第1150話 名物トリオの勢揃い
ラウルとマキシ、グレイスが厨房で二回目、三回目のドングリクッキーを焼いていた頃。
主道場ではレオニス主導の稽古が続いていた。
この日は日曜日なので、ホド学院の初等部や中等部に通う子供達も大勢いた。
ハンザから全員参戦の指令が出たので、そうした子供達もとりあえずレオニスを取り囲む。
だがしかし、レオニスの方は成人前の子供達と真剣に仕合うつもりはない。万が一にも怪我をさせる訳にはいかないからだ。
レオニス v.s ヴァイキング道場一門の対戦が開始された直後、レオニスは軽く威圧を放つ。
それは殺気と呼ぶには少々威力が弱めだが、それでも剣術や対人戦に不慣れな未熟な子供達の行動を牽制するには十分だ。
レオニスの威圧を受けた子供達、瞬時に「ピエッ」と身体が小さく飛び跳ねた後その場で腰を抜かしてしまった。
腰が抜けて動けなくなった子供達を、周囲の門下生が急いで入口付近に運んで次々と退避させる。
そうして門下生の数がある程度減ってからが稽古の本番である。
一方、入口付近に続々と避難してきた子供達の介抱をするのは、先にレオニスと対戦して休憩中のバッカニアとハンザだ。
ハンザとバッカニアは、手分けして子供達に回復魔法をかけている。バッカニアは意識がしっかりしている軽症の子にヒールを、ハンザはそれよりぐったり気味の子にキュアヒールを施し続けた。
バッカニアは師範代以上の資格はないので、回復魔法でも一番低い初級のヒールしか使えないが、ハンザは最上級のフルキュアまで全て使えて当たり前である。
そして、ライトも本当なら何か手伝いをしたいところなのだが、さすがにここでBCOの職業システムで会得した回復スキルを使う訳にはいかない。
かといって、ポーションなどの回復薬を無償で配るというのも違う気がする。
何故なら今ライトの目の前で行われているのは、剣術道場での稽古。災害や事件事故での救助活動ならライトも出し惜しみしないが、そうした緊急時でもない道場の稽古で部外者の自分がしゃしゃり出るのも憚られた。
そうして悩みに悩んだライトが出した答えは『体力回復効果が得られる飴を配る!』であった。
回復剤そのものを配るよりは、ほぼおやつに等しい飴で気持ちを落ち着かせるくらいは許されるだろう、という目論見である。
早速ライトはアイテムリュックから飴の入った袋を取り出し、子供達に一個づつ配り始めた。
味はピーチ味とブドウ味の二種類あって、そこら辺は適当にランダムで配っている。
そんなライトを見たバッカニアが、ライトに声をかける。
「すまんなぁ、坊っちゃんにまでそんなことさせちまって」
「いえいえ、気にしないでください!ぼくが好きでやってることですから!」
「そっか……ならありがたく手伝ってもらおうか」
「はい!」
ライトの好意を素直に受け取るバッカニア。
もともとこの子供達は、レオニスの威圧を受けてこうなったのだ。ライトがその尻拭いをしても罰は当たるまい。
そうして子供達の手当てを一通り終えた後、バッカニアがハンザに向かって声をかけた。
「親父、せっかくだから今のうちにスパイキーとヨーキャも呼んでくるわ」
「おお、それはいい。スパイキーもヨーキャも、レオニス君に会えれば喜ぶだろう」
「そゆこと。じゃ、俺はすぐに出かけるから、坊っちゃんもここで待っててくれ」
「分かりました!いってらっしゃい!」
ライトにも声をかけたバッカニア、すくっ、と立ち主道場を出ていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
バッカニアがヴァイキング道場を出てから、十分くらい経った頃。
スパイキーとヨーキャがバッカニアとともに主道場に入ってきた。
バッカニアに連れられてきた二人は、まず真っ先にハンザに挨拶をする。
「ハンザ先生、お久しぶりです!」
「ハンザ先生、お元気そうで何よりです……キシシ」
「おお!スパイキーもヨーキャも、二人ともよく来てくれた!いつもうちのバッカニアが世話になっているな!」
「いえ、そんな!俺達の方こそ、バッカニアの兄貴にはいつも世話になりっぱなしです!」
「うんうん、バッカ兄はとっても頼りがいのあるリーダーだからね!ウキョキョ」
「お、お前ら……俺を煽てたって、何も出ねぇからな?」
ハンザと久しぶりに顔を合わせたスパイキーとヨーキャ。
一応二人ともしゃんと背を伸ばし、恩師であるハンザに礼儀正しく接している。
ちなみに今回のホド帰郷の間、スパイキーは実家の花屋の手伝いを、ヨーキャは週に二回のペースで冒険者ギルドで簡単な依頼を単独で受けていた。
今日も二人とも実家に滞在していたので、こんなに早くヴァイキング道場に駆けつけることができたのだ。
そして、ハンザに挨拶をし終えたスパイキーとヨーキャがライトのもとにも来た。
「おお、坊っちゃんもホドに来てたんだな!」
「はい!スパイキーさんもヨーキャさんも、お久しぶりです!」
「てゆか、レオニス君についてきたの? の?」
「はい、今日は皆でホドに遊びにきたようなもんなんですが……この通り、レオ兄ちゃんはここでの稽古に夢中でして……」
スパイキー達との再会に喜ぶライトに、スパイキーとヨーキャもまた嬉しそうに破顔する。
そしてライトがふいっ、と移した視線の先を、スパイキーとヨーキャも見遣る。
三人の視線の先には、コルセア以下師範を含む多数の門下生達と戯れるレオニスの姿があった。
「ぁー……レオさん、すっごく楽しそうだなぁ……」
「楽しそうどころか、すんげー生き生きとしてるヨね……ウヒョヒョ☆」
数多の門下生達と存分に渡り合いつつ、その間ずっと口角が上がりっぱなしのレオニス。実に狂気じみた笑いに満ちているが、こうして多人数で戦えることを心から楽しんでいるだけである。
そんなレオニスの多対一での戦いっぷりに、バッカニアがほとほと呆れつつ呟く。
「ったく……全力の俺と戦った後だってのに、まーだあんなに戦えるとか、レオニスの旦那の底無しの体力には恐れ入るぜ」
「え、何、バッカニアの兄貴、レオさんと全力で戦ったのか?」
「おう、こないだの氷蟹狩りツアーの礼代わりにな。久々にちぃとばかり全力で戦ったぜ」
「ぁー、確かにボク達、こないだレオニス君にたくさん奢ってもらったもんねぇー、クフフ」
レオニスの無尽蔵の体力に半ば呆れるバッカニアと、そのバッカニアがレオニスと全力で戦ったことを聞いて驚くスパイキーとヨーキャ。
二人とも、バッカニアに『今レオニスの旦那がうちの道場に来てるから、とりあえずお前らも来い!』とだけ言われて急ぎついてきたので、レオニスとバッカニアの勝負云々の話はまだ聞いていなかったのだ。
「で? バッカニアの兄貴、レオさんに勝てたのか?」
「今の俺の腕で、レオニスの旦那に勝てる訳ねぇだろ」
「だよなー」「だよねー」
「お前らね……そこは少しくらい俺に賭けてくれてもいいんだぞ?」
気になる勝負の行方の顛末を知ったスパイキー達。
超納得!とばかりに首を激しく縦に振っている。
そんな二人のあからさまな態度に、バッカニアは不服そうに不貞腐れていた。
そしてここで、ハンザがバッカニア達に声をかける。
「バッカニア、スパイキー、ヨーキャ。お前達もレオニス君の戦いをよく見ておけ。彼は常人の範疇に収まる人間ではないが……それでも彼の戦いぶりをつぶさに見て観察することは、お前達の冒険者としての今後に大いに役立つ日が来るだろう」
「「「…………」」」
静かに語るハンザの言葉に、バッカニア達三人は無言でレオニスの方を見つめる。
ハンザが言う通り、現役金剛級冒険者レオニスは全てにおいて尋常ではない力を持つ。
無尽蔵にも思えるスタミナはもちろんのこと、各種魔法を操る魔力、他者からの攻撃に対する防御力や反射神経、何から何まで規格外。
今のバッカニア達にとってレオニスは、まさに雲の上よりもさらに上の大気圏外にいるような人物だった。
しかし、だからといってバッカニア達が今の位置に甘んじてていい理由にはならない。特に冒険者なんて、日々の努力を怠り慢心したらすぐに大怪我を負ってしまう。
それに、ハンザは知っている。レオニスがどんな時でも向上心を忘れずに努力する人間であることを。
そう、レオニスだって決して楽して今の地位を築いた訳ではない。そこには血の滲むような努力の積み重ねがあり、弛まぬ研鑽の末に辿り着いた境地なのだ。
ハンザはバッカニア達に『どんなに遠い道のりであろうとも、はるかなる高みを目指して邁進せよ』と暗に言っていた。
実の父親、そして恩師の言葉に、その後バッカニア達は真剣にレオニスの稽古をじっと見続けていた。
場面は再び主道場に戻り、レオニス以外の人々とスパイキー&ヨーキャの再登場です。
バッカニアといえば『天翔るビコルヌ』、『天翔るビコルヌ』といえばバッカニア&スパイキー&ヨーキャのトリオですよね!゜.+(・∀・)+.゜
バッカニアが出てきてスパイキーとヨーキャが出てこないなんて、作者的には絶対にあり得なーい!てことで、バッカニアを扱き使ゲフンゲフン、リーダーに働いてもらって呼び寄せた次第です(^ω^)




