第1059話 神威鋼の入手方法
その後ライトはルティエンス商会の店内をじっくりと回り、ラウルには最高級砥石を、マキシには彫金用の鑿を購入することにした。
ちなみにマキシ用の鑿は、オリハルコンゴーレムの脛の部分が使われた逸品らしい。
オリハルコンゴーレムの脛で作られた鑿とか、一体どこでそんな加工してんの???と疑問に思うライトだが、ロレンツォのことだ、きっと明確な場所とかは答えてくれないんだろうな、とも思う。
そしてラウル用の最高級砥石は、BCOでは強化素材の一つである『砥石』である。しかもその中でも超一級のプレミアム品だというではないか。
砥石のプレミアム品が存在するなんて、BCOマニアのライトですら初耳情報である。
交換所で交換する強化素材、しかも一番ランクの低い砥石にノーマルとかプレミアとかあんの???と、これまた疑問に思うライト。
ロレンツォ曰く『数万個に一個の割合で、本当に極稀にものすごいオーラが漂う砥石が出てくる』らしい。
それ以外のものは全て均一の品質らしいので、それにお目にかかること自体かなりラッキーなことなのだろう。
それらのプレゼントもラッピングしてもらい、砥石の交換素材である石2個と鑿の価格1000Gの支払いも無事済ませた。
余談ではあるが、ライトが交換素材の石をもっと出して渡そうとしたのに、ロレンツォは固辞して受け取らなかった。
ライトとしては『プレミアムなんて品をもらうのだから、そのお礼として素材を多めに渡したい』という気持ちだったのだが。ロレンツォは静かな笑みを浮かべながらその理由を語る。
「ノーマルでもプレミアムでも、砥石であることに変わりはありません。プレミアムだからといって、交換素材を多めにいただく必要などないのです」
「でも……何万個に一個の、本当に珍しいレアな物なんでしょう?」
「ええ、この私でもプレミア品質のものは数回しか出会ったことがございません」
「そんな貴重なものなら、なおさら石2個ではとても釣り合いが……」
言い募るライトの口を、そっと人差し指で止めるロレンツォ。
軽く口を閉じられて言葉が発せないライトに、ロレンツォはにこやかな笑顔で語りかける。
「私はショップ店主というしがないNPCで、ヴァレリアさんやライトさん達勇者候補生のような特別な力はありませんが……それでも、私にしかできないことがあります」
「それは……?」
「交換材料のチェックやお客様にお渡しする強化素材、それらに関する全ての権限が私に一任されているのですよ」
「!!!」
ロレンツォの言葉に、ライトは驚きつつ得心する。
交換する強化素材の品質が均一であることは、交換所として絶対に遵守しなければならない。武器防具の強化を担う素材だけに、その品質にバラつきがあったら強化の出来上がりにも影響が出てしまうからだ。
そういった意味では、例え数万個に一つのレアなプレミア高品質であってもイレギュラー品として弾かねばならない。
そして、イレギュラー判定が出て弾き出されたものをその後どう扱うか。これもロレンツォの裁量一つで決められる。
つまり、この最高級砥石は他の人相手には決して出せない品だが、他ならぬBCO仲間であるライトだからこそ譲るのだ―――ロレンツォは言外でそうライトに伝えているのである。
ロレンツォの意図を汲み取ったライト。
嬉しそうな顔で改めて礼を伝える。
「ロレンツォさん、本当にありがとうございます!この素晴らしい砥石なら、きっとラウルも喜んでくれると思います!」
「そうだとよろしいですね。何しろ当店でクリスマスプレゼントをお買い求めになられたのは、ライトさんが初めてのことですので……」
「え、そうなんですか? 何か意外だなぁ、ここにはたくさんの素敵なものや面白い品があるのにー」
ロレンツォの話に、心底意外そうな顔をするライト。
ライトにとって、このルティエンス商会はまるで宝箱のような店だ。
一番最初の特殊氷嚢から始まり、BCOの期間限定イベントの武器防具である『出刃ソード』に『真菜シールド』、そして『金色杓子』や課金武器の『ハデスの大鎌』なんて激レアアイテムがそこかしこに溢れていて、ものすごーく魅力的な店なのだ。
だがしかし、それはBCOを知るライトだけが持つ独特かつ特別な思い入れであり、他の普通の人から見たルティエンス商会は『何を売ってるのかよく分からない、胡散臭い店』もしくは『鍛冶屋御用達の強化素材店』にしか映らない。
そしてロレンツォの方も、そうした一般的なイメージをよく理解しているのだろう。
だからこそ、今日ライトがクリスマスプレゼントを選びに来てくれたことがとても嬉しいのだ。
「ラウルさんやマキシさん、そして同級生の方々にも当店の品々を喜んでいただけたら……私としても、これ程嬉しいことはございません」
「きっと大丈夫ですよ!ラウルやマキシ君だけでなく、クラスメイトの皆も絶対に喜んでくれると思います!」
ロレンツォから受け取ったラッピング済みのプレゼントを、ライトはアイテムリュックに大事そうに仕舞い込む。
今年のライトのクリスマスプレゼントの大半が揃った瞬間だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
約一週間後に迫ったクリスマス、そのプレゼントの大部分を入手したところで、ライトがもう一つの本題に入る。
「ところでロレンツォさん。ぼく、今日はもう一つ重大な相談があるんですが……」
「はい、何でしょう?」
「『神威鋼』という強化素材について、教えてほしいんです」
「『神威鋼』、ですか……」
神威鋼のことについて、話を切り出したライト。実に真剣かつ切羽詰まった様子でロレンツォに相談している。
ライトが今日ルティエンス商会を訪ねたもう一つの目的、それはエクストラクエストに出てきた強化素材『神威鋼』のことについて聞くためだ。
この『神威鋼』、強化素材の一つであることは間違いないのだが、ライトはその交換方法を全く知らない。何故なら、BCOの強化素材のいくつかは交換所での交換ではなく『モンスターを倒して得られるドロップ品』となっていたからだ。
そしてこのドロップ品の中に『神威鋼』も含まれていた。
くッそー、新しい交換素材を毎回五つは捻り出さなきゃならないのが面倒くさいからって、モンスターからの直接ドロップに変更しやがって……手抜き大好き運営め!それじゃ一体何をどう揃えれば交換できるのか、全く分からんじゃないか!
…………でも、クエストイベントのお題として出てきたからには、必ずそれらの入手方法もある、はず!
さすがにモンスターからの直接ドロップだと厳しいが……『神威鋼』は強化素材の一つだし、もしかしたら交換所店主のロレンツォさんなら何か知ってるかも!
ライトはそう考えていたのだ。
「ライトさんは、神威鋼がどのような品かをご存知ですか?」
「BCOでは、モンスターを倒すなどしないと入手不可だったと思います」
「そう、BCOではそういう仕様でしたね。ですが、ご安心ください。このサイサクス世界では、例え神威鋼であってもこの交換所システムにて入手可能となっております」
「やっぱり!ヤッター!」
BCOではドロップ品だった神威鋼が、サイサクス世界では交換所で入手できる―――ロレンツォの力強い答えに、ライトは思わず飛び上がって喜んだ。
ならば、後は交換素材を集めて入手すればいいだけだ。ライトは喜び勇んでロレンツォに問うた。
「そしたら、神威鋼の交換に必要な素材を教えてください!」
「承知いたしました。では、必要なアイテム名を全て書き出しますので、少々お待ちくださいね」
「はい!」
ライトの質問に、ロレンツォが店のカウンターに移動して紙とペンを取り出し、何やらスラスラと書いている。
そうしてしばらく待っていると、一枚の紙を持ったロレンツォがライトのもとに戻ってきた。
そして手に持っていた紙をライトに差し出すロレンツォ。
ライトはその紙を受け取り、記載された内容を見た瞬間「グフッ!」と盛大に噴き出した。
ロレンツォが書き出した『神威鋼の交換に必要なアイテムリスト』は、以下の通りである。
====================
桜花印安来鋼 1個
アビスクロム 1個
イノセンスエレクトラム 1個
マナクリスタル 1個
青生生魂 1個
====================
「ここここれは……」
ロレンツォが手渡した紙の内容に、ライトはただただ絶句する。
そこに書かれてあったアイテム名は、全てが強化素材だったからだ。
「ロ、ロレンツォさん……これ、まさか……強化素材が交換素材なんですか?」
「はい。この神威鋼は強化素材の中でも特殊な品でして……交換のための素材は、全て強化素材が指定されております」
「マジですか?」
「マジです」
愕然としながら真偽を問い質すライトに、ロレンツォはコクリ、と頷きながら冷徹に肯定する。
強化素材は、一番低ランクの砥石を除いてそのほぼ全てに各五種類の指定素材を必要とする。
そしてこれまでの強化素材は、五種類の素材を集めれば一個入手できた。
だが、この神威鋼に関してはそれが当てはまらない。
五種類の強化素材を以て交換するということは、それはつまり全部で二十五種類の素材を集めなければならない、ということだった。
神威鋼の交換条件を知ったライト、半ば魂が抜けかけたような顔をしている。
そんなライトを憐れむように、ロレンツォが語りかけた。
「BCOの交換所システムを熟知しておられるライトさんが、絶望感に襲われるのも無理はございません……ですが、この神威鋼は強化素材の中でも最高峰の品。その入手についても、非常に困難を極める設定となっているのです」
「アハハハハ……ですよねぇ……そもそも神威鋼って、ぼくが知るBCOでの強化素材の中でも最も新しいアイテムでしたもんねぇ……」
「そういうことです」
力無く笑うライトに、ロレンツォも目を閉じつつコクリ、と頷く。
何年も続いたソシャゲの最新アイテム。それはつまり、材料の難易度もインフレを極めていて容易く入手できる品ではない、ということだ。
クエストイベントのエクストラクエストに出てくるだけあって、その要求内容も一筋縄ではいかないのである。
だがしかし、ここで諦めるという選択肢はライトの中にはない。
材料集めに通常の五倍は手間がかかるが、それでも時間をかければいつかは集めることができるだろう。
途方もない労力を要することは間違いないが、それに屈するライトではない。
ライトは気持ちを落ち着かせるために、目を閉じ大きく息を吸い込んだ後、ふぅ……と小さくため息をつく。
軽めの深呼吸のようなため息の後、ライトはその目をクワッ!と大きく見開いた。
「……分かりました。ロレンツォさん、その五つの強化素材の交換素材を全部教えてくれますか?」
「承りました。紙に書き出して参りますので、少々お待ちくださいませ」
「よろしくお願いします」
ライトの要請に快く応じるロレンツォ。
再び店内のカウンターに行き、紙とペンでスラスラと何かを書いていく。
新たなアイテム『神威鋼』の入手方法に、一度は愕然としたライト。だが、やってやれないことはない。
こんなん努力あるのみだ!絶対に、絶対にクリアしてやる!と、改めて心の中でクエストクリアを固く誓うライトだった。
ライトのルティエンス商会訪問の大本命、神威鋼の交換条件が明かされる回です。
その前に、レオニス以外の皆へのクリスマスプレゼントをゲットだぜ!したライト。
砥石にランクとかあんの?と思うそこの読者様。そう思いますでしょ? えぇえぇ、作者もそう思ったんですよ。
ですが!『砥石 ランク』でggrksすると!何と!これがまたいろいろと出てくるのですよ!Σ( ゜д゜)
そう、よくよく考えたらホビー系でもよく使う紙やすり。作者もとある趣味のために紙やすりを使ってた時期があったんですが、あれも目の荒さや細かさによって様々な番手があるんですよねぇ。
表面を砥いで整えるための紙やすりにだって各種存在するんだから、包丁を砥ぐための砥石にだって様々な種類があるのは当たり前ですよねぇ(=ω=)
ですが、さすがに強化素材で『砥石A』『砥石B』……『砥石SS』とかやってたら、後々すんげー混乱しそうなので。ここは単に『砥石』だけにとどめることに。
それでもラウルに贈るためのものだから、規格外で弾かれた『最高級砥石』なるものを生み出しちゃった作者。調理器具マニアのラウルなら、きっと喜んでくれるでしょう( ´ω` )




