第四話
ある夜、青と赤がけんかを始めました。
「赤よ、お前ちょっと出しゃばりすぎだぞ。ゆきちゃんは黄昏時の淡くてほの暗い空を描きたがっていただろう?」
青がクールに言いました。
「そういう青こそ、俺のジャマをしているじゃないか! 夕焼けの太陽! こっから手前は赤の範囲だ! お前が割り込んでくると紫になるんだよ!」
赤が強く言い返します。
二人のけんかを止めようと橙が入ってきました。
「もう、赤も青もやめなさいよ! ここはわたしにまかせて! わたしは赤より柔らかい色だからもっと自然に滑らかに……って、あれ? ちょっと、青! あなたもう少し明るくなれないの!?」
橙が青に食ってかかります。
「薄くはなれるが、明るくはなれないな」
青は淡々と返しました。
「ここは青の友だちの俺、緑が出るしかねぇな! ……って、橙、お前もう少し俺たちに馴染めよ!」
「ああ、もう! 緑も入ってきたらなんだか気持ち悪い色になってきた! あなた、もう少し場を見なさいよ!」
緑と橙もけんかを始めました。
色鉛筆たちはそれぞれの得意な事に自信を持っていました。だからみんな一歩も引きません。自分なら上手くやれると思っているのです。
その時――
「……わたし、試しても、いいかな……?」
一番端の、一番背の高い色鉛筆が小さな声をあげました。
白でした。
「お前は黒の背景でしか見えない色だろ。白い画用紙で役に立ったことがないじゃないか」
「私たちができないんだよ。ま、やれるものならやってみれば?」
言い争いに疲れた色鉛筆たちが、投げやりに言いました。
白はおずおずと赤と青がぶつかり合っているところへやってきました。
色鉛筆たちは興味なさげに見ていましたが――その瞬間、どよめきが起きたのです。
次の日、ゆきちゃんは屋上で絵を描いていました。先輩も一緒です。
少し離れた所に座っていた先輩が、ゆきちゃんの絵を見にきました。
「ゆきちゃん……その静かな青い空と、赤い太陽なんだけど」
「あ……どっちもきれいだなぁって思って……」
「全然違う色味だけど、自然になじんでいるのはどうやっているの?」
どちらもハッキリした色同士です。普通ならぶつかりあって境目ができます。重ねると紫になってしまいます。
ゆきちゃんは、白の色鉛筆を手に取りました。
「えーと……これを使うんです……」
白の色鉛筆で赤と青のぶつかっている所を上から塗っていきます。
すると、塗っている所からどちらの色も柔らかくにじんできたではありませんか。
やがて、赤と青は柔らかく一つになりました。
青から赤へ、赤から青へ。
どちらの色もやさしくつながっていました。
ぶつかりあう色と色。重なれば別の色になる二つが、白を塗ると自然とつながったのです。
それは、色鉛筆の白だけが持つ不思議な力でした。
ある日、先輩が横に座るゆきちゃんのスケッチブックをのぞき込んで言いました。
「ねえ、ゆきちゃん。その雲って光が当たっているみたいに綺麗だね」
ゆきちゃんは、白鉛筆を手に取りました。
そして、雲の明るい部分を塗りはじめます。
「こうすると、つやつや光るんです」
「下地の紙が滑らかになるんだ……」
「で、その周りを白でしっかりなぞるんです……」
周りを白でふちどると、橙に持ち替えました。
そして橙で塗り始めると――そのフチで橙がフッ……と薄く、淡くなったのです。
「白で色がはみ出なくなるのか……」
ゆきちゃんは、ちいさく笑顔をみせました。
「はい、白って思ったよりも力強い色なんです。他の色にも負けないんです」
それは、色鉛筆の白だけが持つ不思議な力でした。
ある日、先輩がすぐそばに座るゆきちゃんのスケッチブックをのぞき込んで言いました。
「ゆきちゃん、すごいぞ。水面がキラキラしている」
空の青が手前の小川につながっています。
ゆきちゃんは笑顔をみせました。
「白の色鉛筆でまず下地を塗っておくんです。その上に青を塗って……」
滑らかな下地の上を、濃い青、薄い青たちがサラサラと流れ始めました。
白のおかげで、つややかに輝いています。
「その上にまた白を塗るんですよ」
キラキラした青たちが、柔らかな青たちに変わり始めます。
青たちは淡くぼかされて、そこには穏やかで神秘的に佇む水面が現れました。
色鉛筆が持つ力……そして色でありながら色ではない――白だからこそできる力でした。
先輩はゆきちゃんの絵をジッと見つめていました。