第1104話 思わぬ邂逅
作者の体調不良により、急遽三日間のお休みをいただきありがとうございました。
体調も何とか元通りになりましたので、予定通り本日から連載再開いたします。
元旦翌日、三が日の二日目。
この日は朝早くから、とある店に並ぶべく四人で向かっていた。
そのとある店とは【Love the Palen】二号店。言わずと知れたあの超有名スイーツ店の初の二号店であり、去年の十二月一日にオープンしたばかりで超話題沸騰中の店である。
場所はゴールドパレス街という、高級志向の店が集う商店街にある。
このゴールドパレス街は、本店のあるヨンマルシェ市場から見てラグナ宮殿の向こう側、つまり真反対に位置する。
本店が貴族平民問わず買いに行ける場所ならば、この二号店は間違いなく貴族向け―――かと思いきや、基本的には商品ラインナップは本店と変わらないらしい。
そして何故四人勢揃いで買いに出かけるのか?といえば、いくつかの理由がある。
それはまず、お年賀の挨拶の手土産を買うため。
もちろんラウルのスイーツも立派なお年賀向けにはなるのだが、新年の挨拶くらいは他所の有名ブランド品を持っていくのもいいだろう、という考えからだ。
そして二つ目の理由、【Love the Palen】の年賀セットは『お一人様につき一点のみ』となっているので、今動員できる最大人数の四人で四セットを買うためである。
そう、超有名人気店の品を入手するにはそれなりの労力が要るのである。
そうして初めて向かうゴールドパレス街の道すがら、ライト達は様々な会話をしていた。
「マスターパレンの話では、ずっと前から貴族達に『我々がもっと買いやすい場所に、是非とも【Love the Palen】を出店してくれ!』ってあちこちで散々言われまくってたらしくてなぁ。それに折れる形というか、『身分問わず全ての人達が等しくスイーツを買えるように』と願っての二号店出店らしい」
「へー、マスターパレンさんがオーナーでもないのに大変だねぇ」
「全くだ」
レオニスが語る【Love the Palen】の諸事情。
冒険者ギルド総本部マスターのパレンは、【Love the Palen】のオーナーの父。つまり直接の経営者ではないのだが、その最も近しい縁者ということで何かと要望を持ちかけられるのだという。
ラグナ宮殿に出向いた時などは、必ずといっていい程廊下ですれ違う貴族達に熱烈なラブコールをされるとか。有名な人や店と繋がりのある者あるある話である。
レオニスもパレンに様々な報告や相談をする機会がある度に、時折そうした話を聞いていた。
そんなライト達の話に、ラウルやマキシは若干呆れたような声で所感を述べる。
「そんなもん、普通にヨンマルシェ市場の本店に買いに行けばいいだけなのに。つーか、そもそも貴族の買い物なんて、家来を店に遣わせてそいつに買わせるだけだろ? 自分が金持ってその足で買いに行く訳でもねぇのに、何でわざわざゴールドパレスに二号店が要るんだ?」
「だねー。でも、その手の話はアイギスでもいっつも言われてるよ。『こんな平民だらけの市場より、格式高いゴールドパレスにお店を出された方がずっとよろしいのに』とか何とか……もちろんカイさん達は毎回適当にあしらってて、全く気にしてないようだけど」
妖精のラウルや八咫烏のマキシが、人族のそうした機微―――見栄や虚栄心といったものに疎いのは致し方ない。
レオニスやライトも、決してそれを甘んじて受け入れることはないが、それでもどういう事情でそういう流れになるのかはラウル達よりも理解できる。
「まぁなぁ、カイ姉達も売上の半分以上が貴族相手だろうからなぁ。貴族からの圧力も相当あるんだろう。……とはいえ、カイ姉達が他人からの理不尽な圧力に屈することは絶対にないがな」
「ですね。セイさんなんて『ラグナ大公の命令でもお断りよ!』とか言ってましたもん」
「クックック……セイ姉らしいな」
マキシが語るアイギスの裏事情に、三姉妹をよく知るレオニスもくつくつと笑う。
何故超有名人気店であるアイギスが、他の支店を絶対に出さないのか。その理由は明白で、アイギスの品々は『カイ、セイ、メイの三姉妹が手ずから作り上げる』こと。これこそが唯一無二の絶対条件だからである。
もしこの姿勢を崩し、本店をカイ、二号店をセイ、三号店をメイ、といった風に分散してしまったら、今のアイギスのクオリティは絶対に維持できない。
三姉妹達自身がそれをよく理解しているからこそ、今の経営スタイルを決して崩さないのだ。
そんな話をしているうちに、ゴールドパレス街に入ったライト達。
殆どの店は正月三が日で閉まっている中、どこからか続く人の行列が見える。
「あ、あれが【Love the Palen】の二号店の行列かな?」
「多分な。最後尾を示す札を持ったヤツが立ってるし」
「今年もパレンさんが最後尾の案内をしてるのかな?」
「かもなー」
おそらくはライト達のお目当てである【Love the Palen】二号店の行列と思しき人の列に、ライト達も引き寄せられるようにスススー……と向かう。
昨年ライトとレオニスがお年賀を買い求めに行った時には、神主の格好をしたパレンが手伝いとして最後尾の札を持って案内していた。
その時のように、札を持った人物が人の列の一番後ろに立っている。
しかし、どうにも様子がおかしい。
いや、去年のように白い狩衣を着た筋骨隆々の神主が最後尾の看板を持つのも大概おかしいが、それ以上に何やらおかしな空気が漂っている。
遠目からも黒一色の出で立ちに、高さが50cm以上はありそうな黒い烏帽子が聳え立っているではないか。
「あれ、何だろ……マスターパレンさんじゃない、よねぇ……?」
「ああ、マスターパレンなら何を着てももっとゴリッゴリの筋肉ダルマになるからな……ありゃ違うな」
「そしたら、お正月の臨時バイトさんとか雇ったのかなぁ?」
「………………」
ライトとレオニス、二人して思いっきり眉間に皺を寄せ目を細めながら、はるか先の前方に立つ謎の人物を藪睨みしている。
だんだん近づいていくうちに、一番最初にその正体に気づいたのはラウルだった。
「……あれ、ねむちゃまじゃね?」
「「「ッ!!!」」」
ラウルの言葉に、ライト達が思わずピシッ!と石のように固まる。
言われて見れば確かにそうで、超ロングな烏帽子と手に持つ看板以外は黒い着流しに黒い羽織をまとった『ねむちゃま』と呼ばれる謎の剣豪―――眠狂七郎その人であった。
「な、何でねむちゃまがこんなところにいるんだ……?」
「わ、分かんない……でも、ねむちゃまもマスターパレンと仲良いんでしょ?」
「ま、まぁな……でも、本来ねむちゃまは間違っても人の下につくようなやつじゃねぇんだが……」
ただただ驚愕に染まるライト達。
それでも歩みを止めることなく長蛇の列の最後尾に向かっていく。
そうして到着した行列の一番後ろには、紛うことなき眠狂七郎が立っていた。
「よ、よう、ねむちゃま……あけましておめでとう」
「おや、レオぴっぴではないですか。あけおめことよろりんちょ~」
まずはレオニスが先に立ち、眠に声をかける。
そしてレオニスの後につく形で、ライトやラウル、マキシもペコリと一礼をした。
そんなレオニス達一行を見た眠が、変わらず涼やかな顔でライト達にも声をかける。
「……おや、レオぴっぴだけではなく、ライぴっぴにラウぴっぴもいるではないですか。あけおめことよろチェケラッチョ~」
「あ、あけましておめでとうございます……」
「ぉ、ぉぅ……ねむちゃまも新年から元気そうで何よりだ……」
眠は普段と変わらぬスーン……としたクールな澄ました顔のままなのに、その口からは妙ちきりんな挨拶ばかりがスラスラと出てくる。
そのあまりの落差に、ライトもラウルも頭の中がバグりそうだ。
しかし、その中で唯一レオニスだけは眠のそうした奇天烈な言動に耐性がある。
そんなレオニスが苦笑しながらも、眠に問いかけた。
「正月早々に、こんなところでねむちゃまと会えるとはな。どうした、【Love the Palen】でバイトでも始めたんか?」
「いや、それがですね。何でこんなことになってんのか、あちしにもよく分かってないんですが……」
「何だ、それ……」
何故眠が正月三が日から、しかも【Love the Palen】二号店で仕事をしているのか。それはレオニスでなくとも、甚だ疑問に思うところだ。
そして眠自身も何故かよく分からないというのだが、眠が目を閉じ首を捻りながら懸命にその記憶を辿る。
「えーとですね、確か去年の暮れにパレ公のところに行って少し話をしたんですが……」
「年末か……マスターパレンも壮絶に多忙な頃じゃなかったか?」
「ええ、相変わらず書類の山に埋もれてやがりましたよ。で、そこであちしは気を利かせてですね、要件を手短に伝えてさっさと帰ろうとしたんです。そしたらどういう訳か、執務室から出る直前にこの二号店の手伝いをする契約が結ばれていたんですよねぇ……何で???」
「ぃゃ、俺に聞かれても分からん……」
いつも以上に要領を得ない眠の話に、レオニスは顔を引き攣らせつつ話を合わせる他ない。
「ねむちゃま、もしかしてそん時酒でも飲んでたんか?」
「ンな訳ないでしょう。昼間から酒を煽るほど、あちしは飲んだくれではありませんからね?」
「そ、そうか……」
昼間から酩酊していたのでもなければ、知らぬ間に雇用契約など結ばれるはずもないのだが。それもきっちり否定する眠。
ますます訳が分からないが、ここら辺は後でマスターパレンに話を聞いた方が早いかもしれない。
「ったく……パレ公め、許しませんよ。次会ったらきっちり賃金もらってから即刻死刑です」
「いやいや、賃金もらったらそれは正当な報酬と立派な雇用契約だろうよ……つーか、マスターパレンが死んだら冗談抜きで洒落なんないから勘弁してくれ……」
眠の理不尽な呟きに、レオニスも己のこめかみを抑えつつ眠を宥める。
もちろんそれらは眠流のおちゃめなジョーク☆なのだろうが、眠はただでさえ表情の起伏が少ないため、どこからが本気でどこまでがジョークなのかレオニスでさえも読み切れないのだ。
そんな話をしていると、ライト達の後ろにも続々と人が並び始めていた。
新たに出来つつある行列に気づいた眠が、はたとした顔で列の後方を見据える。
「……おっと、まだまだ行列が続きそうですね。あちしはあちしに課された任務をこなさねばなりません」
「そっか、ねむちゃまも仕事頑張ってな」
「お気遣いありがとう。レオぴっぴ達も良いお正月を過ごしてくださいね。では、あでゅーーー☆」
「「「「……あ、あでゅーーー……」」」」
頭の超ロング烏帽子を右手で軽く直し、左手に持った『【Love the Palen】最後尾』の看板を掲げつつ颯爽と最後尾に移動する眠。
相変わらず我が道を行く眠だが、パレンから託されたであろう仕事を全うしようとする姿勢は彼の真面目さを感じさせる。
眠との思わぬ邂逅に半ば脱力しかけたライト達も、仕事に励む眠の黒一色の背中を見送った後は再び【Love the Palen】のお年賀を購入するべく行列に並び続けた。
前書きにも書きましたが。まずは予定通り無事連載再開できたことを、作者自身本ッ当ーーーに喜んでおります(;ω;)
ぃゃー、人生初の救急車は本当にアレでアレでアレでした……
結果的には重大な疾患はなかったので、諸々の話は割愛いたしますが。ここ数年、作者は二月から三月にかけて何かしら病んでいるんですよねぇ…(=ω=)…
去年の二月は父方伯父の訃報と重なって細菌感染症に罹り、一昨年の三月には急性胃炎で数日寝込み、結局どちらも原因は不明のまま。
そして今年も二月のバレンタインデー翌日に、謎の腹痛で救急車を呼ぶ羽目に…(;ω;)…
何でしょう、作者には『冬に必ず体調を崩す謎の呪い』でもかけられてるんでしょうか?( ̄ω ̄;≡; ̄ω ̄)
……って、三年も連続すると割と洒落なんないんですが。
でもまぁね、入院とか緊急手術とかなってないし!(º∀º) ←あまり懲りてない
何はともあれ、日常生活を無事取り戻した作者。
再開したサイサクス世界は初っ端からねむちゃま登場という、何気に濃いい再始動となりましたが。ねむちゃまの言動がアレな以外は、作者の求める体調と合わせてのんびり気味に。
読者の皆様方にはご心配をおかけして、本当に申し訳ございませんでした。
作者の気力体力が続く限り、サイサクス世界の物語を綴っていきたいと思っておりますので、これからも温かいご声援をいただけると嬉しいです。
今後ともどうぞ拙作とサイサクス世界の住人達ともども、よろしくお願いいたします<(_ _)>
【追伸】
拙作の歩んできた歴史の一歩として、前話の『休載のお知らせ』はそのまま残しておきたいので、第1103話は欠番とします。




