第1080話 植物魔法の実践と実食
ライトの初めての手作り野菜を受け取ったラウルは、早々にラグナロッツァの屋敷に帰っていった。
ラウル曰く「カタポレン産の巨大野菜を調理するには、広い厨房が必要だからな」とのこと。
確かにラウルの言う通りで、ラウルの身の丈程も育った白菜や大根を調理するには、このカタポレンの家の台所では手狭過ぎるだろう。
ラウルが帰った後、ライトはプランターに苗を植える準備を始めた。
まずは解体用作業場に行き、作業机の上に置いてある苗用ポットの確認をする。
これはライトが野菜栽培を始めるにあたり、プランターとともに作成を進めていたものだ。
プランターと同じく木製で、縦三マス横五マスの格子状の箱型の苗用ポット。一度に十五個の苗を用意することができる、非常に便利なスグレモノだ。
そしてこの木製苗用ポット、ラウルが野菜栽培で使っているのと同じ仕様である。ライトは家庭菜園の先輩であるラウルに教えを請い、プランター作りの際に出る端材で自分用の苗用ポットを自作したのだ。
そしてこの苗用ポットが、作業机の上に三つ置かれている。
一つは大根、一つは白菜、そしてもう一つはブロッコリー。今地植えで栽培中の作物と同じラインナップである。
その全てに全マス十五本分の可愛らしい苗が出来上がっている。
これは今朝の朝イチに、ライトが用意しておいたものだ。
まず苗用ポットに土を入れ、人差し指でポスッ、と穴を開けて種を一粒づつ撒く。その後軽く土を被せてから、アークエーテル入りの水をたっぷりかける。
そしてポットに向けて手を翳し『芽が出るように』という念を込めた植物魔法をかける。
すると、ライトの願いを確と受け取ったかのように可愛らしい芽がニョキ!と生えてきて、立派な双葉を見せてくれるのだ。
その後は一時間置きに水遣りをする。この時点ではまだ大量に水を撒く必要はないので、如雨露を使った可愛らしい水遣りである。
そしてもちろん水遣りに使う水は、全てアークエーテル入りだ。
そうして何度も水遣りをした苗は、お昼になる少し前頃にはもう高さ10cm前後の大きさに育っていた。
ライトがポットに向けてかける植物魔法は、植えた種の一個一個に対してかけるのがポイントだ。
実は少し前に、ライトは実験と称してポット三マス分とか五マス分、最大の十五マス分一気がけなど、複数に向けてまとめてかけてみたことがある。
その時も一応芽が出ることは出るのだが、一個一個にかけたものと比べて芽の勢いが明らかに違うのだ。
そしてそれはかける対象が多ければ多い程、効果の差が顕著に現れた。
やっぱりこういうのは、一個一個丁寧にかけた方が良い成果に繋がるんだなー。でも、そりゃそうだよね。手間暇かけただけちゃんと成果にも反映されるんだから、その分やり甲斐もあるってもんだよね!
ライトはそんなことを思いながら、芽が出た苗をプランターに植え直していく。
まず小さなスコップでそっと苗を掘り起こし、根っこを傷つけないように苗用ポットから取り出す。
そして予め少し掘っておいたプランターの土の中に、これまたそっとスコップの上の苗を下ろして周りの土を寄せて馴染ませる。
大根は浴槽サイズのプランターに、白菜とブロッコリーはそれより小さめのプランターに植えていく。
こうして苗用ポットに作った四十五本の苗は、無事全てプランターに植え直すことができた。
最後にライトは水魔法で大きな水溜まりを空中に作り、アークエーテル十本を混ぜてからプランターの苗に向けて霧雨状態にして撒いていく。
滋養たっぷりの水が撒かれたプランターの苗。その葉にキラキラとした水が滴り、冬の柔らかい正午の陽光を受けて輝いている。
「……よーし、これで本格的なプランター栽培が始められるぞ!」
「てゆか、どんな風に育ってくれるかなー。フフフ、今から超楽しみー!」
「……って、そろそろお昼になる頃か。ぼちぼちラグナロッツァの家に行かないと」
プランターでの野菜栽培を全て整えたライト。
今頃ラウルが昼食の用意をしているであろう、ラグナロッツァの屋敷に移動するべく家の中に入っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ただいまー、ラウル。お昼の支度はできたー?」
「おかえりー。もうちょいで全部出来上がるところだから、席に座って待ってな」
「はーい」
カタポレンの家からラグナロッツァの屋敷に移動したライト。
食堂に入ると、ラウルがまだ厨房で昼食の支度をしていた。
ライトはラウルの言う通りに、席に座って待っている。
そうしてしばらく待っていると、ラウルが厨房から出てきた。
「ライト、手をよく洗ってきたか?」
「もちろん!畑仕事した後は、必ずよーく手洗いしてるよ!」
「そりゃ良い心がけだ。じゃ、昼飯にするか」
「うん!」
ライトと会話をしながら、ラウルが空間魔法陣から次々と皿を取り出してはテーブルの上に置いていく。
数多の皿を一通り並べた後、ラウルもライトの横の席につく。
そして二人して手を合わせ、食事の挨拶をする。
「「いっただっきまーす!」」
食事の挨拶を済ませたライトは、早速ラウルに問うた。
「ラウル、この大根おろしはどれがどれなの?」
「丸い小鉢が一番大きく育ったやつ、四角い小鉢が二番目に大きいやつ、楕円の小鉢が一番小さいやつな。使ったのは大根おろし向きの頭の方で、大根の真ん中としっぽは今日の晩に煮物とおでんにして出す予定だ」
「そっかー、分かったー。早速食べ比べてみよー!」
「おー!」
ラウルの説明によると、丸い小鉢は植物魔法A、四角い小鉢は植物魔法なし、楕円の小鉢は植物魔法B、ということらしい。
どの大根おろしにも醤油と鰹節がかけられて、色はぱっと見ではどれも同じ乳白色に見える。
次に匂いをクンクン、と嗅ぐライト。匂いも大差ないような気がする。
そしてついに実食に入る。今回は単なる味見回なので、二人で一鉢を共有する。
まずはライトが四角い小鉢の大根おろしを一口食べて、その次に丸い小鉢、最後に楕円の小鉢の順で箸をつけていった。
ライトの横にいるラウルも、ライトと同じ順番で三種類の大根おろしをもくもくと食べている。
「……うん、丸い小鉢のはいつもラウルが食べさせてくれるのとほぼ同じだねー」
「だな。それに比べて四角い小鉢のは若干薄味というか、かなりさっぱりした味だな」
「やっぱり植物魔法をかけてないから、味も薄めになるなのかな?」
「かもなー」
二人並んでもくもくと大根おろしを食べながら、それぞれ評価を口にする。
植物魔法をかけたものとかけないものでは、味の濃淡が結構出るようだ。
「つか、苗を育てる時には植物魔法かけてるんだよな?」
「うん。地植えにしろプランターにしろ、まずは種から芽が出て苗にならないことには始まらないからねー」
「だよなー。てことは、地植えにした後も時々でいいから植物魔法をかけてやる方が、味も良くなって大きく育つってことなんだろうな」
「だねー」
味の濃淡の原因を特定するべく、二人は状況分析をしていく。
農作物の味を良くするには、やはり植物魔法をかけることは有効なようだ。
それはもう一つの大根おろし、楕円の小鉢のものを食べることでよりはっきりと違いが分かる。
「つーか、この楕円のやつ、大根の味の濃さが半端ねぇな?」
「楕円のは『ゆっくり育て』のやつだねー。思った通り、カタポレンの森の魔力がより凝縮された感じ?」
「だな。……よし、試しにこの『ゆっくり育て』の大根のしっぽの方もおろしにしてみるか」
ラウルが箸を一旦置き、再び厨房に向かう。
そしてしばらくして、再び食堂に戻ってきたラウル。
その手にはお盆を持っていて、三つの小鉢が乗せられている。
「おかえりー。それがしっぽの方の大根おろし?」
「ああ。丸が一番大きい大根、四角が二番目に大きい大根、楕円が一番小さい大根、そのしっぽの方のおろしだ」
「大根おろしって、しっぽの方が辛いんだよね?」
「そそそ。頭の方が辛くなくて、しっぽにいく程辛くなる。辛いのが好みならしっぽの方がいいし、辛いのが苦手なら頭の方をおろすのが無難だな」
ラウルの解説に、ライトも頷きつつしっぽの方の大根おろしを食べていく。
今回も丸、四角、楕円の順に食べたライト。最後の楕円の大根おろしを食べた途端、目を >< にして小さく叫んだ。
「……辛ッ!この楕円のヤツが一番辛ッ!」
「四角はそこまでじゃないし、丸もそこそこ辛い方だが……楕円のは断トツに辛いな」
「これもやっぱり、味が凝縮された結果かな……?」
「そういうことだろうな。良くも悪くもというか、全てにおいて味が凝縮されているんだろう」
『ゆっくり育て』のしっぽ側大根おろしの予想以上の辛さに、ライトがヒーヒー言いながら水を飲んでいる。
味の濃さが辛さにおいても発揮されるとは、正直そこまで考えていなかった。
しかし、水を飲みつつライトは思う。それは少し考えれば分かることで、凝縮するということは全ての味覚―――甘い辛い酸っぱい苦いが何倍も増幅されるのである。
「そしたらさ、『ゆっくり育て』は果物とか甘味のある野菜なんかにはいいけど、例えば酸っぱいレモンとか辛い唐辛子なんかはとんでもないことになっちゃうのかな?」
「多分なー……レモンなんかでこの育て方をすると、それこそアドナイのぬるぬるドリンク特濃レモン味がそのまま再現できるかもな」
「うひー……」
『ゆっくり育て』の植物魔法の想像以上の効果に、ライトは思わず身震いする。
甘いものはより甘く、香りの強いものはより強くなる植物魔法。
それだけならいいが、酸っぱいものや辛いものでその効果を発揮するのは非常に危険だ。
激辛マニアならともかく、少なくともライトやラウルには激辛嗜好は一切ない。
これは使いどころをかなり選ぶ栽培方法だな……と二人は考えていた。
「でもまぁな、こういう実験?をするのは面白いし、これからもいろいろ試してみたいな」
「だね!『失敗は成功の母』って言うしね!」
「ライトもまた面白いもん作ったら、俺にも分けてくれ。そのお礼にスイーツと交換しよう」
「ホント!?」
「ああ、ホントだとも。俺は嘘は言わんぞ?」
「ヤッター♪」
ラウルからの思わぬ申し出に、ライトの顔がパァッ!と明るくなる。
ライトの野菜栽培研究はまだまだこれからだし、この先もきっとラウルが思いつきもしないようなことをするのだろう。
それをお裾分けで譲ってもらえるなら、ラウルにとってもありがたいことだ。
「いつもラウルには美味しいものを作ってもらってるから、別にお礼なんていいんだけど……でも、ラウルの美味しいスイーツをもらえるなら、すっごく嬉しいな!」
「そっか、そう言ってもらえると俺も嬉しい」
「……あ、そしたらさ、またマカロンを作ってもらえる? ほら、最近はずっとドライアドさん達専用のおやつになっちゃってて、ぼくのところには全然もらえてないからさ……」
「ぁー、マカロンな……確かに全部、ドライアド達へのおやつやご褒美に消えてるな……」
ライトからの早速のリクエストに、ラウルは思わず遠い目になる。
確かにライトの言う通りで、ここ最近のラウル特製マカロンは全て天空島にいるドライアド達のお腹の中に消えていった。
もちろんラウルも暇を見てはマカロン作りをしているのだが、それでもラウルのマカロン在庫は一向に増える気配がない。
ドライアド達がマカロンを食べて喜んでくれるのは嬉しいが、ライトや他の者達の口に全く入らないのは如何なものか。
ライトだってラウルのマカロンが好きで、よくおやつに食べていた。
そしてその度に「ラウルのマカロンは美味しいね!」と喜んでくれていたのに、最近は全くライトに食べさせてあげられていないことに気づいたラウル。
申し訳なさそうにライトに詫びる。
「ごめんな、ライト。ドライアド達にばかりかまけてて、ライトの分まで残してやれなんだな」
「ううん、ラウルが謝ることじゃないよ!ただ……二個か三個でいいから、ぼくもまたラウルのマカロンを食べたいなって……」
「分かった。必ずまたライトにもマカロンを作ってやるからな」
「ありがとう!ラウル、大好き!」
ラウルから再びマカロンを譲ってもらえる約束をしたライト。
嬉しさのあまり、隣の席に座るラウルにガバッ!と抱きついた。
ラウルが作るスイーツはどれも超逸品だが、ライトが選ぶベストスリーの中にマカロンはランクインする程実はかなり好きだったのだ。
子供らしく甘えてくるライトに、ラウルは小さく微笑みながら頭をくしゃくしゃと撫でる。
「ライトがそんなに俺の作るマカロンが好きだったとは知らなんだ」
「あ、もちろんマカロンだけじゃなくて他のも全部大好きだよ!? スイーツだけじゃなくて、ラウルが作るお料理は全部美味しいもん!」
「お褒めに与り光栄だ。そしたら今度マカロンを作る時、ライトも手伝ってくれるか?」
「うん!今はぼくも冬休みだし、冬休みの間ならいつでもお料理手伝うよ!お正月のご馳走作りだって手伝うからね!」
「そりゃありがたい。頼りにしてるぞ」
「任せて!」
ラウルの料理アシスタントの要請に、ライトも快く頷く。
幸いにも今は冬休みに入ったばかり。手伝う時間はいくらでもある。
それに、ラウルもこれから年末年始のご馳走の支度で忙しくなることだろう。ライトにとっても料理を覚える良い機会である。
スイーツ作りの約束を交わしたライトとラウル。
美味しいものをゲットするために頑張るぞ!と内心で張り切るライトだった。
前話で披露したライトの初の野菜栽培、その成果のお味見回です。
ホントはその後の午後のお出かけも書くはずだったのに。プランターの栽培の様子やら何やら書いていたら、あっという間に5000字超えてました…( ̄ω ̄)…
お味見の方も大根おろししか出てきていませんが、白菜やブロッコリーなどもいずれは出てくる予定。
というか、大根おろしって美味しいんだけど、おろし金で擦るのがめんどくて大変……今時ならミキサーの亜種で『大根おろし機』とか家電屋で売ってるけど、あの手の家電道具って使った後に洗うのがまためんどくて。結局使わなくなっちゃったりするんですよねぇ…(=ω=)…
一難去ってまた一難とはまさにこのことですね!(`・ω・´) ←多分違う




