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8風魔法を覚える

 カン。


 そんな音が響く。槍の柄部分が青年の左手に握られた短い木剣が下から振られ、スノーが放った突きを跳ね上げられて攻撃が崩される。

(完全に重心が歪んだ!)

 スノーは目の前に起きた現象をワンテンポ遅れて理解し、そしてやられることを理解した。

 確かに重心が崩れたはずの青年は、すでに安定した動きで右手の木剣を振るう体勢が出来ている。

 真上から降り注ぐ、青年の右手に握られた木剣。

 ヒュンと小気味よい音を上げて振られた木剣が、ポコッと間抜けな音を立ててスノーの頭に乗った。


「へ?」

「君こーわいよー! 俺教官だぜ? 殺しに来たよ」

「へ?」

「スキル覚えたんだろ? はい、終わりー」

「あ、ありがとうございました」

「やっぱりオーサさんの弟子だね。気合が違うよ気合が。冗談とかいう雰囲気なしでこっちに攻撃ふってきたの君ぐらいだろうねきっと。女の子は怖いねー」

「いや、それは本気で殴られ続けてたと思ったから、……です」

「本気? ははっ、冗談が上手いね」


 ひらひらと手を振りながら青年はそう告げた。彼女は毒気を抜かれて装備を片付ける。

 そして、戻ろうかと思ったら、まだ訓練場からギルドへ戻るかを聞く画面表示が出ていないことに気づいた。

 視線を上げれば、木剣は地面に置かれている。そして、レアンとティグリーはまだ彼女らから離れて見つめていた。

 青年の両手に赤い剣が握られていた。

 青年は厳かに詠う。それは高き空へ昇っていく響きを持っていた。


「天は遥かに高く広く御身に捧ぐ。イムベル・アナラビ」


 世界に土砂降りのような音が満ちて、スノーの周囲を無数の斬撃が走った。

 すべてが終わった瞬間、スノーはへたり込む。

 

「本気って言うなら、最低限三女神の誰かの武器を手に入れてからやるもんだぜ」


 最後まで爽やかな笑顔で気楽に手を振りながら、青年の教官は立ち去った。

 それに伴いスノーの眼前にギルドへ戻る選択画面が現れている。彼女は寄ってきた二匹に、うりゃうりゃと撫で回して気力を回復してから立ち上がり、「はい」を選択する。

 瞬きの間に、訓練場からギルド内へ戻された彼女は槍スキルを覚えた時と同じようにカウンターの男性へ声をかけた。


「どうだった? 楽しめたかい?」

「訓練を楽しむって」

「はっはっは、オーサさんの紹介なら良い人に教えてもらえるようにしないといけないだろ?」

「良い人って、笑顔で女の子を躊躇なく木剣で殴って来る人はちょっと……」

「ん? 盾スキルは教官の軽い攻撃を何度か盾で受ける動作をすれば身について使い方がわかるはずだから、殴られることは無いだろ」

「……はい、もうそれでいいです」

「そうかそうか。じゃあ、ほい、盾スキルを覚えた嬢ちゃんに初心者用の盾をプレゼントだ。サイズは自分でここで選んでくれよな」


 大きなため息をついた彼女へそうおじさんから言われれば、槍とは違い目の前に選択肢が現れる。3種類の中から小型盾を選べば、アイテムストレージに自動で盾が収納された。


「ありがとうございました。あ、風魔法のギルドってどこにありますか?」

「おう、槍ギルドってわかるか? あそこの向かいだよ」

「はい。……はい」


 逆かー。目の前にあったところかー。そんなことを思いながら、異様な疲れがスノーを襲う。

 そんな気持ちを抱きつつも真面目な足はのこのこ歩いて風魔法のギルドへ向かった。

 風魔法の習得はとてつもなく簡単だった。受付で本を受け取り訓練場へ飛べば自動でスキルが習得になり、教官から手を向けて発声して発動して巻き藁に風魔法を当てるだけ。

 スノーはそのあっけなさに手を口に当てた。


「うわ、魔法使うの簡単すぎ?」

「当てるの上手いから目がいいのか、操作が上手いのかしら? さすがオーサさんの弟子ねぇ」

「弟子じゃないと思います」

「魔法を使うときは体が動かせなくなるから注意してねぇ。魔法使いは強力無比な固定砲台よぉ! 見てなさい」


 その発言に嫌な予感がして、スノーはすぐに教官の女性の背後に隠れる。2度も来ればさすがにスノーにも理解が出来た。女性を中心として2人と二匹を守るような風が渦巻く音がする。

 そして、女性は大地へ沈むように厳かに詠う。


「冥は暗き崩れ御身に捧ぐ。ヴラズィ・エリモス」


 それは凝縮した怒り。それは凝縮した悲しみ。

 黒い塊が天と地から生み出され彼女が狙っただろう場所に強くぶつかり合うように集まり凝縮し溶けて消えていく。溶けた瞬間、彼女らがいる範囲外の空気が、瞬間一気に凝縮された空間へ引き寄せられた。

 彼女が起こした魔法は、魔法のいずれかのスキルを使っただけだ。しかし、その威力は訓練場の一部をただの土でない結晶の砂に変えた。


「ふふ、どうだったぁ? 風魔法じゃないけどぉ、オーサさんのお弟子さんならやっぱり知っておきたいでしょう?」

「いや、そんな笑顔で見せる威力じゃないと思います」

「そうかしらぁ? 魔法ならどこでも私が出張するし。うーん、今だと物理職ならオズウェンにシャロニアもいるから、見ようと思えば誰かしら見せてくれるわよぉ。杖は冥で私、刀剣は天、槍は風だからねぇ」

「それが杖、刀、剣、槍が三女神の武器、ですか?」

「そうよぉ。旅人さんは不思議よねぇ。例えば斧や弓とかマイナーなの使いたがる人もいるものぉ。三女神の武器が一番よぉ。だって、加護がもらえるかどうかになるもの。

 この大陸で三女神の武器以外を使ってる人がいたらぁ、それは純粋に適正がなくて別のスキル適正があった人か、魔神の信仰者なのよぉ」

「なるほど……」


 お前は知りすぎた、とかログが流れて消されたりしないだろうか? そんなことを思いながら、スノーは教官に感謝を述べて頭を下げた。

 魔女のような格好をした女性は満足そうに頷き、


「それじゃぁ、強くなったお弟子さんとまた会えるの楽しみにしてるわぁ」

「弟子じゃないと思います」

「オーサさんからの紹介だって言う時点でぇ、お弟子さんよぉ」


 魔女はふわりふわりと軽やかに歩き訓練場を去ってしまう。


「弟子か……」


 クエスト名を見ても、いまだクエスト名は【とある老人の気まぐれ】のままだ。そのクエスト項目で覚えるべきスキルという名前でチェックが入っていく。

 残りのスキルを選べる空きスロットは3つ。クエストで覚えるスキルは2つだから残りは1つになりそうだ。

 ギルドに戻れば槍スキルや盾スキルと同じように窓口で初心者用の杖という名称の武器をもらうことが出来た。

 風魔法ギルドの外に出れば、外はすっかりオレンジ色の日差しが降り注いでいる。


「レアン、ティグリー今日はもう遅くなるから帰ろうか」

「ワフッ」「ミャン」


 頷くように答えた二匹を連れて帰り道を歩き出し、


「ユキナ?」


 そしてスノーは、いやユキナは足を止めた。ユキナの見た空は美しかったはずの赤と青と境に生まれた紫が一瞬で無味な灰色へ移り変わっていた。

次話は明日19時更新です。

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i456393

イラスト作成:詰め木様(@tumeki_kou)
ユキナとホノカをお描きいただいたものです。
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