第105話 行き違いと解決策
「……いや、フェネセンのことを大嫌いだとか死ぬほど憎いだとか、そこまでじゃないんだ。ただ、その、何だ……かなり苦手なだけでな」
「うーん……吾輩はラウルっちのこと、大好きなんだけどねぇ……こんなに嫌われちゃってるとは、すんげー悲しいのぅ」
ラウルは顔を背けながら、バツの悪そうな表情を浮かべる。
一方フェネセンも、そこまでラウルに苦手意識を持たれているとは思っていなかったのだろう。しょんぼりとしてかなり落ち込んでいる様子が伺える。
ライトはラウルに、改めて問うた。
「ラウルはどうしてフェネぴょんが苦手なの?何か酷いことでもされたの?」
「……ああ……酷いっちゃかなり酷いことをされてきたな……」
「え?吾輩ラウルっちに酷いことなんかした覚えないよ!?」
ラウルは遠い目をしながら呟いた。
それに対し、フェネセンには全く心当たりがないようで、目を丸くして驚いている。
ラウルは身体を震わせ、それでも懸命に己の感情を抑えようと堪えながら、呻くように話し始めた。
「フェネセン、お前……ここ来る度にドカ食い三昧しといて、よくもそんなことが言えるな?」
「お前がアホほど食うせいで、俺が日々コツコツと空間魔法陣に貯め続けてきた食材が、きれいサッパリ消え失せるんだぞ!?」
「言葉の綾とか誇張じゃなく、本当に底をついてスッカラカンの空っぽになるんだぞ!?」
「丁寧に仕込んだ材料も、貴重な食材も、全部、全ーーー部!お前の胃袋に消えちまう!!」
「冗談じゃねぇ、やってられっか!!」
最後の方はかなり大きな声で、吐き捨てるように叫ぶラウル。
ラウルの使う空間魔法陣の容量が、一体どれほどのものかは分からない。だが、魔力の多さが物を言う魔法故に、妖精であるラウルの駆使するそれはかなりの大容量のはずだ。
その大容量に詰め込まれた食材を、ほぼ全て食い尽くしてしまうとは―――フェネセンの大食いレベルは、かなりのものなのだろう。
「フェネぴょん、ラウルの言ってることは本当のことなの?」
ラウルの激白を聞いたライトは、フェネセンにも確認するように問いかける。
「うん……吾輩、自他ともに認める大魔導師なんてもんしてるが故にね、燃費もあんまりどころか非ッ常ーーーによろしくないのよ」
「無尽蔵にも近い魔力を貯め込むには、それこそ大量の食事が必要で―――そのせいか、いくら食べても満腹になることがなくてねぇ」
「しかも、やたら何でも食べればいいってもんでもなくて。同じ食材でも、美味しく調理されたものとそうでもないものと比べたら、明らかに美味しいものの方が貯まる魔力量も格段に多いのん」
「だから、ここに来るといっつもラウルっちの食事を食べ続けちゃうの……」
しゅん、と萎れ項垂れるフェネセン。
そんなフェネセンを見ながら、ライトは話しかけた。
「フェネぴょんは、お料理したことある?調理はできる?」
「ん?料理?吾輩が?」
思いがけない質問を受けたせいか、フェネセンはきょとんとした表情で己の顔を人差し指で指しながら、ライトに聞き返す。
「そう。フェネぴょんは、いつも自分のご飯はどうしてるの?ラウルの作るご飯以外にも、どこか他のところで何かしら食べてるでしょう?」
「ンーとねぇ、人のいる街や村、集落にいる時は食べ物出すお店で食べたり、森や山や砂漠、海の孤島とかの人気のないところにいる時はそこら辺の木の実やキノコ、魚なんかを獲って適当に焼いたりして食べる、かなぁ?」
「そっか、じゃあ最低限の自炊はできるんだね」
「うん。吾輩大魔導師だからね、それくらいはできるよ!それに、ぶっちゃけハイポやエクスポあればしばらくは何も食べなくても平気だし」
自分が褒められたと思い、にこやかに返答するフェネセン。
だが、ライトは真剣な眼差しでフェネセンを見つめながら言った。
「でも、それはただ単に自分の食欲を満たすためだけのもので、誰か他の人にに食べさせたりしたことはないよね?」
ライトの言葉に、フェネセンはきょとんとしている。
ライトの言わんとしていることが、まだ伝わらないようだ。
「ラウルのお料理はね、もちろんラウル自身が美味しいものを食べたいってのもあるけど。それと同じくらいに『他の人にも美味しいものを食べさせてあげたい』という気持ちや願いも込められているんだ」
「そのために、ラウルはいつも丁寧に手間暇かけて、いろんな準備をしているの。食材を切ったり、下味つけたり、漬け込んだり、冷やして固めたりとかね」
「そこには、自分の料理を食べた人に喜んでもらいたい、喜ぶ顔が見たい、笑顔になってほしい、そんな気持ちがあって。だからラウルはいつも頑張って、たくさん努力してるの」
ラウルは黙ってライトの話を聞いていたが、その顔はだんだんと驚きに満ちていった。
ライトとラウルは出会ってからまだ日も浅い故に、料理のスタンスやら踏み込んだ話まではしていない。
だが、ライトはラウルの姿勢や心情というものを、口に出して語らずともちゃんと理解していたのだ。
「フェネぴょんは、ラウルがお料理のために食材の準備やら何やら頑張っていること、知ってた?」
「ううん……吾輩、いっつも食べさせてもらうばかりで、そんなの考えたこともなかった……」
最初のうちはライトの言いたいことがいまいち理解できなかったものの、話を聞いていくうちに分かってきたらしい。
フェネセンは半ば愕然としながら、顔を曇らせる。
「多分ね、フェネぴょんだって「美味しかった、ありがとー」とかお礼のひとつもちゃんと言ってただろうし、ラウルだってフェネぴょんが美味しく食べているところを見るのは、本当は嬉しいことだと思うんだけど―――」
「それでもやっぱり、限度とか限界ってものはあるよね」
ライトの言葉に、フェネセンはガバッとラウルの方に向き、その顔を見た。
ラウルは依然渋い面をしている。
「フェネぴょんだって、お仕事とか相談事とか、たまーに誰かに頼られるくらいなら喜んで引き受けても、毎日毎日当たり前のように仕事を詰め込まれたり、こき使われたりしたら―――嫌にならない?」
「うん……吾輩、自分のやりたいことしかやらないから、人に当たり前のようにこき使われるのは絶対に嫌だ……」
「ラウルもきっとね、そんな気持ちだったんだと思うよ?」
ライトはラウルの方に向かい、話しかけた。
「ラウル、今回だけはフェネぴょんを許してやってくれないかな」
「フェネぴょんはこの通り、天才故の規格外なところとか、人とは違うところがたくさんあって」
「言葉や態度がちょっと足りなかったり、誤解されちゃうところも多々あるけど……」
「それでも、悪気があってやってたことじゃないと思うんだ」
「うん、悪気がなければ何をしても許されるって訳ではないけれど……」
「だからね?」
そこまで言ってから、ライトはフェネセンの方に改めて向き直す。
「フェネぴょんも、ラウルといっしょにお料理すればいいんだよ」
「「…………は??」」
ライトからの思わぬ提案に、ラウルとフェネセンはほぼ同時に声を発した。
「フェネぴょんも、悪気があって食い尽くした訳ではないんでしょ?」
「うん……」
「でも、それはラウルの努力を知らなかったから、何も考えずに気軽にしちゃってたんだよね?」
「うん……」
「だったら、ラウルがいつもしている食材の準備とか下拵えとか、フェネぴょんも経験してみればいいんだよ。そしたら、ラウルがどんな風に頑張ってて、どんな努力をしてきているのか、フェネぴょんも知ることができるでしょ?」
「うん……そうだね……そうかもしれない……」
ライトの提案に、フェネセンは真剣に聞き入りながらだんだん顔を上げて、前向きになっていく。
ライトは改めて、ラウルの方にも声をかける。
「ラウルもね、フェネぴょんにお料理の大変さだけじゃなくて、楽しさも教えてあげてほしいんだ」
「ん……」
「そしたら、フェネぴょんもラウルの苦労や努力を分かってくれると思う」
「ん……」
「ぼくも、食材集めとか協力できそうなことは何でもするからさ、ね?ラウル、お願い」
「ん……」
ラウルもライトの話に聞き入っていたが、ずっと険しかった顔がだんだんと解れていく。
「でもって、フェネぴょんも自分で美味しい料理を作ることができたら、ラウルの美味しい料理を食べるのと同じくらい、たくさん魔力貯まるかもよ?」
「ラウルの料理の方がたくさん魔力貯まるのは、もしかしたらその味付けや作り方に秘密があるのかもしれないし、ね?」
「「…………!!」」
ライトのトドメの言葉に、ラウルとフェネセン両方とも目を見開いた。
「吾輩が、美味しい料理を作る……今まで考えたこともなかったけど、もしそんなものを作れたら―――確かに、魔力たくさん貯まっちゃうかも!吾輩天才だし!」
「おいおい、そんなにすぐに俺を追い越せるとでも思ってんのか?」
「ン?ダメかい?」
「当たり前だ!他のことならともかく、料理に関して俺を追い越そうなんざ百億年早ぇわ!」
「ひゃくおくねん……それ、吾輩の寿命どころかこの星の寿命をもはるかに超えちゃうやろがえ……」
「そうだ。つまりは料理でこの俺を追い越すことなんぞできん、てことだ」
「……ふふっ」
堂々と自信満々に言い放つラウルに、ライトは思わず笑みをこぼす。
「とにかく。フェネぴょんはこれからラウルに料理の弟子入りして、いろいろと習うこと」
「分かりましたぁッ」
「ラウルはフェネぴょんに料理のいろはを手取り足取り教えて、全てを叩き込んであげること」
「分かった」
「二人とも、いいね?」
「「はい!」」
こうしてライトは、ラウルとフェネセンの行き違い、仲違いを見事に解決してみせた。
もっとも、二人が素直にライトの言うことをおとなしく聞いたのは、ライトの背後に聳え立つ仁王像の御威光もあってのことかもしれないが。
そして、仁王像よろしく立ったままずっと三人のやり取りを黙って見守っていたレオニス。
上手くまとめて円満解決したライトの手腕を頼もしく思いながら、ラウルとフェネセンが無事和解できたことに心から安堵していた。
フェネセン、いわゆる食い尽くし系というやつでしょうか。
昔からよく言われますが、食べ物の恨みはオソロシアなもんですからねぇ。
しかし、ラウルも本当に手持ちの食材が空っぽになるまでフェネセンに食べさせてあげるあたり、口では壮絶に文句を言ったり悪態をつきまくりながらもやはり根はとても善良な妖精さんなのです。
 




