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マイナーゲーム世界で人生を切り拓く〜気がつけばそこは、誰も知らないドマイナーソシャゲの世界でした〜  作者: 潟湖
最後の聖遺物

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1000/1681

【第1000話到達記念SS】万能執事の幼き日々と遠い思い出

 今日はサブタイトルにもあります通り、1000話到達という拙作の大きな節目を記念したSSをお送りします。

 本編とは全く関係のないお話ですが、閑話休題として楽しんでいただければ幸いです。

 ライトやレオニスが、このサイサクス世界に生を受けるよりはるか昔のこと。

 ここはカタポレンの森、その片隅にとある妖精族の集落があった。

 その妖精族の名は『プーリア』。フォレットという名の木から生まれる妖精である。


 その集落には五十本ほどのフォレットの木があり、フォレットの群生地には二百体から三百体のプーリアが住んでいた。

 このプーリアという妖精は、全てフォレットの木から生まれたものである。


 プーリアとは、身の丈や外見は人族とほぼ同じで、黒髪巻き毛に黄金色の瞳の容姿端麗な美男美女揃い、という種族的特徴がある。

 衣服は人族でいうところの『キトン』という衣装に似た服をまとっていて、速度こそそこまで早くないが自由自在に空中を飛ぶことができる。


 そしてプーリアは体型的に貧弱な方なので、物理攻撃はからっきし弱い代わりに魔力はかなり高い方だ。

 魔法は風魔法が得意で、一部は土魔法を使えたりもする。

 そして最も特筆すべきは、魔力探知に長けている点。これのおかげで、万が一にも外敵に遭遇する前に逃げたりすることができるのだ。

 もっとも、プーリア達は決して里の外に出ないし、フォレットの木が張っている結界防壁のおかげで他の魔物に襲われることもないのだが。

 ならば魔力探知はどこで役に立つのか?と言えば、日々微妙に移動する高魔力スポットを探すために主に使われていた。


 そしてこのプーリアの活力の源は、カタポレンの森が無限に生み出し放つ魔力。

 これは八咫烏達と同じで、生命維持のための食事を摂る必要などは全くないことを意味する。強いて言えば、嗜好品として清浄な朝露を時折口にするくらいだ。

 そのように、生きるためにあくせく働く必要が一切ないせいか、性格的には自堕落な者が多かった。


 日がなずっとゴロゴロと寝転んでいたり、あるいは何をするでもなくただ宙に漂うだけのプーリアが多い中、親木のフォレットと頻繁に仲良く会話する一体のプーリアがいた。

 そのプーリアの名はラウル。マリーという名のフォレットの木から生まれたばかりの、幼い男の子の妖精である。


 ちなみにプーリアは、生まれてから十年くらいは人族の子供のような幼さで、二十歳を過ぎた辺りから成人した人族のような見た目に成長する。

 そして二十歳を過ぎた後は、死ぬまで変化することなく容姿端麗のまま生き続ける。プーリア族は不死ではないが、不老のまま約四百年という長き時を生きる種族であった。


 見た目は人族の十歳くらいの、幼くも愛らしいラウル。

 今日も母マリーの膝元で会話を楽しんでいた。


「ねぇねぇ、マリー母さん。今日も何か楽しいお話を聞かせて!」

『まぁまぁ、ラウルってば。毎日のようにお話をしているというのに、今日もお話が聞きたいの?』

「うん!だってマリー母さんのお話は、どれも素敵で楽しいんだもん。僕ね、マリー母さんが聞かせてくれるお話、全部大好き!」

『ふふふ、仕方ないわねぇ。そしたら今日は、だいぶ前に小鳥達から聞いたお話―――人族という生き物達が住む街のお話をしましょうか』

「わーい!」


 ラウルのおねだりに、マリーは苦笑しつつもそれに応じる。

 マリーに願いを叶えてもらえることが決まり、ラウルは両手を上げて大喜びしている。

 普通のプーリアは、生まれて以降フォレットと積極的に会話をしに来ることはあまりない。

 いや、全くない訳ではないのだが、ラウルのように毎日フォレットのもとを訪ねては話をしていくということはほとんどないのだ。


 とても人懐っこい、もとい木懐っこいラウルに、マリーは若干戸惑いながらも毎日ラウルの相手をしている。

 ラウルは今から約八年前に、マリーの新芽に溜まった朝露から生まれた。マリーから生まれたプーリアの中で、ラウルは最も新しく年若い妖精、つまりは末子に当たる。

 そして、基本的に事なかれ主義のプーリアの中では、かなり異端な性格の子だ。だが、ここまで懐かれたらマリーとしても悪い気はしない。


 マリーの前で地面に腹這いになりながら、両肘を立ててその手のひらの上に顎を乗せ、キラキラした瞳でマリーのお話が始まるのを待つラウル。

 ワクテカな顔の末子に、マリーも心なしか嬉しそうな声音で『小鳥達から聞いた人族の街の話』をラウルに語り聞かせていった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 そんな穏やかな日々が続いた、とある冬の日。

 その日は冷え込みが厳しく、カタポレンでは滅多に降らない雪が降ってきて、辺り一面にもうっすらと雪が積もっていた。

 珍しく降り積もった雪に、ほとんどのプーリアは寒さを厭いフォレットの木の下の雪がない地面に避難している。

 ラウルの母であるマリーの木の下にも、マリーから生まれたプーリア達が集い避難していた。


 だが、ラウルだけは木の下に潜らずに、マリーの枝葉に積もった雪を懸命に下ろしたり退かしたりしていた。

 この年の秋冬は、例年以上に冷え込みが厳しい日が続いた。そのためか、最近のマリーは目に見えて樹勢が衰えて元気がなくなっていたからだ。

 マリーの木の上に積もった雪を半分くらい下ろした後、ラウルは木の中程あたりに移動してマリーに向けて心配そうに話しかける。


「マリー母さん、大丈夫? 雪が重たくない?」

『ええ、大丈夫よ……ラウルが雪を退けてくれたから、頭も軽くなってとても楽になったわ』

「そっか、それは良かった!……でも、まだ雪が残っているところがたくさんあるから、それを全部下ろしておくね!」

『ありがとう、ラウル。貴方は本当に優しい子ね』


 マリーの礼の言葉を聞ききる前に、ラウルは再び木の上に飛んでいき雪下ろしを再開する。

 マリーの下に避難していた他の兄姉達は「ラウル!こっちに雪を落とすんじゃねー!」「ちょっと!私の頭の上に雪が落ちてきたじゃない!いい加減にしてよね!」などと文句を垂れながら、キーキーと発狂している。


 だが、そうした身勝手な罵詈雑言に耳を貸すラウルではない。兄姉の瑣末な苦情など無視したまま、ひたすら雪下ろしをする。

 ほぼ全ての雪下ろしを終えた後、動いて血色が良くなったラウルが赤い頬でマリーに声をかけた。


「マリー母さんの雪下ろしは終わったから、他の母さんのところの雪も下ろしてくるね!」

『ええ、是非とも皆の上に積もった雪を下ろしてあげてくださいね』

「いってきます!」

『いってらっしゃい、気をつけてね』


 他のフォレットの木の雪下ろしをしてくる、と言うラウルに、マリーも快く送り出す。

 フォレットの木の上に積もった雪を下ろすなんて、他のプーリアは絶対にしない。そんなことを自ら進んでやるのは、ラウルくらいのものだ。

 心優しい末子の思い遣りに、母であるマリーは心が温かくなる思いだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ラウルが他のフォレットの木の雪下ろしをするために飛び出していき、数時間が経過した頃。

 ラウルがマリーのもとに帰ってきた。


「マリー母さん、ただいま!」

『おかえりなさい、ラウル。お疲れさま、他の皆もきっと喜んでたでしょう』

「うん!アメリ母さんやノエミ母さんも、すっごく喜んでくれたよ!」

『そう、それは良かったわね』

「皆、マリー母さんによろしくねって言ってた!」


 他のフォレットの雪下ろしを終えたラウルの頬は、マリーのもとを飛び出していった時よりも赤く染まっている。あちこちに点在する全てのフォレットの木、その全ての雪下ろしをしてきたのだろう。

 この里にいる、全てのフォレットのために尽力してきた末息子。その頑張りを誇らしく思う母マリーが、ラウルを心から労う。


『さぁ、ラウルもこちらにいらっしゃい。身体が冷えたでしょう』

「大丈夫だよ!……でも、ちょっとだけ疲れたは疲れたかな……」

『本当にお疲れさま。さぁ、皆、頑張って働いて帰ってきたラウルのために、少しだけ席を空けてちょうだい』

「「「…………はい」」」


 まだマリーの下で雪の寒さを凌いでいたプーリア達に、ほんの少しだけ座る席を空けてくれと頼むマリー。

 プーリア達の顔はかなり渋い表情ながらも、母であるマリーの言うことに従いラウルのための隙を作る。

 その隙間にラウルが入り、マリーの幹に身を寄せ凭れかかった。


 マリーの幹は、他のフォレットに比べてかなり太い。幹周りだけでなく樹高も、フォレットの木の平均的な高さよりもかなり上回っている。

 その太くて温かい幹に、ラウルはうっとりとしながら頬ずりした。


「マリー母さんの幹、とっても温かぁい……」

『ふふふ、母さんだって伊達に太っていないわよ?』

「マリー母さんは太ってなんかいない!とっても大きくて温かくて、優しい魔力がたくさん溢れているんだよ!」

『まぁ、そんな優しいことを言ってくれるなんて嬉しいわ。ありがとうね、ラウル』

「ンもう……ホントのことを言っただけなのに……」


 くすくすと笑いながら礼を言うマリーに、ラウルはぷくー、と頬を膨らませている。

 不満顔のラウルに、マリーは労いの魔力を分け与えた。

 ふわりとした温かい魔力が、ラウルを優しく包み込む。

 それは雪下ろしで冷え切ったラウルの身体に、じんわりと染み込んでいった。


「マリー母さん、ありがとう……マリー母さんの魔力って、世界で一番温かくて……ほっとする、よね……」

『疲れた貴方の癒やしになれたら、母さんも嬉しいわ』

「………マリー母さん………大好き…………」


 マリーがその魔力でラウルを包み込んでから、数分もしないうちにラウルは眠ってしまった。

 里の中にある五十本余のフォレットの木、その全ての雪下ろしをしてきたのだ。疲れて寝てしまうのも当然のことである。

 自分の膝元で、すやすやと眠る我が子(ラウル)の寝顔をしばし眺める(マリー)

 樹木であるマリーには、ラウルの頭を撫でる手こそないが、己の魔力を分け与えることでその溢れる愛を表していた。


『愛しい我が子ラウル…………ずっと、ずっと愛しているわ』


 誰に言うでもなく、ぽつりと呟いたマリー。

 その言葉は、眠ってしまったラウルには届かない。

 そしてこの呟きが、マリーの最後の言葉となった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ラウルがフォレットの木の雪下ろしをした翌日。

 ラウルはマリーの根元で目が覚めた。

 昨日マリーの膝元で寝てしまった後、そのままずっと朝まで寝てしまったのだ。

 ラウルの周りには誰もいない。他の兄姉達はどこか別の場所に移動したようだ。


 雪が止んで、久々に晴れ渡る青空が広がっている。

 燦々と光る日差しの下、のそりと身体を起こし両腕を真上に上げて背を伸ばすラウル。

 ンーーー……と思いっきり背伸びした後、ラウルは眠い目を擦りながらマリーに朝の挨拶をした。


「マリー母さん、おはよう」

「今日は雪も止んで良かったね。お日様も出てるし、今日一日温かくなるといいね!」

「…………母さん?」


 いつもなら、ラウルの挨拶に快く応じるマリーなのに、今日に限って返事が来ない。

 一向に言葉を発さないマリーを訝しく思ったラウルが、マリーの幹に手を伸ばしてそっと触れた。


「……!?!?!?」


 マリーの幹の冷たさに、ラウルは息を呑み言葉を失う。

 これはマリーに限ったことではないが、フォレットの木というのは幹や枝に触れるとほんのりと温かさを感じる。

 まるで体温かのようなそれは、魔力が通っていて生きている証。その証が全く感じられないということは―――

 それは即ち、フォレットの木が寿命を迎えて天寿を全うした、ということであった。


「…………マリー母さん?」

「ねぇ、マリー母さん……返事をしてよ……もう朝だよ……?」

「マリー母さん、嫌だよ……僕を置いていかないで……母さん……母さん……」

「…………うわああああぁぁぁぁッ!!」


 マリーの死を知ったラウル。その場に崩れ落ち、マリーの幹に縋りつきながら号泣した。

 そしてラウルの引き裂かれるような悲しみの絶叫は、幾日にも渡ってプーリアの里中に響き渡り続けた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ラウルの母マリーがこの世を去ってから、百年程の月日が経った。

 その時には十歳だったラウルも、齢百を過ぎてすっかり大きくなった。あの頃の愛らしくも幼かった少年の面影は、もうどこにも残っていない。


 黄金色の瞳を持つ黒髪巻き毛の眉目秀麗な青年は、人里に出たら間違いなく世の女性達からキャーキャーと騒がれて大注目を浴びることだろう。

 だが残念ながら、眉目秀麗なのは何もラウルだけではない。

 プーリアという妖精族全般、皆が皆まるで古代ギリシャ彫刻のような超絶美麗の容姿端麗揃い。

 故にラウルは、容姿だけで言えば平均的な顔面偏差値だった。


 しかし、ラウルはプーリアの里では超有名人であった。

 それはもちろん良い意味ではなく、悪い意味での有名人。

 プーリアの本質である『諸行無常』を受け入れられない変わり者、という烙印を押されての悪名を馳せていた。


 そんなラウルは、日々里の外に出かけていた。

 それは、ラウルが母と呼ぶフォレットの木の一本、エマからの言葉がきっかけだった。



 …………

 ………………

 ……………………



 その日もラウルは、エマのもとで様々な会話をしていた。

 会話といっても、主にエマが『下の枝の付け根が痒いー』『上の葉っぱに鳥のフンが降ってきたの!取ってーーー!』『根っこの近くに大きな石があって邪魔だから、土を掘って取り除いて!』とラウルに訴えて何とかしてもらうような、半ばラウルが介護しているような状況になることが多かったのだが。


 普通のプーリアなら、実母以外の木のことを気にかけるなんてことは絶対にしない。というか、実母のみならず兄弟姉妹に対しても気にかけることなどほとんどない。

 それは、フォレットの木や同族に対してだけでなく、もともと他者への関心そのものが薄いせいだ。

 だが、ラウルだけは絶対にそんなことはない。

 全てのフォレットに対して『母さん』と呼びかけ、彼女達のささやかな願いを叶え続けた。


 そんな健気なラウルに対し、ある日エマは思いきってとある提案をした。


『ねぇ、ラウル……何もずっとこのまま、死ぬまで一生この里に閉じ篭っていなければならない訳ではないのよ』

「…………そうなのか?」

『ええ。貴方以外のプーリアは、決して自ら里の外に出ることなどないでしょうけれど……だからと言って、貴方までその考えに従い続ける必要はないの』

「………………」


 静かに語るエマの言葉に、ラウルもじっと無言のまま聞き入っている。


『里の外には、貴方が知らないものがたくさんあるわ。このカタポレンの森の外にだって、私達には想像もつかない様々な世界があるのよ』

「それは……人族が住む街とか、草木が一本もない砂だらけの地、あるいは最果てが見えない、海という大きな水溜まりとかか?」

『そうそう、それそれ。……その話は、マリーから聞いたの?』

「ああ。マリー母さんは、いつも話をしてくれとねだる俺の願いを、いつだって叶えてくれた」

『そう……あの子は豊富な知識を持っていて、とても話し上手でもあったものね』


 エマが語る『想像もつかない様々な世界』に、ラウルが己の知る具体例を挙げる。

 それはかつて、ラウルが幼い頃に母マリーから聞いていた話。

 エマもその話を知っているということは、マリーがラウルに語り聞かせてくれた数多の物語は決して絵空事や夢物語、御伽噺などではないことの証左。

 エマとともにマリーを懐かしみながらも、その日からラウルの胸は外の世界への高まる興味で膨らんでいった。



 ……………………

 ………………

 …………



 ラウルがエマの後押しを受けて、初めて里の外に出たのが三十歳を過ぎた頃だった。

 見知らぬ世界―――里の外に出る時は、さすがのラウルといえどもかなり緊張したものだ。

 だが、里の外に一歩足を踏み出してしまえば、特に変わった点などなかった。強いて言えば、フォレット以外の木の高さに若干驚いたくらいか。

 それ以外は、空気の匂いも木々の緑も空の青さも、全てプーリアの里と何ら変わりはない。

 ラウルの動ける世界が一気に広がった瞬間だった。


 そして五十歳を過ぎた頃に、ラウルにとって初めての他種族の友、八咫烏のマキシと出会った。

 里の中で特に嫌なことがあった時などに、お互い里の外にふらっと出ては宛もなくほっつき歩く。そんな二者が度々顔を合わせ、自然と双方ともに親友と呼び合うくらいに親睦を深めていくのは必然の流れだった。


 そんなある日の昼下がり。

 プーリアの里の中が何やら騒がしい。

 何事があったのか、とラウルも気にしながら騒ぎのもとを見に行くと、そこはエマがいる場所だった。


 ここ最近のエマは、枝葉の勢いが衰えて老いが忍び寄っているのが傍目にも見えていた。

 そしてそれは、当然ラウルも感じ取っていたことだ。

 エマ母さんに何かあったのか!?とラウルがエマのもとに駆け寄ろうとしたところ、数人のプーリアがラウルの行く手を阻んだ。


「ラウル、お前はここで止まれ」

「何でだ!? エマ母さんに何かあったんだろ!?」

「だとしても、お前には関係ない」

「俺に関係ないって、一体どういうことだよ!?」

「だってお前は、エマ母さんから生まれたんじゃないだろう?」

「…………ッ!!」


 ラウルを取り囲むプーリア達の言い分に、ラウルは青褪めながら言葉を失う。

 確かにラウルはマリーという名のフォレットから生まれた妖精で、エマの実子ではない。それは紛うことなき事実だ。

 だからといって、これまでエマと全く関係してこなかった訳ではない。

 日々仲良く会話したり、時には枝葉の手入れをしたりなどして、ラウルとしてもかなり仲良く交流してきたつもりだ。


 なのに、エマの今際の際に寄り添えないとは、一体どういうことか。

 何故ラウルは、仲が良かったエマと最期の時を、今生の別れをともに過ごせないのか。

 その答えは、エマの実子達の口から出てきた。


「そうそう。あんたはエマ母さんの子じゃないんだから」

「エマ母さんの最期は、俺達実の子だけで看取る」

「だからお前は邪魔するな。親子水入らずの場所に、他人であるお前の居場所などない」


 エマの実子達の、ラウルを排除しようとする数々の声がラウルの耳には遠くに聞こえる。


 俺は、全てのフォレットの木を母さんだと思って生きてきた。

 本当の母であるマリー母さんだけでなく、アメリ母さんやノエミ母さん、エマ母さんだって、皆俺の大事な母さんだ。それなのに、どうして———

 実子じゃないというだけで、エマ母さんとの別れにも立ち会わせてもらえないのか―――

 …………こんな里、もういい。俺はプーリアをやめてやる!!


 エマの実子達の心無い仕打ちに、頭の中が真っ白になったラウル。

 何も言わずにその場で背を向けて、里の外に飛び出していった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 そうしてラウルはどれ程走り続けただろうか。

 気がつけば空は赤黒く染まり、宵闇が近づいてきていた。

 ふと我に返ったラウルは慌てて周辺をキョロキョロと見回したが、見覚えのない景色が広がるばかり。ラウルは心中でさらに焦る。


 このカタポレンの森は、昼間の明るいうちよりも夜の方が断然危ない。

 凶暴な夜行性の熊や大蛇など、数多の魔物が巣穴から出没して徘徊するので、ラウルのような弱い妖精は決して夜に外を出歩いてはいけないのだ。


 勢いでプーリアの里を飛び出してきたはいいが、この先ラウルが行く宛などどこにもない。

 ラウルは脳内で懸命に思考を廻らせ続ける。


 これからどうしようか……もうプーリアの里には、二度と帰りたくないし……いっそのこと、マキシのいる八咫烏の里の片隅にでも住まわせてもらうか?

 …………いや、あいつらも族長の息子であるマキシを虐げている時点で大概だからな。そんな奴等がうようよいる場所に行ったところで、マキシ以上に邪険にされて追い返されるのがオチだ。

 とすると……さて、どうしたもんか……


 そんなことを考えていた、その時。

 ラウルは何者かに突き飛ばされたように、前のめりになって吹っ飛んだ。

 そしてそれと同時に、ラウルの背中に激烈な痛みが走る。


「…………ッ!!」


 慌ててラウルが後ろを振り返ると、そこにはラウルの血で爪を赤く染めた赤闘鉤爪熊(レッドクロウベア)がいた。

 グルㇽㇽㇽ……と呻りながら、大きな牙を剥きつつラウルに近づいてくる。

 身の丈5メートルはあろうかという巨躯。巨大な牙と凶暴な双眸がギラリ!と光り、その口からはよだれをダラダラと垂れ流している。


 今のラウルに、こんなやつと正面から戦って勝つことなど絶対に不可能だ。

 だがラウルには、この場から逃げ切る算段がある。それは、プーリアが持つ飛行能力だ。

 このサイサクス世界では、その名に熊という字が含まれる生物は絶対に空を飛ぶ能力を持たない。故に、赤闘鉤爪熊が追ってこれないほどの高さまで飛べばいいのだ。


 背中に走る激痛を堪えながら、ふわりと飛んで木の上に上るラウル。だが、赤闘鉤爪熊もそう簡単には諦めない。

 ラウルが上った木を、赤闘鉤爪熊がバンバンと掌底をかますように乱暴に殴り続ける。その振動は激しく、これでは数秒もしないうちに根元から倒されてしまうだろう。

 ラウルは慌てて他の木に飛び移り、何本もの木の上を伝って逃げ続けた。


 これではさしもの赤闘鉤爪熊も追いきれない。

 しはらくはラウルを追いかけ続けていた赤闘鉤爪熊だが、やがて樹上のラウルを見失ったのか、諦めてその場を去っていった。


 赤闘鉤爪熊の追撃を、何とか振り切ったラウル。

 ここまでは無我夢中で逃げていたが、赤闘鉤爪熊が去ったことで気が抜けたのか、途端に背中の激痛が蘇ってきた。


「…………ッ!!」


 あまりの激痛に、呻きながら木の天辺で蹲るラウル。

 本当なら地面に下りたいところだが、夜中に無防備のままで下に下りるのは自殺行為だ。

 夜中はこのまま樹上でやり過ごし、朝が来るのを待つしかない。朝になったら下に下りて、魔力が多い場所を探して回復しよう―――

 そんなことを考えながら、ラウルは己自身に回復魔法をかける。


 この回復魔法は、フォレットの木の母達から教えてもらったものだ。

 里から一歩も出ないプーリア達には無用の長物だが、時折どころか頻繁に里の外に出るラウルを心配して、フォレット達がラウルに授けた魔法だった。


 だが、その回復魔法は思ったより効き目が薄い。

 フォレット達が教えた回復魔法は、威力的には下級であり、しかもラウルが追った傷はかなり深かったためだ。

 しかし、何もしないよりははるかにマシだ。ラウルは痛みで遠のきそうな意識を必死に保ち、懸命に回復魔法をかけ続けた。


 そうして長い夜をひたすら堪え続けたラウル。

 頑張った甲斐あって、ようやく東の空が白んできた。ここまでくれば、もう少しで地面に下りることができる。

 そうすれば、高魔力スポットを探し出してそこで半日療養できるだろう。


 そうした算段を弾き出しているうちに、ラウルの意識が再び遠のき始めた。

 気力が尽きかけたラウルは、一旦木の下に下りることにした。このまま気を失って木から落ちる方が危ないからだ。

 よろよろ……とよろめきつつ、木の根元に下りて凭れかかるラウル。

 遠のく意識の中、ラウルは覚束ない頭でぼんやりと考えた。


 俺、このままここで死ぬのかな……

 マリー母さん、俺を迎えに来てくれるかな……

 最後まで不出来な息子で、ごめんよ……


 やがてラウルの意識は完全に失われ、ぐずぐずとその場に崩れ地面に倒れてしまった。

 そんなラウルのもとに、赤い衣服を着た一人の人族の男が通りかかったのは、それから程なくしてのことだった。

 遂に!遂に遂に!第1000話を迎えました!

 今回はそれを記念して、拙作の中でも絶大な人気を誇るモテ男の万能執事ラウルを主役としたSSをお送りすることにしました!゜.+(・∀・)+.゜

 執事に冒険者に野菜栽培に、多方面で大活躍しているラウルに相応しく文字数9000字越えの超大作でございます!

 ……って、本編の方がまたいつにも増して地味ーな時期に突入していたせいでもあるんですが(´^ω^`)


 ちなみにSSをお送りすることにしたのは、昨日の第999話でお寄せいただいた際に、作者からの返事で『いつかまたSS書きたいなー』なんてことを書いたのがきっかけでした。

 そう、SSってのは何かしらの記念に書くに相応しい企画物!というイメージが作者の中にあるためです。


 拙作のような零細作品では、こうした大きな節目であっても何らかの大規模な企画を打ち出せるはずもなく。でも何かしたーい!という時に、作者でもできることと言えば『SSを書く!』くらいしかできませんでして。


 作者がここ『小説家になろう』サイト様にて拙作を世に出し始めたのが、2021年1月17日のこと。

 そこから何度か体調不良or忌引or緊急出張等々、不定期でお休みをいただいたこともありましたが。それらのやむを得ない状況時を除き、基本的に一日一回の投稿を続けることができました。

 今日1000話到達することができたのも、ひとえに日々ご愛読くださっている読者の皆様方のおかげと思っています(;ω;) ←感涙


 亀より歩みの遅い拙作ですが、これからも日々作者の中に息づくサイサクス世界の物語を綴り続けていく所存です。

 どうかこれからも、拙作をご愛読&温かいご声援をいただけますよう、よろしくお願い申し上げます<(_ _)>

 よーし!次は2000話目指して頑張るぞー!

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― 新着の感想 ―
[一言] 1000話到達おめでとうございます。いつもワクワクしながら読んでます。一話からリピート何度した事か。。。。何度読んでも楽しいです。応援してます。
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