第1201話 皇竜メシェ・イラーデ
邪竜の島討滅戦、その厳しかった戦いにようやく終止符が打たれた。
ライトやレオニスだけでなく、ここにいる全員が皆勝利に沸いている。
「ココ、よく頑張ってくれたな!」
「本当だよ!ココちゃんの魔力、すごかったね!」
『うん!パパやお兄ちゃんに褒めてもらえて、すっごく嬉しい!』
『グリンちゃん、お疲れさま。まだ夜明け前なのに、頑張ってくれて本当にありがとうね』
『クエケココッ!』
ライトやレオニスがクロエを大絶賛し、クロエもとても嬉しそうに頬を紅潮させている。
もちろん今のクロエの目元は元通りに戻っており、鋼鉄の包帯仮面に覆われて隠されている。
そして光の女王も、天空神殿守護神であるグリンカムビの奮闘を心から称え礼を言う。
そこに少し離れた場所にいた雷の女王やヴィゾーヴニルも駆けつけてきて、『グリンちゃん、すごく格好良かったわ!』『コケケコッ!』と絶賛している。
ライト達のもとにもラウルやピースが来て、「皆、お疲さん」「グリンちゃんとココちゃん!? あの凄まじい光と闇の魔力、小生思わず見惚れちゃったよ!」等々話しかけている。
そんな中、唯一人だけ未だに邪竜の島があった場所をじっと見据えている者がいた。闇の女王である。
そのことにふと気づいたレオニスが、闇の女王に声をかける。
「……ン? 闇の女王、どうした?」
『其の方らもよく前を見よ。島があった辺りに、何か残っておろう』
「!?!?!?」
真剣な眼差しで前を見続ける闇の女王の言葉に、レオニスは思わずガバッ!と身を翻しながら闇の女王が見据える方向を見る。
闇の女王がそんなことを言うくらいだ、まだ何か問題が残っているのか!? レオニスはそう思ったのだ。
しかし、島があった方向を見ても、特に邪悪な気配は感じられない。邪皇竜メシェ・イラーザが実は生き残っていた、とかではなさそうだ。
レオニスは改めて神経を研ぎ澄まし、前を見る。
すると、本当に小さな何かが薄っすらと光っているのが見えた。
それ自体には邪悪な気配は感じられない。
じっと目を凝らして観察し続けるレオニスに、闇の女王が声をかけた。
『さて、ではあれを回収しに行くとしよう。其の方らもついてくるがよい』
「え、ちょ、待、回収!? あれは一体何なんだ!?」
『そんなの、近くで見れば分かることぞ。さっさと行くぞ』
「わ、分かったから待てって!」
ススー……と前に進み出る闇の女王に、レオニスが慌てて後をついていく。
そんな二人の様子を見て、グリンカムビがクロエやライトをその背に乗せたまま、ススー……と彼らの後をついていく。
巨躯を誇るグリンカムビが動けば、他の者達も一体何事か?と思いつつそちらの方向に動き出す。
自然とその場にいた者達全員が、邪竜の島跡地?に向かってゾロゾロと移動していた。
そして、謎の光のもとに一番最初に辿り着いた闇の女王とレオニス。
そこには一本の剣を携えた小さなドラゴンがいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「こ、これは……」
思いもよらぬものを発見したレオニスが、半ば呆然としつつ呟く。
まず真っ先に目を引くのが、赤黒い肌をした小さなドラゴンだ。
体長は30cmあるかないかくらいの小柄さで、黄金色の双眸に額にはカーバンクルのような金色の宝石みたいな何かがついている。
背中には小さな翼が左右三対計六枚ついていて、しかもドラゴンには珍しく皮膜型ではない羽毛の羽根を持っていた。
そして、そんな小柄がドラゴンが右手一つだけで持つにはかなり似つかわしくない巨大な剣にも、自然と皆の注目が集まる。
その剣は剣身が根元にいくほど幅広くなっていて、持ち手の柄もかなり長い。一見すると槍か薙刀のようにも見える形状だ。
しかし、槍と呼ぶには穂先が巨大かつ長過ぎて相応しくない。やはりここは剣と呼ぶべきだろう。
剣の色は赤がベースとなっていて、剣身には黒と金の筋模様が浮かび上がっているのが分かる。
柄の他の部分は剣と同じく赤と黒のマーブル状になっていて、こちらにもところどころに金色の筋模様が入っている。
そしてこの持ち手の柄の上部、剣に近い部分には眩い金色をしたマーキス型の宝石のようなものが埋め込まれている。
そう、小さなドラゴンもこの剣も、色合いだけなら邪皇竜メシェ・イラーザとかなり似通っていた。
あまりにも異様な姿をした剣を目の当たりにしたレオニスが、驚きの表情で呟く。
「これは……魔剣の類いか何かか?」
「ンーーー……見た目だけならそうとしか思えないよねぇ……」
レオニスだけでなく、その横にいたピースまでもが赤黒い剣を繁繁と見つめる。
何しろ通常の剣とは見た目がかけ離れ過ぎていて、一体それが何から作られているのかさえも全く分からない。赤黒い金属なんて、長年冒険者をしてきたレオニスや魔術師ギルドマスターであるピースですらさっぱり見当もつかない。
いつの間にか竜騎士団団長のディランも近づいてきていて、正体不明の剣を不思議そうに見つめている。
もちろんライトの顔も、レオニス達同様驚きに満ちている。
しかしその驚きは、他の者達とは全く異なっていた。
ライトはその円な瞳を極限まで見開きながら、目の前にある大剣をじっと見つめ続ける。
『あれは……皇竜剣メシェ・イラーデ!?』
『あ、あの伝説の剣が……このサイサクス世界にも実在したんだ……』
『まぁでも、よくよく考えりゃそうだよな。レイドボスの邪皇竜メシェ・イラーザだって、さっきまでここにいたんだから……』
『つーか、俺の皇竜剣は、破壊神によって無惨にも消失してしまったけど……うううッ』
『でも……皇竜剣メシェ・イラーデの実物を、再びこの目で拝めるなんて……』
ライトの目に映る、ドラゴンが携える大きな剣。
それは紛うことなきBCOの激レア剣『皇竜剣メシェ・イラーデ』であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ライトが知る皇竜剣メシェ・イラーデとは、BCOの中でも人気を誇る剣だった。
それは、騎士団に所属して討伐任務で邪皇竜メシェ・イラーザを倒すことで得られる報酬品。しかもドロップ率がかなり低く、本当に極稀にしかドロップしない激レアアイテムである。
この剣欲しさに、ライト達勇者候補生は皆こぞって騎士団の討伐任務に励んだものだった。
BCOでの邪皇竜メシェ・イラーザを討伐した時に、討伐参加者全員が見られる報酬一覧に一つでも皇竜剣があれば、皆『おめでとー!』と祝いの言葉をかけ、さらには『ありがとー!今日の晩飯は赤飯炊くわー!』『俺にも赤飯食わせろー!』などと賑やかに楽しい会話を繰り広げていたことを、ライトも昨日のことのようによく覚えている。
ちなみにライトもその例に漏れず、BCOで散々散々苦労して皇竜剣メシェ・イラーデを手に入れて、日々愛用していた。
だがその愛用の得物も、鍛冶強化に失敗して消失の憂き目に遭ったらしい。
もちろんその鍛冶強化担当はイグニスである。
とある日に挑んだ、鍛冶成功率90%の賭け。
それは、クエストイベントの中のお題にあった『成功率90%の鍛冶強化を成功させろ!』というものだった。
その時ライトが所持していた中で、強化率80%に達していたのは皇竜剣メシェ・イラーデだけだった。
故にライトは渋々ながらも、皇竜剣を素材として鍛冶強化に挑んだのだが。見事に失敗した、という非常に苦い経験があった。
その賭けに見事破れたライトは、イグニスの「あー、そのー、何だ……次いくぞ、次!」という無情な台詞とともに貴重な皇竜剣メシェ・イラーデを失ってしまった。
その時のライトは、自室の中でスマホを遠くに投げ捨てて「ぐああああッ!」とベッドの上で長時間悶絶していた。
この時の非常に悔しくも苦い思い出が、ライトの中で一瞬だけ蘇る。
しかし、ライトはすぐに気を取り直て目の前にある皇竜剣メシェ・イラーデを見つめ続ける。
皇竜剣メシェ・イラーデ、その実物を間近に見た感動は、過去の苦い思い出すらも瞬時に洗い流していた。
そして、皇竜剣を抱えたドラゴンを見て感動しているのはライトだけではない。白銀の君もまた、驚愕の顔のまま固まっていた。
しばしワナワナと震えていた白銀の君。ハッ!と我に返ったかと思うと、突然深々と頭を垂れながら叫んだ。
『皇竜メシェ・イラーデ様!全ての竜の始祖たる御方に御目文字が叶いましたこと、心より恐悦至極に存じます!』
「「「皇竜!?!?!?」」」
白銀の君の絶叫にも近い挨拶を聞き、ライトと闇の女王以外の者達が驚愕している。
邪皇竜メシェ・イラーザがいた場所に突如現れた、赤黒い大剣を携えた小さなドラゴン。
邪皇竜メシェ・イラーザと全く無関係なはずはないだろうな……ということは、皆薄々察知していたのだが。まさか皇竜メシェ・イラーデだとは、夢にも思わなかった。
ちんまりとした、身長30cmあるかどうかという非常に小さなドラゴン相手に、体長20メートル近い巨躯を誇る白銀の君が恭しく頭を下げている。
実に異様なこの光景に、皆呆気にとられて辺りは静まり返っている。
そしてこの静寂を破ったのは、皇竜メシェ・イラーデだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
右手に皇竜剣を携えたまま、皇竜メシェ・イラーデが左手をヨッ!とばかりに白銀の君に向かって掲げた。
そして凛とした厳かな声が、この場にいる全員の脳内に響き渡る。
『如何にも。我こそは皇竜の名を持つ者、メシェ・イラーデ也』
『メシェ・イラーデ様が、こうして本来のお姿を取り戻されたこと……本当に、本当に嬉しゅう存じます』
『それも、其方を始めとしてここにいる者達全員の力添えあってこそ。我の方こそ、皆に感謝せねばならぬ』
『もったいないお言葉にございます……!』
ちびっこドラゴンと呼んでも差し支えない小さなドラゴンが発するには、その声音も言葉自体も非常に厳か過ぎて実にアンバランスである。
だが、見た目は生まれたばかりのちびっこドラゴンでも、その魂は皇竜メシェ・イラーデのものであることに変わりはない。
見た目はともかくその重厚な言葉に、その場にいた者達は皆それが皇竜メシェ・イラーデであることを確信していた。
そして皇竜メシェ・イラーデは、闇の女王と光の女王に視線を向けた。
『闇の女王、光の女王、特に其方らには非常に世話になった。其方らの魔力なくして、我は我自身を取り戻すことは決して能わなかったであろう』
『どういたしまして。吾も其方が自身を取り戻したことを嬉しく思うぞ』
『かつては天界に御座したという、皇竜メシェ・イラーデ様……貴方様がこうして再びご降臨なされましたこと、私もとても嬉しく思います』
『フフフ……闇の女王は相変わらずだが、当代の光の女王はとても慎ましやかなのだな』
皇竜メシェ・イラーデに対しても敬語を使わない闇の女王に、とても畏まった口調で接する光の女王。
ここでも相反する態度の二者を見た皇竜メシェ・イラーデが、楽しげに小さく笑っていた。
邪竜の島での熾烈な戦いが終わり、その後のあれやこれやが展開していく回です。ま、ぶっちゃけ戦後処理ですね(´^ω^`)
で、この戦後処理、ホントはもうちょい書き進めたかったんですが。一回で出すにはちと無理ゲーな量になりそうなんで、一旦ここで分割。
ちなみにライトが途中、BCOでの破壊神イグニスの仕打ちを思い出してぐぬぬする場面。これは第329話でも出てきています。
第329話で、ライトがフラッシュバックを起こしながらも心の中で叫んでいた『あああああッ、俺の皇竜剣返せええええッ!!』がそれに該当する訳ですね(・∀・)
でも今のライトは、破壊神ではないイグニス少年とも友達ですし、またその彼の中に眠る破壊神イグニスとも再会の約束を交わす友。
ライトの中では、過去のBCOで破壊神から受けた様々な仕打ちはとっくに許してて、既に水に流してしまっているのです(^ω^)




