第1057話 祭壇の間の問題点
その後ライト達は玄武が誕生した隠し部屋、祭壇の間に移動した。
そしてそこにラウルが、カタポレン産の巨大野菜の白菜やキャベツ、ジャイアントホタテの貝柱や下拵え済みの氷蟹などを出して置いていく。
空間魔法陣から次々と巨大な野菜が出てくる図を、氷の女王やシーナはぽかーん……とした顔で眺めていた。
この氷の洞窟は天然の冷凍庫にも等しい場所なので、それらの食材が腐って傷むということはまずない。保存という面では完全かつ安心な場所である。
しかし、それとは別にもっと大きな問題が存在していた。
「ねぇ、ラウル。一応ここに、玄武のためのご飯を置いたのはいいんだけどさぁ……さっきの様子だと、これを食べ終わる頃には玄武もすっごく大きくなってそうだよね?」
「多分な。……そうなると、ここの出入口がすぐに使えなくなる可能性が高いな」
「うん。下手すると出入口で身体が閊えて、この部屋から出られなくなるかも……」
「ここでたくさん食って、大きくなり過ぎて出られなくなったらマズいよなぁ……」
二人して小声でゴニョゴニョと話し合うライトとラウル。
二人が危惧しているのは、祭壇の間に通じる出入口がかなり小さいということだ。
それもそのはず、この隠し部屋への通路はレオニスがウォーハンマーで無理矢理掘削して通した穴で、人一人が余裕で通れる程度の大きさにしか掘っていないのだから。
巨大化した玄武の出入りなど、全く想定していない作りなのである。
ライト達や氷の女王が行き来する分には、このままでも構わないのだが、玄武も出入りするとなると話が変わってくる。
玄武もそのうち身体の大きさを変えられるようにはなるだろうが、その術を身につける前にこの祭壇の間に閉じ込められでもしたら困る。
この部屋の中で急激に大きくなって、出入口から首しか出せなくなってしまったら洒落にならない。
「ラウル、そしたらさぁ、二、三日のうちにレオ兄ちゃんとここに来て、出入口の拡張工事してくれる?」
「そうだな、これからもここに玄武用の野菜を置いてここで食事するなら、そうした方がいいだろうな」
これは今後のためにも、絶対に出入口の拡張の必要性がある!と感じたライトとラウル。
早速ラウルが後ろについてきていた氷の女王に声をかける。
「氷の女王、ここに玄武用の食べ物を置きたいんだが、玄武が大きくなったらこの出入口からの出入りは無理になると思う。だから、早急に出入口を大きく拡げたいんだが。いいか?」
『もちろんだとも!玄武様の成長のためになることならば、何でも受け入れようぞ!』
「ありがとう。そしたら近いうちに、大きなご主人様を連れてまたここに来る」
『ああ……あの者ならば、洞窟の壁も余裕で崩せるしの』
氷の女王の許可を得られたラウル、近日中にレオニスとともに来訪することを告げる。
ラウルの口から出た『大きなご主人様』という言葉を聞き、氷の女王の頭の中には過日のレオニスの勇姿―――ツルハシを持ってガリガリと壁を掘り進むレオニスが思い出されていた。
そして氷の女王の横にいた、銀碧狼親子のアルとシーナ。
この祭壇の間に入るのは初めてのようで、辺りをキョロキョロと見回していた。
『まぁ……氷の洞窟に、このような空間があったとは……』
『シーナ姉様もお気づきになられなかったでしょう? 我も先日、ラウル達のおかげでここを見つけることができたのです!』
『そして、ここで玄武がお生まれになったのですね』
『はい!見つけた時には小指の爪程しかなかった小さな卵から、このように立派な玄武様がお生まれになったのです!』
『…………ン? 神殿守護神って、卵から生まれるものなのですか……?』
入口に反して内部がかなり大きな空間であることに、シーナは感嘆しつつ大きな祭壇を見上げる。
そして玄武の誕生エピソードを、玄武を腕に抱いた氷の女王が誇らしげに語る。
途中まで感心しながら聞いていたシーナだったが、玄武が卵から生まれたと聞き『???』となっていた。
長い時を生きる銀碧狼でも、神殿守護神が卵から孵化するということは全く知らなかったようである。
ちなみにアルは、そのままの大きさではとても入れなかったので、身体の大きさを大型犬くらいに変えてからついてきていた。
人化の術はまだ未習得だそうだが、身体のサイズを小さくすることならできるようになったらしい。
いつかアルも、母親のシーナのように人化できる日が来るのだろう。
ライトがそんなことを考えていると、アルがシーナから離れてトトト……とライトのもとまで歩いてきた。
自分の横にぴったりと寄り添うアルのことが可愛くて仕方がないライト。アルの将来を楽しみに想像しながら、そのもふもふの背を撫でる。
ひとまず祭壇の間での仕事を終えたラウル。
ライト達に向かって声をかけた。
「さ、そしたら一旦ここを出て、そろそろ帰るとするか」
「うん!」
「氷の女王、一応ここに玄武の食糧は置いたが、念の為にこれを食べさせるのは出入口の拡張が終わってからにしてくれ」
『分かったわ!玄武様も、それでよろしいですか?』
「モキューン!」
氷の女王の問いかけに、彼女の腕の中の玄武が前肢をピッ☆と上げて応える。もちろんその答えは『OK☆』である。
ニンジンとジャイアントホタテを食べて、一回り身体が大きくなった玄武。だが、まだ氷の女王が抱っこできる範疇に収まっている。
しかし、祭壇の間の入口が拡張されたら、ラウル謹製巨大野菜とエンデアン産の新鮮魚介類をモリモリ食べて、モリモリ大きくなっていくことだろう。
そうなると、もう抱っこするのも無理になるだろうな―――そう思ったライトが、氷の女王に声をかけた。
「氷の女王様、ぼくも玄武を抱っこしていいですか?」
『もちろん良いぞ。玄武様が大きくなられたら、今のように気軽に抱っこもできなくなるからの』
「ですよね!」
ライトの願いを快諾してくれた氷の女王に、ライトは顔が綻ぶ。
近い将来巨体となるであろう、四神の一柱玄武。思う存分抱っこするなら今のうち!である。
皆の姿がよく見えるように、氷の女王は甲羅側を胸に当ててお腹側を前にして抱っこしていた。
そしてそのままの姿勢で、氷の女王がライトに玄武を渡す。
玄武のお腹とライトの胸がぴったりとくっつき、両手で甲羅を支えつつ玄武を抱っこするライト。
思った以上に重量があるが、それでも抱っこできない程重たいということはない。もっともそれは、人並み以上の力を持つライトならではの感想なのだが。
玄武のずっしりとした重さを噛みしめながら、ライトは玄武に話しかける。
「これからも、玄武用の美味しいご飯を届けに来るね」
「クルゥ♪」
「美味しいご飯を食べるのは、もうちょっと先だけど……レオ兄ちゃんとラウルが入口を大きくしてくれるまで、少しの間待っててね」
「クアッ!」
腕の中の玄武の顔を見つめて微笑むライトに、玄武も顔を真上に上げてライトを笑顔で見つめる。
玄武にとってライトは生みの親の一人であり、この世で最も敬愛して止まない者なのだ。
玄武の愛らしい笑顔に、ライトの顔もますます緩みっ放しであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
祭壇の間を出て、洞窟出口に向かうライト達。
その間玄武はライトからラウルに、そしてラウルからシーナに渡され、代わる代わる抱っこされてご機嫌である。
ラウルは「おお、見た目より結構重たいな」と言い、シーナは『神殿守護神をこの腕に抱けるなど、何と光栄なことでしょう……』と感激していた。
そして洞窟の出口に着いたライト達一行は、改めて氷の女王と玄武に別れの挨拶をする。
「氷の女王様、今日はありがとうございました!玄武にも会えて、とても嬉しかったです!」
「俺は近いうちにご主人様を連れて工事に来るから、そん時はまたよろしくな」
『氷の女王、今日は思いがけず貴女達に会えて本当に良かったわ』
「ワォン!」
ライト達の挨拶に、氷の女王は逐一嬉しそうに頷いている。
もちろん氷の女王の腕に抱かれている玄武も、それぞれににこやかな笑顔を振り撒いていた。
こうしてライト達は、氷の洞窟を後にした。
氷の洞窟、祭壇の間でのあれこれです。
氷の洞窟って、冷凍庫的な食糧保存の場としてはものすごーく最適なんですよねぇ。とはいえ、野菜などは冷凍することで凍みてしまうものもあるので、決して万能冷蔵庫ではないのですが。
そして玄武も、近いうちにぐんぐん大きく成長していくことでしょう。
そう、赤ん坊とか子供の可愛い時期なんてね、ホントあっという間に過ぎ去ってしまうものなのですよ(;ω;)
いや、成長していく喜びだってもちろんちゃんとあるんですが。それとは別に、赤ん坊や幼児の頃の独特の愛らしさはやはり格別だ!と作者は思うのです(`・ω・´)




