第1209話 メシェ・イラーデの愛称
その後マキシは、ウルス達とともに八咫烏の里に帰っていった。
マキシ曰く「明日の夕方までには、ラグナロッツァに帰ります!」とのこと。
そんなに急がなくてもいいのに、とは思うものの、明日は日曜日。明後日の月曜日からは、アイギスもまた日常に戻り営業を再開する。
マキシとしては、アイギスでの修行を一日たりとも休みたくないのだろう。
別れ際に、レオニスに抱っこされているメシェ・イラーデにウルスが改めて挨拶をする。
「メシェ・イラーデ様、いつか我が里にもお越しください。大神樹ユグドラシア様も、きっと心待ちにしておりましょう」
『ああ。我が本来の力と姿を取り戻した暁には、是非とも其方らの里にも顔を出そう』
「その日を楽しみにしております」
転移門のパネル操作のため、人の姿を取っていたマキシ。
そのマキシに抱っこされる母アラエルと長姉ムニン。
ウルスとフギンはマキシの足元にいて、皆笑顔でライト達に向かって手や翼を振りながらスッ……と消えていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
マキシ達の帰郷を無事見送ったライト達。
レオニスの腕の中にいるメシェ・イラーデが、空を見上げながらぽつりと呟く。
『ここが、其方らや白い竜の娘が勧める『カタポレン』なる森か……』
「ああ、そうだ。どうだ、メシェ・イラーデも森の魔力を感じるか?」
『うむ、感じるか感じないかで言えばもちろんそれなりに感じるが……さすがに龍脈ほどの強い魔力には至らんな。……いや、今の我は贅沢を言える立場ではないがな』
レオニスの問いかけに、メシェ・イラーデが若干残念そうな声音で答える。
メシェ・イラーデは、これからたくさんの魔力を体内に取り込んで体力に変換し、身体を大きくしたいと言っていた。
その目的に合う地として、白銀の君もカタポレンの森を真っ先に挙げて強く推薦した。
故にメシェ・イラーデもそれなりに期待していたのだが、期待していた程ではなかったな……と思っているようだ。
そんなメシェ・イラーデに、レオニスが解説を始めた。
「あー、ここは俺達人族が住むために開拓したんだ。でな、この森の魔力は人族にはあまりにも濃過ぎるから、水晶に魔力を吸い取らせる装置を家の周辺に複数作ってあるんだ。要は結界代わりみたいなもんなんだが」
『ほほう、そんなことができるのか』
「そんな訳で、この家周辺の魔力は他のところよりかなり薄めでな。ここから少し離れると、森の魔力はぐんと濃くなるから安心しろ」
『それはありがたい』
レオニスの説明に、メシェ・イラーデが感心したように目を見開く。
確かにレオニスの言う通りで、脆弱な人の身では今感じている魔力ですらかなりキツかろうな、とメシェ・イラーデも思う。
それを少しでも緩和させるために、ここでは森の魔力を別途吸い取って薄めているだけのことで、その範疇から一歩出ればより強大な魔力で満ち溢れているのだ、と知ればメシェ・イラーデも納得である。
『是非とも近いうちに、この森の本来の魔力というものを体験してみたいが……今のこの小さき身では、逆に今ぐらいの魔力がちょうど良いかもしれぬな』
「だな。カタポレンの魔力をいきなり大量に身体に取り込むってのも、それはそれでかなり負担がかかるだろうしな。最初のうちは薄めの魔力で、身体を徐々に慣らしていくのがいいだろ」
『承知した。いや、期待外れだなどと勘違いしてしまってすまなかった』
「いやいや、そりゃしゃあないことだから謝らんでくれ」
己の思い違いを素直に謝るメシェ・イラーデに、レオニスも責めることなく受け入れる。
メシェ・イラーデの誤解が解けたところで、今度はラウルがレオニスに話しかけた。
「ところでご主人様よ、メシェ・イラーデの寝床はどこにするつもりだ? 俺としては、畑の南側を新しく開拓していく方向でお願いしたいんだが」
「ン? ラウルは南側がいいのか?」
「ああ。もしメシェ・イラーデが山のように大きくなったら、その影も大きくなるだろうからな」
「ぁー、そういうことね……」
ラウルが伝える要望に、レオニスも早々にその真意を理解した。
メシェ・イラーデが本来の姿を取り戻せば、例え地面に寝そべっていようともその巨躯で大きな影が生まれるだろう。
そしてもしその影が、ラウルの畑の作物に覆い被さったらたまったものではない。
そう、ラウルがメシェ・イラーデの寝床に南側を所望したのは、ひとえに畑の日当たりを維持するためであった。
もちろんレオニスに否やはない。
東西南北どこでもいいと思っていたくらいなので、ラウルの畑との兼ね合いで南側が一番良いとなればそれに従うのみである。
「じゃ、ラウルのお望み通り、これから南側を開拓していくことにするか」
「そうだね!そしたらこれから皆で少しづつ開拓していこうよ!ぼくも土日のお休みの日に、たくさんお手伝いするから!」
「そしたら俺も開拓の手伝いをしよう。どの道開拓のために切り倒した丸太は、全て俺がいただくしな」
「おお、二人とも手伝ってくれるんか。ありがとうな!」
ライトとラウルの手伝いの申し出に、レオニスがパァッ!と明るい笑顔で礼を言う。
ライトの場合、純粋にレオニスの手伝いをしたい!という志願だったが、ラウルの場合は手伝いの後に出る切り倒した木を全部もらうという算段がある。
どこまでもちゃっかりとした妖精だが、その丸太はラウルのポケットマネーでログハウスキットに生まれ変わるので良しとしよう。
その他にも、来客用別荘の新しいログハウスはどこに建てるか、とかの今決めておかなければならないことも話し合うライト達。
そうこうしているうちに、空の色が赤味を帯びてきた。
レオニスが空を見上げながら、ライト達に話しかける。
「……さ、そろそろ日が暮れてきたし。家の中に戻るか」
「うん!……あ、レオ兄ちゃん、一つ聞いていい?」
「ン? 何だ?」
三人でカタポレンの家に向かいながら、ライトがレオニスに問うた。
「これからメシェ・イラーデのこと、何て呼ぶ? ずっと『メシェ・イラーデ』のままだと何だか堅苦しいし」
「そうだなぁ、『メシェ・イラーデ』ってのも何気に名前長いしなぁ」
「そしたら『メシェ』でいいんじゃね?」
「えー、でもそれだと邪皇竜の方の『メシェ・イラーザ』とも被らない?」
ライトとレオニスがメシェ・イラーデの呼び名に悩んでいるというのに、その横でラウルがシレッと略称を提案する。
しかし、それだとライトの言うように邪皇竜の方の名前とも被ることになってしまう。
せっかく邪皇竜を倒して皇竜に戻れたんだから、邪皇竜と全く違うことがすぐに分かるような名前がいい!とライトが思うのも当然である。
するとここで、レオニスが両手をパン!と合わせながら提案した。
「……よし!そしたら後ろの方の『ラーデ』と呼ぼう!」
「おお、レオ兄ちゃんにしては珍しく素早くて素敵な名付けだね!」
「フフン、俺だってもう何度もこの手の名付けをしてきてるからな!これくらい朝飯前だぜ!」
「『…………』」
レオニスの案を大絶賛するライトに、褒めそやされてドヤ顔で胸を張るレオニス。
もちろん両者の間では、褒めて褒められのWin-Win関係なのだが。傍から聞いているラウルやメシェ・イラーデにしてみれば、あまり褒められている気がしない。
とはいえ、レオニスが出した名前『ラーデ』なら、邪皇竜のメシェ・イラーザとも被ることなく皇竜だけを指す名になっているのは間違いない。
なので、メシェ・イラーデもそれを受け入れることにした。
『ラーデ、か……ふむ、良き名だ』
「じゃ、ラーデに決まりな!」
「ラーデ、これからよろしくね!」
「ラーデの寝床は、俺達皆で作ってやるからな」
『ああ、楽しみに待っておるぞ』
メシェ・イラーデの愛称が決まったことに、名付け親のレオニスはもちろんライトやラウルも笑顔でメシェ・イラーデに話しかける。
実際に口にして呼んでみると実に呼びやすく、一気に親近感が湧いてくるから不思議なものだ。
そして三人と一頭は、のんびりとした会話をしながらカタポレンの家に入っていく。
『というか、我の名はそんなに長ったらしいか?』
「ンー……長ったらしいって程でもないが、厳つくて親しみやすい名前ではないと思うがな」
「その点『ラーデ』なら呼びやすいし、しかも親しみやすくていいよね!」
『そうか……そう言われればそうかもしれぬな』
「ラーデ、ご主人様に良い名前をつけてもらってよかったな。つーか、ラーデ、天空島での野菜バーベキューとさっきのおやつで、身体が一回り大きくなったか?」
『うむ。昼間の野菜も先程のおやつとやらも、実に美味であった』
「間違ってもフェネセンやご主人様のような大食いになるなよ……」
二人の人族と一人の妖精、そして一頭の皇竜。
三つの異なる種族の新たな絆が生まれた瞬間だった。
マキシ達の帰郷と、その後の打ち合わせ風景です。
レオニスが皇竜メシェ・イラーデの暫定後見人?になったことで、いろいろと決めたり進めなければならないことが山盛りあり過ぎて><
そして作者は今回も愛称決めに苦戦。
作中のラウルじゃないですが、『これもうメシェでよくね?』と挫折しかけたり_| ̄|●
新キャラや地名なんて、一度決めてしまえば後はずっとそれを使えばいいだけでしょ?とか思うことなかれ。
『生みの苦しみ』なーんて言葉がある通り、その一番最初に決める時が最もキツいんですよぅぉぅぉぅ(TдT)




