第七話
その日、海野くんは海外のニュースを見ていました。
美しく着飾ったセレブが言います。
『彼は、私自身も知らないナニカを理解してくれているの。彼と一緒にいると幸せなのよ。ずっと一緒にいたいくらい』
ハリウッドの美人モデルが言います。
『私の違った魅力を引き出してくれるのが彼。彼とは間違いなくベストパートナーになれるわ。彼もそう言ってくれるはずよ』
記者に囲まれ、インタビューを受ける新進気鋭のデザイナーの映像に切り替わりました。
『アメリカやヨーロッパの企業も順番待ちをしていると伺っております。そんな世界を舞台にするあなたがこのアメリカではなく、なぜ日本を選んだのでしょうか?』
生真面目な表情をした男の人が、りゅうちょうな英語で答えます。
『わたしはある人と約束をしています』
まだ若いその人は、背すじをピンと伸ばしてカメラではなく話しかけてきた記者に向かって言いました。
『それを守るためです。そして、自分にとってその大切な場所で――作品を描くことにしたからです』
セレブに囲まれ、成功したこの場所を捨てるなんて!
信じられないような顔の記者たちに、男の人は静かに続けました――
『彼女は、僕が自分に悩んでいた時に助けてくれた恩人なのです。
高校時代、僕は美しい絵を……見栄え良く、写実的で、圧倒する絵を描こうとしていました。しかし、何かが違うと、もがいてもいました。
そんな時、屋上でスケッチをしていた彼女に出逢ったのです。
彼女のスケッチブックには太陽と三日月が並んでいる風景画が描かれていました。普通に考えるとそんな風景はありえませんよね。
興味を持った僕は尋ねました。
彼女は、自分が感じた素敵なモノを素直に、ただ描きたいから描いていたそうです。
そしてある時、幼稚園の時に描いたという絵を見せてくれました。
ライオンのたてがみが画用紙からはみ出していました。
たてがみがスゴイ! と描いているうちにはみ出したのかもしれないと、照れて笑っていました。
僕は観た人が圧倒されるような、感動されるような、そんな力を持つ絵を描こうとしていました。それが美しさだと思っていたのです。
彼女はそんな僕の絵とは違う力で、僕を打ちのめしました。
素晴らしさを見出し、それを力いっぱい描く。
彼女はいつの間にか見栄えを追って曇っていた僕の目を拭ってくれたのです。
そのおかげで今の僕があります。
彼女自身は引っ込み思案で決して目立とうとしません。
だけど、その小さな声をよく聞くと、あらゆる素敵なモノを見出す力を持っていることがわかります。
持っている魅力を何倍にもしてくれるヒントを伝えてくれるのです。
たとえ、お互いがぶつかり合った時にでもその良さを自然とつないでくれるのです。
彼女には良いところを見出して活かす力があるのです。僕も彼女と話をする中で活かしてもらったのです。
そんな彼女はずっと色鉛筆を使っていました。
それは彼女が見る世界、感じる気持ちを描きやすかったからだと思います。
僕はそんな彼女と約束をしました。
君の色鉛筆をしばらく貸して欲しい。
それを使って僕なりの素敵なモノを描きたい。
君に教えてもらった世界をたくさんの人に知ってもらいたい。
必ず素敵な作品を描くから、と――。
その言葉を信じてくれた彼女は、大切な色鉛筆を僕に渡してくれたんです』