【投稿開始三周年記念SS】第1076話 小さな剣士の未来(中編)
前話に続き、今回もバッカニア達が主役のSS中編をお送りします。
え、後編じゃねぇの?というツッコミは、後書ききて懺悔しておりますのでご容赦くださいませ…_| ̄|●…
それから約三年の月日が過ぎた。
バッカニアは十三歳になり、ヴァイキング道場の少年部においても目覚ましい才能を発揮し続けていた。
「やっぱバッカニア兄はすげーなぁ」
「ンなことねぇって、スパイキーだってすげーじゃねぇか。こないだも街でナンパされて困っている女の人を助けたって聞いたぞ?」
「俺の場合、顔と身体を見ただけで相手が勝手にビビッて逃げ出してくれるだけさ。……助けてやったはずの女の人だって、その場で腰を抜かして『命だけはお助けをー!』って泣き叫びながら懇願されるしよぅ……」
「……そ、そうか……そりゃ災難だったな……」
バッカニアの後を追うように少年部に入ってきたスパイキーとともに、今日も地稽古に励むバッカニア。
稽古後の更衣室にてスパイキーの活躍?をバッカニアが讃えるも、スパイキーの善行は必ずしもそのまま報われることは少ないらしい。
とはいえスパイキーが語ったその後の話では、迷惑ナンパから救ってあげた女性もスパイキーが根っからの善人で危害を加えることなどないと分かり、平謝りしながらお礼を言ってくれたようだが。
「ま、俺のことなんてどーでもいいんだよ。バッカニア兄は、これからどうすんだ?」
「…………」
「バッカニア兄なら悩む必要なんてないだろ? あんなすげージョブを持ってんだから、道場を継がなくても絶対にすげー剣士になれるって!」
「…………」
スパイキーの明るい励ましに、バッカニアの顔は曇る。
今から一週間前に、バッカニアはラグナ教ホド支部でジョブ適性判断を受けた。
その時にバッカニアに示されたジョブは四つ。
【豪腕トリマー】【魔獣使い】【風精霊師】そして【天下無双の剣豪】。どれも将来性のある有望なジョブで、ジョブ適性判断に同行したバッカニアの家族も大いに喜んだ。
トリマーという職に、果たして豪腕要素は要るのか?という素朴な疑問はさて置き。二つ目の【魔獣使い】とともに、これはバッカニアが動物に好かれやすい性質が反映されていると思われる。
実際ヴァイキング道場で飼っている犬のエイリークはもとより、三組のカラスの番もバッカニアによく懐いている。
【風精霊師】も、バッカニアには風魔法の資質が高いことを表している。
しかし、四つの中で最も気にかかるのはやはり【天下無双の剣豪】だ。
剣術一家の息子に生まれたバッカニアにとって、そのジョブが最も相応しいのは誰の目にも明らかだ。
だが、当のバッカニアだけは悩んでいた。
「……道場を継がない俺が、そんな大層なもん選んだところで何になるってんだ」
「でも、先生達はすっごく喜んでたんだろ?」
「そりゃそうだけど……」
「ハンザ師はもちろん、コルセア先輩にアマロ先輩、レイフ先輩だって大喜びしてたってのに、何が問題なんだ?」
「…………」
きょとんとした顔で尋ねるスパイキーに、バッカニアは何と伝えていいのか分からず再び黙り込む。
スパイキーにしてみたら、バッカニアが何をそんなに悩むのか全く分からない。
しかし、思春期のバッカニアにとってはかなり重大な問題だった。
バッカニアはヴァイキング流宗家四男。上に三人の兄がいる。
長男のコルセアは【剣聖】という、間違いなく剣士最高峰のジョブを得ていてヴァイキング剣術の後継者の座は揺るがない。
次男のアマロも【剣に愛されし者】、三男のレイフも【剣闘士】というジョブを選び、コルセアとともにヴァイキング剣術及び道場を盛り立てていく道を選んだ。
そんな優秀な三人の兄が、これからも実家を支えていくことが既に決まっているのに、自分までそこに加わる必要が果たしてあるのか?という疑問が、バッカニアはどうしても拭えずにいた。
ならばそれ以外の三つのジョブを選べばいい、とも思うバッカニア。だがしかし、事はそう簡単にはいかない。
バッカニアは剣術が嫌いな訳ではない。むしろ好きな方だし、稽古も率先して熱心に行っている。
だからこそ、ハンザ他家族は皆バッカニアが【天下無双の剣豪】を選ぶと信じて疑わない。むしろスパイキーと同じように『一体何が問題なんだ?』と思っていることだろう。
未だに保留しているジョブ適性判断の答えは、あと四日以内に出さねばならない。ジョブ適性判断で提示されたジョブに就くには、適性判断を受けてから二週間以内という規則があるからだ。
選択期限である二週間を過ぎれば、それらのジョブは一切受理できなくなる。そしてその後、再度ジョブ適性判断を受けても何も提示されなくなるのである。
そのため、ジョブ適性判断を受ける時は皆慎重になる。その先の人生、将来を大きく左右する一世一代の行事なのだから。
更衣室での着替えを終えて、スパイキーは自宅に帰っていった。
スパイキーと分かれたバッカニアは、道場の裏門に回りエイリークのところに向かう。
裏庭で日向ぼっこをしていたエイリーク、バッカニアが来たことに大喜びしながら駆け寄ってきた。
尻尾をブンブンと振り、ハッハッ、と舌を出しながら仰向けに寝転んでお腹を見せるエイリーク。
エイリークはもともとそこまで人見知りしない犬だが、それでもここまで気を許すのはバッカニア以外にいない。
それは、エイリークの日々の散歩や餌を与える世話係がバッカニアというのもあるが、それ以上にバッカニアの動物に好かれる資質が大いに影響していた。
無防備なエイリークのお腹を撫でながら、バッカニアは誰に言うでもなく呟く。
「なぁ、エイリーク……俺、どうしたらいいんかなぁ……?」
「クゥーン?」
「剣士になるのは嫌じゃないけど、だからって【魔物使い】や【豪腕トリマー】は何か違うよなぁ……【風精霊師】も基本的に風魔法を使うジョブだから、それも違う気がするし」
「キューン♪」
バッカニアにお腹を撫でられてご機嫌なエイリークとは裏腹に、はぁー……と大きなため息をつくバッカニアの心は重たい。
遅くとも三日以内に結論を出して、四日後にはラグナ教ホド支部の教会堂でジョブを授からなければならない。
悩み迷うバッカニアは、未だに決心がつかないままエイリークのお腹を撫で続けていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そうしてバッカニアが悩みを抱えたまま、ジョブを選択する期限の日より二日前のこと。
踏ん切りがつかずにズルズルと回答を伸ばしてきてしまったが、二日後には何が何でも答えを出さなければならない。
その頃にはバッカニアも、内心ではほぼ決心を固めていた。
『あー……とりあえずもう【天下無双の剣豪】を選んでおきゃいいかな。そうすりゃ父ちゃんも母ちゃんも兄ちゃん達も、皆喜んでくれるし』
『騎士とかは絶対無理だけど、剣士系ジョブを取っておけば将来冒険者とか用心棒になって稼ぐこともできるだろうし』
『……よし、決めた。明日教会堂に行って【天下無双の剣豪】を選んでこようっと』
その日の稽古を終えたバッカニア。更衣室で着替えながらジョブ選択の決意を固める。
着替え終えたバッカニアは、そのままスパイキーの家に出かけた。今日はスパイキーが道場に来る日なのに、何故かスパイキーは姿を現さなかったからだ。
生真面目な性格のスパイキーが、稽古を無断で休むことは珍しい。というか、これが初めてのことである。
風邪をひいたり怪我などで体調が悪い時には、花屋を営む彼の父母のどちらかが必ず稽古開始前に断りに来ていたのに、今日はそれも一切ない。
スパイキー、身体の具合が悪いのかな? なら見舞いに行かないとな!とバッカニアはスパイキーの実家の花屋に向かったのだが。
どういう訳か、花屋も臨時休業の札をかけたまま閉店している。
スパイキーの実家の花屋は、年末年始以外は基本的に年中無休で営業している。
もちろん突発的な理由により臨時休業することもあるが、それは親戚等近親者が亡くなったなどの緊急事態くらいだ。
スパイキーの家に何かあったのか?とバッカニアは内心焦りながら花屋の裏口に回った。
だが、いつもは開けっ放しの裏口も扉に鍵がかかって閉まっている。
いよいよ焦りを募らせるバッカニアは、スパイキーの家の二軒隣のヨーキャの家に向かった。
ヨーキャの家は父親が大工をしていて、スパイキーの家のように実店舗を構えている訳ではない。なので、バッカニアは普通に玄関の扉を叩いてから戸を開けた。
「こんにちはー、バッカニアでーす。……ヨーキャ、いるかー?」
家の中に向けて大きめな声で呼びかけるバッカニア。
しばらくすると、タタタ……という軽い足音が響いてきてヨーキャが現れた。
「バッカ兄!」
「お、ヨーキャ、いたか。一つ聞きたいことがあるんだが―――」
「バッカ兄!そんなことより!スパイキー君の家が大変なんだ!」
「!!!」
基本的にのんびりとしたヨーキャが、ここまで慌てるのは珍しい。
そんなヨーキャが発した不穏な言葉に、バッカニアの顔も強張る。
「スパイキーがどうかしたのか!?」
「スパイキー君のお父さんがいた商隊が、魔物の群れに襲われたんだって……」
「!?!?!? そ、それで!? おじさんは無事なのか!?」
「それが……まだ行方不明らしいんだ……」
「……何てこった……」
思わずヨーキャの両肩をガシッ!と掴み迫るバッカニアに、ヨーキャは臆しながらもその経緯を話していく。
ヨーキャの話によると、スパイキーの父グイドが同行していた商隊が魔物の群れに襲われた!という一報が今日の今朝方、スパイキーの登校直前にスパイキーの家にもたらされたという。
危急の知らせを届けたのは冒険者ギルドの職員で、スパイキーは母アグネスとともに冒険者ギルドに向かった。
その途中にスパイキーはヨーキャの家に立ち寄り、学校に欠席を伝えてくれるようヨーキャに頼んだらしい。
それから半日が経過した訳だが、スパイキーとアグネスは未だに自宅に戻っていない。グイドの安否をまだ誰も知らないのだ。
こんな話を聞いたら、バッカニアとて居ても立ってもいられない。
「ヨーキャ、俺も冒険者ギルドに行ってくる」
「え!? バッカ兄が冒険者ギルドなんかに行ってどうするの!?」
「……俺には何もできないかもしれないけど……それでもスパイキーの傍にいてやりたいんだ」
「……分かった。ボクも行くよ!」
冒険者ギルドに行く!と言い出したバッカニアに、ヨーキャは驚きを隠さずに問い返した。ヨーキャにとって、冒険者ギルドとは『大人が出入りする場所』というイメージが強かったからだ。
だが、バッカニアの答えを聞いてヨーキャも決心を固める。
バッカニアと同じく、ヨーキャにとってもスパイキーは大事な幼馴染。生まれた時からずっと友達だった彼の危機に、見て見ぬふりをすることはできない。
二人は取るものもとりあえず、冒険者ギルドホド支部に向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日の冒険者ギルドホド支部は、朝から慌ただしかった。
ホドに向かった商隊が魔物の群れに襲われた、という報せが明け方に入ってきたからだ。
冒険者ギルドに助けを求めたのは、商隊の護衛を務めていた冒険者の一人。階級は黒鉄級で、三人組の中堅パーティーの一人だった。
彼の話によると、ラグナロッツァからホドの街に向かう途中の山道でマウンテンジャッカルの群れに出食わし、そのまま戦闘になったという。
商隊の荷馬車は三台あり、護衛は通報者の三人組パーティー以外にも二人組の冒険者パーティーが雇われていて、計五人の護衛で道中を進んでいた。
そしてこの山を越えればホドの街にもうすぐ着くというところで、マウンテンジャッカルの群れに遭遇してしまったのだ。
さらに運の悪いことに、この商隊の中にグイドもいた。
彼が営むのは花屋、花を育てるには種や球根が欠かせない。四季折々の花の種や球根を仕入れるために、三ヶ月に一度の頻度でグイドはラグナロッツァなどの他の街に買い付けに出かけていた。
その帰りに魔物の群れに襲われてしまったのだ。
今現在その商隊は、報告者以外の四人でマウンテンジャッカルの群れと戦っているという。
群れは二十頭くらいで、マウンテンジャッカルの強さと残った四人の戦力比で言えば四分六分で護衛側の方が若干有利と思われた。
だが、群れで行動するマウンテンジャッカルの戦闘力を侮ってはいけない。多勢に無勢という言葉もある通り、人族側が全滅する最悪の未来を迎えてしまう可能性だってある。
故に護衛達は一番足の早い者をホドの街に遣わし、迅速な救援を求めたのだ。
「緊急事態発生!ホドの街にいる白銀級以上の冒険者は、魔物に襲われた商隊の救助に向かってください!黒鉄級以下の方は、ここにいない白銀級以上の冒険者達に事件発生を知らせてください!」
「商隊を襲撃した魔物はマウンテンジャッカル、頭数は二十前後!ただし、マウンテンジャッカルが他の群れを呼び寄せる危険性もあるので、決して油断しないように!」
「出動の報酬は大銀貨五枚を保証、状況によっては後日上乗せあり!黒鉄級以下の方々にも後日貢献点数をおつけします!」
「出動してくださる方は、こちらの地図で救助先の場所を確認がてらお名前もしくはパーティー名を一筆書いてから出てください!」
「一刻も早く現場への出動をお願いします!」
冒険者ギルドホド支部内で、受付嬢のクレヒがあらん限りの大声で広間内にいる冒険者達に向けて討伐依頼を発する。
事件発生を受けてテキパキと指示を出す姿は、まさに何でもできるスーパーウルトラファンタスティックパーフェクトレディー!の真骨頂である。
そして幸いにも早朝という時間帯のおかげで、広間内には多数の冒険者達が滞在していた。
多数の冒険者達が「任せろ!」「あいつ、今どこにいたっけ!?」「宿屋で寝てるだろうから、今すぐ叩き起こしてくるわ!」等々、皆協力的な姿勢で早速動いてくれている。
こうしてグイドがいる商隊の救助隊は、迅速に派遣されることとなった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
冒険者ギルドホド支部で緊急出動が発令されてから、約二時間後。
ホド支部にスパイキーとアグネスが慌てて入っていった。
この時は冒険者達が出払っていて、広間は閑散としていた。
二人は周囲をキョロキョロと見回し、受付窓口にいるクレヒを見つけて一直線に駆け出していく。
「あの!ホドに帰ってきていた商隊が、魔物の群れに襲われたって聞いたんですが!」
「商隊の関係者のご家族ですか?」
「はい!私の夫がその商隊の中にいるんです!」
「お母さん、まずは落ち着いてください。ほら、お子さんもいらっしゃいますし……」
「……あ、はい、そうですね……」
懸命に宥めるクレヒに、興奮気味だったアグネスもハッ!とした顔をしつつ声のトーンを落とす。
クレヒの言う通り、スパイキーもいっしょに来ているのだから、母である自分が慌てふためいてばかりでは駄目だ、ということにすぐに気づいたのだろう。
「取り乱してしまって、すみません……」
「いえいえ、ご家族が危険な時なんですから当然ですよ。なので、どうぞお気になさらず」
「ありがとうございます……で、商隊の方はどうなっているんでしょうか?」
「今、冒険者ギルドホド支部が総出を挙げて商隊の救出に向かっています。こちらに帰還するのは、少なくとも昼過ぎになるでしょう」
「そうですか……ううっ、どうしてこんなことに……」
商隊にいる夫の生死が分からぬ現状に、アグネスはついに泣き出し嗚咽を漏らす。
そんな母の姿を見て、スパイキーはとても不安そうな顔をしていた。
母より頭三つは大きなスパイキー。どんなに身体は大きくても、彼はまだ十二歳の子供。アグネスの不安がる姿に、子供のスパイキーは余計に不安に駆られるのも無理はなかった。
そんなスパイキー母子の様子を見かねたクレヒが、スパイキーにそっと声をかける。
「ぼく、お母さんはとても不安そうだから、向こうの椅子に座らせていっしょにいてあげてくれる?」
「分かりました……」
力無く返事をするスパイキーに、クレヒが優しい口調で語りかける。
「大丈夫、きっと君のお父さんは助かりますよ。だって、白銀級以上の冒険者が十人も集まって、山狼退治に向かってくれたんですから」
「……ホントですか?」
「ええ。白銀級の冒険者さんというのは、本当に本当に強い人達なんですよ。だから、きっと大丈夫。君もお父さんの無事を信じて、ここで待っててくださいね」
「……はい!」
クレヒの励ましの言葉に、スパイキーは滲んだ涙を右の手の甲で拭いながら精一杯気丈に振る舞う。
そしてスパイキーはアグネスの背をそっと擦りながら「母さん、向こうで待ってよう」と言いつつベンチのある方向に歩いていった。
拙作三周年記念SS、二話目の中編です。
というか、先に懺悔します。昨日の前書きや後書きで『前後編をお楽しみください☆』と書いたくせに、二話で収めきれず中編を生み出してしまいました……
ホントは前後編にするハズだったのに!書いても書いても終わらない!つか、終わらないどころか現時点で7000字近くなってもた!><
……ので、もう諦めて中編にしました(;ω;)
でもって、ここまで書いておいてスパイキーの父母の名前が未だに『スパイキーの父』『スパイキーの母』のままという……
ここまでになると、さすがに個人名要るよね……てことで、後日改めて名付けをする予定。
何ともグダグダなことですが、どうかご寛恕くださいませ><
【1月21日 追記】
名無しだったスパイキー父の名を『グイド』、母の名を『アグネス』にしました。




