第1259話 昏き星海より来たりし者
「よう、ご主人様。マスターパレンとの話は終わったか?」
「お? 何だラウル、どうした、こんなところで」
ラウルの方から先にレオニスに声をかけ、こんなところでラウルと会うとは思っていなかったレオニスが少しだけ驚いた顔をしている。
「俺もたまには総本部の掲示板にでている依頼を受けようと思ってな、一件引き受けたところなんだ」
「おお、そうなんか、そりゃ良いことだ」
ラウルの話に、レオニスの顔がパッ!と明るくなる。
先日もダレンがラウルに言っていたように、他所の街の依頼だけでなく日頃住む地元の依頼も積極的にこなすべきだ。
そうすることによって、異種族であるラウルはさらにこのラグナロッツァの街に溶け込み受け入れられていくのだから。
「でな? その依頼に関して、ご主人様に相談したいんだが……」
「ン? 何だ、何か問題でもあるんか?」
「ああ。実はな―――」
ラウルが引き受けた依頼書をレオニスに見せながら、スラム街での出来事を話して聞かせていく。
最初のうちこそ軽い気持ちで聞いていたレオニスだったが、ラウルの話が進んでいくにつれてその表情がだんだんと険しくなっていった。
「あの孤児院がある一帯に、何かヤバいもんがあるって……それ、本当か?」
「ああ。シスターマイラや子供達が住んでいた頃には、俺も気づかなんだが……人っ子一人いない建物だけの状態になると、異質な空気が際立って感じられるんだ」
「そうか……お前がそう言うなら間違いないんだろうな」
レオニスは険しい顔のまま、しばし思案する。
先程マスターパレンにも言ったように、本当ならレオニスはこれから鷲獅子騎士団に行って先日のコルルカ高原遠征費用の請求及び精算をするつもりでいた。
だが、ラウルの話を聞いて迷い始めていた。
今はもうマイラや孤児達は新しい孤児院に引っ越したし、彼ら彼女らの身に今すぐ何かが起こるという訳でもない。
しかし、マイラ達がほんの少し前まで住んでいた場所に危険なものが潜んでいたのだとしたら、レオニスにとってもかなり気になるところだ。
そうしてしばし考え込んだ後、レオニスはつい、と顔を上げてラウルに話しかけた。
「……よし、そしたら今からいっしょにスラム街に行くか」
「そりゃありがたいが……今すぐ行って大丈夫か? ご主人様はもう他に今日の用事はないのか?」
「いや、今から鷲獅子騎士団に行くつもりだったんだがな。それはまた明日でも明後日でもいいし、それよりもお前の話のスラム街の方が気になるからな」
「そうか、じゃあ行くとしよう」
話がまとまり、二人でスラム街に向かっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そうしてレオニスとラウルは、ガーディナー組が仕切る立入制限を難なく通り、スラム街に入った。
確かにラウルの言うように、マイラ達のために孤児院に通っていた時よりはるかに異質な何かがあるのをレオニスも感じていた。
程なくして、旧ラグナロッツァ孤児院の建物前に着いたレオニスとラウル。
そこにはガーディナー組のイアンがいた。
「お、イアンじゃないか。お仕事ご苦労さん」
「あ、レオニスさん!ラウルさんも!早速レオニスさんを連れてきてくださったんですね、ありがとうございます!」
「ああ、俺が冒険者ギルドの総本部に戻った時に、ちょうどご主人様が別件で総本部を訪ねてきててな。だからそのままこっちに来てもらったんだ」
「そうだったんですね。いずれにしても、レオニスさんにまでご足労をおかけして申し訳ないです」
「気にすんな。もともとここは、俺も何度か来たことがある孤児院だからな。ここに何かがあるってんなら、俺も知りたいところではある」
「お気遣いいただき、本当にありがとうございます」
ラウルとともにレオニスが現れたことに、イアンが明るい表情で二人を歓迎する。
世界最強の冒険者に、土地調査如きでお出ましになるのはイアンとしても申し訳ないと思うが、同時に安堵もしていた。
「では、早速中に入りましょうか。ラウルさんのお話では、この旧ラグナロッツァ孤児院の中庭がものすごく怪しいとのことでしたので、まず中庭に行きましょう」
「ああ」
イアンが先頭に立ち、三人は礼拝堂を通って中庭に向かう。
そうして着いた中庭は、表通り以上に痛い程の静寂に包まれていた。
「ラウルがおかしいと感じたのは、中庭のどの辺りだ?」
「どこもかしこもおかしいとは思うが……特にあの岩辺りから、途轍もない不気味な違和感を感じる」
「あの岩か……」
レオニスの問いかけに、ラウルが岩のある方向を指差しながら答える。
その岩は、かつてラウルがバッカニア達と雨漏り修理の仕事をした時に、スパイキーが椅子代わりに座っていた場所だ。
巨躯を誇るスパイキーでも座れるくらいに大きくて平らな岩で、礼拝堂がある教会の敷地内にはあまり似つかわしくない代物である。
ラウルの答えを聞いたレオニスが、徐にその岩に近づいていった。
「ふむ……確かにこの岩の下から、何か異様なものを感じるな」
「ご主人様にも分かるか」
「ああ。俺はお前程魔力感知に長けていないから、言われてみればそうだと気づく程度のほんのりとした感じだがな」
「やっぱりこの下に何かあるよな?」
「だろうな。何もないなんてことは、間違ってもなさそうだ」
ラウルと会話をしながら、レオニスが件の岩を繁繁と眺めている。
イアンはラウルの後ろにいて、とても心配そうな顔でレオニスとラウルのやり取りを見守っている。
そしてレオニスが岩の横に来て、何の気なしにしゃがんで岩に触れた、その瞬間。
岩の真ん中から空に向けて、グワッ!と縦一直線に空間が裂けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「「「!?!?!?」」」
あまりにも想定外のことが起き、三人は上を見上げながら固まる。
空間の亀裂は瞬時に天まで届きそうな長さに伸びていた。
そしてその亀裂は、最も太いところで50メートル程の幅があって、亀裂の向こう側には何と異空間が広がっていた。
「な、何だ、あれは……」
「「…………」」
亀裂の向こう側では、夜空のように暗い闇の中に数多の星々が輝き、青や緑や紫、そして白やピンクの靄のような美しい彩りと輝きに満ちている。
外はまだ昼前で明るい時間なのに、雲もなく晴れ渡る青空の中に突如出現した異空間。その異様さに、三人は上を見上げたまま完全に固まってしまっていた。
そしてこの色とりどりの異空間は、まさにガーディナー組の魔法使い達が悪夢で見たという宇宙空間そのものだった。
そのことに気づいたイアンが、思わず大声を上げた。
「あ、あれは……ガーディナー組の魔法使い達が、皆口を揃えて悪夢で見たという宇宙空間です!」
「何ッ!? 宇宙空間だとッ!?」
イアンの叫びに、レオニスも驚愕しつつ異空間を凝視する。
その色とりどりの景色からして、ただの異空間ではないとレオニスも思っていたが、まさか宇宙空間だとは想定外にも程がある。
しかもそれは、ガーディナー組の魔法使い達全員が夢で見た景色だと言うではないか。
一体何故こんなものが、こんな場所から出てきたのか―――レオニスは脳内で懸命に考える。
だがしかし、何をどう考えても分からない。
目の前に広がる謎の異空間を、レオニスが睨みつけるようにずっと見つめ続けていると、突如上の方から声がした。
『其方らは、何者ぞ』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
上から降って襲いかかってくるような問いかけに、レオニス達三人の背筋が凍る。
その声は女性のもので、凛とした気品漂う声なのに何故か心胆寒からしめる悍ましさをも秘めていた。
思わずレオニスがガバッ!とさらに上を見上げると、異空間からこちらの世界を覗き込んでいる目があった。
その目は白目黒目の境なく全てが黄色で、幅が40メートルくらいはある隙間なのに片目一つ分しか見えない。
その目がある高さも地上から100メートル以上はあるはずだが、そんな高い位置に目がある生物などこのサイサクス世界には存在しない。
いや、それはもしかしたらレオニス達人族が無知なだけで、本当はどこかにひっそりと存在しているのかもしれないが。少なくとも現役冒険者であるレオニスですら、このような生物は知らない。
宇宙空間からこちらを覗き込む異形の目。
普通の人間なら、あまりの恐ろしさに卒倒するところだ。
現にイアンはラウルの後ろで既に気絶しており、それに気づいたラウルが咄嗟に倒れ込むイアンを既のところで背中を抱きとめて事なきを得ていた。
一方レオニスは、黄色の異形の眼差しに向かって叫んだ。
「貴様!一体何者だ!」
レオニスの凛とした声が辺り一帯に響き渡る。
すると、それまでこちらを覗き込んでいた黄色の目が僅かに細まった。
『それは此方が先に問うたことぞ』
「俺は人族で、ここはサイサクス大陸にあるアクシーディア公国だ!少なくとも貴様がいるような場所ではない!……さあ、こっちは貴様の問いに答えたぞ!今度はそっちが答える番だ!何が目的でここに現れた!」
『ふむ……キャンキャンと小煩いの。しかし……良かろう、答えてしんぜる故に心して聞くがよい』
レオニスの決死の問いかけに、異形の者は意外なことに答えを返した。
『此方はコヨルシャウキ。銀河を司る女神にして、昏き星海より来たりし者也』
自ら正体を明かし、コヨルシャウキと名乗る異形の者。その声は威厳に満ち満ちていて、途轍もない圧を感じる。
レオニスは何とか堪えているが、ラウルは既にその圧の凄まじさに足が竦み、もはや立っているだけで精一杯だ。
いつも自信に満ちたラウルだが、今回ばかりは本能が平静でいることを許さない。目の前にいる強大な何者かには、万が一このまま戦闘になったとしても勝つ自信など微塵も沸き起こらなかった。
そしてそのコヨルシャウキと名乗る何かは、銀河を司る女神だという。
その背に広大な宇宙空間が広がっていることを考えると、あながち嘘ではなさそうだ。
「銀河の女神様が、一体何の用があってここにいる!?」
『それは其方には関係ないこと』
「関係ないだと!?」
コヨルシャウキのつれない答えに、レオニスが思わず気色ばみながら叫ぶ。
「ラグナロッツァのこんなド真ん中に、しかもそんなデカい図体で突如現れておいて、関係ないもへったくれもあるかッ!」
『ほんにまぁ、小煩い小虫よのぅ』
レオニスの厳しい詰問に、コヨルシャウキはゆったりとした口調で呆れ気味に呟く。
そして次の瞬間、コヨルシャウキがとんでもない言葉を口にした。
『其方らは勇者候補生ではないだろう?』
勇者候補生―――初めて聞くその言葉に、レオニスもラウルもただただ困惑せざるを得なかった。
前話でマスターパレンのコスプレを堪能した平和なひと時の後の、再び不穏なスラム街での出来事です。
ホントはもうちょい先まで書きたかったんですが。時間的に断念。
ラグナロッツァのド真ん中での事件なんて、拙作では初めて……ではないな、ラウルのポイズンスライム変異体遭遇事件に続き二件目ですね。
でもって、岩から発生した縦の裂け目についてちと補足。
空に向かって無制限に広がるようなものではなく、昼間の猫の目のような細長いアーモンド状の形態をイメージしています。
そして異変の大元である異形の神、コヨルシャウキ。これはアステカ神話に出てくる女神です。
コヨルシャウキに関する記述は、ggrksしてもあまり見つけられないのですが。メキシコの50ペソの記念硬貨にもなってるんですねー(・∀・)
アステカというと、太陽に心臓を捧げる生贄などのエグいイメージがありますが。アステカに限らず、神話ってのはまぁどこも大なり小なりエグい逸話とかありますから(*´・ω・)(・ω・`*)ネー……
拙作のコヨルシャウキは、この先どうなるかまだ現時点では分かりませんが。はてさてどうなることやら……




