1世界の果の大陸「ユーラコーラル」へ
大陸の東のはて、海に面した街は穏やかな潮騒を奏でてその威容を人々に見せつけていた。そこへ、
「初期雑魚なのに敵強すぎいいいいいいいいい」
彼女の叫びが始まりの街にこだまする。
∧
部屋の中でARグラスを通してネットの海をさまよっていた彼女は、趣味友たちがタイムライン上に流してきた情報を目にした。
それはゲームの発売宣伝で、ちっとも発展してこなかったフルダイブ式VR機器でとうとう大人数型のゲームが発売するというものだ。
熱狂がタイムラインに流れていき、彼女自身もそれを手に入れねばと思わされた。
「cβに漏れたあああ」
しかし、無料で体験できるチャンスであったcβにはあえなく外れてしまい、ただただネット上に出てくる文字だけの情報に踊らされるだけだった。
スクリーンショットは機能的に不可になっていたらしく、ネットに転がるのは不明瞭な本当のゲーム画像かもわからないものばかりだ。
(どうやって撮ったの?)
ウェブサイトには、旅人よ自由に世界を旅してほしいと、悠久の歴史と広大な大地を感じさせるようなイメージイラストと音楽が舞っている。
未知を内包したcβを通して、日本中に発売前から話題を生み出し続けていた「Connective Journey Online」を入手するために彼女は全力をとした。
言うなれば、あまり顔を合わせない親に頭を下げたのだ。リビングに響かなくなって久しかった声が言葉を紡ぐ。
「……たくさん言うことがあるとは思う、けど。これを買ってください」
彼女の両親は複雑な顔をしながらも、久々に見た彼女に諦めた表情を最後には浮かべる。そして、彼女はこんな状況で、自分はこんなにはっきり親に物が言えるのだなとそう自分自身を振り返っていた。
彼女の妹はそんな彼女の自身の姿を驚愕の表情をしてから、無表情にただ黙って見つめている。
両親に頭を下げた価値はあった。彼女は見事発売日当日に「Connective Journey Online」(CJO)を手に入れたのだ。うきうき気分で自身の部屋の中で箱を開ける。ゲーム汎用型最新VR機器にダウンロード先専用コードが入っている。そのマットなVR機器の輝きに彼女は思わずぎゅっと抱きしめていた。
「さあ、君よ旅に出よう」
公式サイトにあった文句が思わず彼女の口からこぼれた。望むことは出来なかった言葉だ。
そこへARデバイスに届いたメッセージの着信を見て、彼女は嫌な顔を浮かべてそのメッセージを消す。
振り払うようにしてベッドへ横になり、彼女はキャラメイク開放タイミングに寸分違わずにゲーム世界へのログインを口にした。
ウェブサイトで何度も聞いた音楽が流れ、目の前にタイトルが浮かび、崩れて粒子となり風にまかれていく。
「ようこそ、旅人よ。まずはあなたの名前を教えてください」
どこからともなく声が聞こえてきて、気づけば目の前に美しいドレスに身を包んだ一人の少女が笑顔を浮かべて立っていた。
鮮やかな緑色の髪に空を写したような瞳の色は、まさしくCJOのテーマカラーそのものだ。
「名前。名前は、スノーで!」
「被りはありません。ようこそスノー様。それでは次にどのような姿をするか決めてください」
「やった! 名前取れてラッキーかも」
望んだ名前が取れたことでうきうきとした動作で彼女はどんどんとキャラメイクを進めっていく。
キャラメイクで性別は選べない。現実の体と一致した性別が初期設定されている。これは公式サイトやcβのレビューが書かれたサイトにあったことと変わっていない。
現実の自分を基準にちょっと前にプレイしていたゲームのキャラデザインを思い起こしながら作っていく。
髪の色はさらに白く。目の色は黒にしようかと思ったが、目の前の少女のきれいな瞳の色をついつい真似てしまった。何度も何度も同じ色合いにしようと時間をかけて悪戦苦闘して全く同じだろう色にたどり着く。
そして動作確認のために腕を動かしたり、ラジオ体操をやってみたり、はねてみたりと彼女にとってとても懐かしい動作をしてみる。
VRでここまでの再現度と意識の一致精度は初めてだった。
長い時間浸っていたい気持ちを押し殺して、満足して彼女が頷き確定ボタンを押すと、少女が嬉しそうな笑みを浮かべている。
「ちょっとマネッコ過ぎて恥ずかしいかなー」
「いえいえ、大変素敵な瞳です。それでは、このゲームのコンセプトを説明いたします」
独り言のつもりだったがまさか返答があるとは思わなかった。びっくりした彼女を気にせず、プログラムらしい振る舞いで少女は説明を始めた。
「Connective Journey Onlineのスノー様は、まずは旅人です。そこからどのように歩まれるか、それはスノー様の選択が全てです。初期のスキル構成についても、ここのキャラメイクで決めることはありません。
すべてのユーザーに始まりの街ネクトの地図をお配りしています。
まずはネクトで自身が旅するスキルをNPCから教わってください。けれど、どれを学ぼうか悩む場合もあるでしょう。
そのためこの地図には過去の時代に人気だったスキルの配置が記載されております。また、初期習得可能なスキルについては、全て現時点で始まりの街に配置されております。
ここまではよろしいでしょうか?」
「本当に好きなように選べばいいということですよね?」
「ええ、そのとおりです。ぜひとも街の人々とも交流をして私は決めてほしいと思っています」
少女の手が彼女の手に触れる。それはヴァーチャルの世界で、プログラムのはずのものでも、あたかも血の通った人間のような温かみをもっていた。
彼女の心臓が跳ねる。少女は何事もなかったかのようにその手を離し、そこから細々とメニューの使い方など、少女が説明していく。
そこそこ長い説明が終わった頃、どこからともなく鐘の音が響いた。
「まもなくネクトへのゲートが開きます。準備はよろしいでしょうか?」
彼女の前にゲームでよくある「はい/いいえ」の画面が出る。“はい”を押して、彼女は少女へ頷いた。
「最後に、旅人よ、あなたに聞きたいことがあります。良いでしょうか?」
鐘の音が急かすようにその音を大きく間隔を短くしていく中で少女が可愛らしく尋ねた。
彼女が「cβにはこんなことがあったなんて記事なかったな」と思いつつ首を傾げながら構いませんと答えると、少女は花が咲いたようなまばゆい笑顔を彼女へ見せる。
それは確かに花が満ちた春の風の息吹だった。
「旅人さん、あなたはどちらへ行かれるのでしょうか?」
「……どこへ。きっとこの旅が私に教えてくれると思います」
簡素な初期装備服に身を包んだ彼女の肌を、草原を駆け抜けるような風がなでた気がした。
「世界の果の大陸「ユーラコーラル」へようこそ、旅人よ。スノー、女神・アイルリューネの風とともにあなたを歓迎しましょう」
2話まで今日投稿。3話からはしばらく1話ずつ19時投稿したいと思います。