第1089話 辻風神殿の守護神
辻風神殿から外に出て、少し下にある河原に降り立ったライト達。
川幅はそこそこ広いが、見たところ深さはあまりなさそうだ。
とはいえ大自然の中、深い谷底にある川なので本来なら絶対に油断はできないところなのだが。ライトとレオニスの場合、水の女王や水神アープの加護があるので全く問題ない。
とりあえずライト達は、辻風神殿に近いところの河原から捜索を始める。
ゴツゴツとした大きな岩が転がる中、時にはゆっくりと歩き、時には岩の上を飛んで移動していくライト。岩の隙間を覗き込んでは、卵らしきものがないかをせっせと探している。
岩の上をヒョイ、ヒョイ、と身軽に飛び移りつつ、ライトは風の女王に声をかけた。
「風の女王様、もし何かこの辺りで魔力や存在を感じる方向があったら、ぼく達にも教えてくださいね。その方向に卵があるかもしれないので」
『……分かった』
風の女王に協力を仰ぐライト。
風の女王なら、もしかしたら辻風神殿の守護神となるべき卵の在り処を感じ取ることができるかも?と考えたのだ。
その意図を汲んだのか、風の女王が10メートルくらい高く飛んだかと思うと、そのまま目を閉じ空中でしばし佇む。
そして風の女王の身体の周りに一陣の風が吹き、ブワッ!と周囲に風が拡散していく。
これは、風の女王が周囲に自身の魔力を拡散して探知しようとしているのだ。
風の女王が生み出した探知の風が止んでから、ほんの十秒程度が経過した頃。風の女王が下に降りてきて、ライトに声をかけた。
『あっちの方に、何か強い風の力を持つものがある、と思う』
「ホントですか!? そしたらそっちの方を重点的に探しましょう!」
風の女王の報告にライトは破顔しつつ、少し離れた場所にいるレオニスに向けて大きな声で呼びかけた。
「レオ兄ちゃーん!風の女王様が、あっちの方に何かあるってー!そっちを探しに行こー!」
「はいよー」
ライトの呼びかけに、レオニスも早々に反応しライト達と合流する。
風の女王が指し示した方向は、辻風神殿がある場所から見て川下の方だ。外での長い年月を経て、少しづつ川下の方に流されていったのだろうか。
「風の女王様、何かを感じる方向に案内していただけますか?」
『分かった。……あっちよ』
ライトが風の女王に案内役を頼み、彼女も素直に応じる。
ふわりと宙に浮きながら、川下の方に飛んでいく風の女王。ストレートロングの髪が流れ後ろに靡く様は、実に優美な姿だ。
それから程なくして、風の女王がとある一点でピタリ、と止まる。どうやらそこに、風の女王が感じ取った気配のもとがあるようだ。
『……ここから、何かがある気配を感じる』
「「…………???」」
風の女王の言葉に、ライト達はキョロキョロと周囲を見渡す。
何故かと言うと、周囲は相変わらずゴツゴツとした岩だらけの河原で、卵と思しきものがどれであるかさっぱり分からなかったからだ。
そんなライト達に、風の女王がとある岩に触れつつ改めて声をかけた。
『アンタ達、どこ見てんのよ? ワタシが指したのはココよ、ココ!』
「「…………」」
風の女王の説明に、ライト達は目の前にある岩―――レオニスの背丈の倍はある巨大なものをじーーーっ……と凝視する。
彼女がそっと手のひらを添えたそれは、横に長い苔むした楕円形の岩……ではなく、卵そのものだった。
そのことにようやく気づいたライト達。ハッ!とした顔になり、卵の前に近づいていく。
「……あ、これ、卵?」
「だな……ぱっと見じゃ周りの岩と大差ないようにしか見えんが……岩にしちゃこの曲線は滑らかすぎるもんな」
その岩は川よりも山裾に近いところにあり、その近辺にある大岩同様苔むしていてすっかり景色に溶け込んでしまっている。
そのおかげでライトもレオニスも、それが卵とはすぐに分からなかったくらいだ。
二人は岩の前に立ち、今後どうするかの話し合いを始めた。
「もしこれが本当に神殿守護神の卵なら、何か食べ物をあげれば孵化するかなぁ?」
「百年近く野晒しだったもんが、今さら孵化するとは到底思えんが……それでも一応餅をやってみるか」
「そうだね、とりあえずあげるだけあげてみよっか!」
これが神殿守護神の卵である、という前提のもと餌をあげてみることにした。
レオニスが呟いたように、普通に考えれば百年も野外に放置されていた卵が無事孵化するなどあり得ないことだ。
だが、相手は神殿守護神の卵。人族の常識に当てはまるようなちっぽけな存在ではない。
卵が今も生きていることを信じて、一縷の望みを賭けるのみである。
レオニスが空間魔法陣を開き、聖なる餅を一個取り出す。
この餅は、ちょうど数日前にラウルから譲り受けていたものだ。
その数約一万個。これらは全て、ラウルが去年の大晦日に拾ってゲットした餅である。
ラウル曰く『もうすぐ今年の餅が手に入るから、去年の残りの分は全部ご主人様にやる。この先また不思議な卵を拾ったり、外で見つけたりした時にでも役立ててくれ。何なら普通に非常食としても食えるしな』とのこと。
ラウルが一度入手した食材を手放すとは実に珍しいことだが、もうすぐ大晦日になれば新しい餅が手に入れる故の心の余裕か。
ラウルのお下がりと言えば聞こえは悪いが、ラウルも空間魔法陣に保存していたので鮮度面は全く問題ない。
ラウルはラウルで今年も新しい餅を大量入手する予定だし、レオニスにとっても聖なる餅をたくさん確保できることはありがたい。
現にこうして謎の卵と遭遇した時に餌として使えるし、孤児院への宅配分を増やすこともできる。
そんな聖なる餅を、レオニスは苔むした岩もどきに近づけてそっと触れさせた。
すると、レオニスが手に持っていた餅がすぅっ……と溶けるように掻き消えていく。そして聖なる餅を食べた?瞬間、苔むした岩もどきが少しだけふるふる、と震えたように見えた。
「おおッ、餅がすぐに消えたぞ!こりゃ間違いない、この卵はまだ生きてるな!」
「そしたらレオ兄ちゃん、もっとたくさんあげてみてー!」
「おう!」
岩もどきが聖なる餅を吸収したことに、大喜びするライトとレオニス。
これまでの例同様、触れさせた餅が掻き消えたということは二つの意味がある。
一つは、この岩もどきは正真正銘神殿守護神の卵であること。そしてもう一つは、この卵がまだ生きて餌を食べられる状態にある、ということだった。
神殿守護神の卵の生存が確認できたことに気を良くしたレオニス。
早速卵の上に飛び、空間魔法陣を水平に開いて卵に直接降り注ぐように聖なる餅を続々と出し続ける。
暗黒神殿や炎の洞窟の卵と時と同じく、ライスシャワーの再現である。
苔むした卵は、上から降り注ぐ全ての餅を吸収しつつ少しづつ小さくなり引き締まっていく。
それまで張り付いていた苔がどんどん剥がれ落ち、薄緑色に色移りした卵の殻が見えてきた。
そしてレオニスの背丈より少し小さくなった辺りで、卵の殻に罅が入った。
「あッ!レオ兄ちゃん、卵に罅が入ったよ!」
「よし、ここからはゆっくり餅をあげていくとするか」
興奮気味にレオニスに報告するライトに、レオニスも卵の上に降らせる聖なる餅の量を調節しながら絶え間なく与え続ける。
その様子をずっと見ていた風の女王は、ライトに声をかけた。
『あれは……何をしてるの?』
「あ、風の女王様には意味分かんないですよね、ごめんなさい。今ちゃんと説明しますね」
風の女王からの疑問に、ライトは彼女を置き去りにして事を進めてしまったことに気づき謝る。
そして今二人がしていることを、順序よく解説していった。
まず、風の女王が探し当てたこれは間違いなく神殿守護神の卵であること、さらにはこの卵は今でもちゃんと生きていて餌を食べられていること。
餌をたくさん食べることによって、卵から何かしらの生き物が出てくること、そしてその生き物こそが神殿と女王を守る神殿守護神であること等々。
風の女王は、ライトが語る話をじっと聞き入っていた。
『では……ワタシのいるあの神殿にも、守護神がいたの?』
「はい!あの卵から何が生まれるかは分かりませんが、もうすぐ会えますよ!」
『でも……今ここで生まれたところで、ワタシの神殿になんて来てくれるはずないわ。だって、五代前の女王の仕打ちを考えたら……絶対に嫌われてるもの……』
最初のうちは目をキラキラとさせていた風の女王だったが、何故か途中から伏し目がちで俯きしょんぼりとしている。
それもそのはず、彼女は神殿守護神が辻風神殿に来てくれるとは思っていないからだった。
確かに風の女王の言う通りで、かつて五代前の女王が辻風神殿の外に放り出してしまったことを思えば、中から生まれた守護神が辻風神殿を嫌って戻らない可能性もある。
しかし、それは実際に孵化してみなければ分からない。
ライトはしょんぼりとする風の女王に、努めて明るい声で励ました。
「そんなの、生まれてみなければ分かりませんよ!」
『…………』
「あッ、殻の罅がもうたくさん増えてる!風の女王様、もっと卵の近くに行きましょう!」
自信無さげに俯く風の女王に、ライトは彼女の手を引き寄せて二人で卵の前にさらに近寄る。
ライトと風の女王が話しているうちに、レオニスは聖なる餅を与え続けていて孵化はもうすぐ目の前まできていた。
薄緑色に染まった卵の殻に、無数の罅が走っている。
不安そうな顔で卵を見つめ続ける風の女王。
そしてついに、卵の内側から何かが出てきて殻を破り始めた。
そうして卵の中から出てきたのは、青い身体と鱗を持った一体の龍であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「これは……青龍?」
「だな」
卵の殻を完全に破り、中から出てきたのは青龍。
全身が青色で、身体の澄んだ鮮やかな青色の鱗で覆われている。
身体は蛇のように細長く、顔には長い髭、頭には一対の角と立派な鬣を持ち、四本の手足には鋭い爪を持つ指が四本ある。
いわゆる東洋型の龍であり、ライトの使い魔である黄金龍のルディとほぼ同じ造形だった。
『青龍……他の四神と同じく、レベル2のレイドボスだったよな。ルディとそっくりだし、この子もBCOのレイドボスで間違いない』
『青龍は風を司る四神だし、この辻風神殿の守護神にはもってこいの存在だもんな』
ライトが脳内でBCO知識と照合している間、風の女王は呆然としたまま青龍を見つめ固まっている。
そんな風の女王に、レオニスがそっと声をかける。
「……ほら、これが辻風神殿の守護神、青龍だ」
『青龍……この御方が……』
「さ、生まれたての青龍を撫でてやりな。青龍も風の女王を待ってただろうから」
『…………』
レオニスの言葉に、風の女王は震える手をそっと伸ばす。
だが、その手はピタッ……と止まり、おずおずと引っ込んでいく。
「ン? 風の女王、どうした?」
『……ワタシに……青龍様のお身体に触れる資格なんてない……』
悲しげな顔で目を伏せる風の女王。
青龍が無事生まれてきたことはとても嬉しいが、自分には青龍に触れる資格などないと思っているようだ。
何故なら、自分を含めて歴代の女王は外に打ち捨てられた神殿の卵を探そうともしなかったからだ。
一介の精霊だった頃は、神殿の卵のことなど知らなかったのでそれも止む無しだろう。
だが、彼女が女王になってから一年半近くが経過しようとしている。
属性の女王になれば、主に重要な出来事や記憶は後代に受け継がれていく。今の風の女王も、卵の件は頭の片隅に追いやられそうではあったが一応知ってはいた。
その一年半もの間、神殿の宝である守護神の卵を探そうともせずただただ悲嘆に暮れていた。そんな自分には、青龍に触れる資格などない……そう思うのも当然だった。
だが、レオニスは違った。
そんなのキニシナイ!とばかりに笑い飛ばしながら、風の女王の背中をバンバン!と容赦なく叩く。
「そんなん気にするな!これまでの経緯はひとまず置いといて、まずは青龍の誕生を祝ってやるべきだろ!」
『そ、そんなん気にするな!と言われても……』
レオニスに背を叩かれながら、未だにモジモジとしている風の女王。
煮え切らない彼女の様子に、レオニスは風の女王の顔を覗き込みながら問いかける。
「じゃあ何か? 風の女王は、青龍が生まれてきてくれたことが嬉しくないのか?」
『そ、そんなこと絶対にない!青龍様の生誕は、本当に本当に嬉しい!』
「なら素直になることだな。ほら、青龍が待ってるぞ!」
レオニスのちょっぴり意地悪な問いかけに、風の女王はガバッ!と顔を上げて必死に反論する。
風の女王の本音を見事引き出せたレオニスは、ニカッ!と爽やかな笑顔で風の女王の背中を強く押した。
レオニスに押し出されて、前のめりになりつつも青龍の真ん前に立った風の女王。
何を言うべきか分からず、頭が真っ白になり無言のまま青龍の顔を見つめる。
全身ほぼ青色の中で、唯一赤い瞳。燃えるような深紅の美しい瞳は、その視線を受けた者にまるで全てを見透かされているような気持ちにさせる。
謝らなくちゃ……青龍様に対して、これまでのことを誠心誠意謝らなくちゃ……
目の前にいる崇高な存在に圧倒され、ただただ言葉を失う風の女王は心の中で焦る。あまりに焦るせいか、身体もガタガタと小刻みに震え始めている。
そんな風の女王の焦燥を、知ってか知らずか青龍の方が先に動いた。
何と青龍は、自らの頬を風の女王の頬に当てたのだ。
『……ッ!!』
思いがけない青龍の頬ずりに、風の女王の焦りや緊張が解けていく。
彼女のつぶらな瞳には、あっという間に潤み大粒の雫が零れ落ちる。
『ぁ……青龍様……青龍様ぁ……』
風の女王は堪らず青龍の首っ玉に抱きつく。
長らく途絶えていた、風の女王と辻風神殿守護神の絆が復活した瞬間だった。
辻風神殿の守護神、青龍の無事誕生とお披露目です。
いやー、ホントはね、当初は全く別の守護神にする予定だったんですよ。
ですが、青龍は風を司る四神で風の女王のペアには実にもってこいだということに、書いてる途中で気づいた作者。
悩みに悩んだ挙句、結局当初の予定を変更して青龍にすることに。
だってぇー……他の四神=朱雀、玄武、白虎が既出で、残すところ青龍だけだったんですもの…(=ω=)…
この機会を逃したら、風の女王と同等もしくはそれ以上に青龍に相応しい場所を改めて用意しなくちゃならんし。そんなん無理くね?( ゜д゜)
そう考えたら、もう絶対にここで青龍出しておかなきゃイカンザキ!となったのです。




