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ARグラスを起動すれば彼女自身が設定したルーム設定が現実の部屋を上塗りしていく。
彼女の目を通して見える世界は、先程の殺風景な部屋から、一面の銀世界に切り替わっていた。何千時間も使用している見慣れた景色の中で、彼女はARで投影されるメニューコンソールを操作しネットへつなぐ。
「とりあえず、ゲームの情報集めよっか。召喚魔法も本当になくなったのか調べてみよう」
くるくると空からコンソールが回って落ちてきて周りに展開されていく。機械音声が起動の挨拶を彼女へ贈った。
『ハロー、ユキナ』
音声認識で手入力で正確な文字の補正がされるシステムのため、好きなように画面を展開してメモ書きすることが出来る。
『CJOきたー!』『感覚がもうリアルのそれ。現実と何が違うんだ?』『水の表現も堤防から見た海見たら完璧だった』
『cβでも人気だった刀へ派生出来る剣は人多すぎ。なんでスキル取得をあれだけ文句言われたのに対面式にしてるんだよ』
『訓練時間がcβよりも手厚くなってて草。めちゃくちゃ時間かかるぞ』
『対面式なだけじゃなくて、訓練必須だぞ。調べたらVR適正を高めるためらしい』
『スキル無しで外に出たらモンスターに即狩られて笑えない。よっわ!』
『兵士に止められておとなしく戻ったわ。無理やり突破したのかよ』
『地図に検索機能つけてくれ。目視検索とか、コンソールの使いみちが間違ってる』
『cβ調査班の地図と一緒みたいだからそっちでほしいスキル探してログインして判定したほうが良いぞ』
etcetc
まだプレイ真っ只中の人が多いためか、ユーザーたちによる攻略サイトの保管も乏しい中、ネット上に流れる雑多な情報をどんどん視覚上に展開しメモしていく。
スキル配置地図については、cβとほぼ一緒だなという意見が多い。
攻略サイトを見れば、召喚魔法については早々に更新があったようだ。彼女はそのページを唇をかみながら覗く。
『cβ時に存在。正式時は削除?』
疑問符付きだがそう書かれて幾人も確認したのだろう。ユキナはがっくりと気落ちして攻略サイトを閉じる。
掲示板を開いて召喚士になれない旨を書き込んで見れば、反対意見の方が多いことにユキナは驚く。
『なんで召喚士? cβで弱くてダメ職認定されたでしょ』
『ソロ気質のやつがPCとPT組まずにcβ最後のレイドに参戦してこようとしたからcβ時でも問題があったと思う』
『ここがすごかった召喚士! 攻撃ステが物理職でも魔法職でもないせいでどっちも低め。つまり弱い』
召喚士に興味がない人が多かったのか、ユキナの書き込みに対してもさして反応もなく終わってしまった。それでも反応をもらえたことに感謝を送り、ユキナは画面を閉じる。
同時に通知設定がなって、2時間が経過したことを示していた。
「とりあえず、ログインしよっと」
ARに届いているメッセージを流し読みして、いくつか削除していく。その一通でピタッと手が止まった。
『CJO始めるよ! キャラ名はホノカ。よろしくね』
∧
ログインした宿屋の部屋、窓の向こうに広がる街を朝日が照らす。
しっかりと柔軟をして、体の具合を確かめる。満足したスノーは街の中を歩く。
約束の時間には早いだろうかと迷ったが、スノーは散歩がてらゆっくり行けばいいかと思って、老人オーサの元へ向かった。
「おお、よく来たな。朝が早いのは結構結構」
「はい、えーっと、よろしくおねがいします。とりあえず二匹とも預かりますね?」
「よろしくのう。とりあえず二匹と一緒に行動しておくれ。別にスキル習得するのも問題ないからの」
「はい、ありがとうございます。とりあえず戦闘系のスキルを覚えないと外にも出れないので火魔法を覚えてこようかと」
「ふむ、槍が良いぞ」
「はい?」
「じゃから、槍スキルがお薦めじゃ。槍は基本は突きじゃが、まず間合いが広い。これは安全に戦うにはぴったりじゃ」
「なるほど」
これももしかしてクエストの一環だろうか。スノーは疑問に思うが、そんな思考にかぶせるように如何に槍で戦うことが素晴らしいかを語る老人の姿は、やはりローブ姿で老獪な魔法使いのような恰好なのだ。
魔法使いでは無いのだろうか?
「えーっと、ありがとうございます? オーサさんは魔法使いでは?」
「なにゆえ疑問系なのじゃ。ほれ、行って来なさい」
二匹がスノーの足下へ走りより、同時にクエストの進行を表す音が鳴った。メニューからクエスト受注画面を開くと、とある老人のきまぐれ……の内容に、槍術スキルを覚えるという項目が勝手に増えている。
本当にクエストだったんだ。スノーはそんな気持ちを抱いた。
「強制なんですね」
「ギルドではオーサから紹介されたと言いなさい。そして、槍術スキルを覚え終わったらわしの家に来てくれると嬉しいのう」
「ははは……」
もうからっからの乾いた笑い声しか出てこない。スノーはもういいやと思いながら、クエストのために槍術士ギルドへ向かう。流されるままでも良いかもしれない。風の赴くままという言葉もあるし。
そんなスノーの気持ちを知ってか知らずか、足元をじゃれる二匹もその通りだと言うように鳴き声を上げた。
槍術士ギルドへの道すがら街の様子を見て回る。
リアル時間はおそらく一番人が多い夕方の頃のため、ゲーム内は朝早いながらすでに朝食を求めた客だけでなくたくさんのPCがいて屋台は活気に満ちていた。
スノーもステータスに表示された空腹状態を解消するために串焼きの屋台で早速朝食を注文した。そこで足下のレアンとティグリーのことを思い出し、もう2本串を追加して皿を受け取り串を外して分け与える。
よくやったと言わんばかりの態度で二匹はスノーからそれらを受け取る。
「……うーん、もしかして冒険者ギルドでクエストでもしてお金を稼がないとダメかも。出遅れちゃったけど、プレイするならやっぱりお金は大事だよね」
ガツガツと美味しそうに食べる二匹の可愛さに、初期から所持してるお金が装備にもならずに消えそうだとか不安になってしまう。
レアンの背中を撫でるとその毛は柔らかくも上等な触り心地だった。大切にされているんだろう。絹みたいだ、と思いながら彼女は二匹が食べ終わって満足したのをみて、食後の運動だ! と笑って槍術士ギルドへの道すがら走り出した。
二匹も負けじとじゃれるように走って競争が始まり、朝の爽やかな景色と風がスノーらを見守っていた。
∧
「槍術士ギルドへようこそ! 君も鋭い槍で相手を倒そう! もうすっかり人もいないからすぐ受けられるよ!」
猫っぽい獣人が同じようなセリフに前回とは違う派生で彼女を受付カウンターへ誘導した。いかつい中年男性が驚いたような顔をして、スノーを見やる。スノーはそれに申し訳なさで逃げるように頭を下げた。
「昨日はすみませんでした! オーサさんから紹介を受けて来ました。この二匹も一緒に連れていきたいです」
「もっと態度の悪い旅人も多いんだ、気にしてねぇよ。そんでもってオーサさんからの紹介か。ひよっこの割にそんな覚悟で来るとはな」
「……はい! はい?」
「オーサさんの紹介なら、あいつを呼んでやる。訓練場は横の扉から行けるぜ。そいつらも問題ない」
「あの!」
「ほら、早く扉へ行ってくんな」
「え、ええっと、はい……」
ぐいぐいと誘導されたスノーが戸惑いつつ扉に近づけば、メニューが表示された。
【スキル習得クエストを開始します】
【はい/いいえ】
はいを選べば、視界が真っ白に染まり景色がすくに変わる。
そこは乾いた土と壁に仕切られた空間だった。空を飛ぶ鳥たちが優雅に舞っている。
スノーは心配していたが、確かにレアンとティグリーも彼女と一緒にこの訓練場へついてきていた。
二匹は早速土の上を走り回っていく。スノーはそれらを追えなかった。
そばにいた目つきの鋭い女性がスノーを見ていたからだ。すらりとした体型にもかかわらずその威圧感は、受付カウンターの中年男性よりも強い気がする。
「あんたか、オーサに紹介されっていう、ひよっこでもさえもない素人ってのは。槍スキルを極めたいんだって? いい度胸だね」
美しい翠を含んだ不思議な輝きを持った槍が太陽光を反射していた。