2とある老人のきまぐれ
街の中央のゲートは鮮やかでエメラルドグリーンに輝き、次々と人が転移してくる。彼女と同じプレイヤーキャラだ。
街はレンガづくりで、地面や壁がベージュ色を基調として屋根を暖色にまとめていた。
「おー、すげ~! めちゃくちゃリアル!」
「待たせたな」
「このスキルが欲しいけど、予定変わって取りたくなったやついる?」
リアルの友人か、はたまた別ゲーの友人なのか、いくつかのグループがスキルの取得について騒がしく話し合っているのを横目に、特に誰とも約束のない彼女は大きく深呼吸して、わくわくしながら地図を開いて何度も視線を動かす。
視線がその点を通ると、文字が表示される仕様だった。
「これ便利! でも、点が多すぎるよ」
同じ地区にたくさんの点が並んでいることもあり、目で追うだけではどんなスキルだったかわからなくなってしまう。しかしそれも準備万端だったのか、ブックマーク機能がついていて、最大20個まで保存できるようになっていた。
どれほど彼女は時間をかけたか。広場の人が徐々に減っていく中で、彼女はぽつりとつぶやく。それはどうしようもないショックを抱え込んでいた。
「召喚魔法がない……」
彼女がどれほど期待したかわからないものが、どの点にも無かった。
cβの分析家がネクトの街のスキル一覧マップで表示していたその場所へ、彼女は数分もせずににたどり着いた。そして、その看板を何度も読み返す。マップ上の名称と何ら違いはなかった。誤りではなかったのだ。
「槍術ギルド……」
cβでは中堅の人気を誇った槍スキルが取得できるギルドだ。しかしながら、cβとは位置が違った。剣術ギルドの近くに並んでいたはずのものだった。
ここは比較的魔法系スキルが密集している地区だ。そんなところにいきなり物理系スキルのギルドが存在している。位置としては真逆だ。
「どういうことなの?」
彼女はそのギルドの扉を恐る恐る開ける。そして、すぐに扉内で列を整理する係として配置されていたNPCに捕まってしまった。人懐っこい笑みを浮かべた猫型の獣人だ。
頭の上にある耳がピコピコと動く。かわいい。突然のことで彼女は驚きのあまり何も言えなくなり黙ってしまったのが行けなかった。
「槍術ギルドへようこそ! スキルを覚えたいんでしょ? さあ、並んで並んで!」
問答無用で列に並ばされて、そうしてどんどんと流れていく。文句も何も言うことができず、状況に流されるまま、彼女はカウンター前までやってきてしまった。
強面のおっさんが彼女をにらみつけるようにし、頭から足先までを見るように視線が上下する。
「お前さん、槍術はひよっこでもない素人だな? スキルを覚えたきゃ、訓練場に行ってもらうぞ、いいか?」
眼の前に、「はい/いいえ」の画面が出てきてようやくまともに動き出した彼女はカウンターに頭をぶつけるほどのお辞儀をした。
「ごめんなさい。召喚魔法ギルドを探してるんですが」
「はぁ? あそこと間違えたのかよ、お前さん」
「……はい」
「馬鹿だなぁ。召喚士なんて廃れちまっただろう。なにせ旅人たちから不満をぶつけられちまって人が集まらない。それで、こんな大きい組合館の維持をやめて出て行っちまったよ。ただの召喚士なんて、見なくなっちまったぜ」
「そんな」
彼女はスキルを取らないなら出て行けとばかりにあえなく追い出されてしまう。とぼとぼと、盛り上がる周りのプレイヤーたちを見送って、彼女は館の外に出る。
他人の邪魔にならないように道端へ移動してへたり込み、色とりどりのレンガが敷き詰められた道をぼーっと見つめていた。
そこで何度マップを開いて閉じて開いてを繰り返しても、どこにも召喚という文字のついたスキルは見つからない。
「ステータスオープン」
小さな声でつぶやいた単語は、自身のステータスをメニューを押さずに、見ることができる。
彼は自身のステータスを何度も見て、ため息をついた。まだ何もスキルを覚えていないのだから、当然のことながらスキル欄は空っぽだった。
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スノー レベル1
クラス系統:未決定
HP:200
MP:100
SP:100
STR:20
INT:20
LUK:1
攻撃力:0
防御力:5
スキル:
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一番欲しかったものがなかった。そんな気落ちが彼女から選択肢を奪っていた。
彼女は別段なにかスキルを取ろうと考えたわけでもなく、始まりの街ネクトをひたすら歩き回る。和装した女性が不思議そうな顔をして彼女を見送ったり、槍を背負った冒険者のような女性にぶつかりそうになったり、そんな間もずっと聞こえてくる楽しげなプレイヤーたちの声。
とぼとぼと歩いていた足もいつしか少しは力が入るようになり、このゲームを改めて楽しもうかと考えてきたところで、夕暮れの門にたどり着く。
開かれた西門の向こうには丘の向こうへ沈みゆくまばゆい赤い夕日があった。
「もしかして、今の街にないだけでストーリーを進めた先の街には召喚魔法があるかも?」
そんな気持ちに惹かれるようにふらふらと外へ行こうとする彼女を、門の周りにいる兵士はチラリと見るだけだ。もう少しで外へ出ようとした彼女は、大きな犬の鳴き声に立ち止まった。
「ワンッ」
「え、え、何?」
「ほほ、お前さん、もうすぐ夜になる。そんな無防備な格好で外に出るのは関心せんぞ」
彼女が振り向いた先には、飼い犬と飼い猫の散歩をしていたのだろうか。まるでおとぎ話の魔法使いみたいな老人が立っていた。
そうして、彼の背後で先程まで彼が進もうとしていた外への門は、重く大きな音を立てて閉まった。
兵士が声を上げる。
これからは詰め所の人員に声をかけ、外壁の通路を経由して、外に出るようにと3度ほど繰り返した。
彼女は知らなかったが、ゲームの初期設定で街に初心者が多い場合は初心者のレベルや装備をNPCが判定して足止めをして、街中のクエストを消化するように促すシステムになっていた。
「ふむ、閉まってしもうたの。良かったか?」
「あ、はい。外に出るには、確かに早すぎるので。……あなたは?」
「オーサという。お前さんはどなたかの?」
「あの、私はスノー、です」
「スノーか。うちのレアンが声を出してびっくりしたじゃろ。すまんのう」
「いいえ、こちらこそありがとうございました。それじゃあ、これで」
「ワンッ!」
彼女が立ち去ろうとすると、老人のいうレアンが楽しそうにまた鳴き声を上げる。日はどんどんと沈み始め、街中は外灯による明かりがあるとはいえ、まるでこれから遊べといわんばかりの行動に、彼女は苦笑いを浮かべた。
「珍しいのう。レアンが見知らぬ人にそんな風にちょっかいを出すなんぞ」
「そうなんですか? レアンはなんというか、かっこいい見た目なのに愛嬌がありますね」
「そうじゃろうそうじゃろう。わしももっとこいつたちと遊んでやりたいんじゃが、いかんせん年でなぁ」
「あー、今、私の周りをすごい勢いで二匹が走ってます。これは遊ぶのも大変そうですね。でも可愛いです」
「わかってくれるか。……そうじゃ、お前さん。良かったらレアンとティグリーの遊び相手をしてくれんかのう?」
「ええっ!」
NPCからの急なお願いに彼女はびっくりして、足下でじゃれてる二匹から老人へ視線を移す。そして、ちょうど彼女の前にクエストの受注選択画面が現れた。
「おや、スノーはすぐにでも街をでるつもりじゃったか?」
「うーん、そういうわけではないんですけど」
老人がお願いじゃという間に、受注画面のクエスト名を読んで彼女はそのクエスト名に困ってしまう。
「とある老人のきまぐれ……」
「なんじゃ?」
「ナンデモナイデス。……あー、質問なんですけど、遊ぶのと合わせて街中を回ってスキルの習得のために行くのはいいんですか?」
「ふむ、スキルを覚えるところに一緒に連れて行ってくれれば良いわい」
「それなら大丈夫です。これから……」
「今日はもう夜も遅い、明日の朝、わしの家にこの子らを迎えに来てくれんかのう」
もうオーサのペースに巻き込まれた彼女は、レアンをなでながらオーサにそれでいいですよと少々投げやりに答えた。どうせやりたいことは見失ってしまったからの気持ちだ。
そんなスノーの答えにもオーサは満足そうに頷く。自然とクエスト情報画面が更新されて、オーサの家の位置を教えてくれた。
「レアン、ティグリーまたね。バイバイ」
今までのゲームにはなかった感触が指を伝わる。記憶の片隅に残っていた猫や犬の柔らかさをしっかりとスノーの指に伝えてくる。スノーは名残り惜しさで、わしゃわしゃとレアンを目一杯堪能してから、オーサの冷たい目に引き剥がされるように立ち上がった。
「そんなに好きか」
「好き……、どうなんでしょう。長いことふれあいがなかったから、その反動かもしれないです」
「難儀じゃの」
オーサと別れて一旦ログアウトをすればかなり時間経過した現実の部屋へ戻ってくる。CJOの朝は2時間後ほどだ、それまで彼女はネットで情報収集しようとARグラスを起動した。
次話より1話ずつ19時投稿したいと思います。がんばりますのでよろしくおねがいします。