第1184話 パラスの決断と心強い味方
時は少し遡る。
ライト達とともに、天空島の危機に真っ先に駆けつけたシュマルリの竜族達。
獄炎竜と迅雷竜は、転移門での移動到着後すぐに空に飛び出し、戦場と思しき一際明るく光る場所に向かった。
そこでは雷の女王とヴィゾーヴニルが中心となり、天使達とともに邪竜と交戦していた。
遠目からでも明るく光って見えたのは、ヴィゾーヴニルの身体から発している光と雷の女王の雷撃による光のせいである。
『クッ……このままでは押し切られてしまう……』
「雷の女王様!ここが踏ん張り時です!きっとリィシエルが援軍を……レオニス達を呼んできてくれます!」
一瞬弱気になりかけた雷の女王を、彼女の近くで邪竜を雷魔法で撃ち落としていたパラスが大声で激励していた。
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………………
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邪竜の群れの襲撃が起きた直後、パラスはしばらく天使達や雷の女王達とともに邪竜を迎撃していた。
今回天空島を襲ってきたのは、大小複数の邪竜の群れ。
邪竜の島は、まだ日中でも肉眼では見えない程に距離が離れていたというのに。
数日後にはこちらから奇襲をかけるはずだったのに、またも邪竜からの侵略を受けてしまい、パラスは悔しげに歯を食いしばりながら戦う。
「皆、邪竜達が放つ瘴気からなるべく離れて風上で戦え!」
「この瘴気は今までのものとは違う!少し吸い込んだだけでもかなり体調を損なう!」
「瘴気を吸い込んで具合が悪くなった者は、光の女王様のところで治してもらえ!」
「ただし、そのまま休み続けることは許さん!光の女王様に治していただいたら、すぐに戦線復帰しろ!」
空中で邪竜相手に戦いながら、パラスが大きな声で部下の天使達に指示を出す。
巨大な邪竜は雷の女王とヴィゾーヴニルに任せて、パラス達天使は小型の邪竜を討伐していた。
しかし、体格の大小に関係なく全ての邪竜から放たれている瘴気が最も厄介だった。
邪竜達の全身から溢れ出る、黒い靄のような瘴気。
ヴィゾーヴニルの光がある程度届く範囲なら、この黒い靄は神鶏がもたらす浄化の光になす術なく霧散していく。
しかし、ヴィゾーヴニル一体が照らし出せる範囲はどうしたって限りがある。
ヴィゾーヴニルの周辺だけでなく、闇に紛れてあちこちで飛び回る邪竜のせいで辺りは瘴気に包まれ、天使達にとってかなりの脅威となっていた。
何故ならこの瘴気、次第に空気に溶け込んで天使達の身体から体力や精神力をごっそりと奪うのだ。
それはまるで毒や麻痺攻撃でも食らったかのように、天使達の身体を徐々に蝕んでいく。
交戦し始めたばかりの頃など、その瘴気の恐ろしさを知らずに戦っていた天使達が程なくしてノックダウンしてしまったくらいだ。
この瘴気の被害を抑えるために、パラスはなるべく風上で戦うよう指示を出した。
しかし邪竜の方も、自分達が生み出す瘴気の利点を理解しているのか、風上に回ろうとする天使達を執拗に追いかけ回してなかなか風上を取らせない。
その小賢しさは、これまで見たことのない行動パターンだった。
数年に一度襲い来る、いつもの邪竜達とは違う様相を目の当たりにし、パラスはどうにも嫌な予感がしてならない。
パラスが眉間に皺を寄せて思案していた、その時。
少し離れたところから悲鳴が上がった。
「ぐああああッ!」
「リィシエル副隊長!しっかりしてください!」
悲鳴を聞いたパラスがその方向を振り返ると、天空島警備隊副隊長のリィシエルがかなり下の方まで落ちていて、他の天使達に支えられていた。
瘴気を吸い込んでしまい弱っていたところに、複数の邪竜が一気に襲いかかってきて避けきれなかったらしい。
パラスも慌ててリィシエルのもとに駆けつけ、身体を支えながら声をかける。
「おい、リィシエル!しっかりしろ!」
「パラス隊長、すみません……決して油断した訳ではないんですが……」
「言うな、分かってるから!」
リィシエルを抱き抱えながら叫ぶパラス。
邪竜の持つ鋭い鉤爪で腕や背中を抉られたリィシエルが、息も絶え絶えにパラスに謝る。
パラスは急いで治癒魔法をリィシエルに使うが、傷が深くてなかなか完治に至らない。
ひとまず血が止まり傷が塞がったところまでは治癒できたが、それ以降は邪竜の襲撃が激しくておちおち治癒魔法をかけてもいられない。
「……リィシエル、今から君に特別な任務を与える。心してよく聞け」
「……はい……」
「エルちゃん様のところにある転移門を使い、地上にいるレオニスのもとに行け。そして今天空島で起きている危機を、レオニス達に知らせるのだ」
「そ、それは……」
パラスから伝えられた『特別な任務』に、リィシエルの顔が歪む。
地上に知らせて助けを求めること自体は、別に問題ではない。むしろ一刻も早くそうすべきだ、とリィシエル自身も思う。
だが、その伝令役に選ばれたということは、リィシエルにとっては屈辱だった。つまりそれは、自分は負傷によりもう戦えない―――戦力外である、と通達されたも同然だからだ。
そんなリィシエルの気持ちが分かるのか、パラスがなおも特別な任務の意義を説く。
「リィシエル、そんな顔をするな。これは私が君に与える任務だ。君にしかできないことなんだ」
「……分かりました……天空島の危機を回避し、皆で無事に帰るためには……なりふり構ってなどいられませんからね……」
「ああ、その通りだ。この戦に勝つには、猫の手どころか人の手、いや、アリンコの手足ですら借りまくらなければならんからな」
パラスの言葉に、リィシエルも力無く頷く。
実際邪竜の脅威はパラス達の想定をはるかに超えていて、このままでは邪竜の討滅は到底叶わない。それどころか、天空島が邪竜達に占領されてしまう可能性だって大いにあり得る。
そんなことは絶対に許されない。天空島が邪竜達に奪われるくらいなら、天使のプライドだの何だのなんてものは捨てて地上の者達に助けを請う方が億倍マシだ。
そのことはリィシエルにも十分理解できた。
「さあ、リィシエル、私の背中に捕まれ。エルちゃん様のところの転移門まで連れてってやる」
「すみません……お言葉に甘えさせていただきます」
「うむ、ここは素直におんぶされてくれ。今は移動のための一分一秒ですら惜しいからな」
パラスに促され、その背に乗りおんぶされるリィシエル。
現状や今の戦況がかなり芳しくないことは明白であり、この事態を重く見たパラスは重傷を負ったリィシエルの緊急避難も兼ねて、早々にレオニスのもとに助けを求めることを決めた。
戦況打開とともに、自分の身を案じてくれたパラスの思いをリィシエルは無碍にはできなかった。
そして二人は天空樹ユグドラエルの根元にある転移門まで行き、リィシエルは地上に瞬間移動していった。
パラスはリィシエルの移動を見届けた後、再び戦場に戻っていった。
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………………
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『……そうね。レオニス達が来るまで、私達がここで頑張らないとね!』
「そうですとも!あの者達ならば、必ずや我らの危機に駆けつけてきてくれます!」
パラスの懸命の励ましに、何とか気を取り直した雷の女王。
パラスの判断により地上の知己達に援軍を求めたことを、雷の女王もパラスからの報告で知っている。
かつて地上のカタポレンの森で起きた、神樹襲撃事件。その時に、見事ユグドラツィを助け出したレオニス達ならば、きっとその手腕と実力でこの苦境をも打開してくれる―――雷の女王もパラスもそう信じ、己を奮い立たせる。
『ヴィーちゃん、パラス、援軍が来るまで何が何でもここを死守するわよ!この邪悪な者達を、これ以上私達の天空島に近づけさせる訳にはいかないわ!』
「はいッ!」
『クエエエエッ!』
己を鼓舞するのみならず、パラスや相棒であるヴィゾーヴニルにも檄を飛ばす雷の女王。
ちなみにヴィゾーヴニルは、現時点ではまだ大きな活躍はできていない。
天使達と邪竜が多数入り乱れる現状では、ヴィゾーヴニルの咆哮は味方の天使達をも巻き込んで吹き飛ばしかねないからだ。
しかし、時折現れる自分達サイズの巨大な邪竜が近寄ってきた時などは、威嚇で遠ざけるために咆哮を放つなどしている。
すると突然、雷の女王達の背後から邪竜とは違う竜族が多数現れた。
それは赤黒い竜と黄色がかった竜で、雷の女王達より前に出たかと思うと劫火や雷で邪竜達を攻撃し始めた。
突然の出来事に、雷の女王がキョロキョロと頭を左右に振りつつ戸惑いながら叫ぶ。
『……え!? ちょ、待、アナタ達、誰!?』
思いっきり戸惑う雷の女王に、一頭の獄炎竜が空中で立ち止まって答える。
「我ラハ、シュマルリノ山々ニ住ム、獄炎竜ナリ。アッチノ、黄色イノハ、迅雷竜、トイウ。我ラハ、我ラガ大盟主、竜王樹ユグドラグスノ、願イニヨリ、援軍トシテ、馳セ参ジタ」
『竜王樹……天空樹のエルちゃん様の弟さんのことね!?』
「多分、ソウ」
『じゃあ、アナタ達は邪竜退治に駆けつけてきてくれた、私達の味方と思っていいのね!?』
「ソレデ、問題ナイ」
『来てくれてありがとう!』
獄炎竜達が味方であることを知り、雷の女王が破顔する。
竜王樹ユグドラエルといえば、天空樹ユグドラエルの末弟。ユグドラエルの身内ということは、つまりは獄炎竜達は天空島側の戦力であることが雷の女王にも即時理解できた。
これまでは、小型の邪竜でも一体につき天使三体がかりで相手をしていた。そして巨大な邪竜はヴィゾーヴニルにしか任せられず、天空島勢はかなりの苦戦を強いられていた。
しかし、竜王樹ユグドラグスからの援軍である獄炎竜達が来てくれたことにより、戦況はかなり良い方向に変わるだろう。
雷の女王が喜んでいると、今度は白銀の君が現れた。
暗闇の中にあってなお、白く輝く白銀の鱗を持つ巨大な竜。その圧倒的な存在感に、雷の女王もすぐに気づいた。
白銀の君は雷の女王を見つけると、自ら声をかけ頭を垂れながら挨拶を始めた。
『属性の女王、雷の女王様とお見受けいたします。お初にお目にかかります、私は白銀の君と申す者。我が君である竜王樹ユグドラグス様の命により、邪竜どもの殲滅のお手伝いに参りました』
『まあ、貴女も私達を助けに来てくれたのね!本当にありがとう!とても心強いわ!』
『そう言っていただけると恐悦至極に存じます』
恭しく挨拶をする白銀の君に、雷の女王が花咲くような笑顔で礼を言う。続々と到着する心強い援軍に、雷の女王が大喜びするのも当然だ。
しかし、決して楽観はできない。戦場において油断は大敵。
白銀の君は険しい顔つきで雷の女王に話しかけた。
『さて……雷の女王様ともいろんなお話をしたいところではございますが、今はまだその時ではございません』
『ええ、そうね。楽しい女子会は後でゆっくりとしましょう』
『そのためには、兎にも角にもあの不埒な輩共を殲滅せねばなりません。まずは奴らの特性や注意点などあれば、お聞かせ願いたいのですが』
『分かったわ。実際に見ながら話していくわね』
楽しい女子会は後で、と約束した雷の女王と白銀の君。
ニッコリと笑顔を浮かべる二者の顔には、どことなく不敵さも交じる。
天空島の平和を脅かす者は、何人たりとも許さない―――
我が君のご家族を害する者は、この手で討ち滅ぼす―――
雷の女王と白銀の君は、強い決意をもって再び戦場に駆けていった。
天空島での激しい戦いの始まりです。
白銀の君は、ユグドラエルと会って話したことはあっても光の女王や雷の女王とは全く面識がないので、今回一応ちゃんと挨拶させたりなんかして。てゆか、挨拶もなしにいきなり参戦するとか、そんなんただの乱入者になっちゃうし( ̄ω ̄)
ちなみに雷の女王の戸惑いに答えた獄炎竜は、拙作でいつも出てくる子ではありません。十数頭いる中の一頭で、多分族長に近い役割を持つ重鎮さんです。
ま、ここら辺はね、一応口調が若干違うので分かりやすいかとは思いますが(^ω^)




