第1185話 白銀の君の焦燥
天空島から離れた場所で、邪竜の群れと戦うシュマルリの竜族達。
白銀の君が獄炎竜や迅雷竜に指示を出している。
『獄炎と迅雷、一頭づつ組んで事に当たりなさい!まずは小さい邪竜どもを確実に殺るのです!』
『そしてこの瘴気は私達にとっても有害です!なるべく吸い込まぬよう、極力留意しながら戦いなさい!』
『それでも苦しくなってきた者は、エルちゃん様のところに行きライトもしくはラウルから回復剤をもらいなさい!』
白銀の君の指示により、獄炎竜と迅雷竜はそれぞれ手近な者と組んで火炎や雷撃で小型の邪竜を相手に戦闘を繰り広げる。
いつもの白銀の君ならば『そんな邪竜如きに遅れを取るとは何事です!腑抜けたことは許しませんよ!』とか言いながら、一頭につき一体の邪竜撃破を命じるところなのだが。今はそんな見栄など張っている場合ではない。
白銀の君の目にも映る大量の邪竜を排除するには、一頭一頭を確実に仕留めていかなければならないのだ。
そして白銀の君自身も、巨大邪竜を相手に戦い続ける。
白銀の君が吐くブレスはかなり強力で、彼女より一回りは大きい邪竜でさえも直撃すれば黒焦げになって墜落していく。
だが、如何せん巨大邪竜が多過ぎる。
白銀の君より大きな邪竜、その数は一頭二頭どころではない。百頭以上はいるであろう。
その巨大な邪竜群と対等に渡り合えるのは、今この場にいる者の中では白銀の君と雷の女王のみ。
この二者だけで、三桁を越す巨大邪竜を排除しなければならない。
白銀の君の疲労は徐々に、だが確実に蓄積していった。
もう五十頭以上は白銀の君のブレスで仕留めたはずだが、彼女が巨大邪竜を一頭仕留めるのに全力ブレスを二発か三発は撃たなければならなかった。
そう、相手の邪竜だって易々とブレスに当たってくれる訳ではない。紙一重で交わされたり、交わされた直後に巨大邪竜からの反撃ブレスが白銀の君を襲う。
次第にハァ、ハァ、と肩で息をするようになってきた白銀の君。
全力のブレスを短時間のうちに、休む間もなく百発以上繰り返し吐き続けることは、如何に竜の女王であってもキツいらしい。
とはいえ、ブレスの出力を抑える訳にはいかない。
一撃で仕留められなければ、その後二発目、三発目のブレスを追加で撃たなければならなくなる。
何度もブレスを撃つくらいなら、最初から全力ブレスで確実に一撃で撃ち落とす方が結局マシなのだ。
しかし、どれだけ白銀の君達が邪竜を屠っても邪竜の数が一向に減った気がしない。後から後からどんどん邪竜が涌いて出てくる。
白銀の君達が懸命に撃ち落としているだけに増えこそしないが、それでも敵の数がなかなか減らないというのは心理的にも負担が増大していく。
いつもは冷静沈着な白銀の君にも焦りが出てきたのか、ブレスの命中率がガクンと悪くなってきた。
互いにブレス攻撃が主体なので、双方とも接近戦は避けて中距離攻撃に徹しているため、鉤爪や尻尾を使った物理攻撃もできない。
焦りの見える白銀の君に、少し離れたところで戦っていた雷の女王が声をかけた。
『白銀!貴女も少し休みなさい!』
『いいえ、今私がここから離れる訳にはまいりません……』
『無理しないで!』
雷の女王が白銀の君に休息を促すも、白銀の君はなかなか首を縦に振らない。
するとここで、誰かの大きな声が聞こえてきた。
「白銀殿!既に来ておられましたか!」
『……おお!人族の勇敢なる者達ではないですか!よくぞ来ました!』
白銀の君のもとに現れたのは、竜騎士団第一師団長を務めるコンラートを始めとした竜騎士達だった。
飛竜に乗った竜騎士達の出現に、白銀の君の顔がパァッ!と明るくなる。
「レオニス卿からご連絡をいただき、我ら竜騎士団も馳せ参じました!」
『それは重畳、此度の邪竜どもはこれまでになく手強い。特に奴らが全身から出す瘴気はかなり厄介です。其方達も油断せず、心してかかりなさい』
「分かりました!皆、行くぞ!」
「「「応ッ!!」」」
ここは戦場の真っ只中故、白銀の君と竜騎士達も最低限の言葉だけを交わし、竜騎士達も邪竜との戦いに身を投じる。
竜騎士達は各人魔法が使えるので、様々な戦い方を展開できるのが大きな強みだ。
ある者は強力な炎魔法を繰り出し、ある者は風魔法でブーメランのような大きな刃を飛ばし、小さな邪竜を易々と屠る。他にも雷撃や斬撃などの攻撃で、次々と邪竜を倒していく。
その様子を見た白銀の君が、竜騎士達に呼びかける。
『竜騎士達よ、其方達なら大きな邪竜も倒せるでしょう!三人がかりで大きな邪竜を優先して倒してください!』
「分かりました!」
白銀の君の要請に竜騎士達も応じ、即時三人一組となって今度は巨大邪竜に挑んでいく。
その間にも竜騎士達が続々と到着し、邪竜を倒す勢いが俄然強くなっていった。
そして最後に現れたのが、レオニスとピース、そしてディランだった。
「白銀!遅れてすまん!」
『レオニス!やっと来ましたか!』
「ピィちゃん参上ッ!」
『貴方は!炎の女王やツィちゃん様を救ったという、人族きっての魔術師ね!?』
「白銀殿!我ら竜騎士団が加勢致す!」
『ディランもよくぞ来ました!其方の槍働き、期待していますよ!』
「お任せあれ!」
次々と到着する援軍に、白銀の君の焦燥や雷の女王の不安も消えていく。
ディランは早速邪竜を倒すべく、飛竜を駆り他の竜騎士達がいる場所に向かって飛んでいく。
そしてレオニスは、白銀の君の顔を見た途端に空間魔法陣を開きだした。
「白銀、ほれ、口を開けろ!お前ら竜達の大好きなエクスポだぞ!」
『おお、それはありがたい!遠慮なくいただきましょう!』
レオニスの口から『エクスポ』という言葉を聞いた途端、白銀の君があーん♪とばかりに大きく口を開ける。
レオニスは空間魔法陣を白銀の君の口の上に水平に置き直し、そこからザラザラザラー……とエクスポーションが滝のように流れ出す。
滝の如きエクスポーションは、そのまま白銀の君の口の中に流し込まれていった。
およそ百本のエクスポーションが白銀の君の口に放り込まれ、それをもっしゃもっしゃと食べる白銀の君。
それまでの疲れなど一気に吹っ飛びそうな、実に満足げな顔である。
「とりあえず百本な」
『……(パリン、バキン、モクモク、ゴッキュン)……』
「白銀も休憩や回復が必要そうだな? 何なら今のうちに、エルちゃんのところに移動して休みな」
『……いいえ、今のエクスポ百本で十分です。これで当分戦えます』
「そっか、あんま無理すんなよ」
レオニスと白銀の君がそんなやり取りをしている横で、ピースと雷の女王が会話をしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『ねぇ、貴方の魔術でここにいる邪竜達をいっぺんに倒すことはできないかしら?』
「ンーーー、それはさすがに無理、かなー……ここには邪竜だけでなく、たくさんの天使ちゃんや味方の竜達がいるみたいだし」
『ああ、それもそうね……やっぱり一頭づつ地道に倒し続けるしかないわね……』
雷の女王の問いかけに、聞かれたピースが難色を示している。
雷の女王が言っているのは、神樹襲撃事件の時にユグドラツィの中に巣食っていた謎の黒い液体を滅ぼした時の浄化砲のことを指していると思われる。
しかしあれは、標的が動かない一点だったからこそ繰り出せた技であって、今回のような上空全域に邪竜が散らばっている状況では不利だ。
しかも標的の邪竜以外にも、天使やシュマルリの竜族達も入り混じっている乱戦状態では、味方も巻き込んで諸とも全てを吹き飛ばしてしまう。
ピースが雷の女王の案を却下したのも当然である。
もちろん雷の女王にもそれは納得できたので、手っ取り早い方法は諦めて地道に倒していくことを承諾する。
だが、雷の女王がその美しい顔を曇らせながら呟く。
『でもあいつら、いくら倒してもキリがないのよね』
「そなの?」
『ええ、どうやら邪竜の島から邪竜が絶えず涌き出てるっぽいの。それこそ無限かと思うくらいにね』
「ぁー……そしたら本丸の邪竜の島を先に潰すしかないねぇ」
渋い顔をしながら呟く雷の女王に、ピースも早々に状況を察する。
神樹襲撃事件の時の首狩り蟲のように、もし邪竜の島に転移門のような魔法陣が設置されていてそこから無限に邪竜が涌き出てくるのだとしたら―――その大元を叩き潰すしか道はない。
『でしょう? でも、あまりにも邪竜の数が多過ぎて……しかもあいつらが出す瘴気のせいで、特に天使達に体調を崩してしまう者が多くて……今まで邪竜の島に近づくことすらままならなかったの』
「瘴気……うん、確かにこの臭いはあまり身体によろしくないね」
雷の女王が言う瘴気という言葉に、ピースが口元に手を当てながら頷く。
天使達に比べたら人族は瘴気に対して鈍感だが、それでも腐臭のように感じる瘴気は人族の身体に対しても有害である。
この瘴気についても、ピースは何らかの対策を打ち出さなければならない。
「この瘴気の方も、何とかしなきゃなんないけど……とりあえず、竜騎士の皆やレオちんが到着した今なら、邪竜の群れの勢いを押し返すことも可能だよね?」
『そうね!……あ、そしたら貴方達が来てくれた今なら、瘴気で力が出しきれない天使達の治療やヴィーちゃんの休憩も取れるかしら? その方がきっと、邪竜の島そのものを潰す早道にもなると思うの』
「そうだねーぃ、今まで戦ってきた天使ちゃんやヴィーちゃんが休んで回復すれば、その後の戦いのためにもなると思う!」
雷の女王の案に、今度はピースも賛同する。
先発で戦っていた者達は、これまでの戦闘でかなり疲弊してきている。
この後邪竜の島を潰すには、総力戦で挑まなければならない。
そのためには、先陣で疲れた者達も一度回復しておかなければならないのだ。
するとそこに、今度はパラスが駆けつけてきた。
「おお、人族の偉大なる魔術師ではないか!リィシエルの援軍要請は無事叶ったのだな!」
「あ、パラスちん、おひさー!レオちんから話を聞いて、すっ飛んできたんだよー」
「援軍に駆けつけてきてくれたこと、心より感謝する」
「そんなー、水臭いよー、ピィちゃんとパラスちんの仲ジャマイカ♪」
「……ピィちゃん……パラスちん……」
援軍に駆けつけてきてくれたピースに、パラスが頭を下げながら心から謝意を示す。
そんな大真面目なパラスに対し、ピースも常にマイペースで接している。
あまりにもマイペース過ぎて、パラスはしばし呆気にとられていたが、今はそんな余裕などない。
ピースは事も無げに雷の女王達に声をかける。
「……よし、そしたら一旦皆で作戦会議しよっか」
「あ、ああ、そうだな。今後の方針や行動を決めなくてはな」
「ただ、主戦力がごっそり抜けるのも危ないから……そうだね、まずは小生とレオちん、ディラりんの三人で作戦を練るから、その間少しだけ皆にここを任せていいかな?」
「承知した。良い作戦を頼むぞ」
「うぃうぃ、任せてー!」
レオニス、ディラン、そして自身の三人で作戦を練るというピースに、パラスも快く応じる。
本当はその作戦会議にパラスや雷の女王、白銀の君も加われれば一番良いのだが、そうした主戦力が一気に抜けると戦線が維持できずに再び邪竜の勢いが盛り返しかねない。
それを防ぐために、ピースは戦闘や戦術に長けた三人で先に作戦立案を行うことにしたのだ。
「じゃ、小生はレオちん達と話をしてくるから、パラスちんも雷の女王ちゃんもよろしくね!」
「ああ、任せとけ!」
『ピィちゃん、なるべく早く戻ってきてね!』
「うん!ピィちゃんも頑張るー!」
ピースのしばしの離脱を快く送り出すパラスと雷の女王。
雷の女王に至っては、既にピースのことを『ピィちゃん』呼んでいる。
愛称を呼んでくれた雷の女王に、ピースは嬉しそうな顔で応える。
そうしてピースはレオニスのもとに飛んでいった。
天空島での戦闘、まずは主戦場に援軍が続々と到着していく回です。
前半の方では白銀の君が苦戦していましたが、まぁ2対100オーバーは普通に厳しいですよね。
もともと白銀の君も、レオニスや竜騎士達の研修修行の相手をしてきてそれなりにレベルアップ?してはいたんですが。それでも全力投球百連発、しかも途中休憩や回復が一切ない中での連続攻撃は、さすがに竜の女王でもキツいでしょう。
ですが、そんな時に大好物のエクスポ100本の差し入れが!これは絶対に効くでしょう!(`・ω・´)
てゆか、レオニスも白銀の君の顔を見るなりエクスポ大量差し入れする辺り、竜達の嗜好をあまりにも熟知し過ぎな気もしますが。多分気のせいでしょう。キニシナイ!(・з・)~♪




