独り占め 【月夜譚No.54】
遅い時間の露天風呂は、貸切り状態だった。湯気で白く染まる浴場には、自分一人。温泉が注がれる音以外に聞こえるものはない。
手足を伸ばして肩まで浸かると、ほっと心まで温かくなるようだ。火照った頬を冷ややかな風が掠めていくのもまた心地良い。
折角温泉まで来たというのに、仕事が予定より長引いてしまって、一日中休まる時がなかった。立ち寄ろうと思っていた観光施設にも行けなくなってうんざりしていたが、こんなにゆったりと温泉に浸かれたのは不幸中の幸いだ。チェックインの時に親子連れがいたから、早い時間だったら子ども達が騒がしくしていたかもしれない。
湯船の淵の岩の上に頭を乗せて空を見上げると、木々に縁取られて瞬く星が見えた。思わず、ほうっと溜息を漏らす。
もう少し温泉に浸かっていたいところだが、これ以上は上せてしまいそうだ。名残惜しいのを我慢して、そっと露天風呂を後にした。