第1122話 逸る炎の女王
その後ライト達は、エリトナ山山頂でラウルの紹介などをしながらお茶会を楽しんでいた。
「火の女王様、こちらにいるのはラウルといって、ぼく達の大事な家族です。ささ、ラウル、自己紹介して!」
「火の女王、お初にお目にかかる。俺の名はラウル、もとはカタポレンの森のプーリア族という妖精だが、今は人里でレオニスやライトとともに暮らしている。今後ともよろしく頼む」
『ほう、妖精とな。このエリトナ山には妖精はおらんので、妾であっても初めて見るわ。こちらこそよしなに頼む』
ライトに促され、火の女王に向けて自己紹介をするラウル。
このエリトナ山に妖精がいないというのは初耳だが、ゴツい岩肌が広がる活火山では妖精の住むような場所もないのだろう。
そしてここで炎の女王が、火の女王にラウルに関する情報を補足をする。
『姉様、この者は木から生まれた妖精なのだそうです』
『何!? 木から生まれし者が、妾達火の姉妹に謁見を申し出たというのか!?』
『はい。その勇敢なる心意気には、妾も感服いたしました』
炎の女王からもたらされた衝撃の事実に、火の女王が心底驚愕している。
そして火の女王は思わずラウルの顔をまじまじと見つめながら問うた。
『ラウルとやら。其方にとって妾達は、地獄からの使者にも等しかろうに……何故そこまでして妾達の加護を欲するのだ?』
「そりゃもちろん。今の俺には、守りたい者達がたくさんいるからだ」
『己が身を焼き滅ぼすことになっても、か?』
「ああ。どれ程キツかろうと、何が何でも制御してみせるさ」
火の女王からの問いかけに、ラウルは事も無げに答える。
その自信は一体どこから来るのか。火の女王にはさっぱり分からない。
そんな火の女王に、ラウルはニヤリ……と不敵な笑みを浮かべながら手の内を明かす。
「そもそも俺は、もう既に火を使いこなしている。料理をするには、火を使わないことには始まらないからな!」
「そうですよ!今女王様達が食べている美味しいお菓子だって、全部ラウルが火を使って焼き上げたものなんですから!ね、レオ兄ちゃん!」
「ああ。こいつは木から生まれた妖精だが、料理したさにド根性で火への恐怖を克服したやつだ。さすがに炎の洞窟の中に入るのはキツかったようだが、それでも何とか自分の足で炎の女王の前まで辿り着いた実績もある」
『ほう、この美味しいものは全て其方が作っておったのか……』
ラウルを擁護するライトとレオニスの言葉に、火の女王も感心しきりといった様子でラウルを見ている。
そして柔らかな笑みとともに、ラウルに向けて優しい口調で語りかけた。
『良かろう。我が妹やレオニス、そしてライトまでこの者の実力を認めているなら、我も認めねばなるまい』
「じゃあ、俺にも火の女王の加護を授けてもらえるのか?」
『ああ。妾達を忌避せぬ木の精など、世界広しと言えど其方しかおるまい。そのような、物珍しくも勇敢なる者の願い……叶えるに十分に値する』
「ありがとう!恩に着る!」
火の女王の加護が得られることが確定したラウル、嬉しそうに火の女王に礼を言う。
そして火の女王は仄かに青白く光る手で、ラウルの右頬をそっと撫でた。
『妾が加護を得るに相応しき者よ……今ここに、火の女王の加護を授けよう』
火の女王に撫でられた右頬から、より強力な火の力が宿りだしているのがラウルにも分かる。
しかし、ラウルの中に火の女王が言うような『身の内から焼き尽くされる』ような感覚は全くない。むしろ、炎の女王から先にもらった炎の女王の加護をさらにパワーアップさせてくれるような、とても心強い気分に満たされていた。
「……火の女王、改めて礼を言う。俺の願いを叶えてくれてありがとう」
『何の。其方とはこうして直に会う前から、ライト達が振る舞ってくれる様々な美味しいものをご馳走になっていたからな。これだけ美味なるものを生み出せるその腕は、まさに値千金。其方はその腕を誇ってよいし、これからますます精進するが良い』
「ああ、任せとけ。これからも皆に美味しいご馳走を振る舞うと誓おう」
炎の女王の加護に続き、火の女王の加護まで得ることに成功したラウル。
ラウルの料理一筋な姿勢が、火の姉妹達にも正しく評価されたと言っても過言ではない。
ライト達を介して友誼を結んだ二者は、どちらからともなく自然に手を差し出し、固い握手を交わしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そしてエリトナ山頂上は、再び和やかな茶会に戻る。
火の女王はガトーショコラ、炎の女王は苺のタルトを頬張っている。
その度に火の姉妹は『ンー、何という美味……』『天にも昇る心地とは、まさにこのこと……』等々、口々に大絶賛している。
そして新しいスイーツを手に取る度に、朱雀にも分け与えていたのだが―――
『……のう、妹よ。この朱雀様、何やら大きくなっておらんか?』
『そうですね……そう言われてみれば、ここに来た時よりも大きくなっている気が……』
敷物の上、火の女王と炎の女王の間に陣取っている朱雀。
ご機嫌な様子でスイーツを食べている朱雀を、火の姉妹がまじまじと眺めながら呟く。
どこからどう見ても、朱雀の身体が一回り以上大きくなっているように思えてならないのだ。
実際彼女達のその所感は当たっている。
炎の洞窟にいた時の朱雀は、炎の女王の胸にすっぽりと収まる程度の大きさだったのだが、今は両腕でガッツリ抱え込まなければならないくらいの大きさになっていた。
そのことに驚いている火の姉妹に、ライトが真っ先に説明を始めた。
「あ、朱雀が大きくなってるのはホントですよー。他の神殿守護神達も、美味しいものを食べると成長してますもん」
『何ッ!? それは真かッ!?』
「はい。さっきも守護神達への食べ物に関してお話ししましたけど、湖底神殿のアクアは住処の目覚めの湖にある魚や貝を食べてどんどん大きくなってるし、天空神殿のグリンちゃんや雷光神殿のヴィーちゃんもたくさん野菜を食べて、モリモリ成長してますし」
ライトの説明を聞いた火の姉妹、特に炎の女王が食いつくようにしてライトに問うた。
『な、ならば、朱雀様にももっとたくさんの食物を食べていただければ、より早く大きくなられるのか?』
「多分というか、絶対にそうだと思いますよ? 他の神殿守護神だってそうなんですから、朱雀だけそうならないってことはないはず」
『『…………』』
思いもよらぬライトの話に、火の姉妹はしばし呆然とする。
それまで朱雀の成長が遅いとは決して思っていなかったが、それでも今こうして目の前でモリモリと身体が成長する朱雀を目の当たりにしてかなり驚愕している。
そしていち早く我に返った炎の女王が、朱雀の身体をガシッ!と両手で鷲掴みにした。
『……朱雀様ッ!もっとたくさん食べて、もっともっと大きくなってくださいまし!』
「ピギョッ!?」
『朱雀様、おかわりはどれがよろしいですか!? シュークリーム? それともブラウニーですかッ!?』
「ピギョ……」
突然ものすごい勢いで朱雀に迫る炎の女王。
そのあまりの剣幕に、朱雀は半ば白目を剥きながらプルプルと震えている。
その様子を見たレオニスが、慌てて炎の女王を止めに入った。
「お、おいおい、炎の女王、そんな急に食え食え言ってどうする、朱雀が怯えてるじゃねぇか」
『……ハッ!!す、朱雀様、申し訳ございません……』
「ピィ……」
レオニスに止められた炎の女王、再び我に返り朱雀に謝った。
それまで涙目だった朱雀も、炎の女王の素直な謝罪を受け入れて翼の先端で炎の女王の頬を撫でる。
その様子を見ていた火の女王が、苦笑しつつ炎の女王に声をかける。
『まぁな、朱雀様により立派な守護神になっていただきたいという其方の気持ちは、分からんでもないがな』
『はい……朱雀様に一日でも早く大きくなってほしいと思うあまり、無理難題を申しました……朱雀様、愚かな妾をお許しください……』
「ピッ!」
申し訳なさそうに再び謝る炎の女王に、朱雀は両翼を高く掲げながら応える。
それはまるで朱雀が『大丈夫!許す!』と言っているようだ。
何とか和解できた炎の女王と朱雀を見て、ライト達は安堵した。
そしてここで、場の空気を変えるためか火の女王が別の話題を切り出してきた。
『……ああ、そうだ。ライトにレオニス、其方達に一つ聞きたいことがあったのだが』
「ン? 何だ?」
『先程から気になっていたのだが……其方達、『湖底神殿のアクア』とか『暗黒神殿のココ』とか言うておったよな?』
「ああ。……それがどうかしたのか?」
『もしかして……他の守護神達には、種族名とは違う固有の名を持っておるのか?』
火の女王が、さっきからずっと感じていた疑問。
それは『神殿守護神に、種族名以外の名があるのかどうか』ということだった。
ラウルの火の女王の加護ゲットだぜ!&お茶会の諸々の様子です。
この日のライト達の主な目的である加護ゲットミッション、二件目も無事達成ですね(・∀・)
ラウルにとって弱点属性の一つである火。これをもはや完全克服したと言っても差し支えない成果は、今後のラウルにさらなる飛躍をもたらすことでしょう。
万能執事の進化は、とどまることを知らないのです(^ω^)
そして、サブタイにもなっている炎の女王の逸る気持ち。
まぁこれはね、前話にも書いた通り火属性の住処には食物となるものが基本ないので、朱雀の成長が遅いのも無理はないんですよねー。ここら辺は第1056話で語られた、氷の洞窟の玄武と同じですね(゜ω゜)
リアル食物を摂れば成長できるというのは、食環境さえ整っていればチート級の成長を遂げられるのですが。その環境にない者には不利なんですよねぇ。
それはもうひとえに各属性の特性に大きく左右されるので、その調整が何とも難しいところなのです……




