第1005話 様々な戦後処理
その後レオニス達は、それぞれに成すべきことのために動き始めた。
まずホロが紙とペンを用意し、レオニスがリクエストした【晶瑩玲瓏】の姿絵を描いていく。
迷うことなく筆を動かし、綺麗な線でスラスラと描いていくホロ。そのあまりの上手さに、後ろで見ていたレオニスが「おおお、すげーな……絵が上手に描ける人って、ホンット尊敬するわ……」と呟いている。
そう、レオニスには人一倍の戦闘センスはあっても芸術センスは人一倍無いのである。
そしてホロが【晶瑩玲瓏】の絵を描いている間に、冒険者達がイヴリン達の親を連れてきた、という連絡が入った。
レオニスにはラグナ神殿の医務室の位置が分からないので、エンディが案内がてらにレオニスとともに医務室に向かった。
するとそこには、既に起きていたイヴリン達とその親達がいた。
「ああ、イヴリンちゃん達、起きてたか」
「あッ!レオニスさん!」
「ラグナ神殿からの遣いという冒険者達が来て、子供達が事故に巻き込まれたって聞いて……」
「もう、生きた心地がしませんでした……」
リリィの実家の向日葵亭の夫婦ビリーとシルビィ、リリィの母モニカ、ジョゼの母、そしてイグニスの祖父であるペレがいた。
皆それぞれに子供達が寝かされていたベッドの横に立っていて、シルビィとモニカは大粒の涙を手でグシグシと拭っている。
ジョゼの母もうっすらと涙を浮かべながらジョゼの身体を抱きしめていて、こちらもかなり心配していたようだ。
子供達も皆口々に「パパ、ママ、心配かけてごめんなさい」「私はもう大丈夫よ」「僕も特に具合は悪くないから、もう心配しないで」等々、それぞれの親にもう自分は大丈夫、と懸命に伝えていた。
だが、イグニスの祖父ペレだけは、ずっと険しい顔のままイグニスを見つめている。
何故かと言えば、リリィやイヴリン、ジョゼは既に起きていて言葉もしっかりと話せているのに、イグニスだけが未だに目を覚ますことなく寝ているからだった。
ベッドで寝かされたまま、目を閉じて眠り続けるイグニス。
寝息はすやすやとしているし、その寝顔も苦悶の表情など一切なく本当にただ普通に寝ているかのようだ。
だが、他の子が次々と意識を取り戻す中、イグニス一人だけが一向に起きる気配がない。
イグニスのベッドの横で、椅子に座ったペレが不安に満ちた表情でずっとイグニスの手を握りしめていた。
「レオニスさんや……何故うちの孫だけが、こんなにも目を覚まさんのだろう?」
「……すまん、それは俺にも分からん……」
「聖堂の方で何か爆発が起きた、と聞いたんじゃが……一体何があったんじゃ?」
「それは今、ラグナ教と冒険者ギルドで調査中だ。後でイヴリンちゃん達にも話を聞かなきゃならんが……詳細が分かり次第、皆にも伝えられることは全て伝えると誓おう」
「……イグニスや……どうしてこんなことに……ああ、イグニス……イグニスぅ……」
イグニスの小さな手を握りしめたまま、目をギュッ、と閉じて祈るように己の額に当て俯くペレ。震える声でイグニスの名を何度も呼び続ける。
その声だけでなく、全身が小刻みに震え必死に嗚咽を堪えるペレの姿がとても痛ましい。
大事な跡取り孫や仲の良い友達が意識不明の重体なのだ、ペレだけでなく今この医務室にいる者達全ての胸が張り裂けそうな思いだった。
俯き震えるペレに、レオニスが後ろからそっと肩に手を置き静かに語りかける。
「何故この子だけが目を覚まさないのか、まだ誰にもその理由は分からんし、無責任なことも言えんが……きっと大教皇が何とかしてくれると信じよう」
「…………」
レオニスの言葉に、ずっと俯いていたペレがゆっくりと頭を上げて後ろを振り返る。
そしてレオニスの斜め後ろに控えていたエンディが、ペレの縋るような眼差しを受けて力強く頷く。
「レオニス卿の仰る通りです。お子さんの意識が無事戻るまで、ラグナ教の総力を挙げて治療に取り組みます。もちろん私も全身全霊全力を以て尽くすことを誓います」
「……貴方様は……」
「申し遅れました。私はラグナ教で大教皇を務めております、エンディと申します」
「大教皇様……」
レオニスの後ろにいた人物が、ラグナ教の最高指導者と知ったペレの目が大きく見開かれる。
そしてそれまでずっと握っていたイグニスの手をそっと離し、震える手で大教皇の太腿辺りにある前垂に縋りつく。
「どうか、どうかこの子を……わしの孫を……助けてやってくだされ……」
「天地神明に誓って、全力を尽くしましょう」
「お願いします…………お願いします…………」
嗚咽を堪えながら、エンディに必死に懇願するペレ。
いつもは矍鑠としていて、小柄ながらも現役鍛冶師として常に威厳に溢れていたペレ。そんな彼の、年老いた背中を丸めて頼み込む姿は、いつもより小さく見えて何とも痛ましい。
その小さく丸くなったペレの震える背中を、エンディはそっと包み込み優しく抱きしめ続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
無事目を覚まし、歩行や意識に問題ないと判断されたイヴリン、リリィ、ジョゼは、ひとまず家に返すことになった。
もちろんその後数日間は様子を見て、もし万が一体調不良や異常が起き場合はラグナ神殿で無償で治療することが確約されている。
そして後日各家に冒険者ギルドから調査員が派遣され、事情聴取することになっている。
それぞれ冒険者二名づつの護衛つきで、親子で徒歩で帰っていく。
そしてまだ意識不明のイグニスだけは、意識が戻るまで無期限でこのラグナ神殿内に留まることになった。
もちろんペレも、イグニスが目を覚ますまでずっと付き添いを続けるつもりだ。
今のイグニスの保護者は、ラグナロッツァにいる祖父母のみ。父は鍛冶師の修行中で、夫婦ともにファングで暮らしている。
今回祖母は家で留守番中らしく、一人の冒険者がイグニスの家で待つ祖母に連絡を入れに向かった。後程祖母もこちらに駆けつけてくるだろう。
イグニスの意識がいつ戻るのかは、今は誰にも分からない。だが、一日も早く目が覚めてほしいと願うばかりである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
医務室で子供達四人の帰宅や滞留を見届けた後、レオニスとエンディはホロや魔の者達が遭遇した黒い靄との対戦現場に向かう。
その現場には、先にパレンが向かっていた。
「よう、マスターパレン。現場検証は捗っているか?」
「おお、大教皇様にレオニス君。四人の子供達の容態はどうだったね?」
「三人は既に目を覚ましてて、現状では特に体調不良や異常無しと判断された。なので、その三人はひとまず帰宅させて、後日また改めて事情聴取に伺うことにした」
「ンフォ? 三人だけ、なのかね?」
「ああ。一人だけ、目を覚まさない子がいてな……」
事件に巻き込まれた子供達の安否を問われたレオニスが、パレンへの報告がてら詳細を話していく。
四人中三人が無事だったのはいいが、一人だけ意識不明のままというのはやはり心が痛む。
パレンも沈痛な面持ちでレオニスの報告を聞き入っていたが、一通り聞き終えた後レオニスに声をかけた。
「ンッフォゥ……それは非常に痛ましいことだ。だが……必ずやその子も目を覚ましてくれる、と信じよう」
「そうだな…………で、マスターパレンの方はどうだ? ここには何か残ってたか?」
「いや、特に悪しき氣などは感じられないな。ただ、足元に多数転がっているこの黒い球が何なのか、いまいちよく分からなくてな」
「ああ、それでしたら―――」
魔の者達が作り、【武帝】の残滓に投げつけたクリスマス用オーナメント。パレンにその正体が分かるはずもない。
そこは、ホロから先に話を聞いていたエンディが説明をしていく。
エンディが語る話に、レオニスもパレンも驚きを隠せない。
「ほう、聖なる木で作ったクリスマス用の飾り物、ですか……」
「如何に聖なる木でも、四帝相手に一個二個じゃ到底太刀打ちできんかっただろうが……これだけの量を一気に浴びたら、かなりのダメージを負ったんじゃねぇかな」
「そこに来て、さらに総主教様の最上級浄化魔法を食らったら―――さしもの【武帝】も一溜まりもなかろうな」
現状を見ながらエンディの話を聞いたレオニスとパレンが、次々と正解を導き出していく。
もっとも、それらの推測が本当に正解かどうかは誰にも断定できないのだが。
レオニスとパレン、二人で話し合っているところにエンディが話に入ってきた。
「マスターパレン、レオニス卿、この黒くなった飾り物はどういたしましょうか。資料用として一つか二つ、冒険者ギルドにお渡しした方がよろしいでしょうか?」
「「………………」」
エンディの申し出に、レオニスもパレンも思案顔になる。
しばしの沈黙の後、先に口を開いたのはレオニスだった。
「……いや、それはしない方がいいだろうな」
「ああ。万が一にもこの飾り物の中に【武帝】の残滓が潜んでいてはいけないからな。一つ残らず一気にお焚き上げした方がよかろう」
レオニスとパレン、口裏を合わせた訳でもないのに二人の意見は一致した。
現時点で悪しき氣が感じられないからといって、黒くなったオーナメントの中に【武帝】が潜んでいないなどという保証はどこにもない。
廃都の魔城の四帝、そのしぶとさはレオニスもパレンも嫌という程知っている。故に彼らは決して侮らない。
万に一つ、いや、億に一つでも【武帝】が復活する可能性があるなら、それは徹底して潰しておかねばならなかった。
そしてレオニスが改めてエンディの方に向き直る。
「大教皇、そういう訳だからこの黒くなった飾り物は、個数だけ控えて後は全て焼却処分してくれ。燃やす前と後、二回浄化魔法をかければ大丈夫だろう。燃えた後の灰は、俺の方で処理するからひとまとめにしておいてくれ」
「分かりました。ではそのようにいたしましょう」
「焼却処分はなるべく早めに頼む。つーか、何ならもう今すぐ取り掛かってくれ。黒く変色した飾り物の形状と個数、これだけ後で教えてくれればこちらとしても助かる」
「そしたら一度主教座聖堂に戻りましょう。浄化魔法ならホロ総主教の右に出る者はおりませんし、絵姿を写すのももう既に終わっているでしょう」
「承知した」
黒ずんだオーナメントの処分方法を、サクサクと決めていくレオニス達。
オーナメントを焼却する前と後に浄化魔法をかける、というレオニスの案は妥当だ。もし万が一にもオーナメント内に【武帝】が潜んでいたとしても、ホロの浄化魔法を二回も受ければ間違いなく滅することができるだろう。
そして燃えカスの灰は、レオニスの空間魔法陣に放り込んでおく予定だ。空間魔法陣の中なら時間停止するので、これまた万が一燃えカスとなっても【武帝】が生き延びていた場合でも、復活の目は完全に断たれるからである。
そうして三人は再び主教座聖堂に戻っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「皆様、おかえりなさい」
「ただいま戻りました。ホロ総主教もお疲れさまです」
「…………って、コレ…………」
「ええ、皆様方が聖堂の外に出ておられる間に作っておきました」
「「「………………」」」
主教座聖堂の外で様々な処理を終え、再び戻ってきたレオニス達を出迎えるホロ。
その手には、何と【晶瑩玲瓏】を模した木彫りの剣があった。
完全に予想外のアイテムの出現に、レオニスやパレンだけでなくエンディも目をまん丸&点にして模造剣を見つめている。
それは【晶瑩玲瓏】の姿絵を描き写し終えたホロが、得意の木彫りで作り上げたものだ。
しかもその材料は何と、聖なる木と呼ばれるペロサントの木の枝である。
クリスマスを一ヶ月後に控えた今、クリスマス用オーナメントを大量に作るためにペロサントのストックもたくさんあったのだ。
しかもこの模造剣、見れば見る程【晶瑩玲瓏】と寸分違わぬ大きさに作られている。材質こそ木材だが、剣身の長さや厚みはもちろんのこと柄の装飾部分などの細部まで完全再現されていた。
兎にも角にも、そのあまりの精緻さに三人はただただ圧倒されるばかりだ。レオニスなど、思わず「……ぃゃ、すッげーな、コレ……」という呟きを洩らす程である。
この剣にさらに白銀色等の塗装処理を施したら、本物の剣と見紛う出来栄えになりそうだ。
すっかり固まってしまった三人を他所に、ホロは照れ臭そうにはにかみながら語る。
「えーとですね、レオニス卿のお知り合いであるトロール族?に剣の作成を依頼するにしても、紙に描いた絵面だけではなかなか伝わりにくいかと思いまして……差し出がましいとは存じますが、ペロサントの木で実物大の品をお見せすればすんなり事が運ぶかと……」
実に謙虚なホロの姿勢に、レオニスは思わずホロの肩をガシッ!と掴みながら興奮気味に話しかけた。
「総主教、ありがとう!これなら間違いなくシンラに完璧な品を作ってもらえる!」
「お、お役に立てましたなら幸いです」
「役立つなんてもんじゃない!あんた、本当に木彫りの天才なんだな!」
「て、天才という程のものでは……」
目に見えて大喜びするレオニスが、ホロの肩をガクガクと前後に揺らす。
思わぬところでホロの特技が大活躍していたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そうして今できることを一通りし終えたレオニスとパレン。
一旦捜査を切り上げて、冒険者ギルド総本部に戻ることにした。
罅割れた主教座聖堂の窓の外には、早くも茜色に染まった空が見える。
四人しかいない主教座聖堂の中で、レオニスとパレン、エンディとホロがそれぞれに向かい合う。
「では、私達は一旦冒険者ギルドに戻るとします。大教皇様、もし何か……ほんの少しでも違和感を感じたり、いつもと違う異変を見つけたりしたら、夜中だろうが何だろうがすぐに冒険者ギルドにご連絡ください。私もしばらくは冒険者ギルド総本部にて寝泊まりして、待機しておきますので」
「ギルドマスター自ら待機してくださるとは……そのお心遣い、本当にありがたいことです」
「俺もしばらくはラグナロッツァの屋敷に寝泊まりするとしよう」
「レオニス卿までご協力いただけるとは、心強い限りです」
「ま、このまま何も起こらないのが一番だがな」
「ええ、私も切にそう願います……」
万が一の事変に備え、冒険者ギルドやラグナロッツァの邸宅で待機するというパレンやレオニスの言葉に、エンディもホロも感激している。
今日一日だけでもかなり目まぐるしい騒動だったが、皆の機転と努力により事件の収束はかなり早くにつきそうだ。
しかし、レオニスには一つだけ大きな懸念があった。
「後は……一番の難関は、うちのライトへの説明っつーか、お許しを得られるかどうかだな」
「「「……ぁぁ……」」」
レオニスがぽろりと漏らした懸念に、他の三人も思わず声を失いかける。
レオニスがこれから使おうとしている復元魔法は、それこそ己の生命を削りながら行う禁断の魔法。
幼い頃からレオニスを兄と慕い、実の親以上に大事な家族として長年接してきたライトが、レオニスが生命を失うかもしれない事態に果たして納得するかどうか―――
その答えは、本人に直接聞いてみるまで分からない。だがそれでも、一度は猛反対するであろうことも四人には容易に想像がついた。
「……レオニス君、そこは君の頑張りどころだな」
「ああ。ライトも話せば分かってくれるとは思うがな」
「いいえ、分かりませんよ? いくら人類の未来という大義のためとはいえ、目の前の親しい者が自ら危険に飛び込む様を黙って見ていろ、というのは酷というものです」
「まぁな……」
「ましてやライト君はまだ初等部の幼い子供……いくら賢い子でも、頭では理解できても心では納得できないかもしれません」
「…………」
レオニスの懸念に、パレンはレオニスを励まし、エンディとホロはライトの気持ちを推し量る。
レオニスも三人の言い分はよく分かっている。
自分だって、もしライトやラウルが同じことをしようとしたら―――絶対に猛反対するだろうから。
だが、廃都の魔城の四帝の殲滅はレオニスの悲願でもある。
それは人類の未来を繋ぐためだけではない。グランを失ったあの日から、レオニスが一日たりとも忘れることはなかった大願なのだ。
レオニスは、ふぅ……と小さなため息をついた後、吹っ切れたような凛とした声で努めて明るく話す。
「……ま、ここでウジウジ考えてても仕方がない。ライトにも何とか納得してもらうさ」
「レオニス卿……頑張ってくださいね」
「御武運をお祈りしております……」
「レオニス君……こればかりは協力できん、是非とも自力で頑張ってくれたまえ」
「ぉぅ…………頑張るわ」
パレン達の力ない声援に、レオニスは思わず肩を落としかけるのだった。
サブタイ通り、かなりガチ目の戦後処理回です。
これからレオニスやエンディがしなければならないことは山積みですが、これを何回も小分けにしてちまちま出すのは話がダレてよろしくないし、何より作者の性分に合わないので。本日も7000字弱のゴリ押しギュウギュウ詰めでいっちゃいました(´^ω^`)
ちなみにホロの木彫りの模造剣は、下書きを仕上げる直前にホロが作者の脳内で『私の持つ木彫りの技術で、実物大の見本を作って差し上げますよ?』と囁かれたことで出てきた品です。
ホロ先生の木彫りの技術が、こんなところでも役立つとは!作者自身びっくらぽんです!
そして、数々の戦後処理の中で、ライトの同級生達四人の安否も判明。
イグニスだけが意識不明のままという非常に不安な状態は、それだけ【武帝】との戦いの激しさと消耗を物語っています。
とはいえ、レオニス達にはその原因を知る由もないのですが。
あれだけ頑張ってくれたイグニス。早く快復してほしいものです。




