9あなたが此処にいる
ゲーム内の夕暮れはとてつもない速さで沈んでいく。影が伸び、スノーの影が自身を呼んだ少女に触れたところで、ようやくスノーは思考を動かしだした。
目の前の人物が誰か分かっている。なぜわかるか。答えは単純で、目の前の少女は自分と同じくほぼ現実の顔から手を入れていないからだ。髪の色は夜を吸い込んだような青みがかった濃い色をしていた。逆に瞳は赤く炎を思わせる。スノーが笑みを顔に貼り付けた。
「久しぶり、ホノカ」
「あ、うん。メッセージ読んでくれたんだ?」
「当然だよー。私はゲーム内はスノーって名前にしてるんだ、よろしくね?」
「うん! スノー、スノーだね。よろしく! 直接話すの久しぶり」
「ゲーム内だけどね」
「そうだけど、ずっとメッセージだけだったから。直接話したの学校の頃ぐらいだもん」
「ホノカ、私、今クエストこなしてるんだ。だから、歩きながら話そ?」
「! うん、私も一緒に行くよ! まだ何をしようか迷ってたから、参考にさせて」
「うん、良いよー。じゃあ一緒に行こうか?」
「あ、あとフレンド登録、良いかな?」
スノーは笑顔でホノカの申し出に頷き、フレンド申請と合わせてパーティ申請をホノカへ送った。
夕暮れの中で歩きながら、ホノカの学校での話やゲームを初めるときに地図をもらったのに迷ったせいでようやく水魔法スキルを取ったばかりというこれまでの話を聞き、スノーは楽しそうな笑みを浮かべてホノカの話に相槌を打ちつつ歩く。
「スノーはずっとどうしてたの?」
「うーん、VRゲームにハマっちゃってずっとやってたんだー。でも、あんまり満足できなくてね。このCJOが出るって情報を見て大規模MMOなら開発で何か違うんじゃないかって思って、ソロゲームもやりきったつもりだったしCJOプレイしようかなって思って挑戦してるんだ」
「そうなんだ! じゃあ、私もCJO頑張ってプレイしてみようかな」
「あはは、ホノカってゲーム得意なの?」
「うーん、VRのゲームってこれが初めだからわかんない。でも、頑張るよ!」
ふんす、気合を入れるホノカの額に器用にスノーは右指のデコピンを当てる。
「なんでそんなにニヤニヤしてるの?」
「えええ! デコピンひどいよー。だって、ユキナと」
「スノーだって! 気をつけてよ、もー」
「ごめん! スノーとまた一緒に遊べるから!」
そんな可愛いらしいことをいうホノカにもう一度デコピンをする。もうまたーと涙目になりながら言うホノカにスノーは、ごめんと手を合わせて謝る。
「スノーは昔から私にひどいよ。デコピンされすぎて額が広くなっちゃったらどうするの」
「ゲーム内だから大丈夫だよ、ホノカはおバカだなぁ」
「私、そんなに成績悪くないよ! もう。この子たちってスノーのパーティメンバーなの?」
「うーん、メニュー画面だとパーティメンバーに入ってないから、やっぱり違うね。今はクエストを受けて一緒に遊んでもらってる感じかな? こっちの子がレアンでそっちの子がティグリー」
「へぇー、可愛いー。私もそのクエスト受けたら一緒に行けるかな?」
「どうだろ、今の所このクエスト受けてるの私だけだから」
「オンリー!特別だね! やっぱりスノーはすごいね」
ホノカがしゃがみこんで二匹を見る。足を止めてわしゃわしゃと二匹を楽しそうにホノカは撫で回すのを、レアンとティグリーもあっさり受け入れていた。
すごーいと言いながらわしゃわしゃを堪能したホノカが振り向けばそこにいるスノーは笑みを浮かべて、ホノカの言葉に応じる。
スノーへホノカが出す話題は駅そばに出来た新しいお店の話だったり、連休にでかけた旅行先の話だったりだ。
その話題一つ一つにスノーは相槌を打って、今度はスノーが遊んできたVRゲームの話を返す。
怪異和風ファンタジーもので大量の鬼に刀で立ち向かったり、スチームパンク物の大都市でワイヤーアクションでビルからビルへ移動していくゲームだったりと、スノーはアクション要素が強いゲームを好んでプレイしていた。
「わあ、スノーはすごいゲームやり込んだんだね!」
「時間使って、まあ、頑張ってたかな?」
オーサの家に着けば、彼はスノーが旅人を一人連れて戻ってきたことにとても驚いたようだった。
しかし、嫌がること無くオーサは彼女らを招き入れてくれる。スノーはオーサへ今日の進捗を告げて、明日以降のタイミングで舞踊スキルを取ることを告げた。
オーサは順調そうで何よりだと頷いて、スノーからホノカへ話題を移す。
「それでホノカ、お前さんは何をしたい」
「何を?」
むむむと思案顔になったホノカに笑ってから、スノーは床をトコトコ歩いていたレアンを抱き上げ膝の上に乗せる。ティグリーはいつの間にかホノカの頭の上にだらんと乗っていた。
レアンはペシペシと不満げにスノーの腕を叩くがそれだけだった。ティグリーはそんなレアンの姿を見て、ホノカの額をペシペシと前足で叩く。ホノカがくすぐったいよと笑って頭の上にいるティグリーを優しくなでた。
「考えてみて、やっぱりスノーと同じことを挑戦してみたい! です」
「……ふむ」
オーサの視線がホノカからスノーへ移る。それに合わせてホノカが不安そうな表情をしてスノーを顔を向けた。
レアンを腕に抱いてスノーは笑顔で答える。
「オーサさん、私、ホノカとパーティを組んだんです。昔からの友達で。だから、一緒に旅をしようかなって」
「お前さんがそういうのなら、わしは止めんよ。しかし、全く同じではないぞ」
「スノー、ありがとう!」
「良いんだよ、ホノカ。オーサさん、ありがとうございます」
「……ふん、成長してくれればこき使える弟子が増えるだけじゃ問題ない」
「ツンデレ?」
「ツンデレとはなんじゃ」
ホノカの言葉にオーサが渋い顔をする。ホノカは一生懸命何でも無いですとごまかそうとするが、オーサは止まらず何度も尋ね、ホノカはたじたじだった。
ホノカが困る姿が珍しくて、スノーは楽しそうに笑っていた。
∧
さすがに現実時間が夜のため、二人はログアウトする。
ゲームから現実へ戻ってくれば部屋の中は真っ暗だった。ユキナは音声認識で電灯を着けて、ARグラスを起動した。
ついでパックに入った固形型の晩御飯を開けて片手に持ちながら、ネットを見ながら食事をする。
CJOの掲示板を見れば、多数のスレッドが立っていた。その中にユキナ自身は意識していなかったが、姿を見咎められて「ペットを連れた女の子」というタイトルのスレッドも存在しているのが見える。
「もっと早く街を出るべきだったかなー。それなら出くわさなかったかも。でもま、それも仕方がないのかな」
次話は明日7時更新です。
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