第1158話 友好の証
その後ライト達は、ヴァイキング道場一門とともに第一支部を出て本部に戻った。
本館から第一支部に移動したゴツい面々に、さらに次男アマロと三男レイフが加わったため、ますますゴツい絵面となっている。
ヴァイキング道場本部の門を潜り、本館に入ったハンザが大きな声で中に呼びかける。
「おーい、母さん、いるかー?」
ハンザの野太い声が、本館玄関にビリビリと響き渡る。
しばらくすると、パタパタ……という足音とともに奥からグレイスが小走りで出てきた。
「あらあら、皆してお早いお帰りねぇ」
「母さん、今から宴会の支度をしてくれ」
「まぁ、今から? こんな明るいうちから宴会なんて、何か良いことでもあったの?」
「ああ、実に目出度くも喜ばしい出来事があってな。せっかくだからレオニス君達がホドにいるうちに、一杯やりたいんだ」
帰宅早々宴会を催すというハンザに、グレイスが少しだけ驚いたような顔になる。
普通なら全く予定のないところに、旦那が急に宴会をしたいと言い出しても妻は困るか怒るか、いずれにしても嫌がるところだ。
しかも時刻は午後の三時半、まだ外は明るく宴会をするような時間でもない。
しかし、グレイスが嫌がる様子は全くない。
このヴァイキング道場は人の出入りが本当に多いので、ハンザのこうした突発的な要求もグレイスにとっては日常茶飯事の範囲内なのだ。
剣術の名家パイレーツ家当主の妻として、グレイスは主人の要望を快く受け入れるべくハンザに問うた。
「分かりました。全員で何人の宴会なんです?」
「母さんも含めて、今ここにいる全員だ。そして、ここが一番大事なことなんだが……ここにいる者達以外は絶対に誰も入れない、秘密の宴会だ」
人数確認をしたグレイスに、ハンザが『秘密の宴会』という謎のパワーワードを繰り出す。
これは、ウルス達八咫烏の正体を隠し秘密を守るための策なのだが、グレイスはまだ知る由もない。
どんちゃん騒ぎの宴会に、秘密もへったくれもあるのか?と思うところだが、グレイスはこの謎めいた言葉を訝しがることなく逆にフフフ、と楽しげに小さく笑う。
「秘密の宴会? ……何だかよく分からないけど、楽しそうね」
「ああ、母さんも絶対に大喜びすること間違いなしだ」
「そしたら、会場はうちの客間にしましょうか」
「そうだな。とにかく内々だけで祝いたいから、道場ではなく家の方がいいな」
「じゃ、今から支度しますから、貴方達は先にお風呂で汗を流してきてくださいね」
「よろしく頼む」
宴会の場所も決まり、グレイスは早々に再び奥に引っ込んでいった。
そしてグレイスに先に汗を流すよう言われたハンザ、後ろを振り向きコルセア達に指示を出す。
「皆、母さんの言葉を聞いたな? 今日は皆レオニス君との特別稽古で散々汗をかいたことだし、宴会の前に風呂でさっぱりしてくるぞ」
「「「はいッ!」」」
ハンザがヴァイキング道場一門に風呂の指令を出し、その直後からコルセア達がバタバタと動き出した。
そして今度は客人であるライト達に向けて、ハンザが声をかけた。
「レオニス君やラウル君、ライト君もうちの風呂に入っていくかね?」
「あー、俺も今日はそれなりに汗をかいたからな……飯の前に一風呂浴びたいところではある」
「俺は遠慮しとこう、別に身体を動かした訳じゃないしな。それより宴会の支度を手伝おう。奥方一人でこの人数分の食事を用意するのは大変だろうからな」
「ぼくはレオ兄ちゃんといっしょに、ヴァイキング道場の皆さんとお風呂に入りたいです!」
「僕はラウルといっしょに、宴会の準備のお手伝いをしたいです!」
ハンザの問いかけに、それぞれが希望を伝えた。
その都度ハンザはうんうん、と頷きながら一人一人の要望を聞いている。
「では、ラウル君とマキシ殿は我が家の台所に案内しよう。レオニス君とライト君もいっしょについてきてくれるか? ラウル君達を台所に案内した後、いっしょに風呂に行こう」
「了解。ラウル、マキシ、グレイスの手伝いをよろしくな」
「おう」「はい!」
こうしてライト達は、ハンザの案内により敷地内にあるパイレーツ家の私宅に移動していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ヴァイキング道場の大浴場で、存分に汗を流したライト達。
湯冷めしないように更衣室で髪の毛を乾かし、バッカニア達とともにパイレーツ家の私宅に移動した。
バッカニアの案内で入った客間は三十畳程もある大広間で、畳敷きの和室に長方形のテーブルが四角状に組み合わせられている。
テーブルの上には数多のご馳走や酒が用意されていて、左右には正方形の座布団が人数分敷かれている。
そこはまさに『THE・和室!』、そして『THE・宴会場!』な空間が広がっていた。
入口奥の床の間の前、上座に当たるど真ん中の席が二席分空けられていて、その左右にハンザとレオニスが座っている。
そしてハンザの横にコルセアが座り、他は順不同で適当に空いているところにどんどん座っていく。
ご馳走を一通り用意し終えたグレイスやラウル、マキシも座敷に入り、全員が揃ったところでレオニスがマキシに向かってちょいちょい、と手招きをした。
レオニスに呼ばれて、トトト……と上座に移動したマキシ。
レオニスからの耳打ちに、最初は『え???』という顔で驚いていたマキシだったが、すぐにコクリ、と小さく頷く。
そしてマキシの肩に乗っていたウルスとケリオンをそっと手に乗せて、上座のど真ん中の座布団の上に下ろした。
「父様、ケリオン兄様、元のお姿に戻っていいそうですよ」
「うむ、承知した」
マキシの言葉に、ウルスとケリオンが頷きつつ元の大きさに戻る。そして父と兄の変化が解かれたのを見届けたマキシもまた、本来の八咫烏の姿に戻った。
ボフンッ!という音とともに現れた、三羽の八咫烏。艶やかな漆黒の身体に三本の足、そしてふっくらむっちりまん丸な姿は実に神々しい。
改めて見る八咫烏の姿に、ヴァイキング道場一門から「ぉぉぉ……」という感嘆の声がそこかしこから漏れ聞こえてくる。
この宴会の真の主賓が出揃ったところで、ハンザが立ち上がり挨拶を始めた。
「皆、本日はご苦労だった。今日は実に様々なことが起きたが、何より喜ばしいことは、我がヴァイキング道場一門が敬愛してやまない八咫烏に出会えたことだ」
「こんな素晴らしい出会いをもたらしてくれたレオニス君達にも、心から礼を言う。本当にありがとう」
「では、この奇跡の出会いに感謝しつつ盃を酌み交わそう。乾杯!」
「「「乾杯ーーー!!」」」
ハンザの乾杯の声に、レオニスやコルセア達も続き高々とグラスを掲げる。
その後パイレーツ家の大広間では、外が明るいうちから飲めや歌えやの盛大な宴会が繰り広げられていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そうして楽しくも賑やかな宴会が数時間続き、外はすっかり暗くなって夜の帳が下りた頃。
ライト達はラグナロッツァに帰ることにした。
ちなみに今日のレオニスは、珍しいことに酔い潰れていない。
というのも、ヴァイキング道場一門の幹部は回復魔法に長けた者ばかりなので、レオニスが酒を飲んで酔っ払ってもすぐに解毒魔法をかけて正気に戻してくれるのだ。
パイレーツ家の私宅を出て、ヴァイキング道場正門に向かうライト達。
その後ろには、客人達を見送るべくハンザ以下ヴァイキング道場一門全員がついてきていた。
「レオニス君、今日はいつになく楽しいひと時を過ごさせてもらった。本当にありがとう」
「いや、こっちこそ昼飯どころか晩飯までご馳走になってしまったな。長居してすまなかった」
「長居などととんでもない!本当に長居する気なら、一ヶ月でも一年でも泊まっていってくれていいんだぞ?」
「その間俺に剣術の指南しろってんだろ? その手には乗らんぞ?」
「ハハハハ、バレたか!」
正門前で軽口を叩き合うレオニスとハンザ。
その横で、ライトやラウルもヴァイキング道場一門と別れの挨拶を交わしている。
「ラウルの兄ちゃん、またラグナロッツァで会おうな!」
「ああ、またあっちでも会えるのを楽しみにしている」
「アマロ先輩の結婚式が済んだら、俺達もまたラグナロッツァに帰る予定なんだ」
「おお、そうなのか。ラグナロッツァでまたボランティアを受けるのか?」
「ンー、それもいいんだけどさ? これからはボク達も、ぼちぼち魔物狩りをしていこうって話をしてるんだヨね!ウヒヒ」
「お前達ならできるさ」
ラウルとバッカニア達は、ラグナロッツァでの再会を約束している。
そしてライトはコルセア達師範代グループと話をしていた。
「今度また、他の八咫烏達も連れてきますね!」
「ああ、是非とも頼みます。ウルス殿やケリオン殿、マキシ殿だけでなく、ここに来たいと仰ってくださる全ての八咫烏の方々を、我々はいつでも大歓迎する所存にて」
「はい!特にウルスさんの長女のムニンさんは、コルセアさんのことをものすごく尊敬してましたから!ムニンさんもまたここに来れたら、きっとすっごく喜ぶと思います!」
コルセアの言葉に、ニコニコ笑顔で答えるライト。
だが、コルセアの方は途端に顔を赤らめてゴニョゴニョと呟く。
「ぁー……その話は、先程レオニス殿からも聞いたのですが……その、ムニン殿は本当に、私の姿を模して人化の術を会得なされたので……?」
「はい!前回ここに来た時のレオ兄ちゃんとの稽古を見て、コルセアさんの剣士として戦う立派な姿にとても感銘を受けたって、ムニンさんがそう言ってました!」
「そうですか……私のことをそんな風に思っていただけるとは、本当に光栄の極みです」
ムニンがかつてコルセアを模した人化の術を披露した時の言葉を、隠すことなくそのままコルセアに伝えるライト。
ムニンはコルセア達が敬愛して止まない八咫烏。その八咫烏から『感銘を受けた』と言われたら、コルセアとて嬉しくないはずがない。
それまで照れ臭そうにしていたコルセア。真剣な眼差しでライトに言伝を頼む。
「ライト殿、ムニン殿にお会いしたら是非ともお伝えください。このコルセア、ムニン殿に恥じぬ剣士を目指すべく、これからも日々邁進していく、と」
「分かりました!」
ライトの両手をそっと握りしめ、ムニンへの言伝を伝えるコルセア。
思いを新たにするコルセアの姿に、アマロやレイフも嬉しそうに微笑みながらうんうん、と頷いている。
そうして各々別れの挨拶がひと通り済んだところで、ハンザがマキシの前に進み出た。
マキシの両肩には、ウルスとケリオンがちょこん、と留まっている。
今の時間は、午後九時を少し過ぎた頃。本来なら二羽ともカタポレンの森で寝ている時間なので、何だか少し眠たそうに見える。
「ウルス殿、ケリオン殿、そしてマキシ殿。遅くまで付き合わせてしまって申し訳ない」
「……いいえ、決してそんなことはないです!」
「そうですとも。ここまで我らを盛大に歓待してくださったこと、心より感謝申し上げる」
「ええ。我らが知らぬ人族の文化をまた一つ知ることができて、父様ともども感謝しております」
深々と頭を下げて謝意を表すハンザに、三羽とも感謝の意を示す。
するとここで、ウルスがマキシに向けてクイッ、と嘴で何かの合図を送った。
ウルスからの合図を受け取ったマキシが、上着のポケットから何かを取り出してハンザに差し出した。
「これは…………」
「はい、先程父から預かった、父の羽根です。こちらを去る前に、是非ともこれをハンザ殿に差し上げて友好の証としたい、と」
マキシがハンザに差し出したもの。それはウルスが宴会中に予め抜いておいた、自身の羽根だった。
濡鴉色と呼ばれる黒々とした美しい羽根に、ハンザの目は瞬時に釘付けになる。
「こ、こんな貴重なものをいただいて、本当によろしいのか……?」
「もちろん。父様自身それを強く望んでおられます。というか、受け取っていただけなければ困ります」
小刻みに震えながら手を伸ばすハンザに、マキシが苦笑いしながら答える。
確かにマキシの言う通りで、友好の証として差し出したものを突き返されたら、それは友誼を結ぶことを拒絶する以外の何物でもない。
もちろんハンザにそのような気はないので、畏れ多く思いながらもマキシの手からウルスの羽根を受け取った。
ハンザの大きな両手に負けない程の、ウルスの立派な羽根。
ピンとした張り艶があり、緩やかな流線型が何とも美しい。
恭しい手つきで羽根を持つハンザ、なおも感激の面持ちで呟く。
「おおお……このような素晴らしいものをいただけるとは……ウルス殿のお気持ち、確と受け取り申した。この羽根は我がパイレーツ家の家宝として、子々孫々まで伝えていきましょうぞ」
「父様、良かったですね、とても喜んでもらえましたよ」
濡鴉色の羽根をじっと見つめ続けるウルスに、マキシも嬉しそうにウルスに話しかける。
そしてウルスがハンザに向けて話しかけた。
「ハンザ殿。今日のこの善き出会いを、我は生涯忘れぬであろう」
「ウルス殿……」
「我らはこれからも、人族から様々なことを学ばねばならぬ。ウルス殿達とも善き友となれるよう、心から願っている」
「こちらこそ、ヴァイキング道場の皆様方の善き友として、日々精進いたします」
マキシの肩に留まったまま、その小さな翼を前に差し出すウルス。
それは、人族で言うところの握手を求めている仕草だ。
ウルスもそのことを瞬時に理解し、先程受け取ったウルスの羽根をコルセアに渡してから改めて右手を差し出す。
コルセアの親指と人差し指、そして中指の三本でウルスの翼の先端をそっと握る。
ヴァイキング道場当主ハンザ・パイレーツと八咫烏一族族長ウルス、両者の固い絆が結ばれた瞬間だった。
ヴァイキング道場での宴会を経ての、八咫烏一族とパイレーツ家の友好締結です。
本当は宴会のどんちゃん騒ぎも書きたかったんですが。これを書き始めるとまた長々というか丸々一話分くらい文字数嵩張るの必至なので省略。
だってー、特にバッカニアあたりが喋りだしたら絶対にレオニスやラウルに絡みまくりそうなんですものー><
何はともあれ、リアル日時で約二週間続いたホド訪問もこれにて完了です。
何だかんだ言いつつ、ヴァイキング道場一門のあれやこれやを書くのは作者としても結構楽しかったです( ´ω` )




