限定ファッションを手に入れてアバター変更を楽しんだり。
他にも騎士団と呼ばれるユーザー専用の集団に所属して、ユーザー同士でチャットで会話したり皆で共闘してモンスターに立ち向かい討伐を行う等々、千差万別の楽しみ方があるゲームだった。
しかし、そのことを知っているのは前世でBCOをやり込んでいた埒外の魂を持つライトと、転職神殿専属巫女ミーアや鮮緑と紅緋の渾沌魔女ヴァレリア、そして交換所店主であるルティエンス商会の主ロレンツォといった、BCOにも登場していた一部NPCのみ。
当然のことながら、埒内の者であるレオニスやラウルには『お前らは勇者候補生ではない』とか言われても、何のことやらさっぱり分からない。
レオニスは、コヨルシャウキに向かって大声で問い質した。
「勇者候補生って、どういう意味だ!」
『どういう意味も何も、勇者候補生は勇者候補生ぞ、としか言いようがない』
「そもそもこのサイサクス大陸には、勇者と呼べるような者は歴史上一人も存在しない!『勇者候補生』なんて言葉は聞いたことがないし、そんなジョブも見たこともない!」
『あァ? そんな訳なかろう。この世のありとあらゆるものは、全て勇者候補生達のためだけに在るのだから』
「だから!勇者だの勇者候補生なんてもんは、この世に存在しないと言ってるだろう!?」
『はぁ……ほんにこの小虫は煩くて敵わん』
レオニスは、コヨルシャウキの言っていることを理解しようと懸命に努力しているのだが、両者の言い分は堂々巡りで一向に埒が明かない。
そのうちコヨルシャウキの方が、はぁー……と大きなため息をつきながらレオニスを冷めた目で睨み、冷たい言葉で突き放す。
『全く……少しばかり力が強い者の存在を感じた故に、重い腰を上げて此方の方からわざわざ表に出向いてやったというに……なのに、ここには勇者候補生ではない者しかおらんとは。期待外れもいいとこぞ』
「はぁー!? 期待外れだぁ!? そりゃ一体どういう意味だ!!」
『其方らでは話にならん。勇者候補生を連れて来よ。話はそれからだ』
「だから!その勇者候補生って一体何のことだ!意味が分かるように話…………ッ!!」
コヨルシャウキに向けて必死に抗議するレオニスの、身体と言葉がピタリ、と止まる。
これまでとは比較にならない程の、ものすごい強烈な威圧がコヨルシャウキから発せられたためだ。
尋常ではない重苦しい圧に、レオニスの後ろにいたラウルはとうとう地面に両膝をついてしまった。
ラウルの身体はガタガタと震え、眉目秀麗な顔は極限まで青褪めている。口も半開き状態で「……ぁ……ぁぁ……」という声にならない小さな呻き声だけが漏れている。
一方レオニスは何とか耐え凌いでいるが、少しでも気を緩めればラウル同様恐怖に呑み込まれかねない状態だ。
歯を食いしばり必死に堪えながら、コヨルシャウキを睨み続ける。
そしてコヨルシャウキは、そんなレオニスの努力など関係ないとばかりに話を続けた。
『何度も同じことを言わせるでないわ。此方の前に勇者候補生を連れて来よ。この世界がサイサクスを名乗るならば、必ずどこかに勇者候補生はおる』
「どこかにって……そいつを見分けたり探し出す方法はあるのか?」
『そんなもん、其方らで考えよ。此方が教えてやる義理なぞないし、そもそも此方とて勇者候補生の居場所なぞ知らぬわ』
「何だとぅ!? ふざけんな、それじゃ探したくても探しようがねぇじゃねぇか!!」
なかなかに勝手な言い草のコヨルシャウキに、レオニスも堪らず声を荒らげる。
コヨルシャウキには、レオニスと会話する知性はあるが他者を理解しようと努力したり歩み寄ろうとする姿勢が全く見られない。
尊大な神であればある程、取るに足らぬ瑣末な人族の言葉に耳を貸す必要などない、ということの顕れか。
レオニスが主張する人族の都合や事情など、一切顧みないコヨルシャウキ。
その口からは、さらに無情な宣言がなされた。
『これ以上同じことは言わぬからよく聞け。これより十日の間だけ待ってやる。今より十日以内に、勇者候補生を此方の前に連れて来よ。さもなくば、十日を過ぎた後この地でビースリーを開始する』
「!?!?!? ビースリー、だとッ!?」
コヨルシャウキが発した『ビースリー』という言葉にレオニスの顔は青褪め、天色の目が極限まで見開かれる。
その様子からするに、レオニスにはコヨルシャウキが何をしようとしているかが瞬時に分かったようだ。
とんでもない事態に発展したことに、レオニスは愕然としていた。
『良いか、心せよ。心広き此方が待ってやるのは十日だ。それまでに此方の望み叶わねば、この地は銀河より無限に生まれ出づる我が眷属で溢れ返るであろう』
「おい、ちょっと待て!何故貴様がビースリーを知っている!? つーか、このラグナロッツァでビースリーを始めるだなんて冗談じゃねぇぞ!」
『ああ、そうとも。冗談などではない、此方は本気ぞ』
「……ッ!!」
冷たく光るコヨルシャウキの黄色い瞳。
その眼差しと声音から、それが本気であることをレオニスも肌で感じていた。
そしてレオニスが言葉を失い二の句を継げないその間にも、コヨルシャウキは黄色の目をより一層細めつつ無慈悲な言葉を放ち続ける。
『十日の間だけ、此方がここで直々に待機してやることを光栄に思え。そして十日もの猶予をくれてやる此方の慈悲に、深く感謝せよ。良いな、疾く勇者候補生を連れて来よ―――』
「あッ、おい、待てッ!!」
コヨルシャウキは、自分の言いたいことを全て言い終えて満足したのか、レオニスが制止するのも聞かずにスーッ……と裂け目から遠ざかっていった。
黄色の目と巨躯が遠ざかったことで、それまで全体的に暗かった空間の亀裂から色とりどりの宇宙空間が再び見えるようになった。
しかし、コヨルシャウキが去った後も空間の亀裂が閉じる気配は一向にない。どうやらこの亀裂はこのまま維持されるようだ。
それはきっと、コヨルシャウキが時折向こう側からこちらを覗いて、己が求める勇者候補生が来たかどうかを確かめるために開いたままにしておくのだろう。
コヨルシャウキの恐ろしいまでの威圧が消えて、レオニスが思わずその場に膝から崩れ落ちる。
極度の緊張から解放された反動か、レオニスの心臓はバクバクと高鳴り続け、ハァッ、ハァッ、と息遣いも荒い。
全身に脂汗が滲み、額に浮かんだ珠のような汗が頬を伝い顎から地面に滴り落ちる。
レオニスでさえその有り様だ、後ろにいたラウルなどもはや地面にへたり込んでぐったりと項垂れていた。
しかし、レオニスにはここでへばっている暇などない。
目を閉じ十数回深呼吸をして、何とか息を整えた後己を奮い立たせるようにガバッ!と勢いよく立ち上がった。
そして後ろを振り返り、ラウルに向かって檄を飛ばす。
「ラウル、こんなところで休んでいる暇はねぇぞ!お前も一端の冒険者ならしっかりしろ!俺は今すぐ総本部に戻って、マスターパレンにこのことを報告しに行かなきゃならん!」
「……あ、ああ……」
「まずこのスラム街にいる全ての人間を退避させろ!それが終わったら、イアンを介抱しながら証人として総本部に連れて行け!」
「わ、分かった」
「イアン達他の人間を避難させた後、俺がここにマスターパレンを連れてくるまでラウル、お前はこのスラム街入口で待機だ!誰もこのスラム街に立ち入らせるな!こんなもんが出た以上、すぐにでもここら辺一帯を完全封鎖しなきゃならん!」
「おう!」
気力が極限まで削られたラウルを鼓舞し、今後取るべき行動を指示するレオニス。その力強い言葉に、ラウルも次第に正気を取り戻していく。
ようやくラウルも立ち上がり、気絶しているイアンを抱き抱えて一旦旧ラグナロッツァ孤児院の建物の中に連れていった。
そしてレオニスも、ラウルに宣言したように冒険者ギルド総本部に向かって一目散に駆け出していった。
前話から登場したコヨルシャウキとレオニスのやり取りです。
これまで拙作で出てきた高位の存在は、話せば分かる者達が多かったのですが。このコヨルシャウキは少々違います。
如何にも神様らしいというか、人族の都合など一切考慮しません。世界各地に存在する神話の神様も、そういう傾向が強いですよね。
そして、サイサクス世界のベースとなっているBCOの根幹部分に触れるのは久しぶりのことかも。
作中でレオニスが『この世界に勇者はいない』とコヨルシャウキに告げていますが、これは第81話にてレオニスがライトに語って聞かせています。
第81話とか、もう大昔過ぎて皆様忘れてしまっているかもしれませんが。
でもって今日は何と!21時前に本文を書き上げることができました!ヽ(=´∀`=)ノ こっちの方が超久しぶり&激レア珍しいことかも! ←褒められることではない
あー常にこうありたいー、でも多分無理ー、でも明日も執筆頑張るー(以下同文ループ




