第1246話 金鷲獅子の捜索開始
鷲獅子騎士団専用飼育場前でレオニスと分かれ、ラグナロッツァの屋敷からカタポレンの家に移動したラウル。
すぐに家を出て転移門があるエリアに行くも、ここで待機しているはずのラーデの姿が見当たらない。
まさかラーデのやつ、勝手にどこかに出かけたのか?
……いや、あいつならそんなことしないはずだが……どこへ行った?
ラウルはそう思いながら、周囲をキョロキョロと見回していると、家とは反対側の方からラーデが木々の上を飛んできた。
そしてラウルの前まで降りてきて、ラウルの目線の高さにふよふよと浮きながら話しかけた。
『おかえり、ラウル』
「何だ、ラーデ、どこに行ってたんだ? お前がどこか飛び出していったのかと思って焦ったじゃないか」
『すまぬ。魔石の結界外に出て、森の濃い魔力を吸収していたのだ』
「そうか、ならいいが……」
ラーデがすぐに現れたことに、ラウルは安堵しながらもチクリと文句を言う。
ラーデが転移門エリアにいなかったのは、どうやら魔石の結界がある家の外にいたからだったようだ。
確かにこの家の近辺は、魔石の生成装置を多数配置することによって森の魔力を薄くしている。
それはレオニス達人族のための措置なのだが、少しでも多くの魔力を取り込みたいラーデにとっては物足りないかもしれない。
そしてラーデは今回、邪竜の島から解放されてカタポレンの森に移住して以来、初めてカタポレン以外の地上に出る。
それに備えて、少しでもたくさんの魔力を身に取り込むために結界外に出ていたようだ。
「さ、そしたら早速コルルカ高原に移動するぞ」
『うむ。この転移門とやらで行くのだよな?』
「ああ。この転移門というのは人族が用いる魔法で、どこへでも行ける訳ではないが、事前に登録してある場所ならば一瞬で移動できるんだ」
『人族が生み出し魔法……まさに叡智であるな』
「全くな、俺も人族の底力には心底脱帽するし尊敬するわ」
ラウルがラーデを左腕で抱っこしながら、転移門のホログラムパネルを操作する。
ラウルも冒険者として活動するようになってから、転移門を扱う場面が格段に増えた。転移門の操作ももはや手慣れたもので、朝飯前のお茶の子さいさいの余裕のよっちゃんである。
行き先を『コルルカ高原奥地』にして、準備を整えたラウル。
ラーデを両腕に抱き直しながら声をかける。
「じゃ、行くぞ」
『うむ』
転移門の魔法陣の中にいたラウルとラーデは、コルルカ高原奥地に向かって瞬間移動していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方レオニスの方も、鷲獅子騎士達とともに順次コルルカ高原奥地に向けて移動していた。
最初の二組とともに、いち早くコルルカ高原奥地に戻ってきたレオニス。
すると、転移門の近くにラウルとラーデがいた。
「お、ラウル、予定通り来たか」
「おう、ご主人様もご苦労さん。鷲獅子騎士は何人来るんだ?」
「総勢十人来る。全員揃い次第、改めてお前の紹介や呪符の配布を行う」
「了解」
ラウルと会話をしながら、次に瞬間移動してくる鷲獅子騎士達のために早々に転移門の中から外に移動するレオニス。
そうして全員が移動した後、レオニスが十人の鷲獅子騎士達に向かって声をかけた。
「皆にはこれから金鷲獅子の捜索に当たってもらうが、その前にいくつか話しておかなきゃならんことがあるから聞いてくれ」
「まず、こっちにいるのはラウル。俺の仲間で黒鉄級の冒険者だ。今回訳あって、俺とともに金鷲獅子の捜索に参加することになったが、こいつの実力は俺が保証する。まずは皆で協力して事に当たらねばならん、よろしくな」
レオニスはまず真っ先にラウルの紹介をし始めた。
それまで鷲獅子騎士達は、ラウルのことを訝しげな様子で遠巻きに見ていた。
自分達より先に、見知らぬ人物がコルルカ高原奥地の転移門の傍にいたら、彼らが警戒するのも無理はない。
しかし、ここでようやくレオニスがその謎の人物の正体を明かしたことで、彼らの顔には安堵が浮かぶ。
レオニス自らが自分の仲間だと言い切るのだから、それは即ちラウルの信頼性が保証されたも同然。
そんな鷲獅子騎士達に、ラウルが一歩前に出て挨拶を始めた。
「俺の名はラウル。ここにいるレオニスに、屋敷の執事として雇われていて普段は執事をしている。現役冒険者としてもぼちぼち活動していて、こうしてたまにご主人様の手伝いをしたりもする。今日はよろしく頼む」
「「「はいッ!」」」
ラウルからの挨拶に、鷲獅子騎士達もレオニスに接するのと同じように姿勢を正して返事をする。
鷲獅子騎士達のラウルへの警戒が解けたのはいいが、次に彼らが気になるのはラウルの横に浮いているドラゴンっぽい何かだ。
鷲獅子騎士の一人が、意を決したように右手を挙げながらレオニスに問うた。
「あのー……レオニス卿、一つお尋ねしてもよろしいですか?」
「ン? 何だ?」
「ラウル殿がレオニス卿の仲間であることは分かりましたが……そのラウル殿の横にいる、ドラゴンのような生き物?は、一体……」
「ああ、こいつはラーデといってな、こいつも俺の仲間だ」
「「「…………」」」
鷲獅子騎士からのおずおずとした質問に、レオニスは満面の笑みで答える。
その笑顔はペカーッ☆と輝かんばかりの笑顔なのだが、何故かとんでもない圧を感じる鷲獅子騎士達。
それは、ラーデの正体を明かしたくないレオニスの『これ以上聞くなよ?』という無言の圧なのだが。それでもどうしても気になるのか、先程の鷲獅子騎士がめげずにさらに質問をした。
「えーと……従魔とかではなくて、仲間、なのですか?」
「ああ、従魔なんてとんでもない。俺と対等の仲間だ」
「……レオニス卿と、対等……」
「そ、対等」
レオニスは変わらずニッコリとした笑顔で、事も無げにサラッと重大なことを口にする。
レオニスは、当代随一の最強冒険者。その最強冒険者が『自分と対等な仲間』と言い切った。
これは、ただの小さなドラゴンにしか見えないラーデがレオニスと同等もしくはそれ以上の力を持つことを暗に示唆していた。
つまりラーデはただのドラゴンではない。
そしてレオニスがそれ以上詳しいことを言わないことから、鷲獅子騎士達はこれ以上聞いても無駄であることを察した。
レオニスと同等の力を持つドラゴンなら、レオニスが詳細を明かしたがらないのも致し方ない。きっと何らかの訳ありなのだろう―――鷲獅子騎士達は皆、心の中でそう感じ取っていた。
そして話が一段落ついたところで、レオニスはさらに話を続けた。
「そしたら次は、魔物除けの呪符だ。この広大なコルルカ高原を捜索するにあたり、現地の魔物どもの邪魔が入ってはおちおち探すこともできんからな。皆、呪符の使い方は分かるな?」
「はい、我らも極稀に呪符を使うことがありますので、使い方や効力の制限時間等は把握しております」
「それならいい。今からこの魔物除けの呪符を、一人につき十枚配る。呪符のランクが特級、上級、中級の三種類あるが、ま、正規の鷲獅子騎士員のお前らなら、どれを使っても問題ないだろう。とはいえ、内容的にもなるべく均一に配るようにはするがな」
「ありがとうございます!」
レオニスは空間魔法陣を開き、百枚分の魔物除けの呪符を取り出す。
そのうちの二種類、特級と上級を一旦ラウルに渡し、自分が持っている中級と適当に組み合わせて十枚分を一組作っては、鷲獅子騎士達に手渡す。
そうして十人全員に魔物除けの呪符が行き渡った。
「さて、次は金鷲獅子の捜索に関してだが。……お、ちょうどいいところに帰ってきたな」
「「「???」」」
話し始めた途端、レオニスがふと空を見上げてニヤリ、と笑う。
レオニスの視線は、鷲獅子騎士達の後ろの上空に向いている。
はて、何事か?と鷲獅子騎士達がその目線の先を追うべく、後ろを振り返ると―――
「レオニス卿!皆も来てくれたか!」
「「「団長!!」」」
相棒のサムの背に乗って、こちらに向かってきているアルフォンソの姿があった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「団長、お疲れさまです!」
「団長、ご無事で何よりです!」
「どこかお怪我はありませんか!? 回復剤は要りますか!?」
空からふわり、と降り立ったアルフォンソとサムの周りに、一旦相棒の鷲獅子から降りた鷲獅子騎士達が一斉に群がった。
やんややんやと囃し立てるようにアルフォンソ達を取り囲む様子は、アルフォンソが如何に日頃から団員達に慕われているかを物語っている。
そんな健気な団員達に、アルフォンソは苦笑しながら宥める。
「私は大丈夫だ。というか、むしろお前達の方が落ち着け。それに、まずはレオニス卿とお話しせねばならん。ここを通してくれ」
「あッ、はい!失礼致しました!」
苦笑いを浮かべながら語りかけるアルフォンソに、鷲獅子騎士達もはたと我に返り道を開ける。
そしてようやく団員達の柵から解放されたアルフォンソが、レオニスの前まで進み出た。
「レオニス卿、援軍を連れてきていただき感謝する」
「いいってことよ。それよりここら辺の様子はどうだった?」
「レオニス卿が言っていた通り、この近辺の全ての魔物達に異変が起きていると思われる」
「そうか……」
「しかも、奥地に行けば行くほど魔物達の凶暴さは増しているように感じた」
アルフォンソの報告に、レオニスの顔も曇る。
アルフォンソの話によると、最初のうちは魔物達の異変の様子を確かめるべく、魔物除けの呪符を使わずに探索していたという。
しかし、キラーワスプ以外の魔物、単眼蝙蝠の色違いのイービルアイや猿型魔物のシャドウエイプも漏れなく凶暴化していて、問答無用かつ猪突猛進で襲いかかってくる。
イービルアイの巨大な目は真っ赤に充血し、シャドウエイプはヨダレをダラダラと溢れさせながら牙を剥く。
そのあまりの狂気ぶりに、アルフォンソは早々に『これは自分一人では無理だ』と判断し、上空に撤退して魔物除けの呪符を使ったらしい。
その後アルフォンソは、魔物除けの呪符の効力が切れてからもう一回、コルルカ高原のあちこちを見て回った。
だが、金鷲獅子が潜んでいる場所は見つけられなかったという。
その話を、ずっと静かに聞いていたレオニス。
アルフォンソの話が一段落したところで、徐に口を開いた。
「アルフォンソのその話からすると、もう最初から絶え間なく魔物除けの呪符を使った方が良さそうだな」
「そうだな。凶暴化した魔物達の相手をし続けながら捜索するのはしんどいし、避けられるならそれに越したことはないかと」
「もし金鷲獅子の居場所、あるいはその痕跡を発見した場合、どうやって連絡を取る?」
「その場合は、空に向かって信号弾を打つと良い。鷲獅子騎士団の団員達は、各自必ず各種一つは連絡用の信号弾を所持している」
レオニスの質問に、アルフォンソが即時答える。
アルフォンソが言う信号弾とは、文字通りの役割を果たす連絡用アイテムだ。
それは小さなクラッカーのような形をしていて、所定の位置にあるスイッチを押すと円錐の広い面積の方から火球が勢いよく飛び出すのだ。
そして火球は赤や青、緑といった目立つ色付きの煙を発し、その煙は最低でも五分は消えることなく線状を保つという。要は狼煙である。
しかもその煙は、強風が吹いている時にはさすがに斜めに流されるが、それでも霧散せずに線状を保ち続けるというのだから驚きである。
ちなみに煙の色にも意味があり、赤は『危険あり・要救助』、青は『危険なし・要集合』、緑は『目標物発見』なのだそうだ。
なので今回の場合、もし金鷲獅子を発見した場合は緑の信号弾を打つことになる。
「レオニス卿もこちらの信号弾を持っていってくれ」
「ありがとう。発見は緑、危険は赤、集まれは青、でいいんだな?」
「ああ、その通りだ」
「あ、これと同じものをもう一組づつくれ。うちの執事のラウルにも持たせなきゃな」
「執事……? 何のことだか分からんが、必要とあらばお渡ししておこう」
信号弾の使い方を覚えたレオニス、自分の分だけでなくラウルの分の信号弾もアルフォンソに所望する。
先程来たばかりのアルフォンソには、執事とかラウルとか一体何のことやらさっぱり分からない。
しかし、レオニスが要ると言うのであれば、アルフォンソはそれに従うのみ。
何しろ鷲獅子騎士団はレオニスに協力を仰ぐ側であり、そのレオニスが要るというものは何だって用意しなければならないのだから。
アルフォンソから二組分の信号弾を受け取ったレオニス。
自分の分は深紅のロングジャケットのポケットに入れて、もう一つはラウルに手渡す。
ラウルもレオニスに倣い、黒燕尾服のポケットに信号弾を仕舞い込む。
これをいつものように空間魔法陣に入れていたら、いざ使いたい時にすぐに使えないからである。
だいたいの準備が整ったところで、アルフォンソが改めて鷲獅子騎士達に声をかけた。
「では、今から金鷲獅子の捜索を開始する。身の安全と効率良い探索のためにも、魔物除けの呪符の効力を切らすことなく使い続けるように」
「「「はいッ!」」」
「また、捜索時間は午後五時までとし、休憩は各自適宜取ること。午後五時までに何も見つけられなければ、ここに集合して一旦ラグナロッツァに帰ることとする。以上!」
「「「了解!!」」」
アルフォンソの号令に、十騎の鷲獅子騎士達は一斉に魔物除けの呪符を使い空に飛んでいく。
そして十騎全員を見送った後、アルフォンソも再び魔物除けの呪符を使用してからレオニスに声をかけた。
「では、レオニス卿、私もまた探索に戻るとする。レオニス卿もお気をつけて」
「ああ、俺達もすぐに出る」
再び空を駆け出したアルフォンソとサムの背中を見送りつつ、レオニスとラウルもまた魔物除けの呪符を取り出して使用する。
「分かっていると思うが、ラウルとラーデはいっしょに行動しろよ? こんな広いコルルカ高原ではぐれたら洒落にならんからな」
「もちろん分かってるって。なぁ、ラーデ?」
『ああ。其方らに迷惑はかけん』
「ならいい。じゃ、俺達もそろそろいくとするか」
「ああ」『うむ』
レオニスの注意に、ラウルもラーデも頷きつつ承諾する。
そうしてレオニス達も、金鷲獅子を探すべくコルルカ高原に散っていった。
コルルカ高原での金鷲獅子捜索開始です。
思った以上に下準備にかなーり手間取ってしまいましたが。人族の手の入らぬ未開の地に挑むのだから、これくらい慎重でないとね!(`・ω・´)
そしてリアルでは、未だ梅雨が開けず。昼間はともかく、夜が肌寒くて困る作者。
着れば暑いし脱げば寒いし。こういう季節の変わり目が一番イヤなんですよねぇ><
作者も寝る時はお腹や肩を冷やさないように気をつけてます。
読者の皆様方も、風邪など引かぬようお気をつけください。




