第1135話 砂の女王の手がかり探し
「ふむ、属性の女王に関する資料を探しているのですか」
「はい。ぼくは全く知らなかったんですが、レオ兄ちゃんから『ノーヴェ砂漠には砂の女王がいる』と聞いたんです」
「砂の女王、ですか……その手の書籍は二階にあるので、とりあえず上に行きましょうか」
「はい」
グライフの案内で、スレイド書肆の二階に向かうライト。
二階に着いたグライフは、奥の書棚に向かって一直線に進んでいく。
迷うことなく歩いていくあたり、グライフはどこにどんな本が置いてあるかを全て把握しているようだ。さすがは書物の守護者と呼ばれるスレイド一族の一員である。
そして目当ての場所に辿り着いたグライフ。しばし目線を上下左右に動かし、目的の書物を見つけた。
標的を定めたグライフが、徐に手を伸ばしその書物を書棚からそっと取り出す。
その本の表紙に書かれたタイトルは『世界不可思議発見!属性の女王達の神秘!』。前の日の晩にレオニスが話していたのと全く同じものである。
「この本のことですかね」
「そうですそうです!昨日レオ兄ちゃんが言ってた本です!」
「確かに属性の女王のことを書いた本は、他にもいくつかありますが。砂の女王について言及しているのは、この本だけだったはず」
ライトに確認を取ったグライフ。
手に取った本をパラパラと捲りながら、ざっと目を通している。
そんなグライフの優雅な所作に、ライトが惚れ惚れとした眼差しでグライフを見つめている。
「グライフ、すごいですね……このお店にある全ての本の内容を記憶しているんですか?」
「もちろん。スレイドの者であれば、それくらいはできて当然のことです」
「はぇー……ホント、すっごい……」
本に目を落としたまま、縁なし眼鏡をクイッ、と位置直ししつつ事も無げに答えるグライフ。知性に満ちたその仕草の、何たる格好良さよ。
普段から脳筋族に囲まれ、なおかつ自身もかなり脳筋寄りのライトの目には、グライフが世界屈指の大賢者のように映る。
もっとも、そんなグライフのジョブは【剛掌穿爪拳士】というゴリッゴリの拳士職なのだが。
「ライトもこの本に目を通してみますか?」
「あ、はい!」
「ここに砂の女王に関する記述がありますよ」
「ありがとうございます」
グライフのありがたい提案に、ライトは速攻で乗る。
ライトは本を受け取り、グライフが開いておいてくれたページに目を落とす。
そこには、以下のような記述があった。
『砂の女王とは、その名の通り砂地を支配するノーヴェ砂漠の女王』
『彼女はノーヴェ砂漠の中にあるという、砂の嵐に隠された巨大な城に住んでいる』
『その所在地は定かではなく、巨城は常に移動し続けていて誰にも見つけることはできない』
『もしノーヴェ砂漠の中で運良く砂の巨城と遭遇したとしても、その次の日に再びお目にかかることはないだろう』
砂の女王が住むという巨城。
それはノーヴェ砂漠にあって、まるで蜃気楼のように神出鬼没な存在。
これまでライトが出会ってきたどの女王達よりも、はるかに難易度が高く会うだけでも相当難儀しそうだ。
「これは……砂の女王様に会うどころか、居場所の城を見つけるだけでもかなり厳しそうですね……」
「その住処は、何しろあのノーヴェ砂漠ですからねぇ……砂の女王に関する記述、これ自体がほとんどないのも場所柄無理からぬことです」
「ですよね……」
もちろんライトだって、これらのことを全く予想していなかった訳ではない。むしろ『砂の女王』というからには、その住処はノーヴェ砂漠以外にあり得ないだろうな、と思っていた。
しかし、こうして書物として他者からの視点で語られた観察を目の当たりにすると、その厳しさが嫌という程ライトに伸しかかる。
これがせめて他の神殿のように定位置にいてくれたら、ノーヴェ砂漠の中であってもまだ探しようもあるのだが。
その巨城は、普段から『砂の嵐に隠された』上に『常に移動し続けている』というではないか。
これでは、巨城を見つけたから一旦休憩!という訳にもいかない。
少し目を離した隙に、次の瞬間にはもうはるか遠くに去ってしまった!なんてこともあり得る。
属性の女王の最後の一人、砂の女王のもとに辿り着くには一筋縄ではいかなさそうだ―――ライトは内心で戦慄していた。
険しい顔をしながら本を見つめ続けるライト。
深刻そうな顔で悩んでいるライトに、横にいたグライフが静かに語りかけた。
「ライトは、その砂の女王に会いたいのですか?」
「はい。ぼくとレオ兄ちゃんは、全ての属性の女王の安否を確認しなきゃいけないんです。これまでたくさんの女王様達に会ってきて、まだ会っていないのが砂の女王様だけなんです」
「そうでしたか……相変わらずレオニスは、無謀としか思えないことをしているのですねぇ」
ライトの話に、グライフが諦観を帯びたため息をつく。
グライフはレオニスとも付き合いが長いので、昔から続く様々な出来事を知り尽くしているが故のため息なのだろう。
そしてライトは、本を捲って次のページに移動した。
だが、次のページには地の女王に関する記述になっていて、砂の女王のことには全く触れられていなかった。
砂の女王に関する情報は、どうやら前のページだけのようだ。
知りたかった情報を全て得たライトは、本をそっと閉じた。
そしてふと目に入った表紙の下には、作者と思しき名が書かれてあった。
その作者の名は『ヴァレィ=リア・ペンテネス』。
レオニスによると、かつてライトがレオニスの書斎で見た謎のオカルト本『世界不可思議発見!呪われた遺跡大特集!』もこの著者が書いた本だという。
その名を見たライトの頭の中に、紺地に黄色の星柄ナイトキャップを被りながら殷紅色のローブを纏う、とあるうら若き魔女の姿が思い浮かぶ。
『ンー……なーんかどっかで聞いたような名だけど……まさか、ね』
ライトは疑念を振り払うべく、頭を思いっきり横にブンブン!と振りながら、頭の中に突如湧いて出てきた某魔女を追い払う。
ライトの脳内を追い出されかけた某魔女が、振り払われまいと必死に抵抗していたような気がするが。多分気のせいだろう。キニシナイ!
そしてライトは手に持っていた本をそっと閉じ、グライフに向けて差し出した。
「こんな貴重な本を見せてくれて、ありがとうございました」
「どういたしまして。この本はお役に立てましたか?」
「もちろんです!近いうちに砂の女王様に会うために、今日ここで教えてもらったことをレオ兄ちゃんともよく話し合えますから!」
「そうですか、それはよかった」
ライトが返した本を、グライフは静かに微笑みながら受け取る。
そしてグライフは、その本を書棚にあった元の位置に戻した。
用事を終えた二人は、階段を下りて一階に移動する。
店の入口に立ったライトは、改めてグライフの方に向き直った。
「ではぼくは、そろそろ帰りますね」
「気をつけてお帰りくださいね」
「ありがとうございます。ではまた!」
ライトが店の扉の取っ手を持ち、扉を開きかけて一旦その手を止めた。
そして後ろを振り返り、グライフに再度声をかけた。
「今年ぼくの誕生日が来て、ぼくも正式に冒険者登録したら……その時はグライフもいっしょに、ぼくと冒険に出ましょうね!」
「もちろんですとも。私もそれまでに、今以上に動けるようさらに鍛え直しておきましょう」
「約束ですよ!」
「ええ、約束ですとも」
ニカッ!と笑うライトの眩しい笑顔に、グライフもまたニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる。
グライフはライトの実力を一度も目にしたことがないので、その実力の程を全く知らない。
だが、ライトはあのレオニスが養育している子供。そんなライトが、そこら辺にいるようなただの子供である訳がない、とも思っていた。
グライフはレオニスとも懇意の凄腕冒険者。一時期引退していたとはいえ、冒険者登録したばかりのライトに冒険者の大先輩として負けてなどいられない。
彼が浮かべた不敵な笑みは、ライトに負けないぞ、という決意の裏返しでもあった。
「八月の十二日を楽しみにしていますよ」
「はい!その前にも、もし機会があったら今度はグライフの冒険話を聞かせてくださいね!」
「ええ、いいですとも。いくらでも聞かせてあげましょう」
「ヤッター!では、また来ますね!さようなら!」
「さようなら」
店の扉を開けて、グライフに別れを告げて帰路に就くライト。
空は茜色に染まり、ライトが駆けていく方向には赤い夕日が燦々と輝いている。
逆光の中駆けていくライトの背中を、グライフは夕陽をいっぱいに浴びながら眩しい思いで見送っていた。
前話に続き、スレイド書肆での手がかり探しです。
あー、グライフが本当に書肆の店主しててカッコいいー。
そう、グライフって本来は本屋の店主で、普段はとてもスマートでカッコいい紳士なんですよね!(`・ω・´) ←さすがに作者自身もすっかり忘れかけてた、とは言えない……
そして、砂の女王とその住処である巨城の手がかりの一つ、『砂の嵐に隠された』云々。
これはまぁ、まんま某バ○ル2世のアレですね(´^ω^`)
でもって、一つ所には留まらず常に四六時中動き続けているので、イメージ的には『バ○ルの塔+ハ○ルの動く城』な感じ?(゜ω゜)
とはいえ、さすがに動く城のような鳥の脚もどきを何本も生やす予定は全くありませんが(´^ω^`)




