第1121話 朱雀と火の女王
エリトナ山のマグマから出て、火口から少し離れた場所に移動したライト達。
火口付近なのでゴツゴツとした荒地が広がるが、敷物の一枚二枚広げる場所さえあればいい。
ライト達はここ、と思った場所に敷物を二枚ぴったりとくっつけて敷いて、そこに火の女王と炎の女王を招いた。
「火の女王様、炎の女王様、どうぞ好きなところにお座りください!」
『おお、ではお邪魔しようぞ』
『妾は姉様のお隣に座れるならばどこでも』
ライトが火の姉妹を敷物に招いている間に、レオニスとラウルがお茶菓子と飲み物の用意をしている。
そうして一通りの準備ができたところで、まず火の女王からライト達に話しかけた。
『して、今日は何用があって参ったのだ?』
「あー……俺達の用事より先に、炎の女王の方の用を先に聞いてやってくれないか?」
『ほう、我が妹の用事、とな?』
レオニスの言葉を聞いた火の女王が、炎の女王の方を改めて見る。
もちろん炎の女王の肩には、今この時も小さな朱雀がちょこんと乗っかっている。
炎の女王の用事とは、きっとそれであろうな……という予想は火の女王にもつく。
だがそこは、炎の女王からの言葉を待つべきだ―――という思いで、火の女王は敢えて自ら聞きはしなかった。
そしてレオニスから話を振られた炎の女王が、神妙な面持ちで火の女王に向かって話しかける。
『火の姉様、改めてご紹介させていただきます。妾の肩におられるは朱雀様、炎の洞窟が守護神にございます』
『おお!其方の炎の洞窟にも守護神が誕生した、とは聞いておったが……その肩におられる朱雀様が、其方の守護神であらせられるのだな!』
『はい。朱雀様は先の夏に生まれたばかりですが、そろそろ火の姉様にも朱雀様を直にお見せいたしたく……今日はレオニス達とともに罷り越した次第です』
『そうかそうか!朱雀様にお会いできるとは、何という誉れぞ!』
炎の女王から正式に朱雀を紹介された火の女王、とても上機嫌で大喜びしている。
エリトナ山にガンヅェラがいるように、属性の女王のもとには必ず対となる神殿守護神が存在する。
火の女王自身は炎の洞窟の事情を知る由もないが、これまで炎の女王の口から守護神の話は出たことがなかった。
このことから、炎の洞窟は守護神がまだ存在していないであろうことを火の女王も察していた。
火の女王の望外の喜びように、炎の女王も感極まったように呟く。
『おかげさまで、ようやく妾のところにも守護神が来てくださいました……』
『そうだな。炎の洞窟に朱雀様をお迎えできたとは、実に目出度きことぞ!これで炎の洞窟はますます安泰だな!』
『朱雀様、こちらに御座すは妾の姉上、火の女王にございます。朱雀様からも火の姉様に、お声をかけていただけますか?』
「ピィッ!」
炎の女王の願いを受け、朱雀が炎の女王の肩から飛び立ち火の女王の腕に移動した。
そして火の女王の腕をトトト……伝い、肩に向かって上っていく朱雀。
そんな朱雀を見て、火の女王が目を大きく見開きながら感嘆している。
『おお、何と賢き守護神か!朱雀様、妾は火の女王、火属性の頂点にして炎の女王の姉にございます。以後お見知りおきくだされ』
「クルルル♪」
『はぁぁぁぁ……まこと愛らしい御方よのぅ……』
朱雀はあっという間に火の女王の肩に留まり、挨拶代わりの頬ずりをする。
ふっくらとしたまん丸体型の雛である朱雀。そんな朱雀が繰り出す頬ずりの、何と愛らしくも破壊力抜群なことよ。
そのあざと可愛い仕草に、火の女王もすっかりイチコロのメロメロである。
このエリトナ山にもガンヅェラという守護神はいるが、普段はずっと寝てばかりで会話もなければ触れ合うこともない。
ガンヅェラがその大半を寝て過ごすのは、火の女王も納得の上のことだから仕方がない。ガンヅェラが一度目を覚ませば、地上は火の海に呑み込まれてしまうのだから。
だが、頭ではそれを理解していて納得できていても、寂しく思うことが全くない訳ではない。
その証拠に、普段の火の女王はガンヅェラのすぐ傍にいて、時折ガンヅェラが呟く寝言を聞いては楽しそうに相槌を打っている。
そんな彼女にとって、炎の女王が連れてきた朱雀は本当に可愛くて仕方がないようだ。
朱雀は彼女達と同じ火属性で四神の一柱。それだけではく、可愛い妹分がようやく迎えた念願の守護神ということもあり、火の女王が朱雀を愛おしく思う気持ちは一入強いのである。
火の女王と朱雀の和やかな初対面に、炎の女王はもちろんのことライト達も嬉しそうにそのやり取りを眺めていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
火の女王と朱雀の対面が無事できたところで、機を見たレオニスが皆に向かって声をかける。
「さ、火の女王と朱雀の顔合わせも無事できたことだし。そろそろおやつにしようか」
『おお、それはいいな!……って、其方達の用事は後回しでいいのか?』
「それはまぁ、おやつを食いながら説明するから問題ない」
『そうか、ならば早速お茶会?といこうか』
レオニスのおやつタイム宣言に、火の女王が嬉しそうに破顔する。
一応レオニス達の用事に対しても気遣いしていたが、お茶会をしながらでの会話でもOK!とレオニスから聞き、早々に合掌している。
他の面々も火の女王に続き、合掌をしながら挨拶をする。
「「「『『いッただッきまーーーす!』』」」」
ライトやレオニス、ラウルだけでなく、火の姉妹達まで合掌とともに食事の挨拶をする。
もはや全く疑うことなく、人族の習慣を受け入れる火の姉妹。二人ともこの後に美味しいものが食べられることを知っているので、それはもうニッコニコの笑顔である。
ここでは火の姉妹は自分の食べたいものを指差し、それをライトが取って姉妹に手渡す方式だ。
火の女王はシュークリームを指し、炎の女王はブラウニーを指した。
それをライトがいそいそと手に取り、恭しく手渡す。
『レオニス達が持ってきてくれるものは、いつも美味しいのう』
『本当にそうですね……妾達精霊の力では、到底成し得ないものばかりです』
人族の食べ物に舌鼓を打つ火の姉妹。
するとここで、ふと火の女王が炎の女王に問いかけた。
『ところで、朱雀様はこのしゅーくりーむ?や、ぶらうにー?を食べてもよいのか?』
『さぁ……炎の洞窟にはこのような食べ物はないので、朱雀様に何かを食べさせたことは一度もございません』
『そうなのか……ライトにレオニス、其方達はそこら辺のことは分かるか?』
火の女王の問いかけに、炎の女王は答えに詰まる。
実際火属性の女王やその住処には、食べ物として摂取できるようなものは基本的に存在しない。
あるとしたらそこに出没する魔物類くらいだが、神殿守護神がそうした魔物を自ら食べにいくことはない。
そもそも属性の女王の傍にいれば、彼女達が自然に放つ良質の魔力を取り込むだけでも成長できるのだ。
しかし、火の女王としては朱雀ともお茶会を楽しみたい。
せっかく美味しい食べ物が目の前にたくさんあるのだから、朱雀もいっしょに楽しいひと時を過ごしてもらいたい―――火の女王がそう考えるのも自然の流れだった。
明確に答えられない炎の女王に代わり、今度はライト達に向かって質問する火の女王。
その問いかけに、まずレオニスが答えた。
「普通に食べることはできるぞ? 湖底神殿のアクアや暗黒神殿のココもいろいろ食べてるし」
「うん、そうだよねー。天空神殿のグリンちゃんや雷光神殿のヴィーちゃんも、お菓子を食べさせたことはないけど野菜はすっごく好きだし」
『そうか!ならば朱雀様も、ここにある食べ物を食べても大丈夫そうだな!』
レオニスとライトの答えに、火の女王が安堵したように喜んでいる。
そして早速ライトから新しいシュークリームを受け取り、さらにはそれを炎の女王に渡した。
これは、朱雀が生まれて初めて何かを食べる、その一口目を与える役目は炎の女王以外にいない、という思いから取った行動である。
『妹よ、是非とも朱雀様にも美味しいものを食べていただこうではないか』
『そうですね、朱雀様にも妾達が感じる思いを知っていただきたいですものね』
姉の意図を汲んだ炎の女王。
受け取ったシュークリームを、火の女王の肩にいる朱雀の口元に持っていった。
『朱雀様、これはしゅーくりーむという美味なる品にございます。よろしければ、是非ともお食べくださいませ』
「ピ? ピィ♪」
炎の女王の勧めに、朱雀は一瞬だけ小首を傾げた後すぐにシュークリームを啄んだ。
炎の洞窟で神殿守護神として生まれた朱雀のお食い初め?が実現した瞬間だった。
火の女王と朱雀の初のご対面&お茶会です。
彼女達属性の女王は、基本的に他の属性の女王の神殿守護神と会うことはありません。
それは別に禁忌とかではなく、ただ単に他の属性の女王の本拠地に出向く機会など滅多にないというだけの話なのですが。
しかしそれは必然的に、他所の神殿守護神に会う機会もほぼないということにも繋がる訳です。
でもって、火の女王からしたら、朱雀は可愛い妹分である炎の女王の大事な守護神。
言ってみれば身内中の身内みたいなもんで、何なら甥っ子とか孫を愛でるような感覚に近いかもしれませんね(・∀・)




