第1065話 完成間近の新孤児院
そしてやってきた次の土曜日の十二月二十二日。
この日は新ラグナロッツァ孤児院の開所式が行われる日である。
新しい孤児院の建物自体はその五日前に完成していて、開所式三日前の水曜日にはレオニスとシスターマイラが見学に来ていた。最終チェックを兼ねた内覧である。
水曜日の午前中に、シスターマイラを連れたレオニスが新しい孤児院の建物を見に訪れた。
現地には、レオニスから事前に連絡を受けていたイアンが建物入口前で待機しており、レオニス達の来訪を快く出迎えた。
「レオニスさん、シスターマイラ、ようこそお越しくださいました」
「よう、イアン。久しぶりだな」
「イアンさん、ご無沙汰しております。本日もどうぞよろしくお願いいたします」
よッ!とばかりに右手を軽く上げてフランクに挨拶するレオニスに、イアンに向かって深々と頭を下げながら丁寧な挨拶をするマイラ。
ちなみにマイラの方も、新しい孤児院の建設中の現場には二度程足を運んだことがある。
レオニスに連れられて来ては、新しい引っ越し先の敷地の広大さに仰天したり、立派なものが建てられる予感しかしない建設途中の建物を見ては感嘆のため息を漏らしたりしていた。
そんなマイラに、イアンが優しく声をかける。
「シスターマイラ、三日後には開所式が催されます。それを以って建物のお引き渡しとなりますが、その前にレオニスさんとともにシスターの目で建物の検分をお願いいたします。もし何か疑問点や不具合と思われる箇所がございましたら、遠慮なく言ってください」
「ありがとうございます。今後はここで子供達を世話することになりますし、この目でよくよく拝見させていただく所存です」
「では、早速中に入りましょう」
イアンがレオニス達を招き入れるように、新しい建物の扉を開く。
外の一本道に面した扉は礼拝堂になっており、大きくて荘厳な空気を醸し出している。
マイラが扉の中に入ると、そこには一見質素だが凛とした佇まいの空間が広がっていた。
「これは……とても素晴らしい礼拝堂ですね……」
「この孤児院は修道院の役割も兼ねているとお聞きしましたので、礼拝堂の作りにも特に力を入れさせていただきました」
ほぅ……とため息をつきながら、礼拝堂の天井や床をゆっくりと見回すマイラ。
祭壇や礼拝者のための長椅子も全て新品で、白い壁や明かり取りのステンドグラス、魔石ランタン等々非の打ち所のない完璧な作りに、マイラはただただ感動の面持ちで見入る。
「おおお……レオ坊、床が軋まないよ!足音も違うし!」
「そりゃそうだろう……一応新築だし、床も石造りだし」
石造りの床をそろーり、そろーり……と慎重に歩くマイラ。
ギシ、ギシ……という今にも床が抜けそうな不穏な音ではなく、カツン、カツン……という石床特有の乾いた高音が響く。
床の響きに興奮気味にはしゃぐマイラに、レオニスは頬を引き攣らせながら苦笑する。
マイラはまだオンボロ教会に住んでいるので、床に重さが響かないような歩き方をする癖が抜けないのだ。
礼拝堂を見終えた後は、マイラが使う執務室や子供達の部屋をイアンの案内で見ていくレオニス達。
それらの孤児達やマイラが住むエリアは、礼拝堂の隣の別棟となっている。
別棟は三階建てで、一階は皆で食事を摂る食堂と厨房、マイラの執務室、応接室や来客者の宿泊部屋などがある。
食堂はとても広々としていて、五十人分以上の席がある。
そして厨房の奥には食材保存用の食糧庫があり、二つある出入口は外の廊下とも繋がっている。
この食糧庫には、後日の開所式後に氷の女王の融けない氷槍を多数置いて氷室にする予定だ。要は現代日本における巨大冷蔵庫である。
一階の次に見る二階と三階は、孤児達用のエリアである。
二階と三階の子供達の部屋は、基本的に三人分のベッドと机が備え付けられている。
また、三階には子供達が勉強や話し合いなどに使えるよう、会議室のようや大きな共用コーナーの部屋がある。
そこには本を収容できる本棚もあって、これから書籍を入手した時に共有財産として皆で使うことができる、という訳だ。
建物の中を一通り見た三人は、今度は外に出るために三階から一階に移動する。
移動のために階段を下りるレオニス達。階段の手摺りに捕まりながら降りていくマイラの前を、レオニスが歩いていく。
直接マイラと手を繋ぐ訳ではないが、それでもマイラが階段で足を踏み外した時に前のめりで落下しないように自分が受け止める、というレオニスなりの配慮なのだ。
新築ということもあるが、それを抜きにしても何処もかしこも素晴らしい出来上がりに、マイラだけでなくレオニスも心から感嘆している。
別棟の一階玄関ホールから外に出たレオニス達。
はぁー……と外の空気を大きく吸い込みながら、レオニスがイアンの方に身体を向き直した。
「イアン、半年でこんなに素晴らしい建物を作り上げてくれて本当にありがとう。正直なところ、半年の工期じゃ完成が間に合わなくて少しくらい年を越すことも覚悟していたんだ」
「お褒めに与り光栄です。それもこれも、全ては時折差し入れに来てくださったレオニスさんやラウルさんのおかげです」
「……そうなのか?」
イアンを労うレオニスだったが、逆にイアンから礼を言われたことに若干の戸惑いを隠せない。
不思議そうなレオニスからの問いかけに、イアンは静かに微笑みながらその理由を語る。
「お二人が建設の進捗具合を確認なさるために、時折見に来られましたでしょう? その時に毎回差し入れてくださった、甘味や飲み物。あれのおかげで、職人達のやる気がそれはもう充実しまして。その結果、想定以上の働きができて仕事もどんどん捗ったのですよ」
「そうか、それは良かった」
イアンの話に、レオニスも微笑みながら頷く。
新孤児院の建設は六月に入ってから開始された。
途中真夏の暑い時期もあり、炎天下での建設作業はさぞかしキツかったことだろう。
そんな時に、レオニス達の差し入れが届けられたら―――現場の職人達はさぞかし生き返る思いだったに違いない。
しかも、その差し入れ話には先があった。
「特にラウルさんには、大変お世話になりました。我がガーディナー組には三人の空間魔法陣持ちの従業員がいるのですが、その者達に孤児院建設現場の職人用の飲み水を持たせてくださったのですよ」
「そうだったのか? ラウルのやつ、そんなことをしてくれてたのか……」
「おや、レオニスさんはお聞きしてなかったのですか?」
「ああ……あいつはそういうことはあまり話さないやつだからな……」
ラウルがガーディナー組に飲み水の差し入れをしていたとは、レオニスも初耳だ。
寝耳に水の話にレオニスが驚いていることに、イアンも意外そうな顔をしている。
八月下旬に、ライトとレオニス、ラウルの三人で新孤児院の建設現場を訪ねたことがあった。
それは、マキシの兄フギンとレイヴンの人里見学の一環で各地を回っていた時のことである。
その時に、ガーディナー組の職人達がラウルの差し入れた水=氷の洞窟の氷を融かした水や麦茶で大喜びしていたのを見て、その後ラウルが時折ガーディナー組本社の方に大量の飲み水の差し入れを託していたのだ。
「ラウルさんが出してくれるお水は、本当に疲れた身体によく効くというか、とにかく疲れが吹っ飛んで元気が湧いてくるのですよ。それを九月から毎日のお昼の休憩時間に、飲み水として職人全員に出せまして。おかげで職人達は午後も疲れ知らずで働くことができて、結果工期も大幅に短縮できた、という訳です」
「それは知らなかった……今度ラウルのやつにまた礼をしないとな」
新孤児院の工期大幅短縮のからくりを知ったレオニス。
ラウルが度々ガーディナー組本社に出向いていたのは、何も飲み水の差し入れのためだけではない。ラウル自身、大量の丸太をログハウスキットに作り変えてもらうためにガーディナー組に仕事を依頼していた。
ログハウスキットの打ち合わせや、その完成品の受け取りなどでガーディナー組を何度か訪問する機会があり、そのついでに孤児院建設担当の人々用に飲み水を渡していたのである。
ラウルとしては、暑い日差しの中を野外で働く職人達を思ってのちょっとした行動だった。
ツェリザークの水を飲んであれだけ喜んでくれるんだ、孤児院を建ててくれる者達の疲れが少しでも取れて癒やされればいいな、という軽い気持ちからしたことだったのだが。それは予想をはるかに上回る良好な結果をもたらしてくれていたらしい。
「さぁさぁ、見所は建物ばかりではありませんよ。庭もかなり注力しましたからね、是非ともご覧ください」
「おお……これはすごいな」
明るい声で庭の案内を始めるイアン。
イアンが手を広げて見せたその先には、広々とした庭に花壇やブランコなどいくつもの遊具があった。
「こちらのブランコやジャングルジムなどの遊具、これもラウルさんが提供してくださった丸太でできております。……あ、これの制作費用は今回の建設費には入れておりません。全て職人達が休憩時間の間に自主的に作ったものでして、私達の心ばかりのお祝いの品と思っていただければ幸いです」
「ありがとう。子供達が見たら、きっと大喜びするだろう」
「だといいのですが。また、こちらの花壇にはまだ何も植わっておりませんが、これからここにお住まいになられるシスターと子供達で少しづつ作っていってください」
庭や花壇の広さはもちろんのこと、予算外の遊具までついてきたことにマイラが感動している。
「まぁまぁ、こんなに素敵なプレゼントまでいただけるなんて……本当に、本当にありがとうございます……」
「いえいえ、改めて礼を言われる程のことでもありませんよ。私も子供を持つ身、親を亡くした多数の孤児達を立派に育てておられるシスターのことを本当に尊敬しております」
「イアンさん……」
深々と頭を下げて礼を言うマイラに、イアンが顔を上げるよう促すようにそっとマイラの手をそっと取りながら語りかける。
「子供達が少しでも健やかに育つお手伝いができるなら、私個人としても本望というものです。それに、ガーディナー組にとっても地域に貢献する仕事ができて、本当に光栄なことと思っているのです」
「イアンさん……」
「それに、礼を言うなら私ではなく施工主のレオニスさんにお願いいたします。孤児院の移設に関して潤沢な予算を出してくれたのは、他ならぬレオニスさんなのですから」
「……レオ坊……」
イアンの言葉に、マイラが改めてレオニスの方に顔を向ける。
その目には既にたくさんの涙が溢れており、ポロポロと涙を溢しながらマイラはレオニスの両手を握りしめた。
「レオ坊、本当に……本当にありがとうね。レオ坊がいてくれなかったら、私達はこの寒空で途方に暮れていたことだろうよ」
「いいってことよ。俺がしたくてやったことなんだから」
「でも、たくさんお金を使っただろう? 私達には、そのお金を返すアテもないのに……」
「それも気にしなくていい、別に金を貸したつもりもないし。そもそもそれを言ったら俺だって……ディーノ村の孤児院でシスターマイラに育ててもらえなかったら、とっくの昔に野垂れ死んでいたさ」
「…………」
レオニスにばかり大金を使わせてしまったことに、マイラが負い目を感じないはずがない。
そう、いくら強制退去が迫っていたからといって、レオニスに甘え過ぎたのでは……とマイラも苦悩していたのだ。
だが、レオニスの言葉にマイラは黙り込んでしまう。
レオニスの言うことも尤もで、冒険者の両親を亡くしたレオニスをディーノ村の孤児院が拾って育てていなければ、今のレオニスはないのだから。
レオニスの言葉に、マイラは眦の涙をその手で拭いながら小さく微笑む。
「親を亡くした子を孤児院が育てるのは、当たり前のことなのに……でも、そうだね、かつてディーノ村でレオ坊を育てた善行が今自分に返ってきている、と思えばいいんだね」
「そうそう。ディーノ村にはもう孤児院すらないが、だからこそ俺はシスターマイラという個人に恩返しをしたかったんだ」
「ありがとう……あんたの後輩の子供達も、私がきっとあんたのような立派な子に育ててみせるよ」
「是非ともそうしてくれ。俺も後輩達とシスターマイラの顔をたまに見に来るから」
母と慕うマイラの手を、レオニスがそっと握る。
かつていたずら三昧のグランやレオニスの頭を、脳天チョップで鉄拳制裁し続けてきたマイラの手には、多数の皺が刻まれている。
実年齢に比べて皺がかなり多いが、それはマイラのこれまでの苦労が非常に多かったことを物語っている。
昔は大きくて怖かったマイラ。
今ではレオニスもすっかり大きくなり、身長だけじゃなく腕力だってレオニスの方が大きく上回った。
その分マイラは歳を取り、心なしか背中も曲がり全体的に小さくなったように思える。
だが、レオニスにとってマイラは育ての親。
実の母親にも等しいマイラは、レオニスにとっていつまでも大きくて偉大な存在だった。
立派に育ったレオニスの優しい言葉に、一度は涙を拭ったマイラの眦にまたも大量の涙が溢れてくる。
レオニスの胸に顔を埋めるようにして涙を流すマイラ。
彼女の震える肩と背中を、レオニスはそっと抱きしめ続けていた。
久しぶりの新孤児院話です。
こちらも年内退去が決まっていて、引っ越し=新しい孤児院建設も年内に解決しておかなきゃならなかったんですよねぇ……って、年末年始に問題集中し過ぎっしょ?><
リアルでは正月の空気も薄れてきて、お休みが明日の成人式までという方も多いのではないかと思います。
作者もいろんなご馳走を食べまくって、体重の大増加が気になるところ。
あーでも運動とかしたくないー、というか喘息持ちだから運動できないー、ちょっと運動しただけですぐ気管支がイカれるんだもん><
……よし、明日からもやし&豆腐&こんにゃく三昧の生活をしよう!
あ、その前にお餅の残りだけ始末してこようっと……(((((│台所




