第1083話 ミーナとルディの実地訓練
ライト達四人は転職神殿内のテーブルに就き椅子に座る。
未だに口をへの字にして涙目でジロリンチョ、とライトの顔を睨むミーナとルディ。ライトのズタボロ姿と突然の出現が、余程衝撃的だったようだ。
ミーナはライトの真向かいに座っていて、ルディは再び小さいサイズになりミーナの膝に乗っかってミーナとともにライトの真向かいにいる。
そんな彼女達を前に、ライトは心から申し訳なく思いつつも斯々然々これこれこうで、とここに至るまでの経緯を語っていった。
『そうでしたか……ライトさんが挑んでおられる、クエストイベント?のお題の品目のためでしたか』
「はい。この『咆哮樹の実』というのを、全部で十個集めなきゃならないんですよね」
ライトはマイページのアイテム欄を開き、収納していた咆哮樹の実を取り出してテーブルの上に置いた。
それはライトの拳大程度の大きさで、丸い果実状の玉。色は鮮やかな橙色で、表面はツルッとしていて指で押すと結構固い。
この咆哮樹の実、本体に成っていた時には鬼灯のような形だったのだが、それをアイテム欄に収納したらこのような形となって出てきた。
実を取られて憤慨し、追ってくる超大型咆哮樹を巻き転職神殿に入る手前で一旦足を止めたライト。その場で収穫物を再度出して確認した時、皮なし状態で出てきたのにはライトもびっくりした。
鬼灯のような外側の皮?は、実の中でも不要品として取り除かれたのだろう。
テーブルの上に置かれた咆哮樹の実に、至近距離まで顔を近づけてじーっ……と眺めるミーナとルディ。
ライトの話を聞いているうちに、二人の怒りや不満も消えていったようだ。
『主様は、これがあと九個必要なのですよね?』
「うん。これで『身代わりの実』というアイテムを十個作ることが、今のクエストイベントの課題なんだ」
『でしたら、僕とミーナ姉様が採ってきます!』
「えッ!?」
『あら、ルディ、奇遇ね。私もそのつもりだったわ!』
「ええッ!?」
使い魔二人の申し出に、ライトは驚きながらミーナとルディの顔を交互に見る。
確かにここ転職神殿は咆哮樹の生息地の真横に位置し、行き来はもちろん探索も容易だ。そしてミーナとルディの協力があれば、ライトは労せずして稀少アイテムを入手できるだろう。
だが、ライトとしては申し訳ない気持ちの方が先にきてしまう。
「ミーナ、ルディ、それはとてもありがたいけど……でも、この実を採るのはすごく危険なんだ。ただの咆哮樹じゃなくて大型、しかも大型の中でも特に大きな超大型でないと実は付けないみたいだし……」
『でも、主様のお話ですと、その実は超大型咆哮樹?の天辺に成っているのですよね?』
「うん。今日初めて採ったから、他のもそうかは分かんないけど……少なくとも今日のやつはそうだったよ」
『ならば!それこそ空を飛べる私達の出番ではないですか!ねぇ、ルディ?』
『そうですよ!ミーナ姉様の仰る通りです!』
ミーナ達の身を危惧するライトに、当のミーナとルディは明るい顔で己達の出番だ!と強調する。
確かにミーナもルディも自由に空を飛べるし、上空からの急襲もお手の物だろう。
ライトは地面を蹴り上げてジャンプし、超大型咆哮樹の樹上に飛び込むことで何とかその実を手に入れたが、ミーナとルディなら上空からスッ……と実の成る場所に近づき、ササッ☆と実だけを採ることもきっと可能だ。
しかもその後の逃走も、ミーナとルディは空を飛んで逃げるだけ。樹木である咆哮樹は空まで追ってくることは絶対に出来ない。
もしミーナ達が咆哮樹の実の採取に出かけたら、実に優雅でスマートな採取に終始するに違いない。
そう考えると、ライトとしてもミーナ達の案は渡りに船に思えてきた。
実の採取後の鮮度も、ルディがヴァレリアに教えてもらった収納魔法で保存してもらえば問題ない。
ライトはしばし考え込んだ後、徐に口を開いた。
「……そしたら、ミーナ達のお言葉に甘えてお願いしようかな」
『はい!お任せください!』
「でも、もし危険を感じたらすぐに逃げてね? 絶対に怪我なんてしちゃダメだからね?」
『もちろんです!』
お使い以外にも新たな使命を得たことに、ミーナもルディも喜び勇んでいる。
ミーナとルディはライトを主と仰ぐ使い魔。ライトのために働き、役に立つことこそが至上の喜びなのだ。
そんなミーナ達を、ライトは笑顔で見つめながら椅子から立ち上がった。
「じゃあ、今からぼくといっしょに超大型咆哮樹のいる場所に下見に行こうか。生息地のだいたいの場所も案内しておかなきゃだし」
『『はい!』』
「もし下見の時に実が成っているヤツを見つけたら、採取の実践もしてみようね」
『『はい!!』』
これから出かけるというライトの言葉に、ミーアとルディの顔がますます輝く。
ミーナ達にも咆哮樹の実の採取を手伝ってもらうには、まず咆哮樹の生息エリアを知っておいてもらわねばならない。
また、もし運良く実をつけている個体を見つけることができれば、超大型咆哮樹相手にミーナ達の攻撃?が通じるかどうかも試せる。
そうした諸々の思惑でミーナ達を誘ったライト。
するとここで、ライトがはたとした顔になりミーアの方に向き直る。
「……あ、ミーアさん、しばらく一人にさせちゃいますが……」
『フフフ、大丈夫ですよ。別に二日も三日もお出かけする訳ではないのでしょう?』
「あ、はい、それはもちろん!一時間くらいで帰ってきます!」
『それくらいでしたら、私だってお留守番できますよ?』
「で、ですよね……」
ライトはミーナとルディを連れ出してしまうことで、ミーアを一人きりにさせてしまうことを心配していた。
だが、たかが一時間程度の留守番など、ミーアにとっては些事にもならない。ライトがミーナやルディを託すようになるまで、ミーアは気が遠くなる程の長い時を一人で生きてきたのだから。
クスクスと笑うミーアの笑顔に、ライトもそのことを思い出して恥ずかしそうに謝る。
そう、ミーアだって見た目からして立派な成人女性。幼稚園児に留守番させるような心配など端から不要なのだ。
もとの大きさに戻ったルディの背中に、ライトがそそくさと乗り込む。
そしてミーナとともに宙にふわりと浮き、眼下に見えるミーアにお出かけの挨拶をする。
「じゃ、いってきます!」
『いってらっしゃい。ミーナもルディも、気をつけて頑張ってらっしゃい』
『はい!すぐに戻ってきます!』
『いってきまーす!』
空にいるライト達に向かって小さく手を振るミーアに、ライト達も大きく手を振りながら東の方に飛び立っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ライト達が転職神殿から飛び立って約十分弱。
大型咆哮樹が出てくるエリアの上空を、ミーナとルディが悠々と飛んでいた。
ライトの場合、勾配のある山中の木々を縫うように進まなければならないため、行き来しようと思ったらもっと時間がかかる。
行く手を阻むものがないのって、やっぱすごいことだよなぁー……あー、俺もレオ兄みたいに一人で飛べるようになりたい!
でもなー、俺一人で飛ぶのを許されるのは、きっとまだまだ先のことなんだろうなー。少なくとも正式に冒険者登録をして、ラグーン学園の中等部を卒業してからかな……
くっそー、反重力魔法とかないかな? それか風魔法で飛んだりできないかな? ……よし、今度時間がある時にそっち方面も研究しよう!
ルディの背中でライトはそんなことを考えつつ、途中ところどころで解説をしていく。
「あ、そろそろ咆哮樹が出てきたよ。あの動いてる小さい木が見える?」
『はい!……あれが、咆哮樹なんですか?』
「そう。あれは一番小さいやつで、東に進むほど咆哮樹の体格も大きくなっていくんだ」
『そうなんですね……確かにはるか向こうの方にいるやつの方が、ここのよりも大きいですね』
ライトの解説を真剣に聞き入るミーナとルディ。
特にルディは視力が良く、遠く離れた場所にいる中型咆哮樹が見えるようだ。
そしてしばらく進むと、中型咆哮樹よりもさらに大きな個体が見えてきた。ライト達はそのまま大型咆哮樹がいるエリアに進んでいく。
「ここら辺からはもう、大きな咆哮樹ばかりだね」
『そうですね……最初に見たのと姿形は同じですが、大きさが全然違いますね』
「そう。で、この大型以上のヤツに実が成っているはずだから、ミーナもルディもよく見てみてね。あ、木に成っている時の咆哮樹の実は、ハート型のような形をしているからね」
『『はい!』』
ライトの呼びかけに、ミーナもルディも地面にいる大型咆哮樹をじっと眺める。
じっとしたまま動かないもの、何故か地団駄を踏んでいるもの、グランドスライムやソイルワームなどを追いかけているもの―――様々な大型咆哮樹が蠢いている。
そうしてしばらく様子を見ていると、ルディが声を上げた。
『パパ様!あの木の上に、葉っぱと違う形をしたものが見えます!』
「どれどれ……ルディ、もう少し近づいてくれる?」
『分かりました!』
ライトの指示通り、ルディが見つけた超大型咆哮樹にそっと近づいていく。
ライト達は上空にいるので、咆哮樹達はその存在に気づいていない。
ライトもその超大型咆哮樹の樹上をじっくりと見ていくと、葉っぱとは違うハート型の何かが天辺にあるのが分かった。
それは、ライトが先程命がけで採った咆哮樹の実と同じものだった。
ライトはミーナに向けて、無言で人差し指を上に指す。
その仕草を『上に行こう』という指示だと捉えたミーナ、無言で頷きながら上空に飛んでいく。
ルディもミーナの後を追い、上空に飛んでいく。
超大型咆哮樹に気づかれないよう、上空で作戦を練ろう!という訳である。
「……うん、間違いない、あれは咆哮樹の実だ」
『ですよね!あれを採取すればいいんですね!?』
「そうだね。でも、ルディは今ぼくを乗せてるから……ミーナ、どうかな、行けそう?」
『もちろん!この私にお任せください!』
ライトを乗せたルディはそのままその場に残り、ミーナが単身で下にスーッ……と下りていく。
なるべく気配を消して、超大型咆哮樹に近づく。
だが、途中超大型咆哮樹に気づかれたようで、ガバッ!と咆哮樹が上を向き、葉っぱを手裏剣のように飛ばしてきた。
『ッ!!』
超大型咆哮樹の攻撃に、ミーナは瞬時に身構えつつ薄桃色の翼を大きく羽ばたかせる。
翼から発生した強風は、超大型咆哮樹が飛ばしてきた葉を全て空中で散らした。
攻撃がいなされるとは思っていなかった超大型咆哮樹、ギョッ!?とした顔で怯む。
ミーナはその一瞬の隙を見逃さず、勢いよく突進していった。
『ハアアアアァァァァッ!』
気合いを入れて突進したミーナ、あっという間に実のある場所に潜り込み、実だけをもぎり取ってすぐに超大型咆哮樹から離れて上空に飛んだ。
「キエエェェエェエエェッ!!!」
あからさまに激怒する超大型咆哮樹。
枝を鞭のように撓らせてミーナに攻撃を繰り出すも、ミーナの逃げ足の方が早く、枝が届かない上空に逃げ果せた。
眼下でキーキーと怒る超大型咆哮樹を尻目に、ミーナが採りたてほやほやの咆哮樹の実をライトに差し出す。
『主様、これが咆哮樹の実で間違いないですか?』
「うん!ぼくがさっき採って皆に見せたのも、これと同じものだよ!ありがとう、ミーナ!」
『どういたしまして!』
「もとの形がこれなのは、よく覚えておいてね。で、この外側の皮を向くと、中に実があるんだ」
ミーナから差し出された咆哮樹の実を、二人によく見せるライト。
そしてその場で皮を向き、中身を取り出してみせた。
薄茶色の薄皮をそっと剥くと、間違いなく先程転職神殿内で見せた咆哮樹の実と同じ橙色の玉のような実が、中から出てきた。
それを見たルディも、ライト同様笑顔でミーナを讃える。
『さすがミーナ姉様!鮮やかな動きで見事でした!』
『ぃゃぁ、それ程でも……』
『僕も実を見つけたら採れるかな? 身体の大きさを小さくした方がいいかな?』
『そうね、今の半分くらい小さくなった方が動きやすいかも? ルディ、貴方ならきっと上手く採れると思うわ!』
『ミーナ姉様に負けないくらい、僕も頑張ります!』
ルディに尊敬の眼差しとともに賞賛されたミーナ、照れ臭そうにはにかむ。
そして自分も役に立ちたいと願う弟に、姉らしくアドバイスとエールを送っている。
そしてライトはライトで、いそいそとマイページのアイテム欄を開き、今ミーナが採ってきた咆哮樹の実を収納している。
下見兼実地訓練?を無事完了したライト。
ミーナとルディに向かって声をかけた。
「咆哮樹の場所案内もできて、実物も採れたことだし。そろそろ皆で転職神殿に帰ろっか!」
『『はい!』』
ライトの呼びかけに、ミーナ達も一も二もなく頷く。
そして三人は再び転職神殿のある西側に移動していった。
咆哮樹の生息場所、そして咆哮樹の実の本来の形と中身をミーナとルディに見せることができた。
これからはミーナ達が暇を見ては、交代で咆哮樹の実を探して採取してくれることだろう。
とても健気で頼もしい使い魔達に恵まれたことを、本当にありがたく思うライトだった。
ミーナとルディの咆哮樹の実狩り訓練?です。
空を飛べるというのは、本当に大きなアドバンテージですよねー。特に非飛行種族へのアドバンテージは絶大も絶大、利点しかないという圧倒的優位性。
作中でも書きましたが、もしライトが単独で飛行できたら、それこそ冒険の幅も広がるのにー!><
とはいえ、主人公ができないことを仲間が補うという信頼関係も疎かにはしたくないんですよねー。ぶっちゃけ主人公が一人で何でもかんでもできちゃったら、仲間なんて要らなくなっちゃいますし。
少しづつ力を蓄えながら成長し、友達や仲間達との親睦と絆を深めていく。これこそが理想の冒険譚、王道ファンタジーというものですよね!(`・ω・´)
まぁ、現実はなかなかそう上手くいくもんでもないですが(´^ω^`)




