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第三話

 憧れの先輩の言葉に、ゆきちゃんの顔が真っ赤に染まります。

「わ、わ、わたしの絵、です、か?」

「そう」

 当たり前の事を返すゆきちゃんに先輩は答えます。


「そ、そ、そんな……」

 ただでさえ人とお話することが苦手なゆきちゃん。憧れの先輩に話しかけられてしどろもどろです。

 ましてや美術部の子たちに笑われるような絵です。先輩に笑われたりしたら――


「ダメかな?」

「そ、そんな……」


 すると、顔を真っ赤にして固まっているゆきちゃんの横に、少し離れて先輩が座りました。

 そして、ポケットから取り出した小さなスケッチブックを開いて風景デッサンを始めました。


 静かに鉛筆を走らせる先輩を見て、ゆきちゃんも落ち着いてきました。

 ゆきちゃんも風景に目を戻し、色鉛筆で描き始めました。


 二人は静かに絵を描き続けました。


 しばらくすると、先輩は静かに立ち去りました。

 東京の美術大学に進学するため、都会の専門予備校に通っていたからです。



 次の日、ゆきちゃんが昨日のように風景を描いていると先輩が現れました。

 そして、黙って少し離れた所に座ってスケッチを始めました。


 やがて10分ほどすると立ち去っていきました。


 次の日も先輩は来ました。

 

 また次の日も来ました。


 次の日、先輩は立ち去る時にゆきちゃんに声をかけました。


「ごめん。やっぱり邪魔しちゃったみたいだね」

「!!」


 ゆきちゃんはうつむいてしまいました。


 憧れの先輩。

 得意なものも何もない私。

 いつも笑われた絵。

 あの人の横顔。

 なぜ私が描くような絵が見たいの?

 恥ずかしい。

 あの人から笑われるくらいなら、このままの方が――




 このままでいい?




 うつむいて、にじんだ目に、並んだ色鉛筆が写ります。

 ふと、一番端が動いたように見えました。

 背の高い白に目が留まりました。




 違う。


 できないんじゃない。


 ダメだと思っているのなら――



 変えなくちゃ!



 ついにゆきちゃんは震える声で話しかけました。


 屋上の扉の前で振り返った先輩。

 ゆきちゃんの前に戻ると生真面目な表情で言いました。


「その風景画なんだけど……どうして太陽の横に月を描いているの?」


 ゆきちゃんが色鉛筆で描いていた景色には、きれいな夕焼けのおひさまと、その隣に少し小さな三日月が一緒に描かれていました。


「それは……あの……目の前の夕焼けがきれいで……きれいなお月様も一緒に並んでいたら、いいなって思って……」


 先輩はキョトンとしました。

 当たり前です。目の前の空にはお日様の横にお月様なんてありません。


「それで君は二つとも並べて描いたっていうのかい?」

「は、はい……ごめんなさい……」


 先輩は生真面目な表情でゆきちゃんの絵をジッと見つめていました。

 そして言いました。

「そうか……ありがとう」


 今度はゆきちゃんがキョトンとしました。

 美術部の子たちに笑われていた色鉛筆の、ゆきちゃんの絵です。お礼を言われるとは思いませんでした。



「その……君にお願いがあるんだけど」

「な、なんでしょうか……?」


 先輩は、ゆきちゃんが好きな優しい目を向けて、言いました。


「ここで一緒に絵を描きながらお話したいんだけど、いいかな?」


 もう一度ゆきちゃんはキョトンとしました。

「わ、わたしとですか?」


「どうかな。ダメならお邪魔しないようにするよ」

「そんなことないです、そんなことないですっ!」


 その日からゆきちゃんは、先輩が予備校に向かうまでの10分間、お話しながら絵を描くようになりました。


続きは次の更新をお待ちくださいね。

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― 新着の感想 ―
[一言] この10分間という短い時間。でも、とても大事な時間で… 10分間というのが二人を結びつけるのには最大の時間のように思えます。 二人の様子を少し離れた場所で見ているような気持ちになって…何と…
[良い点] 優しい先輩ですよね。 ゆきちゃんの心が落ち着くまで、 少し離れた場所に座って、 毎日10分間だけ、一緒に 絵を描いて、そして立ち去るんですね。 ゆきちゃんは、 先輩に声をかけられて (…
[一言] 先輩、何かに行き詰まっているのかなぁ。 優しい先輩だよね、無理やりゆきちゃんの絵を見ようとせず、一緒に絵を描くだけ。そして絵を描きながら話をしたいと言ってくれる。
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