第1218話 期待の大型新人への要望
それぞれに充実した日曜日を過ごした翌日の月曜日。
ライトはいつも通りラグーン学園に通い、ラウルはラーデとともにカタポレンの畑で過ごすなどのんびりとした平日が始まる。
もちろんマキシも里帰り前に宣言した通り、日曜日の夕方にはウィカの送り迎えでカタポレンの家に戻り、ラグナロッツァの屋敷に帰ってきた。
そんな中、レオニスだけは平和でない週明けを迎えていた。
月曜日の朝早くに、ラグナロッツァの屋敷に冒険者ギルドからの使者が訪れた。
その使者―――ギルド職員であるダレンが、マスターパレンからの書状を携えてレオニス邸の門扉を潜り正面玄関から中に入った。
すると玄関には、既にラウルが待ち構えているではないか。
「よう、ダレン。おはよう」
「うおッ!ラウル君か、おはよう」
ラウルが既に玄関にいたことに、ダレンがびっくりしながらも鞄からマスターパレンの書状を取り出す。
そしてその書状をラウルに手渡した。
「こちらは、マスターパレンからレオニス君に宛てられた書状だ。早急にレオニス君に渡してもらいたい」
「朝っぱらからお遣いご苦労さん。うちのご主人様から聞いてるぜ? 今日明日にもマスターパレンから呼び出しがあるかもしれんってな」
「何だ、先に別方面から情報が伝わってたのか」
「まあな」
玄関で気軽に立ち話するラウルとダレン。
このダレンというギルド職員は、かつてラウルが下水道清掃依頼を受けた際に瀕死の重傷を負った『ポイズンスライム変異体遭遇事件』でレオニスとともに救出に向かった職員だ。
ダレンは奥の事務室で仕事をしているため、表の大広間ではあまり顔を合わすことはない。
だがそれでも、都市間の移動のために転移門を使用する際にはたまに見かける。
そうした時に「よ、ラウル君、元気か」「おかげさまでな」と軽く会話を交わす程度には親しくなっていた。
ダレンから書状を受け取ったラウル。
書状にはギルド印の封蝋が施されていて、それが正式な書状であることを物語っている。
この後すぐにカタポレンの畑に行く予定なので、その際にまだ向こうにいるレオニスに渡せばいい。
使命を無事果たしたダレンがラウルに声をかけた。
「じゃ、俺はぼちぼち総本部に戻るわ。レオニス君にもよろしく言っといてくれ」
「了解」
冒険者ギルド総本部に戻るために、玄関の扉を開けたダレン。
ふとその足を止め、クルッ!と振り返って改めてラウルに話しかける。
「あ、そうだ、ラウル君。君もそろそろラグナロッツァの依頼をこなしてくれよ? 君がいろんな街で『殻処理貴公子』と呼ばれて大活躍している、というのは聞き及んでいるが……総本部としても、たまにでいいからその能力を活かして地元にも貢献してほしいと思ってるんだ」
ダレンが思い出したように言ったのは、『ラウルももっと地元=ラグナロッツァで活躍してくれ!』ということ。
実際今のラウルが冒険者ギルドで引き受ける依頼は、他所の街の殻処理依頼が殆どだ。
ラウルにとって殻処理依頼とは、最も手軽にこなせて畑の肥料もゲット!できて、なおかつ冒険者ギルドに対する貢献点数も稼げる、まさに一石三鳥の夢のような理想的な仕事なのだ。
しかし、ラウルとしてもそれだけではいけないことも本当は分かってはいる。
ダレンが言うように、ラウルが冒険者登録したのはラグナロッツァ総本部。
他所の街で活躍して各地で問題解決するのももちろんいいが、ラウルはラグナロッツァを拠点にする冒険者なのだから、たまにはラグナロッツァ総本部にある依頼もこなしてほしい、とダレンが言うのも当然だ。
そんなダレンの言葉に、ラウルも頷きながら応える。
「そうだな。また近いうちに、総本部の依頼掲示板を見に行くとしよう」
「そうしてくれると助かる。何しろラウル君は、数十年に一度の大型新人だからな。マスターパレンはもちろん、職員一同皆が君に期待してるんだぜ!」
「つーか、あの下水道清掃依頼、もうちょい報酬が上がればまた引き受けてもいいんだがな?」
「ン……そこは総本部でも改善すべく鋭意努力中だ。敵は未だに手強いがな」
ちょっぴり皮肉めいたラウルの返しに、ダレンも目を閉じ眉間に皺を寄せて難しい顔になる。
下水道清掃の依頼主、清掃管理局は冒険者達だけでなく冒険者ギルド職員の間でも評判が悪い。
だいぶ前に、ラグナロッツァを拠点に活動する他の冒険者達が「清掃管理局がとんでもねーケチ」「お役所仕事はどれも渋ちんだが、中でも清掃管理局のは断トツでケチい」「もしこの世界に【ドケチンボ世界選手権】があったら、清掃管理局は絶対にいの一番で殿堂入りする」とまで言っていたのを、ラウルもその耳で聞いている。
ラウルがポイズンスライム変異体に襲われた事件が起きたことで、冒険者ギルドは事件後に清掃管理局に正式に抗議したという。
その甲斐あって報酬の金額が若干上がったようだが、それでもまだまだドケチンボの汚名を返上するには至っていない。
ダレンの渋い顔は、清掃管理局のドケチンボぶりが未だに健在かつなかなかその態度を崩さないことへの苛立ちも含まれていた。
しかし、ダレンが苦々しい顔をしていたのは、ほんの数瞬のこと。
ダレンは閉じていた目をパッ!と開き、明るい顔でラウルに話しかける。
「……ま、何も依頼掲示板にあるのはあんなもんばかりじゃないさ。他にも割の良い依頼や、やり甲斐のある仕事はたくさんある。何しろここはラグナロッツァ、天下のアクシーディア公国の首都だからな!」
「でも、そういうのって朝イチで見に行かないといけないんだろ? 俺の場合、朝が一番忙しいことも結構多いから、朝イチの掲示板チェックにはなかなか行けないんだよな」
「え、そなの?」
下水道清掃以外にも、稼ぎの良い仕事はたくさんある!とアピールするダレンに、今度はラウルが渋い顔をする。
実際ダレンが言うような美味しい依頼は、それこそ引き受けたい者達がたくさんいる。
そしてそうした依頼を得るにはその日の朝一番、それこそ冒険者ギルドが正面玄関を開く午前五時直後には掲示板の前に辿り着いていなければならない。
そうした者達に混ざり人混みを掻き分けてまで、朝イチの依頼争奪戦に参加する気はラウルには微塵もなかった。
そんなラウルに、ダレンが不思議そうに尋ねる。
「もしかして、執事の仕事って朝が一番忙しいもんなの?」
「いや、執事の仕事はそんなに忙しくはない」
「なら、一体何がそんなに忙しいんだ?」
「畑の野菜収穫。野菜はやっぱり朝採りに限る!」
「?????」
妙に熱意の篭ったラウルの答えに、ダレンの顔と頭の上に多数の『?』が湧き続ける。
ラウルは冒険者としてだけでなく、このレオニス邸の執事という二足の草鞋を履いていることはダレンも承知している。
だから執事の仕事が余程多忙なのかと思っていたのに、ラウルから返ってきた答えが『野菜収穫』とは、ダレンにしてみたら全く意味が分からない。
謎のパワーワード『野菜収穫』に、ずっと首を傾げ続けるダレン。
そんなダレンに、ラウルがニッコリと微笑みながら解説する。
「俺、この屋敷の庭で家庭菜園してるんだ。ここの庭で採れる野菜は、すっごく美味いんだぜ?」
「……あ!? もしかしてあのガラス温室のことか!?」
「そうそう」
ラウルの追加の答えに、ダレンがハッ!とした顔になる。
このレオニス邸の庭に、新しいガラス温室ができたことはダレンも知っている。何なら先程も『あの中には、どんな木や花があるんだろう?』『レオニス君も、随分と洒落たことをするようになったんだなぁ』とガラス温室を眺めながら、屋敷の中に入ったくらいだ。
ようやく得心したダレンに、ラウルは得意げに語る。
「旬じゃない野菜でも、温室があればいくらでも作れるってうちの小さなご主人様から聞いてな。それであのガラス温室を建てたんだ」
「家庭菜園をしたいがために、あんな立派なガラス温室を作ったのか……しかも四棟も建てるとか、すごいな」
「まぁな。貴族街で家庭菜園なんて、とんでもねー贅沢だってのはご主人様からも言われたわ」
「違いないwww」
ふぅ、と小さくため息をついてみせるラウルに、ダレンが思わずくつくつと笑う。
ラウルが言う通り、この貴族街の屋敷の庭園で野菜を育てるなど、間違いなく前代未聞の珍光景だ。そんなことをしている邸宅など、他には絶対にない!と平民のダレンですら断言できる。
だが、そんな酔狂な者が一人くらいいてもいいだろう、ともダレンは思う。
もとよりレオニスは平民。
その活躍の褒賞として下賜されたこの屋敷だって、貴族街の中にあるからといって他の貴族に阿るような真似は絶対にしないだろう。
むしろ家庭菜園で美味しい野菜を作るなんて、レオニスがラウルから聞かされた時にはさぞ大喜びで賛成したに違いない。
そう思うと、ダレンの笑いは止まらなかった。
「ラウル君の美味しい料理は、俺も公国生誕祭の時にご馳走になったが……そうかそうか、あの絶品料理はここの家庭菜園で育てられた野菜で作られていたのか!」
「その通り。サラダやサンドイッチの具材、パスタソースなんかに大活躍してるんだぜ?」
「道理で激烈に美味い訳だ。貴族街で栽培された高貴な野菜なんて、他じゃ絶対にお目にかかれない逸品だもんな!」
「お褒めに与り光栄だ」
あまりのおかしさに、ダレンの眦に薄っすらと涙が滲む。
そんなダレンに、ラウルが不思議がったり怒ることなどない。
むしろ『絶品料理』『高貴な野菜』と褒め称えられたことで、鼻高々のドヤ顔である。
野菜に高貴や貴賤があるかどうかはさて置き、ラウルが丹精込めて作った温室野菜がダレンに絶賛されたことに違いはないのである。
「というか、俺、あのガラス温室を建てる資金を貯めたくて冒険者になったんだ」
「そうだったのか……それは初耳だ。君のような優秀な冒険者が総本部所属になってくれたのには、そんな理由があったんだな」
「ああ。だから俺が今冒険者としてやっていけるのは、うちの大小二人のご主人様達のおかげだ」
ガラス温室の話の流れで、自分が冒険者になろうと思った動機がガラス温室建設資金だったことを明かすラウル。
志望動機など全く知らなかったダレンは、うんうん、と納得したように深く頷く。
ラウルのような執事を生業とする者達は、他の職業に比べたら給与面でものすごく恵まれている高給取り、というのがこのサイサクス世界での一般的な常識だ。
もちろんその仕事は大変だろうが、それでも衣食住が完全に保証されていて高額の給料も得られる。
そんな環境にいるラウルは、そもそも冒険者になる必要などないはずなのだ。
「そしたら俺も、次にラウル君のご主人様達に会った時には礼を言わなくちゃな。『君達が執事の副業を許可してくれたおかげで、総本部に優秀な冒険者がまた一人増えた。ラウル君を冒険者として世に送り出してくれて、本当にありがとう!』ってな」
「おお、是非とも言ってやってくれ。うちのご主人様達は、本当に偉大だからな!」
「違いないwww」
「「ワーッハッハッハッハ!!」」
大小二人のご主人様、ライトとレオニスに感謝するというダレンに、ラウルも顔を綻ばせながら喜ぶ。
自身がご主人様と呼ぶ二人が他者に褒められ感謝されるということは、ラウルにとってもまた喜ばしいことなのである。
二人して満足気に高笑いした後、ダレンが改めてラウルに礼を言う。
「ラウル君、今日は思いがけず楽しい話を聞かせてもらったよ。ありがとう、レオニス君にも書状を渡す時にくれぐれもよろしく伝えておいてくれ」
「承知した。俺もこれから、ラグナロッツァの依頼もこなすように努力する。ご主人様達ともども、今後ともよろしくな」
「こちらこそ。じゃ、またな」
「おう、ダレンも仕事お疲れさん」
ラウルとダレンが固い握手を交わした後、ダレンは玄関を出て職場である冒険者ギルド総本部に戻っていく。
ラウルはダレンを見送った後、ダレンに託された書状を持ってカタポレンの森に移動していった。
怒涛の週末が終わり、平穏な平日の始まりです。
……と言いつつ、平穏なのはライトとラウルだけで、レオニスには新たな面倒事ゲフンゲフン、新しい特殊依頼が待ち構えているのですが(´^ω^`)
というか、今話からその新たな特殊依頼の話に入るはずだったのに。
冒険者ギルドからの遣いであるダレンがラウルに書状を渡しただけで、後は二人の雑談話に終始してしまったのは何故だ…( ̄ω ̄)…
これはアレか、レオニスが『もうちょい!もうちょいだけ休ませてくれ!』と懇願しながら必死に作者コントローラーを連打したのかしら?( ̄ω ̄ ≡  ̄ω ̄)
ちなみに話中で未だ組織改革ができていないと思われる清掃管理局、そのドケチンボぶりは第788話で名も無き冒険者達の談として語られています。
というか、実際のところラウルもそれ以来ラグナロッツァの依頼は全然こなしておらず、エンデアンの貝殻やツェリザークの氷蟹、ネツァクの砂漠蟹なんかの殻処理案件ばかりしてましたからねぇ。
そろそろ地元ラグナロッツァにも貢献しなきゃ、ねぇ?……ということで、そこら辺もダレンに語らせたりなんかして。
ラウルや、冒険者ギルド総本部の良好な関係を保つために頑張るのよ!(`・ω・´) ←今以上にラウルを扱き使う気満々の人




