第1186話 レオニス達の作戦会議
その後ピースはレオニスと合流し、ディランを捕まえて三人で空中にて作戦会議を始めた。
「ディラりん、竜騎士達や飛竜はこの瘴気はダイジョブなのん?」
「我ら竜騎士は、毒や麻痺に対する耐性をつけるよう皆訓練済みだ。飛竜にも毒耐性を上げる魔導具が首輪につけられている。ただ……この瘴気は広範囲に渡って撒き散らされている。長時間の戦闘はさすがに厳しいかもしれない」
「そっか……そういう意味でも短期決戦が望ましいけど、果たしてそう上手くいくかどうかは分かんないしなぁ……」
ディランの回答に、ピースが考え込んでいる。
ディランの話によると、竜騎士は全員毒や麻痺に対する耐性をつける訓練を行うという。戦闘中にそれらの状態異常を受ける度に戦線離脱していては話にならないからだ。
そしてそれは飛竜も同じことで、竜騎士として出動時には必ず飛竜にも毒や麻痺に対する耐性を持たせた魔導具をつけるのだとか。飛竜に乗らない竜騎士など竜騎士ではないので、飛竜への防御体制も完璧にしなければならないのである。
とはいえ、今回の瘴気は通常の戦闘とは訳が違う。
空中に百頭以上の邪竜が飛び交い、それら全てが強烈な瘴気を撒き散らし続けている。
この瘴気塗れの空気の中で長時間戦い続けることは、如何に毒耐性を持つ竜騎士達であってもかなり厳しい。
このことを憂慮したピースが、レオニスに向かって声をかける。
「レオちん、浄化の呪符の『究極』を今何枚持ってる?」
「あー、五百枚以上はあると思う」
「おおう、そんなにあんの? いつもご注文ありがとねん!」
「どういたしまして。つーか、ほとんどが魔宝石との物々交換だがな」
レオニスが浄化魔法の呪符『究極』を五百枚以上所持していると聞き、ピースが驚いている。
確かにこれまでレオニスから何度も『究極』のオーダーを受けていて、毎回嬉々として呪符を作成しまくってはいたが、その詳細=合計枚数までは覚えていなかったらしい。
「そしたらねぇ、竜騎士達一人につきに五枚づつ譲ってあげてくれるかな? そんだけ持たせておけば、少なくとも夜明けまでは持つと思うからさ」
「おう、いいぞ」
「ごめんねぇ、ここで使った分はまた後で小生が補填するから」
「気にすんな。竜騎士達だって立派な戦力だ、ここで頑張ってもらうために必要なんだから問題ない」
手持ちの呪符百五十枚を惜しげもなく譲渡するレオニスに、ピースが申し訳なさそうに謝る。
しかしレオニスの言う通りで、ここは竜騎士達にも頑張ってもらわなければならない。
そのために必要な物資とあらばケチケチしてなどいられないし、そもそもレオニスはこんな場面でアイテムをケチるような小さな男ではない。
レオニスは空間魔法陣を開き、大量の浄化魔法呪符『究極』を取り出した。
いちいち細かく数えてもいないが、ざっと二百枚近くはあるだろうか。
その大量の呪符の束を、レオニスはディランに向けて差し出した。
「ディラン、これはピースが作成した浄化魔法の最上級呪符『究極』だ。これを竜騎士達全員に五枚づつ配ってくれ」
「おお、そんな貴重なものをこんなにいただけるとはありがたい。ピース殿、これは身につけるだけでいいのか?」
「うん、これは設置型の呪符だから破らずにそのまま持っててー。ジャケットの内ポケットに入れておくだけで効果を発揮するから」
レオニスから大量の呪符を受け取ったディラン。
その手に呪符を持ちながら、早速ピースに向かってその使用方法などを問うた。
「これは飛竜にも身に着けさせた方がいいだろうか?」
「そだねー、首輪に挟んでおけばいいと思うよん」
「換え時はどうやって判断するのだ?」
「この呪符は邪気や瘴気を吸い込むほど黒ずんでいくから、呪符の模様が完全に見えなくなったら交換してちょ」
「承知した」
だいたいの使い方を聞いたところで、ディランが腰につけた道具入れのような小型のバッグに呪符を仕舞い込んだ。
この道具入れは竜騎士全員が持つもので、エクスポーションなどの回復剤やその他必要な道具を入れるためのバッグである。
「さて、瘴気対策はこれでいいとして……問題は邪竜の多さだな」
「あ、それね、雷の女王ちゃんから聞いたんだけど、どうも邪竜の島から絶え間なく邪竜が出てきてるっぽいんだよね」
「何ッ!? すると何か、ツィちゃんの時のように邪竜を送り込み続ける魔法陣でもあるってのか!?」
「多分ねー。だから、もしかしたら邪竜の島そのものを潰さなきゃなんないかも」
「そりゃまた厄介だな……」
ピースの話に、レオニスの顔が驚愕に染まる。
確かにレオニスも邪竜の多さが半端ないと思っていたが、やはりそのからくりは邪竜を送り込み続けるシステムにあったようだ。
首狩り蟲の時には、レオニスとラウルが転送用の魔法陣を見つけ出し、魔法陣の上に土魔法で岩を出して無理矢理塞いで敵の供給を防ぐことに成功した。
しかし、今回もそれが通用するかどうかは分からない。
何しろ邪竜の島は敵の本陣。レオニスやピース、竜騎士達をそう易々と近づけるとは到底思えない。
「邪竜の島を潰すとしたら……ヴィーちゃんとグリンちゃんの力を借りなきゃならんだろうな」
「だねー……あと、光の女王ちゃんや雷の女王ちゃん、天空樹ちゃんにも承諾を得ておいた方がいいかも」
「そうだな。ヴィーちゃんとグリンちゃんの協力を要請する時に、その辺もまとめていっしょに話しておこう」
「うん、天空島の住人達と一番仲が良いのはレオちんだもんね。そこら辺の交渉はレオちんにお任せするよ」
邪竜の島の扱いに苦慮するレオニスとピース。
もともと邪竜の島の討滅戦は、邪竜達に奪われた天空島を奪還するという目的もあった。
しかし、島の奪還が叶わず潰すしかないとなれば、天空島の主である二人の女王や天空樹にも事前に承諾を得ておくべきだ。
いや、彼女達がそれを拒否するとはレオニス達も思ってはいない。だがそれでも、一応筋は通しておこうというレオニス達の配慮である。
「じゃあ、俺は早速女王達に話を通してくる。あと、白銀達の様子も気になるからついでに白銀とも話をしてくるわ」
「あー、シュマルリの竜達のことも確かに気になるね。皆、瘴気対策とかどうしてんだろ?」
「ああ、白銀殿達なら、天空樹のもとにいるライト殿やラウル殿のところで回復を図っているようですよ」
「そうなのか?」
「ええ、私も白銀殿達のことが気になってまして。先程白銀殿にお会いした時に聞いたんです」
「あいつらもそれなりに何とか対応してんだな……」
レオニスが気がかりだったのは、シュマルリの竜達の動向。
彼らは治癒魔法などを使えないし、ましてやレオニス達のように浄化魔法の呪符などの対策を取れるとは思えなかったからだ。
しかし、そちらの方はディランが知っていたようでレオニス達に教えてくれた。彼らは彼らなりに対処しているようで、レオニスも安堵する。
「よし、そしたらまずはここにいる邪竜達を少しでも減らすことに専念しよう。邪竜の島を潰すにしても、もうちょい島に近づけなきゃどうにもならんからな」
「だねーぃ。この暗闇の中でも、せめて小生達の肉眼で見えるくらいには近寄れないと話になんないもんねー」
「では私も、竜騎士達に先程いただいた呪符を配りに回るとしよう。その上で、一頭でも多くの邪竜を倒し続けよう。ではまた後ほど!」
三人の中で、まずディランが竜騎士達に呪符を配るためにその場から離れていった。
レオニスとピース、二人きりになったところでレオニスがピースに問うた。
「ピース、身体強化の呪符を竜騎士達に使わせるってのはどうだ? あれは描くのにそんなに難しい呪符じゃなかったよな?」
「ンー、確かにあれは描くの自体は難しくないし、三十秒もあれば一枚作れるけど……あれは効力が十分間しかないからねぇ。ここぞという時に一枚だけ使うならまだいいとして、三十人分をここで何枚も賄うのはちとキツいかなー……」
レオニスの問いかけに、ピースが難しい顔をしながら難色を示す。
竜騎士には攻撃魔法を使う者も多いので、魔法攻撃力を上げる身体強化の呪符があれば彼らの役に立つのではないか?とレオニスは考えたのだ。
しかしピースの懸念も尤もで、呪符の一枚二枚を描くだけなら問題ないが、ここには三十人の竜騎士がいる。
一人一枚持たせるだけでも三十枚の呪符を描かなければならない。二枚なら六十枚、三枚なら九十枚、あっという間に膨大な数になってしまう。
ピースが難を示すのも無理はなかった。
しかしレオニスはなおも食い下がる。
「一枚だけでもいい、できる範囲でいいから魔法攻撃力強化の呪符を描いてやってくれ。竜騎士には魔法を使う者も多い、絶対にどこかで役に立つはずだ」
「……うん、分かった。もともと小生、この場では直接戦闘に加われないからね。呪符作りで貢献するよ!」
なおも説得するレオニスに、ピースも最後には承諾した。
実際ピースが言う通り、ピース自身は戦闘力が高い訳ではない。
物理攻撃はもとより、魔法攻撃力も実はそこまで高くない。
いや、ピースとて魔術師の端くれ、決して魔法攻撃が全くできない訳ではない。ただ、巨大邪竜相手に通じる威力を門外不出の秘術抜きで出せる自信は全くない、というだけのことだ。
そもそもピースは、あまりにも強力過ぎて口外できない門外不出の秘術―――補助魔法の優秀さを二人の女王達に買われて、邪竜の島の討滅戦にも参加を要請されたという経緯がある。それはピースも重々承知していた。
ならば自分も、己に求められた本来の役割を果たそう。ピースはそう考えたのだ。
「そしたら小生、どこで呪符を作ればいいかな? てゆか、この天空島に呪符を描ける環境の場所ってあんの?」
「ああ、それならちょうどいい場所がある。天空島のとある島の一角に、俺達が作ったログハウスがあるんだ。そこならピースも落ち着いてゆったりと作業ができるはずだ」
「え? 天空島にログハウス? まーた面白いもんを作ったもんだね?」
ピースの質問に、レオニスが即時適切な場所を思いつき提案する。
それは、ラウルが畑の島に作ったログハウスだ。
ログハウスの中にはテーブルや椅子が設置してあるし、他の者の邪魔も入らない。そしてユグドラエルが張っている結界のおかげで、邪竜が襲ってくる心配もない。
今の天空島の中で、畑の島は最も安全な場所の一つだった。
「じゃあまず先に、お前をログハウスに連れていこう」
「うぃうぃ、案内よろしくね!」
話がまとまった二人は、畑の島に向かって飛んでいった。
前話からの続きで、レオニス達の作戦会議の様子です。
まずは兎にも角にも瘴気対策。瘴気とは、言ってみればレオニス達にとって毒ガスみたいなもんなので、これをどうにかしないと十全に力を発揮できませんからね。
そして、こんなところで畑の島のログハウスが活用されることに。
ぃゃー、カタポレンの畑の開墾や神樹襲撃事件で大量に出た丸太、その活用策で生まれたログハウスキットなんて奇天烈もんが、今ここで役に立とうとは!予想外のことに、作者もびっくり仰天ですよ!Σ( ゜д゜)
適当に播いた種のはずだったのですが。どこでどう活きるか、分からんもんですねぇ( ´ω` )




